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ビューティのバンダナの真ん中に書かれたこのイラスト、、、こわすぎるんですけど(T_T)2人ともまったく似ておりませんし。こんなのなんで商品にしたのか、、、ヒールなの?(笑)左はなんとなく豊田真奈美なら許せたかも?!右はだれ?(笑)ワイルド香月?それとも由美かおる?
1976年の今日は第二回ワールドリーグ戦の真っ只中。熊本の八代大会でした。なんとセミの公式戦で富士美が一年先輩の新人王でWWWAタッグも巻いたユカリレンチから卍で勝利。メインのビューティはストレートで外国人に勝利。ジャンボ宮本引退の直前であり、ほかのメンバーは柳みゆき、ジャンボ宮本、赤城マリ子、阿蘇しのぶ、池下ユミ、金子久美子、鋤崎真澄、チャベラロメロ、ニーナマニャーニ。シングル二試合、タッグ一試合でしょうか??いやいや、富士美の勝利はもちろんブックでしょうけれど、会社のプッシュがあか
1978年の今日はどんな大会だったでしょうか。武道館でタッグ王者になったクイーンエンジェルスは翌日の岡山大会まで日本で試合をして、そしてまたメキシコ遠征に。この日はサタンとハックニーのペアを粉砕。セミではジャッキーが熊野と対戦。ローカルではよくある熊野のセミ。実力が認められていたからの起用なんでしょうね。ちなみにこれ、何年か前にむかしのノートがボロボロで転記したもので、マミ熊野になってますが、まだこの頃は熊野磨美だったことがわかっております。ごめんなさい。そしてメインはマキとゴールデン
むかしの雑誌によく付録でついていたアイロンプリント。もちろん女子プロレスラーのものもありました。これ、きれいにできないし、出来たとしても洗濯にどれくらい耐えられたのでしょうか。ぼくはこういうたぐい、一回も成功したことなく、部分的にだけ転写できてしまい、Tシャツもだいなしにした記憶しかありません(笑)
ジャガー横田さんがデビュー50周年記念大会を行った。プロレスラーを50年続けてこられるのは凄いです。私が小学生の頃からプロレスを続けておられます。今でも武道館で行われたライオネス飛鳥さんとの試合を覚えています。これからも頑張ってください。ジャガー横田、デビュー50周年記念大会メインでウナギを撃破!マキ上田さんらが祝福(スポニチアネックス)-Yahoo!ニュース
女子プロレスを好きになったのは全日本プロレスを見てはいたけれど、町中のポスターで女子プロレスがあることを知ったこと。そのポスターの中でナンシー久美、ビクトリア富士美のふたりがかわいいお姉さんという印象で気になり、一気にファンになった。おなじタイミングで友達の家にあそびにいったときにその子のお姉さんの机まわりにビューティのポスター、下敷きなどあり、いろいろ女子プロレスについて教えてもらい、そこからテレビを見るようになったのだが。まったくビューティに興味を示さず、とにかくゴールデンペア命でした
1977年のビューティ人気の爆発により、こぞって週刊誌やアイドル月刊誌などにとりあげられていたビューティ。これもそのひとつなんですが。内容はまったくおもしろくないです。それでもビューティファンは嬉しかったのでしょうかね。よく行くお店などは情報を得てマークしていたのでしょうか??最後のテレビ出演予定と試合の予定はネットのない当時はうれしい情報だったかもですね。
むかしの週刊誌で77年3月15日真岡大会の記事が載っていた。ぼくはネットで見つけた記事だったので、三ページにわたる特集の中の1ページしかみることができず、ほかにどんな写真があったのか?!謎なのだが、1ページにはリングシューズから富士美がビューティのどちらかにブレーンバスターをやられている写真が載っていた。ジャッキーなのか?と思ったが、反りがしなやかなかんじなのでマキ?どっちだ!とノートの試合結果をみると。その日のデイリースポーツはメインのみ掲載。ジャッキー&金子vs初代ブラックペアであ
ジャッキーとマキといえば、赤と青、もしくは赤と黒のイメージカラーが定着してましたが、このピンクと黄緑の衣装がぼくは好きでした。衣装っぽいし、似合ってましたよね。全身ラメかスパンコールみまいな衣装が多かったですが、これはベストだけが派手でほかは真っ白。爽やかなビューティもいいですね。
たまたま見かけたネットニュースが、とても興味かったので読んでみたらびっくり。「マキちゃん、ごめんね」恋愛を選んだジャッキー佐藤が、マキ上田に告げた日…ビューティ・ペアはなぜ“電撃解散”したのか?全女の伝説レスラーがついに告白(NumberWeb)-Yahoo!ニュース「ビューティ・ペア」で一世を風靡した伝説のアイドルレスラー・マキ上田(67歳)。大フィーバーを巻き起こした全女での舞台裏、故・ジャッキー佐藤さん(享年41)への思い、現在の生活までを聞いた。《Numnews.yahoo.
1978年の今日、そして明日は大宮スケートセンターでの二連戦でした。二日目のメインはなんとゴールデンとビューティのベビー同士の一戦。(マミ熊野表記にしちゃってますが、何年か前にノートを転記したときにマミ熊野にしてしまったのですが、実際は秋に改名なのでまだ熊野磨美です)初日はハワイアンパシフィック決定戦。これ、テレビでやったんでしょうか?まったく記憶にないんですが。翌日は真っ赤な青春ではっきりとゴールデンの勝利を見ているのでテレビ中継しましたが、いまなら超見てみたいロメロvs熊野が見てみ
ブログにあげる試合をどれにしようかな?と見ていたら。1978年5月の都内仙川での試合でジャッキーがまさかの外国人に敗れておりました。衝撃。ちなみに翌日はロメロは赤城に背骨折りで勝っており、元赤い王者、そして現赤い王者に勝ってるんですね。しかし、よくよく見たら13日甲府大会では前赤い王者マキにリングアウトで負けておりました。池下はこの直前のオフに運動会で怪我をしており、このシリーズは6月5日まで欠場しております。よってメインは当時のタッグ王者ゴールベンが務めることが多くなっており、ビュ
この写真って1978年のタッグリーグの準決勝、ビューティがブラックペアを破った写真かと思われます。決勝ではクイーンにやられてしまうわけで手を上げる写真は撮れないはずなので。プロレスのカードの裏面にちょこっと載っていた写真。貴重な写真ってやっぱりあるところにはたくさんあるんですね。
ジャッキーのデビュー戦として有名な1枚の写真。しかし、ある雑誌のなにげない1枚に、あれ?と思いまして。拡大してみるとひとりはマキで間違いなさそう。相手も白いリングシューズに見けるけど、ジャッキー??上の写真もかすかに写るレフリーの方、白いTシャツにお胸の感じからして巴さんのようですし。可能性はあります。こちらももしかして、貴重な1枚でしょうか。
マッハが男子レスラーの宮原健斗のユーチューブで、この水着を自分がプレゼントしたといっておりました。ほんとなのかな??たしかに色合いとかマッハが好きそうな気もするけど。引退するマッハが次のことを心配するってことなさそうですよね?まだ若いし。事実ははたして、、、、、
記事をあげたあとに読み直したところ、とってもへんてこな文章になっており、消去しようか一瞬考えましたが、読者の皆様はいまさら僕の文章がだめだめなことくらい理解したうえで読んでくださっているよね、と割り切って、そのまま投稿することにしました。お許しを!!1978年、ビューティにとっては末期になるのでしょうか??そんなときに、ゴールデンペア、シルバーペア、クイーンエンジェルス、ヤングペア、ラブリーペアなどペアが増殖。ビューティがペアを組むと基本メインで試合になり、ゴールデンペアやクイーンエ
今日のネタをさがしてノートをパラパラとみていて、そういえば後半戦にでてきたときのシルバーサタンって勝ったことあるのかな?と、なぜかサタン応援団のようにサタンの試合結果をずっと追っていたのですが、、、、、突然この日の試合結果が目に飛び込んできた。ちなみにこれ、大人になってボロボロのノートを清書した1978年の対戦記録で、熊野と書いてあったノートをマミ熊野で書いてしまったのですが、この年のタッグリーグからマミ熊野に改名なのでこのときは熊野磨美名義の試合ですね。で、たぶん試合順もヒール対決がセミ
1977年の今日はどんな大会だったでしょうか??世田谷の体育館みたいですね。休憩前ラストでは池下が富士美を背骨折りで下しており、ブラックペア絶好調です。そしてセミではマキにまだ本名のナンシーが挑んで引き分け。30分なのか20分なのかは定かではありませんが、20分ではないかと予想されます。ナンシーをフルタイムマキと戦わせるという会社の思惑も見て取れますね。そしてメインは赤城とジャッキーのWWWA王者コンビ。赤いベルトの赤城とタッグ王者のジャッキー。対するは明日川崎でビューティに挑戦
昨日に続きビューティ、そして最後にこの1枚をみなさまにお届けします!!?この2枚は普通のビューティ、はい、いつものビューティです。しかし、負けて引退したマキは、、、、、こんな感じで歌ってました、、、、カニカニウォーク♪テレビで歌ってる映像がたしかユーチューブで以前はありましたが。すごい衣装ですね。マキ上田。さすがです!
77年当時の週刊誌に載った写真をネットで見つけては保存してあったビューティを電車の移動時間にいろいろ補正してみたんですが。これが限界でした。しかし、貴重な写真かと思うのであげてみたいと思います。最後のは昭和によくあった切り抜いてバックを変えて載せる変な写真です。はい、髪の毛とかもカットされててとにかく変。こういうだめなところも昭和ですね(T_T)写りがわるいじゃん、白黒じゃん、ボケてるじゃんなどたまにもらうのですが、、、、、結構こちらも一生懸命見てもらいたくてやっているので、傷つけな
当時の週刊誌の1枚。ビューティの特集でしたが、その中にこんな一枚が。紺がジャッキー、赤がマキなんですけど、撮影してる後ろでつかれきって座っちゃってますけど。オレンジのジャージってマミ熊野が若手の頃着ていたイメージなんですけど。富士美?真澄?だれ?なんですけど、髪型からしてトミーっぽいですよね。77年の週刊誌からの一枚です。
1978年の週刊誌から一枚。攻撃しているのがマキ?やられているのは外国人?パット見、マキとイルマゴンザレスかと思いましたが。セコンドのエプロンにあがっちゃった方はジャッキー??それともペアでコーナーに控えめいるだけ?!?!はい、とにかくなんにもわからない一枚ですが、いまとなっては貴重ですからアップさせていただきます。
ここに使われている写真が赤いベルトの試合かはわからないのですが、1975年3月にデビューして1976年6月に地元鳥取で大先輩の宮本をやぶり赤いベルトを奪ったマキ上田。このときの宮本が何歳なのか、わかりませんが、キャリア10年目に入った大先輩からペーペーの新人といってもいいマキが勝ってしまうのが恐ろしい。マッハのときもそうだったし、宮本はプロレスとはなんぞやをしっかり理解していて、負ける意味をしっかりわかっていたからこそ、このマキとの9年近いキャリアを超えた敗戦をも受け入れたんでしょうね。後
色違いの同じ生地でちょっとデザイン違いで着ていたこのペア水着。そんなふたりが卍をかけて雑誌のポスターになってました(笑)ビューティ人気だからわからなくはないけれど、なぜ一人はやられた姿でポスターに(笑)それならば卍のマキとコブラツイストのジャッキーと並ばせてゴールデンのふたり、ないしはブラックノさの二人がやられているなどのほうが見栄えは良かったような、、、、まぁ、時代的にふたりが写っていたらそれでいいという時代だったのでしょうね。
フォト推理?ジャッキー佐藤のところに舞い込んだ脅迫状、ヒントは文章と写真の中に隠れているそうで、いくつかの写真が載っていた模様だが。この写真しか入手できず。残念すぎます。ブラックペアとか関係してる写真なんでしょうか?1978年の夏ころの記事なので池下と熊野あたりが脅迫していたとかそんなないようなのかな?と勝手な憶測で思っておりますが。この写真は78年夏のジャッキーの髪型ではないからそれより、もっと前の写真でしょうね。グアムで2代目ブラックペア(池下&漆原)と戦ったときの水着なので、7
赤城とビューティのチャンピオントリオ、前年末からヒールペアとして暴れ始めたブラックペア、そして後のゴールデンペアのふたりとシルバーサタンになる鋤崎、この夏に引退する柳という布陣でしたが。しらない選手がいます。ミスキラー、、、、、ミスZとマスクドキラーが合体したような名前、、、1月にデビュー予定の熊野なのか、単に柳が二役やってるのか、ミスZの大西が復帰予定だったのか、行方がわからなくなっていたユカリレンチなのか、とにかく適当に載せただけだとはおもいますが、ミスキラーなる選手はリングに立ったこ
ビューティのふたりではなく、セコンドがだれなのかな?とおもってあげた一枚!右側は横田??そしてジャッキーの足の横に写っている人って、赤城?いやいや、でもこの当時バリバリ現役だからちがいますでしょうか?マキの足の横にいるのはだれ!?みなさんわかりますか?
何回モーターボート乗ったんでしょう??でもこれハンドルも見えるから池とかに浮いてる小さなボートなんでしょうか??謎です、、、、
モーターボートに乗るふたり!ビューティペア号でしたっけ?ビューティ号でしたっけ?たしか松永家がこの頃、ビューティの儲けでモーターボート買いましたよね。どうやら記事のコメントによるとそれらしいですよ。でもジャッキー、酔っちゃったのか、忙しいのにこんなこともやらなきゃいけないのかよ、と不貞腐れているのか、顔がまったくやる気ない感じで(笑)対するマキは大好き芸能の仕事!と言わんばかりのいい笑顔ですね。ほんとうに対象的なおふたりでした。
「かけめぐる青春」ビューティー・ペアかけめぐる青春-SinglebyBeautyPair|SpotifyBeautyPair·single·1976·2songsopen.spotify.com女子プロレスのタッグチームだったビューティー・ペアが1976年に発売したシングル曲です。スポーツ選手のシングル曲については2025.8.9にプロ野球の星野仙一さんの曲を紹介しています。ビューティー・ペアは女子プロレスのジャッキー佐藤選手とマキ上田選手のタッグでした