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なんか本当にここ5年くらい毎日資本主義とはなんぞやを考え続けてるわ資本主義の世界では、お金を稼ぐ=仕事という定義になっちゃってるから、会社で働くのは「仕事」で、子供を産んだり家事をしたりするのは「仕事」じゃない。でも長期的に見たら人間を生み出して育てるのって一番大事な「仕事」だし、「経済効果」も最もあることだし、もっと評価されるべきだと思う。どうせ女なんて家で子供と遊んでお菓子食ってテレビ見てるだけだろみたいな弱者男性思考の人が机上の空論で政治して女を全員働かせた結果こんなことになっ
「君はエコーか?」と聞いたら。ちょっと、イタズラしてみました(^_^;もうちょっと、考えて質問してみましょう(^.^)「人類はナルキッソスになるか?」の問いに出た答の後半部がこれ↓この後、「AIヘゲモニーがマルクス的疎外をもたらすのではないか?」への答が下記です。だそうで。これは、こちらもそれなりにディベートできるほど頭が良くないと、煙に巻かれるだけですね。ちょっと、ブラックジョークみたいで笑っちゃいました。
「以下は、旧版『筋権党宣言草稿』に、その後発見されたか原稿や資料をもとに再編集したものである。特に前半には動画資料が追加された」而して人類の歴史が『階級闘争の歴史』であったとする認識と『競争の歴史』であったとする認識では、どこが共通しており、どこが異なっているであろうか」「またその『競争が自由競争ではなかった、またそうあり得なかった』時代はいつか、また『自由競争が可能になり、また実現もされた』のはなぜか。また当該の時代において『自由競争が再び不可能になり
こんにちは、マヤ暦アドバイザーの矢島裕基です。マヤ暦を勉強しながら、自分の世界を変えようと日々勉強している。そんな暇人です。今日はカール・マルクスを取り上げていきます。カール・マルクスカール・マルクスは1818年、プロイセンのトリーアに生まれました。画像出典:大学では法律から哲学へ関心を広げ、やがて新聞記者として社会問題に触れるようになります。そこで政治や検閲の現実に向き合い、単なる理想論ではなく、社会の土台そのものを考える方向へ進んでいきました。184
5月5日は端午の節句。この日は言語学者、金田一京助博士が生まれた日(1882年)だが、経済学史上の巨人、カール・マルクスの誕生日でもある。カール・マルクスは、1818年、現在のドイツ(当時プロイセン王国)のトリーアで生まれた。ユダヤ人のラビ(ユダヤ教の学者、教師、宗教的指導者)を輩出してきた家系で、父親は弁護士だった。カールは9人きょうだいの上から3番目だった。当時プロイセン王国では反ユダヤ主義の風潮が強まり、マルクス家の人々は次々とプロテスタントに改宗した。ギリシャ語やラテン語、歴史、古典
このブログの、これのまえの記事で本の名前を挙げた、『革命ロシア経済建設の総括――最初の八か月』(創造ブックス)の全文のPDFファイルです。読んで下さい。本文革命ロシア経済建設の総括.pdfdrive.google.comなお、これらの本のPDFファイルは、「北井信弘・創造ブックスホームページ」にも掲載しています。われわれの基本文書と英文を私のホームページに掲載しています。見てください。メインページの右上のメニューのところの「基本文書」「ENGLISH」を
貨幣を廃止するためには、交換そのものを廃止しなければならないことを、マルクスは、貨幣の発生史として明らかにしたマルクスは、『資本論』第一巻第一篇第一章第三節「価値形態または交換価値」の最初に、これから明らかにすることを次のように提示する。「誰でも、他のことは何も知らなくても、諸商品がそれらの諸使用価値の種々雑多な自然的諸形態ときわめて著しい対照をなす一の共通な価値形態——貨幣形態——をもつということは、知っている。だが、ここで肝要なことは、ブルジョア経済学によっては嘗て試みられ
軍事経済の非生産性と国民の窮乏化マルクス経済学とレント論から高市経済を切る現在、世界各国で軍事の拡大が進んでいます。日本においても、高市政権は、防衛・宇宙・半導体といった先端技術分野を統合的に「国家経済の基盤」と位置づけ、米国からの「外圧」も利用しつつ大規模な国費を投じるビジョンを示しています。この政策により、安全保障の強化と、製造業の再興を目指すとか。しかしこの方向性は、東アジアの軍拡競争をさらに刺激し緊張を増幅するばかりではなく、経済学的に見て根本的な誤りを含んでいます。マルク
マルクスは、『資本論』の第一章の第四節「商品の物神的性格」のなかで次のように書いた。「最後に吾々は、目さきをかえるために、共同の生産手段をもって労働してその多くの個人的諸労働力を自覚的に一つの社会的労働力として支出するような、自由人たちの一団体を考えてみよう。この場合にはロビンソンの労働に関するすべての規定が繰返されるのであるが、ただそれは、個人的にではなくて社会的にである。ロビンソンのすべての生産物は彼のもっぱら個人的な生産物であり、したがってまた、直接に彼のための使用対象であった。この
【Bunnmeiブログ】マルクスは170年以上前に、こんなことを書いています。労働者は自分が作り出したものから切り離され、それが自分に向かって外から敵対するものとして向き合う、と。これを「労働の疎外」と呼びました。工場で部品だけを作り続ける労働者は、製品全体との関係を失う。労働は自己実現ではなく、ただ生きるための手段に成り下がる、というわけです。では現代はどうでしょうか。マルクスの時代より、多くの人にとって搾取はわかりにくくなっています。むしろ見えにくくなったぶん、より巧妙
仕事の帰り道、ふと捨てられた人形を目にしました。雨の降る日のことでした。その人形を見つめながら、何とも言えない悲しみが込み上げてきました。「捨てられる」ということ。それは、自らの価値がもう残っていないことを、客観的に突きつけられるような出来事です。ある人は、「価値を外に求めてはいけない、自らの足でしっかりと立つべきだ」と言います。確か、マルクス・アウレリウスの言葉だったでしょうか。けれど、そんな言葉はどこまでも「あるべき論」に過ぎません。頭では分かっていても、心がそれについていかないの
マルクスは、人と人との関係が物と物との関係として現れる、という資本制的物化をあばきだし、その廃絶を明らかにしたマルクスは『資本論』の第一巻第一篇第一章第四節「商品の物神的性格とその秘密」を次の文章ではじめた。「商品は、一見したところでは自明で平凡な物のように見える。商品を分析してみると、それは、形而上学的な繊細さと神学的な意地悪さとに充ちた、きわめて奇怪な物であることが分かる。それが使用価値であるかぎりでは、その諸属性によって人間の諸欲望を充たすという観点のもとでそれを考察して
voice-174昨日の続きが、まだかなり分量としてはあったのだが、やはりクロードだと回答が長すぎるので、それを示すとなると半分ぐらいしか示すことができないから、今回はグーグル検索に出てくるAIを利用して、昨日の続きを示してみるが、マルクス、ウェーバー、フーコーのような、社会の根幹を揺るがし、時代を定義する大思想家がAI時代に現れるかという問いは、現代の知性において最も重要な議論の一つだそうで、結論から言うと、かつてのような形式の大思想家は現れにくくなるが、AIを前提と
五月1日はコ(5)イ(1)で恋の日だそうです!以前胸がドキドキし、すわ恋のはじまりかと思いましたが、狭心症でした・・『この胸のドキドキは恋ですか?いえ狭心症です。』何の前触れもなく狭心症になってしまいました。(;'∀')いあ、ちょっと兆候はあったのかな?二年位前から、酒を飲み過ぎた時になんか胸の痛みって言うのか鈍痛?けっ…ameblo.jpそれはそれとしてw5月の詩として思い浮かぶのは「叛逆のバリケード」の中のひとつ同心一致吉永和子享受そして蘇
序論──黙示録の時代第一章資本は戦争を仕掛けるピノチェトからボルソナロへ(回帰)貧者の金融化新しいファシズムファシストと経済植民地レイシズムの変化型としての現代のレイシズム資産家の政治的離脱戦争と流通流通と金融冷戦以後の軍事と戦争「権力」の概念における「平和化」現代の権力生政治と資本──問題はいかなる生なのかということだ戦略的思考の消滅第二章技術機械と戦争機械社会機械か戦争機械か覇権主義的戦争機械ファノンとラジオサイバネテ
資本主義による変容と継続資本主義的近代は身分制を形式的に廃止しながら、その実質を経済的排除として継続させた。産業資本主義の初期段階では、全家族成員の肉体が資本に全面的に収奪された。マルクスが資本論で工場法・労働時間規制を詳細に論じたのは、児童・女性労働の廃止・制限が喫緊の課題だったからであり、専業主婦モデルは当時の労働者階級にとって夢でしかなかった。資本主義はこの過程で二つの変容をもたらした。一つは収奪の普遍化である。身分制的収奪が賃労働という普遍的形態に組織されることで、特定身分への収奪
肉体の客体化という根本条件マルクスはかつて、昼の売春(賃労働)が夜の売春をいかなる根拠で差別できるのかという趣旨のことを書いた。賃労働において労働者は自己の肉体的能力を商品として売る。性労働において身体を直接売る。肉体の客体化という点で、両者は構造的に同型である。しかしここで決定的な区別が必要になる。人は常に他者にとって客体である。これは回避不能な存在論的条件だ。問うべきは、その客体化を支配の根拠として使うことの是非であって、客体化そのものの廃絶ではない。この区別を見失うと、廃絶論も解放
レオ14世、同性カップル祝福に慎重姿勢──教会の分断に警鐘全面的な容認には踏み込まず、教会内のバランスを意識した慎重姿勢が浮かび上がるレオ14世、同性カップル祝福に慎重姿勢──教会の分断に警鐘|ニューズウィーク日本版オフィシャルサイトローマ教皇レオ14世が、同性カップルへの祝福を指示したラインハルト・マルクス枢機卿に微妙な異議を唱えた。同性カップルに対する祝福は、カトリック教会を二分している問題だ。カトリック系メディアによれば、www.newsweekjapan.jp
日本の国難を回避できそうなシナリオは出来たようだが、セーフティネットとして中国4大奇書における私のアイデンティティというかロールを設定しておく。封神演義:太公望三国志:諸葛亮孔明&マルクス・アウレリウス・アントニヌス最遊記:玄奘三蔵水滸伝:ゲオルグ・プライム中華易姓革命をこの25年に渡り日本のinnercircleでgenerate/promoteしていたのは私であり、中国本場の中華易姓革命が成っているなら、日本はグレーターチャイナの一員としての心理思想戦ならやっていけるに違いない。
マルクスは、『資本論』の第一巻第一篇第一章第一節において、商品価値を次のように規定した。これは、価値法則とよばれる。「ある使用価値の価値の大いさを規定するものは、社会的に必要な労働の分量、または、その使用価値の生産のために社会的に必要な労働時間に他ならない。」(長谷部文雄訳『資本論』第一部、青木書店、120頁——下線は、原文では傍点、以下同じ)マルクスは、さらに、自分の著書である『経済学批判』から引用するかたちで次のように言っている。「価値としては、すべての商品は、一定分量の
voice-174実感としてはどうということはないのだが、気になるのは、前世紀末から今世紀にかけて起こっているITやAI関連の技術革新によって世の中が大きく変わっていると考えたいのだが、世界や社会の変化をどう捉えるかに関する言説が、それ以前の言説とあまり変わっていないような気がするのだが、何かこれといって、それ以前とそれ以降では世の中が一変したようなことを述べている思想家や学者がいるのかどうか、クロードに訊いてみると、テクノロジーの変化の速さに比べると、社会理論や思想の
われわれは、マルクスの『資本論』の展開を深くつかみとるために、それの第一巻と第三巻とのアプローチの違いについて考察しなければならない。『資本論』は、資本制生産の普遍本質論をなすのであって、資本制という歴史的・階級的規定をうけたうえでの普遍的抽象のレベルにおいて展開されている、といえる。すなわち、マルクスは、資本制生産の直接的現実から出発して、それを下向的に分析し、そのどんづまり=普遍的抽象のレベルにまで下向して、このようにしてつかみとった資本制生産の本質的なものを体系的叙述の出発点にして、
マルクス=シオニストユダヤ人レーニン=シオニストユダヤ人ついでに、ヒトラー=シオニストユダヤ人共産主義とは、>国家資産の国有化=搾取システム=マルクスレーニン主義つまり、少数のシオニストユダヤ人が肥え太るためのシステム。まずロシアが、1917年に革命を起こされユダヤ人革命により乗っ取られ、国家資産の国有化=搾取システム=マルクスレーニン主義、共産主義により搾取され極貧になった。幹部のユダヤ人が搾取した。それをプーチンが取り戻してユダヤ人を全て追い出して、利権も全て排除したのが1
つい先日、自民党大会で自衛隊員の歌手専門が国歌を歌ったことにいちゃもん付けた国会議員がいる。「あほ」の国会議員と切り捨てていた。youtubeチャンネルもっているが、コメント一切受け付けないようにしている。そうだろう、常識を欠くところがあるから、批判をシャッタアウトにして国民の意見を聞かないようにしているのだろう。しかし、前回の参院選、選挙区で536,260票とっているのはすばらしい。ここで悪口ストップします。ところが、憲法違反だ自衛隊法違反だと指摘するグループがいる、「左派弁
『資本論』の展開の背後のマルクスの論理、マルクスの主体そのものをわれわれはつかみとらなければならない私は、前回の文章(4月27日のこのブログ)で次のように書いた。「……したがって、この搾取を廃絶するためには、労働者は、みずからの労働力を商品として売るということそのものを廃絶しなければならない。では、労働者がみずからの労働力を商品として売らなければならないのはなぜなのか。それは、労働者は生産手段をもっていないからである。資本家が生産手段を資本というかたちでもっているからである。労働
こんばんは。ブログネタから失礼します。日常で役立つ哲学の教えは?▼本日限定!ブログスタンプ大学時代、哲学系の学科でした。卒論は「仏教とキリスト教の比較研究」でした。哲学とは違うかもしれませんが”納棺師”という仕事をしていて心に響く言葉を葬家様から頂くこともたくさんあります。故人様に対しての感謝の言葉は心に響きます。自身が心に残っている哲学者の言葉は「怖れるべきは死ではない。真に生きていないことをこそ怖れよ」マルクス・アウレリウスの言葉です。彼は第1
お疲れさまです。日常で役立つ哲学の教えは?💡北朝鮮の中核思想北朝鮮で「哲学」と言う場合、多くは次のような国家イデオロギーを指します。主体思想1955年の金日成の演説で「主体」が公式に打ち出され、その後「全社会の主体思想化」が党大会で掲げられました。かつては憲法上も国家の「指導的指針」とされていました。チュチェ思想の内容マルクス・レーニン主義を基盤にしつつ「人間中心の哲学」「自立」を強調する北朝鮮独自の思想として整理されています。政治的には「思想で主体」「政治で自主」「経済で自立」
日常で役立つ哲学の教えは?『弁証法』▼本日限定!ブログスタンプ
情報社会は国家という枠組みから逸脱する。しかし情報インフラの存続は国家を必要とする——この二重拘束が問いの核心だ。巨大テック・金融複合体は富の収奪という点では国家と同罪だ。したがって国家を乗り越える主体となりえない。Metaは注意と欲望を設計して行動を制御し、GoogleはAmazonは知識へのアクセスと物流を支配する。収奪の構造は国家と同型だが、より巧妙だ——収奪が自発的な参加として経験される。オープンソースはビッグテックにいいとこ取りされ、労働者協同組合は資本主義企業化している。コモンズ
日本共産党は、不破哲三がマルクスの『資本論』の方法を「発生論的方法」というように論じていることについて、次のように解説している。「講義第1回では、マルクスの「発生論的方法」が詳しくとりあげられています(第1冊77~82ページ)。これは、「資本主義社会の複雑な仕組みのなかから、その全体の土台をなすもっとも基礎的な関係の分析から出発し、一歩一歩、より高度な関係の分析に進み、分析の成果を段階的に重ねて、資本主義経済の内面的な論理を明らかにしながら、最後に、資本主義社会の表面に生起する複雑な現実の