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この写真って1978年のタッグリーグの準決勝、ビューティがブラックペアを破った写真かと思われます。決勝ではクイーンにやられてしまうわけで手を上げる写真は撮れないはずなので。プロレスのカードの裏面にちょこっと載っていた写真。貴重な写真ってやっぱりあるところにはたくさんあるんですね。
ジャッキーのデビュー戦として有名な1枚の写真。しかし、ある雑誌のなにげない1枚に、あれ?と思いまして。拡大してみるとひとりはマキで間違いなさそう。相手も白いリングシューズに見けるけど、ジャッキー??上の写真もかすかに写るレフリーの方、白いTシャツにお胸の感じからして巴さんのようですし。可能性はあります。こちらももしかして、貴重な1枚でしょうか。
マッハが男子レスラーの宮原健斗のユーチューブで、この水着を自分がプレゼントしたといっておりました。ほんとなのかな??たしかに色合いとかマッハが好きそうな気もするけど。引退するマッハが次のことを心配するってことなさそうですよね?まだ若いし。事実ははたして、、、、、
記事をあげたあとに読み直したところ、とってもへんてこな文章になっており、消去しようか一瞬考えましたが、読者の皆様はいまさら僕の文章がだめだめなことくらい理解したうえで読んでくださっているよね、と割り切って、そのまま投稿することにしました。お許しを!!1978年、ビューティにとっては末期になるのでしょうか??そんなときに、ゴールデンペア、シルバーペア、クイーンエンジェルス、ヤングペア、ラブリーペアなどペアが増殖。ビューティがペアを組むと基本メインで試合になり、ゴールデンペアやクイーンエ
今日のネタをさがしてノートをパラパラとみていて、そういえば後半戦にでてきたときのシルバーサタンって勝ったことあるのかな?と、なぜかサタン応援団のようにサタンの試合結果をずっと追っていたのですが、、、、、突然この日の試合結果が目に飛び込んできた。ちなみにこれ、大人になってボロボロのノートを清書した1978年の対戦記録で、熊野と書いてあったノートをマミ熊野で書いてしまったのですが、この年のタッグリーグからマミ熊野に改名なのでこのときは熊野磨美名義の試合ですね。で、たぶん試合順もヒール対決がセミ
1977年の今日はどんな大会だったでしょうか??世田谷の体育館みたいですね。休憩前ラストでは池下が富士美を背骨折りで下しており、ブラックペア絶好調です。そしてセミではマキにまだ本名のナンシーが挑んで引き分け。30分なのか20分なのかは定かではありませんが、20分ではないかと予想されます。ナンシーをフルタイムマキと戦わせるという会社の思惑も見て取れますね。そしてメインは赤城とジャッキーのWWWA王者コンビ。赤いベルトの赤城とタッグ王者のジャッキー。対するは明日川崎でビューティに挑戦
昨日に続きビューティ、そして最後にこの1枚をみなさまにお届けします!!?この2枚は普通のビューティ、はい、いつものビューティです。しかし、負けて引退したマキは、、、、、こんな感じで歌ってました、、、、カニカニウォーク♪テレビで歌ってる映像がたしかユーチューブで以前はありましたが。すごい衣装ですね。マキ上田。さすがです!
77年当時の週刊誌に載った写真をネットで見つけては保存してあったビューティを電車の移動時間にいろいろ補正してみたんですが。これが限界でした。しかし、貴重な写真かと思うのであげてみたいと思います。最後のは昭和によくあった切り抜いてバックを変えて載せる変な写真です。はい、髪の毛とかもカットされててとにかく変。こういうだめなところも昭和ですね(T_T)写りがわるいじゃん、白黒じゃん、ボケてるじゃんなどたまにもらうのですが、、、、、結構こちらも一生懸命見てもらいたくてやっているので、傷つけな
当時の週刊誌の1枚。ビューティの特集でしたが、その中にこんな一枚が。紺がジャッキー、赤がマキなんですけど、撮影してる後ろでつかれきって座っちゃってますけど。オレンジのジャージってマミ熊野が若手の頃着ていたイメージなんですけど。富士美?真澄?だれ?なんですけど、髪型からしてトミーっぽいですよね。77年の週刊誌からの一枚です。
1978年の週刊誌から一枚。攻撃しているのがマキ?やられているのは外国人?パット見、マキとイルマゴンザレスかと思いましたが。セコンドのエプロンにあがっちゃった方はジャッキー??それともペアでコーナーに控えめいるだけ?!?!はい、とにかくなんにもわからない一枚ですが、いまとなっては貴重ですからアップさせていただきます。
ここに使われている写真が赤いベルトの試合かはわからないのですが、1975年3月にデビューして1976年6月に地元鳥取で大先輩の宮本をやぶり赤いベルトを奪ったマキ上田。このときの宮本が何歳なのか、わかりませんが、キャリア10年目に入った大先輩からペーペーの新人といってもいいマキが勝ってしまうのが恐ろしい。マッハのときもそうだったし、宮本はプロレスとはなんぞやをしっかり理解していて、負ける意味をしっかりわかっていたからこそ、このマキとの9年近いキャリアを超えた敗戦をも受け入れたんでしょうね。後
色違いの同じ生地でちょっとデザイン違いで着ていたこのペア水着。そんなふたりが卍をかけて雑誌のポスターになってました(笑)ビューティ人気だからわからなくはないけれど、なぜ一人はやられた姿でポスターに(笑)それならば卍のマキとコブラツイストのジャッキーと並ばせてゴールデンのふたり、ないしはブラックノさの二人がやられているなどのほうが見栄えは良かったような、、、、まぁ、時代的にふたりが写っていたらそれでいいという時代だったのでしょうね。
フォト推理?ジャッキー佐藤のところに舞い込んだ脅迫状、ヒントは文章と写真の中に隠れているそうで、いくつかの写真が載っていた模様だが。この写真しか入手できず。残念すぎます。ブラックペアとか関係してる写真なんでしょうか?1978年の夏ころの記事なので池下と熊野あたりが脅迫していたとかそんなないようなのかな?と勝手な憶測で思っておりますが。この写真は78年夏のジャッキーの髪型ではないからそれより、もっと前の写真でしょうね。グアムで2代目ブラックペア(池下&漆原)と戦ったときの水着なので、7
赤城とビューティのチャンピオントリオ、前年末からヒールペアとして暴れ始めたブラックペア、そして後のゴールデンペアのふたりとシルバーサタンになる鋤崎、この夏に引退する柳という布陣でしたが。しらない選手がいます。ミスキラー、、、、、ミスZとマスクドキラーが合体したような名前、、、1月にデビュー予定の熊野なのか、単に柳が二役やってるのか、ミスZの大西が復帰予定だったのか、行方がわからなくなっていたユカリレンチなのか、とにかく適当に載せただけだとはおもいますが、ミスキラーなる選手はリングに立ったこ
ビューティのふたりではなく、セコンドがだれなのかな?とおもってあげた一枚!右側は横田??そしてジャッキーの足の横に写っている人って、赤城?いやいや、でもこの当時バリバリ現役だからちがいますでしょうか?マキの足の横にいるのはだれ!?みなさんわかりますか?
何回モーターボート乗ったんでしょう??でもこれハンドルも見えるから池とかに浮いてる小さなボートなんでしょうか??謎です、、、、
モーターボートに乗るふたり!ビューティペア号でしたっけ?ビューティ号でしたっけ?たしか松永家がこの頃、ビューティの儲けでモーターボート買いましたよね。どうやら記事のコメントによるとそれらしいですよ。でもジャッキー、酔っちゃったのか、忙しいのにこんなこともやらなきゃいけないのかよ、と不貞腐れているのか、顔がまったくやる気ない感じで(笑)対するマキは大好き芸能の仕事!と言わんばかりのいい笑顔ですね。ほんとうに対象的なおふたりでした。
「かけめぐる青春」ビューティー・ペアかけめぐる青春-SinglebyBeautyPair|SpotifyBeautyPair·single·1976·2songsopen.spotify.com女子プロレスのタッグチームだったビューティー・ペアが1976年に発売したシングル曲です。スポーツ選手のシングル曲については2025.8.9にプロ野球の星野仙一さんの曲を紹介しています。ビューティー・ペアは女子プロレスのジャッキー佐藤選手とマキ上田選手のタッグでした
突然の話しだが、ある日突然気付いてしまっていまだにずっと「おかしい」と思っていることがある、、、俺とお母ちゃんは「女子プロレス」が大好きで、俺がガキの頃二人でテレビで観戦するのが楽しみだった。当時毎週日曜日のお昼に放送していて父親は日曜日は仕事だったので、二人でチャンネル権を独占させてもらっていた。特にお母ちゃんが大ファンで、後楽園ホールに見に行く計画もあったのだが大人気でチケットが取れなかった。その分テレビで楽しんでいた。当時はマッハ文朱さんが引退後、空前のビューティーペアブー
これ、ビューティですよね??小さい画像を見つけて拡大してみたのですが、、、ジャッキーがスカート型のガウン着ていて、新鮮ですよね。それよりマキは私服?ふたりの写真をならべてあるのに、なんでひとりは私服??謎な一枚でした。
世界4大“涼子”は広末涼子、篠原涼子、国仲涼子、米倉涼子で可決されたので(いつ?)今度は世界4大“まき”を見つけるぞ流石に漢字が一致はしんどいから、読みだけで行くよ。まずは元ピチカートファイブの野宮真貴。次はリンドバーグの渡瀬マキそして3人目は浅川マキ4人目は・・・あー、だれにしよう。
1977年のビューティ。ジャッキーがあんな派手なシャツ着るなんてびっくり(笑)意外でした。朝晩はだいぶすずしくなってきましたね。みなさん体調くずされないように乗り切ってくださいね。台風もきております。気をつけてください〜
ファン待望だそうですが、ふたりのペアのファンとしては戦ってほしいという感覚は無いんではないでしょうかね。ゴールデンペア対決!とか決まったら自分的には戦わないで〜と思うだろうし、ジャパングランプリでダイナマイト対決した際は、どっちか負けちゃうのがつら、と思って戦わないでほしかったですし。だからこその最初から決まっていた時間切れ、判定決着だったのかもですね。
昨日の金の輪、光輪は、宗教関係、蛇臭、激臭で辛かったです。さらに頭痛がして体調不良になって鼻血も出ました。排泄関係の解毒作用が大きく続いて3桁レートを作りアトラン02プロに波動ピンを接続して使っていました。①朝起きると、ビューティ・ペアのかけめぐる青春の曲が聞こえてきました。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com動画
1996年の春にでた週刊誌で紹介された引退後の写真。ジャッキーもマキもミミもいい笑顔。素敵な1枚ですね。
今日はどんな大会だったか、をやろうかな?とノート開いていたらびっくらこきマロでした。みてください、なんだこのメインは(笑)もちろんブラックペアの前なのでこんなカードも当たり前ではあるけれど、ブラックペア以前の池下は会社に持ち上げられている感はまったくなく、ほとんどメインに登場しないんですよね。たぶん地味な選手という目で見ていたのではないでしょうか。しかし、実はテクニックもインサイドワークももった素晴らしい選手だったので阿蘇と組むことで一気に殻がやぶられて悪のトップにたつことになるんですが
ビューティ結成前の一枚。日大講堂の控室での一枚。ワールドリーグに出場で大躍進の新人マキ!三位に入る健闘で翌年ビューティになるわけですが、、、、、マッハや赤城を抑えて、宮本、ベティニコライについでの三位ですから、ビューティの中心は結成時はマキだったのではないかな?とおもうのですが。松永会長のコメントは辛辣でしたよね。そんな辛辣なコメントするような成績ではなかったんですけどね。時がたつとほんと忘れちゃうんでしょうね、きっと。ジャッキーはきっと大成するだろうの期待値が高い選手、マキはす
キックもいい!歌もすてきよ!ビューティペア完全に昔よくあった自己紹介ものですね。それぞれ、ペアの水着ですが、ちがうタイプをきてるのもポイント!?せっかくなら揃えた方がペアっぽさでるのに、、、
リングを沸かせた5人のその後を取り上げた週刊誌、、、人選がなんかすごくないですか?(笑)マキは納得ですが、他に小倉由美、西脇充子、ぬまっち!?(笑)ぬまっちに笑いました。まぁ、その後美しく転身して、話題としてはよいでしょうね。ネットで見つけた記事なので、細かいことはわかりませんが、写真ではブルとコンドルらしきふたりも写っております。まぁ、たしあに全員リングをわかせてはおりますが、マキ、ブル以外は一般知名度はかなり低いマニアックな人選。こういう企画、面白いですよね。結局取材できそうな人
1977年の最初の武道館、引き分けは決まっており、判定になることも納得で1000万円をふたりで分けたと報じられたビューティ対決。ふつうに考えて試合自体は引き分けですから500万ずついただけたのか?それとも報道陣に対してのリップサービスでそんなにもらってないのか。当時の1000万円っていまでいうといくらの価値なんでしょうね。そしてあれだけの収容人数でそれこそかなりはいってますから、会場費やらもろもろの経費を引いても利益はでてますよね。あまり状態のよい写真ではないですけど、貴重な当時の一枚を堪