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1998年F1日本GP⑥リタイア:中野信治選手/ミナルディM198/フォードZetec-RF1フル参戦シーズン2年目。若い頃からイギリスのジュニアフォーミュラやF3に参戦し、その様子はモータースポーツ誌に掲載されていたので応援していた。実際にお会い出来たのはF3000~フォーミュラニッポン参戦の頃なのだが、イケメンなのだがチャラく無く堅実な走りと誠実なファン対応に好感が持てていた。デビューシーズンはリジェ/無限ホンダでポイント獲得していたが、2年目のミナルディでは中
F104Wの2号車ですたまには走らせたいですね1セット受信機とアンプあったので積みますDDのメカ積みて本当に楽ですね
仕入れたボディをミナルディ風(笑)に塗ってみました禁断の上塗りです一応プライマー吹いてますスポンサーステッカーを一部変更しました当時はコレみたいですジョーくん分かるかなぁ元はコレね(笑)
久しぶりにモーニング決めてきます🎶モーニングにわざわざ行くなんてワクチン後遺症になって何年ぶりかな⁇めっちゃ楽しみ😊隆之介
グレイテストワン✨ミナルディ〜🤗✨トロ・ロッソアルファタウリVISAそしてRB!90'sのF1の醍醐味の一つがミナルディを見る事だったかも…笑あの最弱と言われたマシンでイモラでポイント取りかけた化け物見た時はまさか42歳までF1やるなんて思わないし…🇪🇸買収されて3年?4年⁇で、雨のモンツァで、乾いたところでツーストップのノーマルストラジーで優勝をかっさらったワンダーボーイ。🇩🇪同じく、波乱のモンツァでマクラーレン相手にホンダPUでコロナ禍で初優勝をまたし
勝手に盛り上がって参りました、鈴鹿サーキット!。昔懐かしい生ダラカート風に書いてみました(笑)来週には日本から世界からF1ファンが足を運ことでしょう。珍しく何故こんなことをしているのか、一つはご存知、もうレースが出来ないから。そして、来週末にはきっと日本のモータースポーツの未来が決まりそうな気が個人的にはしているからこちらにきてしまいました…。もう…笑ってやって下さい…(^◇^;)もうね…井上尚弥対ノネト・ドネヤPART1ぐらい緊張感ありますよ…自分はね…💧正直言
レーシングオン特注スパーク1/43ミナルディハートM197カー№20片山右京日本GP1997ラストイヤーオリジナル台紙片山右京のマシン最後のピース、M197がレーシングオン特注という形で発売となりました。今まで唯一の量産ミニカーだったオニクスのトイ的な出来とは一線を画するのは勿論ですが、スパークの永遠の課題、ドライバーフィギュアも個人的には及第点の出来かな?F1最終年となってしまったこの年のマシンM197は、この頃のミナルディチームの御多分に漏れずテールエンダー
前回紹介したM193Bと並行して作っていた、M194も完成しました。こちらも1994年のミナルディチームのマシン。シーズン前半は前年改良型のM193Bを使用していましたが、第6戦カナダから新型のM194を投入。新型と言ってもM193を踏襲したようなデザイン、リアへ絞り込まれるサイドポンツーンが特徴です。カナダの次のフランスからは、カラーリングも変更されました。新カラーリング初戦のフランスで、ピエル・ルイジ・マルティニが5位入賞✨ただ結果的に、これがチーム最後の入賞で以降は入賞争いに加わる
M193B完成しました、1994年のミナルディチームのマシンです。実はホビーショーから帰ってきた日に完成させてました😅ミナルディチームと、93年シーズン途中でF1から撤退したスクーデリアイタリアチームが合併、94年からは「ミナルディ・スクーデリアイタリア」として参戦。ミナルディが技術面、スクーデリアイタリアが資金面を担当と、それぞれのチームの短所を補う形での合併になります。その影響か、マシンカラーリングがこれまでのミナルディの黄色と黒ベースから、青系や工具メーカーのベータのコーポレートカラー
M193Bはボディなどをクリアーコートして乾燥待ち。その間にドライバーフィギュアの塗装をしました。車同様、スーツもこれまでの黒、黄色系統のカラーリングから一新されました。ヘルメットは塗装とキットのデカールを使用、デカールは曲面に馴染ませるのに苦労しました💦ドライバーは、ミケーレ・アルボレート。1981年にティレルチームからF1デビュー、83年の在籍までに自身初優勝を含め2勝を挙げ、その成績が認められ84年にフェラーリに移籍。88年までの5年間の在籍で3勝を挙げ、現時点でフェラーリで優勝し
またもご無沙汰になったモデルカー製作記事、前回の更新からちょうど2ヶ月経ってしまいました😅M193Bはデカールを貼りました。当初は、ノーズ横とサイドポンツーン上面のオレンジのベータ以外はすべて塗り分けるつもりでしたが、白の細いラインなど難しい部分はキットのカラーデカールを使うことにしました。白く塗ってからカウル上面のオレンジ、ライトブルー、濃いブルーの塗り分け。カラーデカールを貼って、筆塗りなどでタッチアップ。デカールを貼りました。元々のキットの仕様のブラジルGPからモナコGP仕様に変
1992年F1第15戦日本GPリタイア:アイルトン・セナ選手/マクラーレンMP4/7/ホンダホンダのF1活動終了(第二期)に伴い、鈴鹿でのF1開催以来見慣れてきた「セナ選手とホンダのタッグ」もこれで見納め。地元で必勝を期すために「鈴鹿スペシャルエンジン」を投入したホンダだがの、予選ではウイリアムズ二台に及ばず、決勝もエンジントラブルによりたった3周でリタイアに終わった。土曜日予選’90年日本GPの「仕返しでぶつける」、'91年のスタート前に着順を決めていた「八百長」があ
すっかりご無沙汰になったF1モデルカー製作記事、サボっていた訳ではないですよ😅むしろほぼ毎日、キットをいじっていました。もう覚えていないと思いますが、前回作ったのは1993年のスクーデリア・イタリアチームのマシン、ローラT93/30でした。シャーシの製作依頼をダラーラからローラに変更したのが失敗し、最終的にはシーズン途中でのF1撤退と、最悪な結末を迎えました。しかし、これにはまだ続きがあり…翌年からは同じイタリアチームのミナルディと合併し、「ミナルディスクーデリア・イタリア」として参戦
右京さんの最終年のミナルディが発売されましたね!Racingon別注1/43スパークミナルディM197ハート片山右京1997年日本GPTheLastRuninSuzukaやっと出たといった印象でしょうか?オニクスしかなかったミナルディのマシンがスパークから出るなんて、本当に感激ですね‼️日本GPの金曜日に今季限りでの引退を発表しましたね💦予選は19番手、決勝のレースは確か9周目、スプーンの手前でマシンを止めてリタイアでしたね😰引退を発表していたので、こ
私のブログ記事へいいね!をして頂いているドラっちさんの昨日のブログ記事で1997年F1世界選手権で元F1ドライバー片山右京がドライブしていたミナルディ・ハートM197のミニカーを紹介していたのを拝見して思い出したのですが、そういえば片山右京がF1最後のシーズンに搭乗してF1マシンでしたね!非力なハートV8エンジンを搭載していたミナルディM197でしたが、けして速いマシンとは言えず片山右京がエースドライバーとして奮闘していたのを思い出します!改めて1997年のF1世界選手権は、どんなシーズン
雑誌『レーシングオン』がスパークに特注した1/43スケールF1モデルカーが入荷しましたマシンは片山右京選手が最後に所属したミナルディの1997年マシンM197同年日本GPでの引退レースを飾ったメモリアルな仕様をモデル化各スポンサー、タバコロゴも貼り込み済み特注品ならではの専用パッケージも嬉しいですねRacingon別注スパーク1/43スケールミナルディM197ハート片山右京1997年日本GPTheLastRuninSuzuka¥13,
モケ女モデラーめぐみさん主催の、ファイナルラップコンペに参加しています。F192はドライバーフィギュアの塗装をしました。今回もヘルメットは、すべて手書きです😅わかりづらいですが、バイザーはクリアーイエローにしています。ドライバーは、ピエル・ルイジ・マルティニ。ミナルディ時代の黒いスーツのイメージがあったので、最初この姿を見た時は違和感ありました😅マルティニは約7年半F1に参戦していて、ほとんどミナルディチームに在籍したことから「ミスターミナルディ」と呼ばれていました。そのマルティニが、
パスタ売り場で「ん?」ってなったら、もう重症ですよ。だって、この会社…パオロ・バリラさんの会社ですものwでも、一度もこのステッカーをマシンに貼ることはなかったので「会社のカネ」を1リラも使いたくなかったのか、私物化してるように思われたくなかったのか?ホントのところはどうなんでしょうね?…と気になったので、そんなときこそWikipedia先生に頼るとき!なるほど。
アセットコルサで1991シーズンのF1マシンに挑戦VOL2はラルース、ミナルディ、フェラーリを収録。フェラーリV12は最高でした!【AssettoCorsa】1991シーズンF1マシンに挑戦!VOL.2ラルース、ミナルディ、フェラーリhttps://youtu.be/WoFDfVU3bbg@YouTubeより
書店で衝動買いをしてしまいました。デアゴスティーニF1マシンコレクションMinardiPS01まさかF1マシンコレクションの有終の美を飾る完結号がミナルディのマシンとは・・ミナルディファンとしてはたまらないですね。2001年、チームオーナーがジャンカルロミナルディさんからポールストッタードさんに代わり新体制で臨んだ一号車でした。フェルナンドアロンソ選手のデビューマシンでこの年チームはノーポイントでシーズンを終了しましたが、非力なヨーロピアンV10(フォードVJ)
久しぶりの深い時間の更新、更新終わったらとっとと寝ます😅先程、カーモデル製作動画「なべさんのチャンネル」に、タメオのミナルディ・M189(イギリスGP仕様)の画像を投稿しました。ということでついでに…イギリスGP仕様と並行して作った、同じ189のアメリカGP仕様を出してみたら、リアウイングが取れてしまったので…接着し直してます。接着が甘かったんでしょうね😥
ある日のアメブロ内の広告。右の服の色が…ミナルディ・M191(または192)に、似ていると思いました。色の配分まで似てますね😅タメオ製ミナルディ・M191B・ランボルギーニ南アフリカGPM191といえば…こんなグッズもあったんですね。この靴下を履いて…右の服を着れば、ちょっとした「M191コーデ」になりますね😅
ヨーロピアンミナルディF1PS012001オーストラリアGP#21フェルナンド•アロンソお久しぶりになってしまいました。。最近はインディ500、ルマン、F1のモナコにカナダ、モタスポ三昧でしたね。今週は久しぶりに何も無いかな?!しかし、猛暑ですね。身の危険を感じます。まだ梅雨だと言うのに今年の夏が思いやられます。モデルカーも更新が滞っている間にガッツリ増車しました。F1、WEC、DTM、etc...。物価も上昇、モデルカー価格も上昇。なのに台数増えてる。。いよいよスパーク
1999年のF1日本GPがF1の決勝レースを生観戦した最後になった。'76年F1inJAPANから続いていた連続観戦もここで途絶えた。しかし途絶えなかったら観戦料金高騰しても辞め時が見つからなかったかもしれない。鈴鹿での再開催後の2010年からは金曜日券が発売されたので1日のみ。それも日本人F1ドライバー小林可夢偉選手がシートを得ていた2014年まで。TVの無料放送も無くなって、現在はドライバーの1/3くらいしか名前と顔が分からない。写真はオートフォーカスも使えたが、現在のカメ
本日は、ちょっと前にでたF1マシンコレクションのモデルを紹介です。ディアゴスティーニ1/43ミナルディフェラーリM191ピエルルイジ・マルティニ1991年サンマリノGPこの台紙の写真は、僕が一緒に写真を撮って貰った時のものを使って友人が台紙を作ってくれました♬フェラーリV12エンジンを搭載したマシンにグッドイヤータイヤとかなり期待ができるパッケージでしたが、ミナルディ製のマニュアル・シフト式トランスミッションとフェラーリエンジンとの相性が悪かったですね…ちなみにこの時のフェラーリ
今回紹介するのは京商コンビニシリーズ"ティレルF1コレクション"から"ティレル024(1996)No.18片山右京"です。実は1996年のF1日本グランプリを鈴鹿サーキットまで観戦に行きました。片山右京選手が、この年でティレルを離脱するといわれていて"ひょっとすると片山右京のF1ラストレースかもしれない❗"と思い何とかチケット🎫をニュースして鈴鹿サーキットへ行きました。まぁ片山右京選手はミナルディへ移籍して翌年に引退したのですが・・・。今回は京商コンビニシリーズ"ティレルF1コレクション
急に暑く感じるようになりました。Amazonでお買い物。先ずは、初音ミクレーシングver.ESPRESTOestPrint&Hairレーシングミク2019TeamUKYO応援ver.フィギュア。中身はまだ開けて見てないのですが、プライズ品ですが良質なクオリティです!(特に後ろ姿がお気に入り)お値段も比較的お手頃でした♪もう一つは、GPCarstorySpecialEditionminardiミナルディ誰からも愛された小さなイタリアチームの奇跡
時々スパーク顔負けのアッと驚くようなマニアックなラインUPを登場させてくるデアゴスティーニのF1マシンコレクション。今回思わず食指が動いてしまった“ブツ”は・・・デアゴスティーニ1/43F1マシンコレクション№109ミナルディフェラーリM191カー№23P.L.マルティニオリジナル台紙(ミニチャンプス風仕様)ミナルディとフェラーリの夢のコラボを果たした通称“フェラルディ”ことミナルディフェラーリM191です。量販市販品のミニカーではあのオニクスにもライン
写真を整理してたら、2005年にF1日本GPに参戦した際の懐かしい写真が出てきたのでご紹介。確かこのためにデジカメ買ったんだよな~。ズームでの流し撮りにチャレンジするために…。鈴鹿サーキット、メインゲートあたり。最初は西ストレートで観てたみたい。で、コースをくぐってスプーンカーブ入口に移動。ここで、おもむろに写真撮影にチャレンジしたんだった。その昔には鉄道写真も撮ってたりしたので流し撮りの経験もなくはなかったけど、なにぶんブランク数十年な上に、当
イタリア政府とエミリア・ロマーニャ州の地元当局は、4月16〜18日にイモラで開催されるF1を利用して、国と州のイメージを宣伝しようとしている。地元州知事のステファノ・ボナッチーニは、レースは『メイド・イン・イタリア・アンド・エミリア・ロマーニャGP』の名の下に開催され、伝統のイタリアGPはモンツァが継承することを発表した。2020年、FOMは2レース以上を開催できる複数の国とサーキットを必要としたため、開催国名ではなく地域名が冠されたグランプリが初めてお目見え