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商品名やお店の名前に「発酵」という文字が目に入ることが増えました発酵食品や化粧品の人気が高まっていることもありますし特定の物事や情報に意識が向くとそれに関連するものが目に入りやすくなる「選択的注意」という心理現象かもしれません私は発酵と古事記が好きなので発酵✖️食物繊維「ぜんぶ腸にいい」ニチョウメカフェNINIGI古事記に登場する邇邇芸(ニニギ)と関係あるのかわかりませんが店名が目に入り、気になっていたので行ってきましたNINIGIというのは「天孫降臨
いやあ・・・これ私が新潟に出発する前の日の動画。揺さぶられました。私、今日あらためて観なおしてハッキリとわかりました。物部崇神天皇の息子垂仁天皇出雲系大彦の娘狭穂姫さほひめとか田道間守とか中東とか私に降りたリンクワードがまたここにふんだんに。それはまた後で考察しますね。ナーガは出雲だね🐉そして大物主系統だねそして垂仁天皇はエンリルだったんだね42:01~括目入彦五
東小浜駅から、国道27号線を挟んで南側に若狭姫神社があります。この神社は、もう少し奥にある若狭国一宮である「若狭彦神社」の下社です。ここも御朱印が頂けるということで、立ち寄りました。参拝した後で社務所へ。無人でしたが、御朱印が置いてありました。ここには、上社である若狭彦神社の物もありましたので、2社分の600円を納めて頂きました。若狭姫神社の祭神は、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)。若狭彦神社の祭神は、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)。この2柱はご夫婦ですね。因みに、孫
お出掛けが多かったので、しばらく宮崎編が書けませんでした今日は久々に、2022年6月宮崎に日帰りで行っていた続きを書きますね~♪前回の記事は、炎の舞らくいさんでランチを食べた記事でした~♪『「炎の舞らくい」宮崎駅店(2022年6月日帰り宮崎旅)』2022年6月、宮崎に日帰りで行っていた続きを書きますね~♪『伊丹DPラウンジ(2022年6月日帰り宮崎旅)』京都に日帰りで?!行っていた翌週は・・・相変…ameblo.jpその後は車を走らせ、青島に。青
万葉集では、水江浦嶋子。場所は摂津国墨吉(住吉)とある。日本書紀では、神武天皇の東征の時の珍彦(うずひこ)がいる。後に椎の棹の話から椎根津彦(しいねつひこ)に。古事記では槁根津日子(さおねつひこ)。ほんとうの浦島太郎のおはなしの「水江浦嶼子」は丹後の人。古事記の外伝にある。神武東征は日本書紀では大分の豊予海峡の速水門で出会った珍彦・椎根津彦。古事記では瀬戸内の児島湾から明石海峡の速水門で出会った槁根津日子。話が食い違うが、一般には古事記が本当ではある。日本書紀は本
日本の歴史(Historyofjapan)ほんとうの・この国のかたち武内宿禰の子供とその子孫ひじかたすいげつ「国譲り」の前には神武天皇は奈良の磐余の地に。神武天皇の后である踏鞴五十鈴姫と綏靖天皇の后である五十鈴依姫の兄弟である天日方奇日方は金剛山の東・葛城に。その東・磯城には磯城王家が。そしてその東には登美山と三輪山が。ずっとずっと後には武内宿禰がこの地に。武内の宿禰の子供は併せて九人といわれる。「木氏」は後の「紀氏」。「木氏」の伝承に
日本の歴史(Historyofjapan)ほんとうの・この国のかたち日本の原王朝その2ひじかたすいげつ日本の原王朝は出雲。しかし、原王朝だからこそたくさんの原王朝が並立していた。神武天皇は磐余の地に居たといわれるが、もとは神武田じぶたと呼ばれていた地である。出雲の伝承では、三輪山のふもとに。神武天皇の父はウガヤフキアエズ命でもあり、イソタケでもあった。イソタケ五十猛は五十猛神社の地に住んでいた。八千矛大国主が亡くなった後、八千矛の子味
日本の歴史(Historyofjapan)ほんとうの・この国のかたち日本の原王朝ひじかたすいげつ日本の原王朝は出雲。しかし、当然のことながら原王朝は原王朝だからこそ並立していた。つまり、統一されていなかったからこその原王朝であるからであり、出雲以外にも原王朝はあった。しかし、最も有力な原王朝は出雲であった。そのため出雲からの国譲りによって第一王朝ができたことを「第一王朝」は記紀に記した。出雲以外の原王朝の一つが記紀を創った「第一王朝」であった
神様の家系図と日本人の家系図アダムよりも古いのはなぜかその32応神天皇はだれか?(18)ひじかたすいげつつづき物部の系図は九州の「ニギハヤヒ」と「ウマシマヂ」から。けして出雲にはいないし、大和にもいなかった。物部の系図の「ニギハヤヒ」から八代目、「ウマシマヂ」から七代目「十千根」が物部氏祖。そして「十千根」から七代目が有名な物部の「尾輿」。さらに八代目物部の「守屋」とつながる。「古事記」の天孫降臨神話ではどうか。天孫邇邇芸命が高
こんにちは。もりこですはじめましての方へ2019年5月に出雲大社へ行ったのをきっかけに神社巡りを始めて、その記録や神社のこと・神さまのことなどを綴っています本日は神さまシリーズです。(本や神社で伺った話、神話から、自分で感じたことなど、えー個人的な見解になります)浅間神社の御祭神、コノハナサクヤビメさんの息子さん、ヒコホホデミのお話ですヤマサチヒコやホオリと言った方がピンとくる方がいるかもしれませんコノハナハクヤビメとニニギの三男
サクヤヒメが嫁いできてからアッと言うまに数か月。嫁いできた日に初夜を迎え、ニニギはイワナガヒメの事など一瞬にして忘れてしまったの。だけど・・不思議なことに。この日、床を共にして以降2人は寝室を共にしてなかったんだよねいや・・別に避けてるとか嫌われたとかイヤになったとかじゃないんだけどさ。国造りの方もあるし・・・最近、色々と仕事が大変で疲れちゃうんだよ。だなんて疲れた中年みたいな事言ってるんだよねぇ。真面目なんだか不真面目なんだか、よくわかりません(笑)そ
真・この国のかたち序その12ホツマツタエその2ほんとうの・このくにのかたちはじめにその12ホツマツタエその2ひじかたすいげつつづきこのホツマツタエは、やはり新しい。景行天皇に大田田根子が奏呈したということは、別掲の私の古代史年代表で言えばAD192-222年。今の文字ではないヲシテという文字で書かれているので、古いと言えなくもないが、50音表になっているので、50位しかないということは、本当はそう古い言葉を表す文字ではな
鹿野田神社は西都市鹿野田潮にあります。ホホデミノミコト(ホオリ・山幸彦)を祀る神社です。古くは潮妙現大明神(うしおみようげんだいみょうじん)と言われていました。弘安(1278~1288)以前よりある由緒ある神社です。鹿野田神社の御神体は、ホホデミノミコトがワタヅミノカミから授かったという潮満玉・潮涸玉です。鹿野田神社の境内には、「潮満玉の泉」と呼ばれる海水の湧き出る井戸があります。この井戸は12キロも離れた、日向灘の干満に合わせて水位が上下す
ヒコホホデミ命(ホオリ・山幸彦)の御陵「高屋山上陵」は、宮崎と鹿児島に3つの候補地があります。①都於郡城の本丸あたり。宮崎県西都市大字荒武鹿野田。https://ameblo.jp/takuma-burogu2/entry-12590098643.html②高屋神社の境内。宮崎市村角町橘尊。https://ameblo.jp/takuma-burogu2/entry-12590488809.html③鹿児島県霧島市溝辺町麓字菅ノ口。https://a
高屋神社は宮崎市村角町橘尊にあります。高屋神社は景行天皇の行宮「高屋宮」の跡に建てられています。景行天皇が九州に下り熊襲征伐を行った際、この地に行宮を建て6年間滞在したと伝えられています。御祭神彦火々出見命、豊玉姫命、景行天皇。境内の一画には、ヒコホホデミ(ホオリ・山幸彦)の御陵「高屋山上陵」の参考地があります。しかしこの辺りは海岸に近い平野部なので、「高屋山上陵」とするには少し無理があると感じます。(注、高屋山上陵は宮崎と鹿児島に3つ
都於郡城(とのこおりじょう)は、宮崎県西都市にあった山城です。国指定史跡。南北朝時代に伊東氏が築いた山城です。標高100mの台地にあり、五つの城郭で構成され「五城郭」と呼ばれていましたが、遠くから眺めると、舟が浮いているように見えることから「浮舟城」とも呼ばれていました。この時代の山城は山を削って造っただけの城で、石垣等は築かれていません。本丸跡には伊東マンショの像が置かれています。伊東マンショは都於郡城下で生まれ、後にキリシ
豊玉姫神社⛩37才綿津見の神のお陰でホオリノ命は、兄ホデリノ命を打ち負かし、兄の隼人一族をすべて自分の部下にしてしまった不思議な満珠みつたまと乾球ひるたまのお話ですね。和氣ここからが竜宮城の乙姫様、と豊玉姫のお話しです。ホオリノ命は身ごもっている豊玉姫を竜宮城に残したまま地上に戻って海神の助言と二つの不思議な珠のお陰で兄に勝利して、故郷の国を治めていました。そこに臨月近くになった豊玉姫が訪れて、夫ホオリノ命に「私は早くから身ごもっていましたが、いよいよお産をする時期がまい
37才ホオリノ命は釣りざおをを失ったおかげで竜宮城に行けて良かったです。こういうのが凶を吉に変えるという事なのでしょう悪いことがあってもくさらずに努力していると良いことがあるよという古事記の教訓なのでしょうか。和氣そうとって見ると面白いですね。海幸、山幸の物語は、海洋民族と山岳民族の覇権争いの物語りなのですが、古代は末っ子が家を継ぐことになっていたので兄のホデリノ命を悪者とし、ホオリノ命が最終的には勝者になるように書き上げた物語なのです。初戦は海幸彦軍が勝ちをおさめ、最
10/7今日の言の葉こんにちは、翆春でございます今日の言の葉ワダツミの宮幸福な暮らし、平和、家庭円満、休息ホオリはワダツミの宮で出会ったトヨタマヒメと恋に落ちました。そこでの生活があまりにも楽しかったため、気づけば三年も経っていました。ホオリはここへ来た理由を思い出し、ホデリに釣り針を返しに行きます。散々責め立てられたため仕返しをしてやろうと釣り針に呪いをかけて返します。呪いで不幸になったホデリを助けると、ホデリは謝り、ホオリを昼夜問わず守ることを約束しました。(日本神話タロット
学生時代のノートに落書きしてあったのを・・・トレースしてみた四半世紀以上も時が経てば描き方の癖が変わるってだけでも元の絵を忠実に再現しようもナイのだがこれはホオリノミコトだったのだホオリは『古事記』に出てくる神でアマテラスとスサノオのひ孫山幸彦の名の方が知られてるがその名の通り、山の幸である獣を狩るのを日々、愉しんでたので皇子ではあるから端正な顔付きでも髪はぼさぼさで髭も生やかしてるそんな山男風キャラな気がしてたのだところがホオリは
鹿児島神宮です。天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでみのみこと)すなわち、火遠理命(ほおりのみこと)が祀られています。神武天皇(初代天皇)の祖父です。
ニニギノミコトはコノハナサクヤヒメをめとり、ホデリ、ホオリの兄弟が生まれますが、ニニギノミコトが崩御された後、跡目相続争いが起きました。勝利を手にしたのはホオリ(ホホデミ)ですが、その様子は、記紀の「海幸彦、山幸彦」に描かれています。ホデリ(海幸彦)、ホオリ(山幸彦)ホオリ(ホホデミ)の都は高千穂の宮と言われ、宮崎の青島神社にあったという説と、霧島の鹿児島神宮にあったという説があります。(父のニニギノミコトの高千穂の宮と同じ場所)
昨日、小牛田山神社に行きました。御祭神はコノハナサクヤヒメです。桜の語源でもあり、子授け、安産の神様でもあります。【コノハナサクヤヒメ物語】コノハナサクヤヒメはニニギノミコトが天孫降臨し、一目惚れした美しい神様。桜の語源はコノハナサクヤヒメから来たと言われ、その名のごとく、美しく咲き、散って行く、幸短い神様。コノハナサクヤヒメは山の神様、オオヤマヅミの娘。ニニギノミコトがコノハナサクヤヒメに一目惚れし、嫁にもらおうとオオヤマヅミに告げると大いに喜んだ。喜んだオオヤマヅミは一緒に
こんにちは千葉市美浜区アトリエ月と玉手箱🌛桜井ゆきです🌸車で九州を回っています🚙全ては記事に出来ないのでいくつかを備忘録として記載しますね🎵良かったらお付き合いください(p^-^)p宮崎県神話の里高千穂へ。先ずは高千穂神社です⛩️駐車場から既に光のシャワーが溢れます✨本殿へ行く階段本殿は木々に囲まれています。頭がぐわんぐわんしてくる😅縁結びの神様ですご祭神はニニギ命、お子神のホオリ命などです。ニニギ命の奥様は木花咲耶姫命ですね🌸そしてホオリ命は山幸彦
ちなみにこの神武天皇。太陽神アマテラスの血を引いているわけですが、彼が天皇に即位できたのにも大きな理由がありました。天孫降臨したアマテラスの孫ニニギは、山の神の娘コノハナノサクヤヒメと結婚します。ここで山の神の力を備えたわけです。そしてその子供ホオリ(山幸彦)は、海の神の娘と結婚します。ここで海の神の力を備えたのです。そしてその孫にあたるのが、カムヤマトイワレビコ。後の神武天皇なんです。山や海に囲まれた自然あふれる日本を守るためには、太陽神
【2017年10月18日の記事を再投稿です】鵜戸神宮のウガヤフキアエズの父、山幸彦の母親がコノハナサクヤヒメです。コノハナサクヤヒメはニニギノミコトの妃です。コノハナサクヤヒメを祀る神社がこの木花神社。漢字で書くと・木花咲耶姫・木花之佐久夜毘売・木花開耶姫そう!宮崎の木花という地域の名前が入っています。青島・木花は海幸彦、山幸彦の遊び場だったこの階段を上がるとなかなかの良い景色を眺める事が出来ます。コノハナサクヤヒメの子、「山幸彦」を祀る青島も見る事が
10/20今日の言の葉こんにちは、翆春でございます。今日の言の葉えてやみゆいかなるものぞととひならばやくしくらひてしんのみをみるNINEofCUPS鏡ノ玖ホデリとホオリKINGofPENTACLCES勾玉ノ王国護りの神オオクニヌシ逆位置.*・゚.゚・*.☆*。.*・゚.゚・*.☆*。.*・゚.゚・*.☆*。.*・゚やったぜ、ラッキー♪♪っと言えどもすぐさま喜ぶのではなく慎重にした方がいい時もあります。試される時、如何なるものでもその課題は
Facebookで行われていたあなたの守護神教えます。八百万の神開運ブック第2弾あなたの守護神を教えます結果は【コノハナサクヤヒメ】タイプは【斎】愛想がよく、自分の思いのまま大胆に行動するあなたの素質は、絶世の美しさを持ちつつも、火中で子供を産んだコノハサクヤヒメです。【基本素質】自主性が強い自分にしか出来ない事を追求する周りに左右されない無から有を生み出す企画力がある時代を読む洞察力に優れている単純作業の繰り返しても嫌がらない目的意識が強い周囲に対して愛想が良い
皆さんこんばんわまたちょっと間が空いてますwというのも、メインに使っていたPCが逝きまして、その中に宗像大社の写真も入っていたので、新しいPCをゲットしてデーターを移行してと言う時間でした。毎日毎日暑くてへばってしまうので速足で書いていきましょうwまず駐車場正面の巨大な建物。これが祈願所。APS-Cの10mm、換算16mmでも入りきらないw巨大ですwこの左奥が一の鳥居で、これです世界遺産宗像大社の参道。参道でいいんでしょうかね?w奥へ進むと厳かな雰囲気に変わってきます。さ