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土曜日に久々となるホハレ林道出動をして来ました。本当はもっと早く行きたかったのですが、休日になると雨が降る・・・と言う状況がつづいてしまって遅くなってしまいましたよ。スーパーカブで走るホハレ林道2025年11月ちょうど紅葉のシーズンとなっており、いつもの揖斐渓からの眺めは最高でした。やっぱりカブでの出動はリフレッシュ出来ますね。そして目的地のホハレ峠。また石仏の顔がもいでありました。正直なところこう言うことをする奴がここに来ると言うのは気持ち
久々にホハレ林道を走って来たのはいいのですが、10月中頃の工事完了後、ネットの調子がたまに悪くなる現象が起こるので、先ほどモデムのようなものを交換していただきました・・・などなど本日は多忙につき、皆さん大好き公明党のポスターで乗り切ります。大垣市は10件に一件以上は創価学会です。みーんな池田大作先生大好きですね。それでは、また明日!!にほんブログ村↑宣伝のため是非ともクリックをお願いします!!
ホハレ峠から両側にブナ林が広がる作業道を1kmほど歩くと木材の集積場に着く。そこは少し開けた感じになっているが道路は二つに分かれる。そこで山菜採りに来ていた地元に人に聞くと、上へ行く道路はここで通行止めになっているが、下側へ向かう道路は旧徳山村門入地区の近くまで行けるとのことだった。さすがにそこまで行くのは時間もなく、ここで引き返すことにした。ブナの根元が曲がっているのは、幼木のころ雪に押さえつけられたことによるもの。木材集積場近くのブナの大木。ブナの主か。近くまだ
ホハレ峠から旧徳山村の方に向かって作業道が延びている。木材搬出用だとかダム管理用のための道路だとかいわれているがまだ未完成である。行けるところまで行ってみることにした。峠を越えて徳山側から見た景色。新緑が山の上部へ向かっていた。作業道と新緑の木々。道はしっかりしている。車は通れるし実際この先に車が停まっていた。峠からしばらくはブナの林が続いていた。爽やかな緑一色である。ブナの幹と若葉ブナの間から見る山肌カエデの花が咲いていた。
中断していたホハレ峠の続きです。ホハレ峠は旧徳山村と旧坂内村の境界にあり、昔は徳山から県内外へ働きに出る人たちが通った峠である。どちら側も標高差約400mの山道を上り下りして峠に着き、さらに滋賀県境の峠を越えて行ったという歴史をもつ峠である。今は徳山ダムができて村民はすべて移住してしまったが、なお一部の集落にはわずだが農作業などで往来している人がおり、この峠を通っているとのことである。峠近くの山。針葉樹も結構多い。坂内側にはわずかだがヤマザクラが咲いていた。ホ
4年前にホハレ峠へ行った時、その帰路に親子の熊に出会った。熊を見たのはこの時以来ないが、比較的麓に近い場所で車に乗っている時だったので恐怖心はなく撮影できた。今回その付近は車で通過して途中で駐車して歩くことにした。標高が高くなるにしたがって新緑の様相や見る花も少し違う感じだった。見上げた空には日暈がかかっていた。天気が下り坂の予兆である。新緑は続く。林道の法面に咲いていたヒメウツギ。岩肌にイワナシの蕾。果実はおいしい。これも
揖斐川町坂内と旧徳山村との境になるホハレ峠にいきました。この峠は標高が814mあります。ここから門入への道があり、往来は門入の人々の生活道路でありました。現在は落石の恐れがある為通行禁止になっています。現在はホハレ峠から峠登山道を沿うように道路が建設されています。この道は門入の途中にある黒谷第一砂防ダムの管理作業道になります。今回はホハレ峠からこの作業道を途中にある木材集積所まで、約2㎞ほど歩きました。この林道の一帯は徳山ブナ林が広がっています。林道を今まさに真っ盛りの新緑を観ながら歩き
猿と遭遇して坂内川沿いの国道をさらに先へ進んで行くと川上浅又川との分岐があるので、その川沿いのホハレ林道へ入る。林道はところどころ小さな落石があるが、それほど荒れてもいない。林道周辺の山々はまさに新緑で気持ち良い。川上浅又川は4kmほど進むとこのような細流となる。この付近は少し開けた感じで沢沿いにサワハコベも咲いていた。この付近で標高500mくらい。やはり里より少し季節が遅れている。斜面に群生していた白い花ニリンソウだった。
揖斐川町坂内川上から川上浅又川沿いの林道でホハレ峠にいきました。ここには国道303号線の坂内川上からホハレ峠への林道を、旧徳山村との境にあるホハレ峠にいきました。この道は旧徳山の主に門入の人々の生活道路になります。この林道を坂内川上から川上発電所を左に見て、川上浅又川沿いの山際の山道を上がっていきます。川上浅又川に架かる橋を渡って今度は山の南側を、さらに山回って反対側を上がっていきましたが、途中道路斜面が崩れて通りずらい所が、ありましたのでここの手前で車を駐車して歩いてホハレ峠にいきました。
ホハレ峠への道を川上浅又川の源流近くの橋までいきました。ここから道は橋を渡って右折して坂を上がっていきます。道は山の南斜面を尾根沿いに上がっていくことになります。道はよく見ると大きくえぐられ崩壊しているところがありますが、自然の恐ろしさを感じます。道は自然林が広がり、大木を目にします。よく周囲を見渡すと植林された杉林は少なく感じました。少し上がっていくと北側の斜面のフジバカマにアサギマダラが止まるこを発見しました。その他サカハチチョウがいました。少し急な南斜面を上がり切ると、道は大きくカーブ西の
揖斐川町の坂内川上から旧徳山村への道を歩きました。むかしこの道は旧徳山村の門入の人々はホハレ峠(標高814m)を越えて坂内川上、さらに滋賀県への大切な生活道路でありました。3年ほど前にホハレ峠までいきました。今回は途中までいきました。国道303号線の坂内川上からホハレ峠への道を川上浅又川沿いに上がっていきます。この川に架かる地蔵橋を渡って左に川上発電所を見て右折します。林道は浅又川沿いの狭い道になります。対向車を気にしながらあがって行くと、右て大きな堰堤があります、このあたりに前にきた時に親子ず
ホハレ峠ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡[大西暢夫]楽天市場2,090円ダムが建設されることによって移転を余儀なくされた、ある集落に住む一人の老婆の人生を追ったドキュメンタリーです。と、書いてしまうとどこにでもありそうな内容と思ってしまいますが、まさしく日本のどこでも起こっていることなのです。それがとても切なくて悲しくて、失ってしまったものの大きさに気付かされることは多いはずです。ダムの寿命は100年と言います。一人に人間の長さでしかないので
引き出しの、奥の奥に乾燥赤こごみが眠っているのに気づいた。何回も湯がき溢しを繰り返す干しこごみを構う手間がないまま慌ただしく、存在すら忘れていた。少し前に読んだ『ホハレ峠』の廣瀬おばあさんの山料理に刺激されていたのかもしれない。突然赤こごみを煮る気分がわいた。たっぷりの水をはった鍋に入れ、湯が沸いたらそのまま冷まし、また水を代えて火にかけるを繰り返し戻したこごみと油揚げを、出汁で煮る。外遊びから帰ってきた子供の髪から立ち上る、あの日向くささと同じ味がする。伝わる料理を知らぬ都会生まれは
ハァーこの家の旦那様は俵積みが大好きでお国はどこかとお聞きあるコラ私の国はナアコラ出雲の国の大福神日本中の渡り者コラ俵積みの先生だ先月に仕上げたザクロとドングリの図案と、あらためて向き合い直す。熟した実が溢れんばかりのザクロや丸々したドングリのふっくら感も手強いが、その豊穣の喜びを踊るように彩る樫の葉のステッチの表情がなかなか超えられない課題なのだ。俵倉には米を積むコラ七万五千の御俵をば七十五人の人足で
図書館で予約していた本が確保できたという連絡がありさっそく図書館に行ってきました。大西暢夫著「ホハレ峠」です。昨年8月に予約して以来約半年待ち!なんでこんなローカルな峠がこの長浜でこんなに人気があるのか、やや理解に苦しみますね。余談其の一この本の主人公(表紙の写真の方)は廣瀬ゆきえさんとおっしゃる方で、かのH氏の実のお母さんであるとか。氏がホハレ峠のお地蔵さまの前でそうおっしゃってました。余談其のニ氏は冬の間、インドネシアの離島の別荘で過ごしておられるそうですよ。
『ホハレ峠ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡』写真・文大西暢夫彩流社カメラマンである著者は、ダムに沈むため廃村となった徳山村を歩き回るうち、ダム建設に反対し、村の最奥に暮らし続ける夫妻と出会う。夫の死後、妻のゆきえさんは危険地域となった村を出ることになる。著者は、一人残されたゆきえさんに話しを聞きながら、ゆきえさん、夫の司さんの人生をたどっていく。徳山村よりさらに山奥に位置する小さな集落。そこにはかつて、血縁で支えられた共同体が息づいていた。子どもはよその子も入り混じって育ち、頼母子
現金化したら終わり。「ホハレ峠」2020年寿命わずか100年と言われるダム、そのために失った計り知れない価値。お金を使う場所がない。農作業は全て自分たちの生活のため。越冬のため。それで幸せだった。頼母子(たのもし)というクラウドファンディング。それでうまくいっていた集落。素手でマムシを掴み、引き裂いて食べるすべ。一度も倒れなかった。代々受け継いできた血を絶やさぬ工夫。開拓者魂を持ち、結束力が異常に強い集落。全てが水の底。岐阜県揖斐郡徳山村から開拓の地北海道真家狩村へ。そしてま
鳥越峠で琵琶湖の展望をたんのうした後、まだ時間的な余裕があったので朝いったホハレ林道に再び行きました。朝車を止めたところより少しホハレ峠に近く、川上浅又川を渡って山沿いに車を止める林道を歩きました。昨年秋に来た時に比べて早いせいか花も多いに思えました。林道を歩いていると大きな木を積んだトラックを見ましたが、峠あたりの大木を切り出しいるように思えました。山友Ⅿ氏と林道を下って来ると林道と並行して道があったが、この道にはめずらしい花がありそうと話しながら車を駐車場しているところをに行きました。
翌日、7時ころまで爆睡しておりました。夜半の豪雨もあがり今は曇り空。時々小雨が降ったりお日さまが顔をのぞかせたりしています。朝飯を済ませ、付近をうろつくことにします。H氏が様子を見に来られないので、今日はこちらには居られないようです。林農園さんの犬に吠えられながらやってまいりました、ヘリポート。下の写真、左へ下っていくとヘリポート。右は「町道・立石谷甚酌線」と言うことになります。さてここは地図中の赤丸地点の橋。期待したものと違ってガードレールのいたって愛想のない橋です。堆積した泥濘
時刻は15時。まだまだ日暮れには遠い時間帯ですが、迷っております(笑)今回、新旧2台のスマホを持参し、旧の中華端末を山旅ロガー専用に、新の方は現在地確認用しておりますがどうも旧のGPSがおかしい。帰ってから分析したログの結果…左が作業道末端部で右端が門入です。大きな間違いだけでも赤丸の3か所あります。しかも最高速度が48.07Km/hてあり得ん!!(笑)開始・終了時間はほぼ正確です。なんと素直に行けば2時間ほどの所を4倍の8時間かかったわけです。この間写真がございません。明るいうちは
2020年7月31日、早朝の景。雲が低く垂れ込め小雨が降っています。昨日(30日)は晴れていましたが、日付が変わるころ一転して豪雨となりました。明け方には雨も上がり、今は小雨の合間に青空ものぞく…という塩梅。ここはみんな大好き門入。昨年6月のリベンジを果たすため、テントを担いで行ってまいりました。[約一名様は顔を隠すなというお叱りを受けましたので(笑)]昨年は都合によりこのような写真を撮るのが精一杯でした。さて、昨年も日帰りとはいえ一応現地に赴いてはおりますので、同じ経路では面白
さて、運転席から顔をのぞかせたH氏に行き先を質されます。「観音様が破壊されたという話を聞いて、それを確かめにホハレ峠へ…」と答えたとたんに鋭い目つきになったH氏「どこでそれを聞いた?何で知ってる?」的なことを聞いてきます。気の弱いワタクシは正直に、お友達のブログで知ったことを白状しますと「わし、ブログたらやらんし何のことかわからんわ~」とか言いながら去って行かれました。自分が設置した(やっぱりね!そうだと思ってた(笑))観音さまが壊されかなりご立腹の様子で、このあと警察に届けに行くそうです
sero-さんの6月14日の記事を拝見し、行方不明になった峠のお地蔵さまの代わりの観音さまが破壊されていると知りました。15日は天気もまずまずだったので、この眼で確かめるべくホハレ峠に行ってまいりました。今更ながら付近の地図を…今回は、鳥越峠を通りホハレ林道に入ります。13,14日と大雨警報が出るほどの豪雨だったので、少々心配ですが・・・鳥越峠は昨年10月以来です。鳥越林道、ホハレ林道とも心配していた土砂崩れや路肩の崩落などもなく普通に通行できます。ただし路面は川状態ですけどねホ
峠歩きは同じ坂内地内の蕎麦粒山登山口に通じる大田川林道と、ホハレ林道を山友Ⅿ氏と検討したところ、ホハレ峠と珍しい名前の付いている等からここにしました。来る途中で、地元の人に林道のことを聞いたところ、道は狭いが舗装された道と聞いて目的地に向かいました。途中で車を止めて歩き出しました。林道入口で工事をしていることを知り、今日は工事をやっていないことはしていことを確認した。峠までは約5,6kmで道は舗装され紅葉を見ながらのいい感じの峠歩きとなりました。まず車を止めたところの山を廻りこんで北側の道に
徳山ダムの建設により旧徳山村は全村離村となったが、ダムの最高貯水線より高い地域の集落は水没を免れた。その地域は門入(かどにゅう)というが、その集落へ通ずる道路は水没し集落へは行くことができず生活もできなくなり、結局すべての住民が村を離れることになった。かつて村人の多くは門入地区を通り南に位置するホハレ峠を越えて村外に出たので、昨日紹介した女工になるため町にいく娘たちも、この峠を越えたのである。峠にはお地蔵様が置かれていて、峠を通る人は無事を祈ったり感謝の気持ちで手を合わせたことだろう。
記事は昨日の続きです。車を林道の途中にデポして歩いてホハレ峠へ向かう。山々の紅葉は見事な色彩を見せてくれ、青い空には秋の雲がすじ状に伸びていて素晴らしく気持ちのよい山歩きとなった。車をデポした辺りは標高約500mで、ホハレ峠の標高は814mであるから約300mを上ることになる。道は舗装されて歩きやすいので疲れはあまり感じなくて上るという意識はなかった。道の両側には木の実や草の実があり、車では気づかなかったと思われ歩いたことが正解であった。林道(ホハレ林道)はまだ伸びている
揖斐川町の最北部に徳山ダム(徳山湖)がある。ここにはかつて徳山村があり、ダムの建設により全村の住民が離村した地である。まだ車社会になる前の昭和初期までは、この村の人々は歩いて峠を越え、大垣や岐阜あるいは滋賀県方面へ向かった。その峠のひとつがホハレ峠である。その名前の由来は末尾に記載しましたので関心のある方はご覧になってください。「ホハレ」とカタカナ表記されることが不思議な印象であり、ある種のロマンを感じる人も多いようで、ネットを見ると山歩きの人やサイクリスト、廃道ファンの人が多く訪ねてい
先週の土曜日(9日)友人M君と奥山へ出かけた。2人とも体調は万全ではないので、山登りではなく山歩きである。目的は山では紅葉が見ごろになっているのではないか、まだ草花の多少は見られるのではと思ったものものである。目指したのは紅葉の名所は人込みで嫌なので、人のほとんど行かないところにしようと2人で相談して、先日と同じ越美山地のホハレ峠にした。ホハレとは変わった名称であるが、その紹介は明日の記事にすることにして、今日はその峠へ向かう途中の景色や花などを紹介したいと思います。揖斐川町の
6月初めに、ブロ友の山神さん主催のイベントに参加させて頂き「門入集落」へ行ってきた。門入集落をご存知ない方も多いと思うのでざっくり説明すると、岐阜県の揖斐川上流にあった村がダム開発によって沈む運命になったが、水没を免れた集落が今もひっそり山奥に存在する。今現在そこへ行く手段としては主に①今も先祖代々の地を守っている門入集落出身者のために、ダム湖を渡す定期船が出ているのでそれにコッソリと人知れず紛れ込む②門入にある緊急時用のヘリポートまでヘリ子ぷチャーターしてバブリーに参上③山の中を2時間以
さて、そんなわけで一人進軍を開始した私です。まずはお地蔵さまに道中の安全を祈願・・・したい所なのですが、お地蔵さまは昨年盗まれたのだとか(RKパパさん談)おい盗人、黙っといたるさかいこそっと元に戻しとけ(怒)気を取り直して進軍開始!!まずは地図を・・・赤線は山旅ロガーのデータです。道そのものは明瞭なのですが、幅が狭く両足を並べて置けないほど。しかも谷は結構深い所もあり気が抜けません。特に滝や堰堤を高巻くところなどけっこう怖いです。小さな丸木橋を2ケ所ほどわたると、この橋が架かって