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スラヴォイ・ジジェクの『ポストモダンの共産主義/はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』(ちくま新書、2010年)を読了しました。刊行直後に一度読んだのですが、13~14年ぶりに再読してみた次第です。まず第一部「肝心なのはイデオロギーなんだよ、まねけ!」で、著者はイデオロギーの分析を通して、現代のグローバル資本主義が持つ本質的にイデオロギー的な性格を暴露し、その「ユートピア的な核」を糾弾する。同時に2008年、リーマン・ショックに端を発した世界金融危機の真因を、「資本主義システム」そのもの
好きだった米国の作家、ポール・オースターが亡くなった。77歳。ベビーブーマーである。新潮文庫の売れ筋作家で日本の愛読者が少なくない。村上春樹と似ているが、似て非なる作家だった。当方のように村上春樹に飽きたりなくなった文藝好きを相当引き抜いたとおもう。「リヴァイアサン」をよんだのはついさいきんのことだ。元過激派の桐島聡が自らの正体を明かす直前のことだ。桐島聡のポスターは全国に張り出され、たとえば彦根駅前の交番にもほかの凶悪犯と並んで写り、わたしは漫然、漠然と「この男、いまどこで何を
時々「ポストモダン」と「ポスト構造主義」を混同してる人がいて、ちょっと困惑する。2024年にもなって、まだそんな認識なのか?と。「ポスト構造主義」の思想家の中で唯一、ジャーナリズムが作り上げた「ポストモダン」なるものを引き受けたJ=F.リオタールは後年こんなふうに語り、ジャーナリズムに振り回されないよう警告していた。リオタールは確かに『ポストモダンの条件』を書いた頃は「ポストモダン」を自認していて、それまで交流のあったG.ドゥルーズの逆鱗に触れたりもしていた。
語彙量は不要ChangeTalk,ChangeListenandLife."話し方を変えたければ聴き方と生き方を変えろ"「話がちゃんと”伝わる人”と話をちゃんと”聴ける人”を増やす」「22世紀に人見知りを社会からなくす」トークスキルだけにフォーカスした自己満足的な解決法に疑問を投げかけるそもそも話し方に悩む人の大半は“聴き手に原因がある”ことがほとんどです約3000人の悩みに寄り添い気付いたこと「話し方」だけを改善しても意味が無い本当に改めるべきは「
私の大学時代に出た本です。ニューアカデミズムなどと言う言葉と共に「読んでも何のことか分からない」というような評判で怖いもの「読みたさ」で手に取った人もいたのかと思います。ポスト構造主義などともいわれましたが当時の私は構造主義についての知識もなく読むこともありませんでした。今回本屋で文庫で売っているのを見たのでいつものようにアマゾンで買ってみました。読んでみて感じたのは、ゼミの仲間同士で習いたての専門知識をまくしたてあうような感じ、とでもいうのでしょうか?自己満足、内輪の盛り上がり、自己陶酔
9時起床。昨晩は、何度も目が覚めた。たくさん夢も見た。医療サスペンス風のドラマで、斎藤工が先生だった。おそらく、シンウルトラマンとエイリアンの影響だ。短期記憶を処分しているのだろう。外は、すでに0度だ。今日はさらに冷えていく。ビョンと跳ねた寝癖の間から、白髪が一本見える。毛抜きで抜く。とりあえず薬を飲もうということで、朝食を摂らず服薬。しばらく、ボーっとする。今日は日曜か。スウィーニートッドを鑑賞。話は面白いのだが、やっぱり、やっぱり、ミュージカルが苦手だ
対話検索型人工知能のBINGCHAT、本日も対話の結果を掲示していきます。本日第1の話題は、老朽マンションの末路についてです。高築年の老朽マンションは住人も老人化し、住人が亡くなっての空室も多く、建て替えはおろか修繕金すらまともに集まらなくなっていきます。そして金銭に多少の余裕のある人ほど退去してしまうそうですが、その人たちの狙いは、自分が間もなく死んだら子孫はかつての部屋の移転登記をせずに姿をくらまして、行政代執行の肩代わり請求を避けることのようです。本日第2の話
仲正昌樹さんの『ポストモダンの左旋回』(作品社、2017年)を読了しました。2000年前後に書かれた論考9編をまとめた旧版に、その後執筆された5編を加えた「増補改訂版」です。マルクスから語り始め、柄谷行人と浅田彰、デリダ、ドゥルーズ=ガタリ、リチャード・ローティなどのポスト・モダンの思想家とその政治思想を分析。14の章はそれぞれ独立しているので、自分が読みたい章だけを読めばいい(実際私も、第4章のほとんどと第5章は飛ばしました)。圧巻だったのは、柄谷行人の『マルクス/その可能性の中心
・ディスクルスとディスクールドイツ語のディスクルスという言葉と、フランス語のディスクールという言葉は、ともにラテン語から派生した言葉だが、この両者の意味的な差異は象徴的である。ディスクルスは、「討議/論議」という間主観的・間人間的なニュアンスを強くもつ。ハーバーマスは間主観的ディスクルスの可能性を広げようとする。ディスクールは、「言説」という無機的で乾いたニュアンスを強くもつ。フランスの思想家たちは、ディスクールのなかに無機質性や、さらには暴力性・闘争性さえも見て取る。討議=ディスク
人は、何を信じて生きていけば、幸せになれるのか?『【参加者募集】「心のケア」ができるようになるオンラインスクール!』あなた自身やあなたの大切な人の「心のケア」ができるようになるオンラインスクールを開催します!現代社会は、複雑な人間関係が渦巻くストレス社会と言われ、…ameblo.jp「お申し込み・お問い合わせ」「サービスメニュ一覧」は、ホームページへ♪無料心が楽になる公式LINE月1回程度、僕の日常の出来事の中で感じた、心が楽になる情報を配
柳津町で出土した約五〇〇〇年前の縄文土器には一対の土偶が付いている。目、鼻、口の輪郭がはっきりしており、お互いに向かい合いっている。肩、背中、腕や指も浮かび上がっている。おぼろげな人の顔や姿を描きたかったのだろう。土器自体からも、日本特有の大地の胎動である火山のエネルギーが伝わってくる。奥会津の沼沢火山の噴火は紀元前三四〇〇年頃で、それと無縁であるわけがない。人間が自己を自覚して生きるようになったのは、インドの釈迦、ギリシアの哲学者、イランのゾロアスター、旧訳聖書の思想、中国の諸子百
「自衛官幹部候補生なら誰でもいいんです。」「好きな人でなくても誰でもいい。」「余程気に食わない相手なら次々紹介してもらうから誰でもいい。」「自衛隊ってしょっちゅう遠くへ演習とか転勤とかで長く留守になるんですよね?」「自衛隊員って自分の身の回りのこと自分で全部出来るんですよね?いいですよねえ」「出来る限り遠くへ行っていて留守にして欲しい」「帰ってこないでいい。」「譲って年に一回帰ってくるくらいでいい。ちょこっと帰ってきたら直ぐに出て行って戻って欲しい。」「自衛官幹部候補生って収入い
話の続きになります。お話は伊藤貫氏です。(以下、伊藤貫氏)プラトン哲学の話へ移ります。プラトンとソクラテスの関係が非常に面白いんです。ソクラテスはプラトンの先生で、ソクラテスという人物は、奇妙な人で、たいへん立派な人であって、しかもちょっと滑稽な処がある人なんです。プラトンとアリストテレスはあんまりユーモアセンスが無いんですが、ソクラテスは非常にユーモアセンスのある人で、しかもやたらと勇気のある人で、身体能力、体力も凄く強くて、身体体力が強壮で、ソクラテスは戦争に行くと
かつて昭和の頃1970年代1980年代には、短波放送はもちろん、中波放送でも『モスクワ放送』をラジオで耳にしなかった日はなかった。レソ〜ファ#、ミファソラソ〜レ〜。↑↑↑↑↑のインターバルシグナル。『こちらはモスクワ放送局です』のID。更にはロシアとすぐ分かる『ソビエト連邦国歌。』〈現在のロシア国歌。〉インターネットのない時代、外国の情報は短波放送が主な情報源であった。https://mainichi.jp/articles/20230108/ddm/001/030/1130
この写真は1990年頃のお茶の水スクエアA館です(´┐`)。もうだいぶ前に主婦の友社から日本大学に所有権が移ってたとのことで、B,Ⅽ館も解体されて病院に。A館も法科大学院になったり図書館になったりして、今は日本大学お茶の水校舎って看板上がっているようですね(´┐`)。。中にあるカザルスホールも10年以上休館のままみたい。。(´┐`)残念。。磯崎さんが12/28日に亡くなられたとのこと。こちらも残念ですが、91歳にもなられていたのですね。合掌。日本大学お茶の水校
鏡餅はもうご用意されましたか。こんにちは。埼玉県北本市で"楽しむ家づくり"のお手伝いをしている蓮見工務店社長蓮見幸男です。只今ダイエット中。すごしやすい間取りや素敵なデザインつかいやすいキッチンなど一つひとつをみんなで相談しながら決めていくそんな、家づくりの楽しさを満喫してもらいたくてはりきって工務店やってます。こんなおうち、つくってます。そんな"楽しむ家づくり”をもっと多くの人に知ってもらうためはじめたブログの今日が
名古屋へ。ハヤシハンバーグを学食へ。いつもと違いトークと分析中心。ポリコレとかポストモダンとか。寝過ごして降りた町田で小籠包とラーメン。
ところが、東洋では精神に対する自然の優位が古来圧倒的であり、自然は循環的な再生産に於て捉えられている。社会規範と人間内面性をともに、宇宙自然の法則のなかに吸収せしめ、一切の変化を価値低き仮象とし、この背景に、動かず変わらざる理を最高価値として、万象のうちに求めようとする朱子学的思惟方法はまさに、こうした東洋的汎神論の一形態であり、その最も強固な理論的武装の一つであった。従って日本の儒教思想の内部に於ける歴史意識の成熟は、まことに荊棘の道であったが、それだけに、それはマイネッケのいう以上に、全東洋
世界大戦後、様々な概念を表す言葉が生まれた。中には死語になったに等しい言葉もある。その言葉とは、政治、文化、さらには文明観を表すもの。「ポストモダン」を一例にあげてみよう。少し考えてみたら分ることなのであるがこの言葉は、世界に冷戦構造がなかったら生じなかっただろう。「ポストモダン」は、様々な既成の権威(価値観)、特に、死語になったが「イデオロギー」を拒絶するものであり、個人主義やヒューマニズムの復活を目指すものであった。主には20世紀後半に栄えたもので、多分に僕らの世代
日本における左翼メディアが劣化したのは、今に始まったことではない。佐伯啓思も80年代から主流になった「ポストモダン」なるいかさまを見抜き、痛烈に批判したのである。「人々が共通にもちうる大きな価値観などもはや存在しない、ということです。『鴉の勝手でしょう』というわけで、皆が『カア、カア』と勝手に鳴くことをよしとする時代だった。東を向いてなくカラスもいれば西向きのカラスもいる。下向きもいれば上向きもいる。地声のカラスもいれば裏声のカラスもいるというわけで、何でもありで、しかもそれでよい。かくて、
ハヤカワepi文庫の「愛のゆくえ」の骨格の無い浮いたような文体を味わって以降、その他の作品が気になっていたリチャード・ブローティガン。このブローティガンの作品通読というより、ブローティガンの作品蒐集自体に身骨を砕いていた時期があり、既に絶版状態となっている作品を6〜7冊揃えたことがある。無論今もその大部分が、棚に整然と並べられた状態ではあるのだが。実は、以前綴ったマシスンの「激突!」の前に、ブローティガンの「ホークライン家の怪物」という、作者のシリーズ(話はそれぞれ全く独立し
イーグルトンのポスト
ほぼネタバレ無しで語ります。観た人も観てない人もどーぞ。0:54各方面での反響4:50ぽんちぃが絶賛するポイント6:33SF作品としての世界観8:42独特のテイスト9:50深層レベルと呪い11:53シリーズの展開と変遷18:20作品の背後に感じる文化的構成要素25:27アニメ1期の構成29:27劇場版深き魂の黎明の構成34:54アニメ2期の構成52:04我々の生きる現実世界さらに、ネタバレありでも動画出しました!関連動画Reac
最近のちょくちょく耳にするようになった「ポストモダン」。今回はモダン・デザインからの脱却を目指して生まれた芸術運動、『ポスト・モダン』についてまとめていきたいと思います。そもそもモダン・デザインとはモダン・デザインの出発点となるのが、19世紀末のヨーロッパで起こった産業革命による技術の発展です。大量生産と大量消費を背景に生まれたのが『アーツ・アンド・クラフツ運動』です。イギリスのデザイナーであるウィリアム・モリスが主導したこの運動は、中世の
我が読書会では、毎年12月恒例で本と詩の交換会を行っている。この2年以上コロナ禍で、不本意ながら欠席を余儀なくされているが、このイベントとともに、美味しい料理とお酒を嗜む忘年会は、メンバーの方々との距離を近づける意味においても、非常に愉しい一夜なのである。さて、本と詩の交換をどのようにするかと言うと、交換に出したい本とお気に入りの詩(詩人のもの)を書いたコピーを持ち寄り、それぞれランダムに取り上げその詩を朗読し、誰が持ち寄った詩かを当てるゲームのようなものである。選詩もその人の特徴が出
外尾悦郎著『ガウディの伝言』読了。ガウディの伝言(光文社新書)Amazon(アマゾン)100〜4,200円形、数字、謎の部屋…サグラダ・ファミリアの彫刻家が読み解く天才建築家のメッセージガウディは本当に人間を幸せにするものをつくろうとしていたと思います。そしてまた、人間がつくり得る最高のものを神に捧げようとしていました。建築や彫刻などの造形だけでなく、光や音も組み合わせた総合芸術。それがガウディの構想していたサグラダ・ファミリアです。……また、ガウディの作品は、人類が向かう
『浅田彰×先崎彰容対論旧統一教会問題&国葬世論の空気感と日本人』【前編】|FNNプライムオンラインBSフジLIVEプライムニュース。9月2日放送分連日、メディアを賑わせている旧統一教会問題と安倍元首相の国葬をめぐる賛否。岸田首相は公務復帰早々に説明会見を開き国会での質疑にも応じる姿勢を見せたが問題の本質は、一体何なのか…80年代の二ューアカデミズム以来、日本の論壇を牽引してきた浅田彰氏と保守の論客・先崎彰容氏が対論。与野党の“政治的な応酬”が賑わう…www.fnn.jp『浅田彰×
一度は時代遅れになったように思われた哲学が今なお命脈をたもっているのは、その実現の機を逸したからである。哲学が世界を単に解釈してきただけであり、現実を断念することによって自分のなかでいじけきてしまったというあの略式判決も、世界の変革が失敗に終わったあとでは、理性の敗北主義になってしまうだろう。理論としての理論など時代錯誤ではないかという日頃の嫌疑を具体的に確証するための場所を、世界が提供してはくれないのだ。おそらく実践への移行を約束していた解釈が十分なものではなかったのだろう。8Philos
『ゴジラ』東宝、昭和29年(1954年)HenryDarger'sDrawingfor"IntheRealmsoftheUnreal".ヘンリー・ダーガー(HenryDarger,1892-1973)アンネ・フランク(AnneliesMarieFrank,1929-1945)魯迅(LǔXùnorLuHsün,1881-1936)D・H・ロレンス(DavidHerbertLawrence,1885-1930)HenryDarger'sRo