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前記事と日にちが前後しちゃうんですけど11・12日は休日だったので、なんか色々所要を済ませたりブラブラしたり・・・ミニカーネタはもう枯渇か?とか言わないで下さい(笑)午前中はお医者さんに行って、いつものお薬(合法のw)を貰って、普段の堕落した生活に関して先生に訥々とお説教を喰らったり。その後はお買い物に行ってみたり。ブラブラしてる途中で電車を撮ってみたり。地元の電車ながらE531はカッケー通勤電車だと思うんですよ。駆動系とか制御系は特急車両と同じだし、台車には高速
戦闘機隊総監の掛け声で再開したミグ21の製作。習作としてバングラデシュ空軍機を先行して進めていますので、今日は機体表面の銀塗装です。オラは、飼い主がサボらないように隣で見張っとくニャン!by造営大都督改め戦闘機隊総監ズブ高覧上級大将
少し前に完成したハセガワ1/72ミグ25フォックスバット戦闘機。こりゃ~、飼い主!次に納入予定のミグ21フィッシュベッド戦闘機はどうなってるかニャン!?by造営大都督改め戦闘機隊総監ズブ高覧上級大将(長い・・・・)という戦闘機隊総監の掛け声で再開したミグ21の製作。とりあえず、習作としてバングラデシュ空軍機から優先的に作業を進めます。
27℃(withA/C)69%10+05×2小×1今日はゆっくりとチベットに向かいます。ラジオでドジャースの野球聞けるかな?NHKでやるかな?⇒やってなかった。首都高は空いているし走り易かったね。⇒やりました。フリーマン。逆転満塁ホームラン。大谷君も2塁打打ったし満足ぅぅちょとしたニュースで知りました。あのMig25で函館に亡命したベレンコ中尉が昨年9月にイリノイ州の高齢介護施設で76歳で亡くなっていたことを。。ご冥福をお祈りいたします。彼のお陰で
前回は取り急ぎロールアウトを報告したミグ25。そもそも、ミグ25(MiG25が正しいのかな?)を開発したミグ設計局は、技術者のミコヤンと、その協力者グレビッチの名を冠したミコヤン・グレビッチの略で、第二次世界大戦前期には液冷エンジンの近代的な戦闘機、ミグ3を開発しましたが、悪癖の強い機体だったらしく、主力を占めるには至りませんでした。戦後、過渡期のジェット戦闘機ミグ9を経て、世界初の本格的な後退翼ジェット戦闘機ミグ15が朝鮮戦争で鮮烈なデビ
遂にここまで来ました!すぐに出勤の為、とりあえずここまで。ニャンニャン袁紹軍に破壊されないように、空自のファントム最終号機と共に格納しましょう・・・・。
ミグ25を優先的に作業しています。ミグ21の方はしばらく忘れてください(笑)完成までもう少し。そこで立ちはだかるのが、カリカリに劣化したデカール。案の定、水に浸けても変化なし(涙)。ミグ25の様な(日本では)不人気の機体を仕上げる時の私のモットーは、細かい部分は気にせず、とりあえず完成させる。1つ完成させる毎に上手くなる。未完成病(お手付きキット)は言い訳の固まり・・・・という言い訳をしながら強引に完成させます(笑)。実は、デカールの劣化は当初から心配していたんですが、同時平行(のはず
ミグ25を優先的に作業しています。ミグ21の方はしばらく忘れてください(笑)遂に主脚を取り付けました。さあ、もう少しです。
今日も予報は雨☔️明日からまた仕事なので、作りかけのプラモデルをチェック・・・・愛猫の挙動を警戒しつつ・・・・(笑)
ミグ25を優先的に作業しています。ミグ21の方はしばらく忘れてください(笑)主翼が付いたら、迫力満点!
ミグ25を優先的に作業しています。ミグ21の方はしばらく忘れてください(笑)キャノピーを仮に載せると、ずいぶん実感が出ます。ミサイルの位置関係が分からなくなったので、取説の完成写真で確認(笑)
ミグ25を優先的に作業しています。ミグ21の方はしばらく忘れてください(笑)尾部が形になってきました!ミサイル、キャノピーを最終仕上げしたいと思います。
2月からほったらかしになっていた作業。老眼が酷くなったので、ライト💡付拡大鏡は欠かせない(笑)ノーズコーンに入れる準備だけ2年前(笑)から済ませていた、機首用のウェイト(半田)。大きな胴体に作業は戸惑い気味。御来欧音工廠の狭いスペースは大型機の組み立てに向かないニャン❗️by田豊とらっきーミサイルの組み立てと、水平尾翼の取り付けが終了しました。
ユング派の心理学者、老松克博氏(大阪大学教授)が「法力とはなにか『今空海という衝撃』」という本を出しています。数日前に購入して読んだところ、中村公隆・大阿闍梨(以下、中村先生)の法力の数々を、ユング派の立場から分析した内容となっています。ネット上では、中村先生の法力について間違いや思い込みが少なくなく、正しいことを書いて欲しいと思って取材に応じたとのことです。この本には「ミグ戦闘機」事件のことも書いてあって、ミグ戦闘機が函館空港に不時着した時刻が、中村先生の約束よりも「7分早かっ
スピリチュアルに興味のある人ならば、真言宗鏑射(かぶらい)寺の故中村公隆・大阿闍梨(2023年12月逝去、享年97歳)について、その法力、神通力を聞いたことがあるかもしれません。私は新聞社を早期退職して中村大阿闍梨(以下、中村先生)から学びを得るために「押しかけ修行(自称)」を敢行しました。その時の学び、経験が、今の私の大きな支えとなっています。中村先生は、ひたすら国民、国のために拝んでおられた。先生にとって生きるとは、拝むことだった。このようなありがたい方がおられたことを
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。ミサイルの続きです・・・・。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。ミサイルに手をつけました・・・・。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。今日も胴体塗り分けを中心に、組み立てを続けます。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。今日は胴体を中心に細部の塗装を続けます。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。全体塗装の失敗にはこだわらず(笑)、先に進みましょう。細部の塗装を開始します。もう出勤時間だ~!
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。三日間、何も進んでないように見えますが、2度吹き中のミグ25です。塗料、薄めすぎたかなあ!?(^o^;)
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。胴体の塗料がタレて、なかなか苦戦が続いています。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。今回から塗装作業に入りました。ただ、カラーリングのイメージを掴みたくて、ネットで画像を探しましたが、生産数がミグ21等に比べて少ないことめたあってか、画像が少なく、しかも、フィルムカメラ時代の撮影が多いのか画質も今一(ネガも恐らく劣化?)なものが多く、ストックの塗料を適当に調色しました。
仕事を言い訳に、9ヶ月間全く進んでいなかった作業。ミグ25は亡き我が忠猫、顔良ローバーに捧ぐ、としていましたが・・・くさせんり師匠からこんな画像が・・・「こりゃ~、飼い主!早くオラの新しい愛機を用意するにゃん!」by顔良ローバー俊敏にして強力、神秘的なミグ25って亡き顔良ローバーにぴったり(あくまでも私の主観です)。飼い主、怠慢だニャン!byニャンニャン三好三人衆。おのおの方、私は鋼鉄の残照のブーフホルツ君ではありませんぞ!(笑)という訳で、9ヶ月ぶりの作業再開となりました。この
理論物理学者が語る、宇宙人の存在とは?!理論物理学者になったきっかけ小学校2年生のときにUFOを目撃した今で言う月間ムーのような雑誌にUFOが掲載されその当時の日付と同じであれはUFOだったと思った京都大学の天文学科へ進学し、就職先もないため京都大学の大学院の理論物理学科へ自然と進学をしましたところが計算機の代わりに手を使うような作業ばかりだったのでタイプライターで欧米の教授へ3通手紙をだしたすると2か月してスイスのジュ
お亡くなりになった元ソ連空軍ベレンコ中尉に捧ぐ今から47年前は、ソビエト連邦を盟主とした東側陣営と、アメリカ合衆国を盟主とした西側陣営で、バチバチに対立していた時代でした。1976年9月6日に、当時ソ連の最新鋭ジェット戦闘機Migー25に乗った、ヴィクトル・イワノヴィチ・ベレンコ中尉が函館空港に強行着陸し亡命してきました。※Migー25参考写真2009年8月製作当時のソ連は鉄のカーテンと呼ばれる秘密主義で、噂でこの最新鋭戦闘機の話も漏れ聞こえては来たけど詳細は
ベレンコ中尉が亡くなった。#####この報道はショックだった。ベレンコ中尉、ついにあちら側に亡命したか....「自由を求める機密の翼」Mig-25に乗って最高機密を担保に「自由」を勝ち得た。最新鋭戦闘機に乗る特権と家族を捨ててまで欲しかった「自由」とはなんだろう。『ベレンコ中尉と辻仁成さんとごりっぴぃ』NHKで興味ある番組があった1976年9月6日の函館。「自由を求める機密の翼」ごりっぴぃが小学6年の2学期で合格するあてもない中学受験の勉強を毎日…ameblo.jpこの
「今日は小雪です」とスマホが行っていた。まあ、真冬になっても水戸では雪などめったに降らないけど。+++++++++++++北朝鮮がミサイル発射、沖縄付近を通過・軌道投入は確認されず…「人工衛星」予告期間直前に(写真、読売新聞オンラインより。北朝鮮の発射を受け、情報収集に追われる沖縄県防災危機管理課の職員や自衛隊員ら(21日午後10時58分、那覇市の沖縄県庁で)=秋月正樹氏撮影)政府は21日、北朝鮮が同日午後10時43分頃、同国北西部・東倉里(トンチャンリ)から南方向に弾道ミサイル
ベレンコが死んだって!朝、NHKのdニュースをみていたT夫が頓狂な声をあげた「ベレンコが死んだ!」「誰?」「ミグ25で函館空港に降りた奴よ!俺、写真撮りに行ったんだで!」そういえば思い出したよ!当時、興奮したT夫が電話してきて「ミグ25って戦闘機だぞ!KGBが函館に来てるがも知れねーぞ」「俺、写真撮りに行ってきたで!」当時は大騒ぎだったこの若い兵士はソ連の最新戦闘機を持ってアメリカに亡命することを希望したのだニュースによるとベレンコ氏はアメリカに亡命し今年の9月に76才で亡
1970年代(昭和45年~昭和54年)僕にとっては小学校入学~高校入学までの年代。正に少年時代、この年代の出来事を思い起こしてゆきます昭和51年、52年~中学1年、2年僕らの中学校は市内北部の3小学校と、その少し南の小学校の一部とで学区を構成していました。田舎でしたが、宅地開発が進み、人工増加の著しい地域でしたこの学区、現在は他に二つ中学校が新設されています。今思うと入植者が多かったんだね(笑)一学年7クラスのマンモス校でし