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8月終わりにバルセロナに住んでいる息子Sが帰省した。去年のクリスマス・お正月休み以来なので、8ヶ月ぶりだ。私はSと7月ポーランド、3月はウズベキスタンに一緒に行ったので、ローマ以外で時々会ってるけどね。久しぶりに家族全員集合、パンテオンのすぐ横にある、ちょっと洒落た中華レストラン、グリーンティに行ってきた。点心盛り合わせ。じゃがいものパスタで巻かれたエビの天ぷら北京ダック。レスト
先日、映画を見に行く前に時間があったので、近くのサン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネ聖堂に行ってきました。1644年にできたボッロミーニ設計の小さな教会です。一級建築士の試験に出たこともあるそうです↓一級建築士の過去問令和元年(2019年)学科1(計画)問3-過去問ドットコム一級建築士の過去問令和元年(2019年)学科1(計画)問3です。試験対策として、過去問ドットコムで問題を解き付属の解説を読み、是非合格を勝ち取りましょう!kakomonn.comいつみても
毎月、第1日曜日は公立博物館、美術館入場がただになる!で訪れたのはトッレ・アルジェンティーナ広場。ムッソリーニが1920年代にローマを大々的に改装しようと道を掘り返していたら、この広場が現れてきたそうだ。実はここ、つい最近まで中に入れなくて、ネコの散歩道と化していた。中に入って見れるようになってからは猫は激減したけど、まだ2匹いた。古代ローマ時代の石の間
こんにちは!タコリーナです!引き続きの…イタリア全力疾走旅日記に御座います。。今回はその40..よろしくお願い致します!※※※※※※※※※※※※※※※※※※※さて…ナヴォーナ広場にやって来た。。古代ローマ時代は競技場だったことから、、この様に広大で、長い感じの形になっている。。1世紀、ドミティアヌス帝の命で建設された競技場を…(因みにドミティアヌスはあの“お〇っこ税皇帝”ウェスパシアヌス帝の息子)17世紀、教皇イノケンティウス10世が、そのまま催事の場として改修、整備した
最近バタバタして余裕がないところへ、多摩美の美術史講座x2を聞かねばならず。Zoomではないので後追いで聞けるけど、保管期間は1週間。期限までに聞かねば!とあせってギリギリ2日に分けて視聴。2人の講師の方のうち、おひとりはスローなお話し方だったので思わずx1.2速度で聞いてしまいました。でももう一人は早口で1時間半の間にてんこ盛りにしてくださったので通常速度でもノートが取り切れないほど。おひとりはバロック建築のなかでもボッロミーニvsベルニーニのお話。もうおひとかたは俵屋
建築と空間イタリア1994年4ローマ(4)パンテオンから西へ200メートル程のところにナヴォナ広場がある。例によって真っすぐ道が繋がっているわけではない。広場には北からネプチューン、四大河、ムーア人と3つの噴水が並んでいて、後の二者はベルニーニの設計だ。広場中央の西側にはサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会が建っている。こちらはボッロミーニの設計ということだが、端整な外観ではあってもボッロミーニらしさは感じられない。ここでは、クリスマス市の露店やメリーゴーランドを眺めて
資料を読んで答えよ【資料】イタリアでは、完成されたバロック様式は1630年代のローマで生まれたと考えられ、その中心となったのが彫刻家ベルニーニでした、卓越した描写力で物語の一瞬をとらえ、彫刻の設置空間も一体化させた寓意的で劇場的な表現を生み出しました。また、同時代の芸術家たちも錯視的な空間を創造しています。(a)一方、スペインでは16世紀半ばからの文化の「黄金時代」を迎え、王室への客観的な姿勢で驚異の視覚芸術(b)を生んだベラスケスをはじめ絵画や彫刻、文学などで多くの芸術家を輩出しまし
j調べものしてたら、ベルニーニの住んでいた家をみつけた。サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂近くのパオリーナ礼拝堂側にお母さんと弟が住んでいた家ってのがあったの、前に書いたけどね、碑文があるの。あとね、トレビの泉やスペイン階段近くのメルチェデ通りの11番地と12番地がベルニーニ家の所有だった建物。1600年代の建物で、ベルニーニの工房が白い建物の1階だったんだって。フラヴィア・ナーノさんっていう人が1641年にベルニーニのお父さんに売って、
昨日の午後から突風が吹いたりやんだり、、、今日と明日はいつ雨が降り出すかわからない変な天気です。北イタリアは洪水になったり、木が倒れて子供が怪我したりしているのでこういう日は、家にいたほうがいい。昨日はコカ・コーラを夜飲んだせいでなかなか眠れず、、、早起きできなかった。だから、昨日のお散歩で見かけたずっと気になってた洗礼堂みたいな建物を調べてみたわ。サン・ジョヴァンニ・イン・オレオ教会ChiesadiS.GiovanniinOleo
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会BasilicadiSantaMariasopraMinervaポンペイウスが建設したミネルヴァ神殿の「上に(ソプラ)」13世紀末に建築着手され、15世紀に完成したローマ唯一のゴシック様式の内部構造を持つドメニコ派教会教会内部カラファ枢機卿が「進学大全」を著した聖トマス・アクィナスに捧げたカラファ礼拝堂『聖トマス・アクィナス(聖トマスと枢機卿カラファのいる受胎告知)』フィリッピーノ・リッピ作1490~枢機卿を
クイリナーレの丘にあるふたつの教会へ。うちの義父がバイクでブイブイいわせていた数年前、大興奮で、偶然通ってなんとかく入った教会がすごかった!今まで何で知らなかったんだ!と言っていて気になっていたの。歴史に詳しい義父がどうしてここを知らなかったのか不思議ですが。私もやっと行けました。でも、ロックダウン前でしかも半年も前に。汗食べ物ブログばかり書いててはダメですね。せっかくイタリアにいるのに出かけなくては!このクイリナーレ通りにはバ
フランチェスコ・ボッロミーニ(FrancescoBorromini,1599年9月25日-1667年8月3日)は、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ、ピエトロ・ダ・コルトーナと並び、イタリアのバロックを代表する建築家です。同じバロック建築でもベルニーニの古典主義的で端正な作風に比べ、サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ聖堂のように曲面を多用し、幻想的な効果を上げることを得意とし、後のバロック建築に与えた影響は大きかったようです。1634年にサン
スパーダ宮PalazzoSpadaに入ったことを書いておきます。ガイドブックにも載ってるけど数行しか紹介されてないと思うので。建物が国務院として使われているのですが、ほんの一部ですけど、国立絵画館が入っていて中が見学できます。中世のお屋敷のお部屋そのまま残されているんです。絵画館はまた今度気が向いたら書きますが今回はここで一番好きな中庭だけ紹介します。オレンジの木が可愛いルネッサンスとバロックの間の頃、1530から1610年頃の
こないだのレストランの食事の後、友達とローマをプラプラ歩きました。リペッタ通り、バブイーノ通り、コルソ通りと、ジグザク、かなり歩いた。毎回、日本から来た友達とローマのお散歩をしていて思うんだけど、普段入らないお店に入れて嬉しい。そして、店員さんがニッコニコ。もう初めのチャオ!から、買い物を楽しんでいるのがわかるんでしょうね。私は、買うと決めないとお店に入らないし、気に入らなかったら買わないぞと、気合を入れて入るので、できるだけ構ってくれるな、オーラを出してる
カンピドリオの丘の上に登ったら、アッピア街道のマイルストーンを見つけた!ここにあったんだー!一マイル目の場所からカンピドリオに移設したと調べてたんだけど、どこかわからなくて、今まで見落としてました。またしつこくカンピドリオに来たのは、ピントリッキオの特別展を観るため。個人所有の下のマドンナが拝めます。写真は撮ってはいけなかったので、ネットで調べて探して、また書きます。カンピドリオについては、私のホームページに今ま