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大好きな中東諸国が壊されていくのは心が痛みます。一刻も早く紛争が終息しますように祈ります記事は2025年12月のアブダビですUAEに来たらやっぱりアラブ飯が食べたい!ちょうどアブダビのフェアモントホテルの向かいにイエメン料理店がありました。日没後のアザーンのタイミングでほぼ無人ですが、快く迎えてくれました。座席かお座敷か聞かれたのでお座敷へ!アラブのふかふか絨毯のお座敷ですみんなで胡座をかいて大皿を取り囲んで食べるのがアラブ流ビニールシートを敷いてその上で食べますまずは味
名前はとても立派なロレンスの泉。ちょろちょろっと湧いている、岩のすきまの泉、だそうです。登っている人もいましたが私たちのガイドベドウィンさん、危険、やめたほうがいい。先日も一人おっこちて大けがした。それを聞くまでもなくみてるだけにしました。道、ありませんし。このあたりの砂漠の砂はしろっぽい。場所場所でちがいます。白っぽいといってもほかの場所よりは赤がつよいです。ロレンスの泉の水はこうしてひかれてらくだの水飲み場となっています。さわってみると結構冷たい水でした。見渡す限
ワディラムには古代文字が残っている場所があります。このシークもその一つ。ベドウィンさんが車をとめ、こっちこっちと案内。この上の~あの突き出た岩の~横の部分の~と一生懸命説明してくれますがさっぱりわからない。自分がとります、とスマホで撮影してくれました。撮影していただいた写真は写りが悪いので看板の写真を拝借。たしかに象形文字牛かな、羊かな、という絵が残っています。下の写真は人らしい。古代のこのあたりはいまより雨が降り湿潤だった、泉も数か所あったときいている、とベドウィンさ
この日はワディラムの砂漠ツアー。2時間、3時間、半日と各種コースがあります。私たちは2時間のツアー。ピックアップトラックの荷台が椅子になっており、通常はここに座り荷物は車内。あまりに寒いので荷物は荷台、私たちは車内、で出発。まずは一本橋。自然の造形で、のぼっていき橋の上で写真もとれます。ただし道はない。岩をよじ登りコース。おとーちゃんが行こうとしましたが、昨日病院でおとなしくしていましょうといわれたでしょ、でストップをかけました。この写真でスターウオーズ、と思い出
エジ六・七日目はバハレイヤ・オアシスに行って来ましたカイロから車で4,5時間。途中ガイドさんが酔っていたので、酔い止めは必須。酔い止め、あげました。「エンタオムリー」を歌いながら。ポーズの指示を出されて言われるがままに。ガイドさんは写真がうまくてプロフェッショナル。「鳥とマッシュルームに見える岩」と言われ、ぴんとこなくて有り難みがわからずに過ごしましたが、一番有名なものだったみたいです。ウサギだそうです。砂漠はとにかく広大で、見たことがない世界でした。昔々は海の底だったそうな
なんかスケジュールがハードすぎて毎日アップできてません久しぶりのハード旅行です。さて、ヨルダンのアンマンから車で4時間ちょっとのところにワディラムWADIRUMという保護地区があります。砂漠の中にある街で元ノマド族の一種・ベドウィン人が住んでいます。なんとここに住んでるベドウィン人さんの中には毎日国境越えをしてサウジアラビアで仕事している人もいるそうなんかチャイナタウン的な民族が集えるところなんだろうね。ただチャイナタウンなんかは行きたくてその国に行った中国
その日は朝から曇り模様だった。飲料水が底をつきかけている。雨が降る前に買いに行かねばならない。エジプトといえば砂漠。雨とは無縁の国、そう思っていた。エジプト初日から雨移動日は必ず雨になるカイロから飛行機でシャルム・エル・シェイク国際空港へ降り立ち、そこからダハブ行きのバスに揺られる途中、窓を叩く雨を見て考えを改めることになる。エジプトでも雨は降るんだと。近所の食料品店で、11ℓ入りの巨大な水ボトルを購入している間に、雨が本格的に降り始めた。店を出た頃にはすでに本降り。軒下でしばら
いよいよ、本日の宿泊地キャンプ場に到着ですここでガイドさんとはお別れまた明日迎えに来てくれます本日の宿中はベッドが2つ、コンセントなしトイレ、洗面所、シャワールームも綺麗です砂漠ってことを忘れるぐらいです。トイレも綺麗テント窓からの景色黄金色の砂漠が美しすぎます、、ごはん食べたり共有スペースです5月に行きましたが夜の砂漠は寒いです。長袖が必要でした。隊員もハイハイできる場所があり嬉しそうです寒いので火を起こしてくれました。夜ごはんです。ベドウィン名物の料理です!土を
1歳0ヶ月の娘を連れてヨルダン🇯🇴ワディラムへキャンプ泊ツアー会社に申し込み、1泊2日のベドウィンキャンプ体験を申込み⛺️世界遺産のワディラム別名「月の谷」へ映画のロケ地として、アラビアのロレンス、スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け、オデッセイ、トランスフォーマーほか。ヨルダン南部のアカバとサウジ国境に近い地域ベドウィンとは砂漠を移動して暮らす遊牧民で、ヨルダンでは今も伝統文化が残ります。ワディラムなどでテント生活や料理体験ができます!オススメのベドウィンキャンプツアー
(日本からエジプトまでの32時間の記録は、こちらのリールに↓)エジプト到着の翌日、車でシナイ山へと向かいました。(海外ホテルの朝食は、野菜料理が豊富で、ベジタリアンにとっては天国♡🥦)乾いた砂漠と岩山のあいだをひたすら進む道ときおり、ベドウィン族の小さな集落が見えましたいくつもの検問所を通過し、約3時間かけてようやく麓のホテルに到着しました。真夜中に登拝が始まるた
昨日はトラボルタの誕生日でした。天国で兄弟のりょーま君達と仲良く遊んでるかな俺が死んでも天国に行けないと思うのでトラボルタとは会えないな朝飯朝ご飯は作ってくれるから食べてますけど、本当はもうどうでもいいんよな朝に珈琲が飲みたいとか全く無いし。薬を飲むので少しは胃に何かを入れないと尼崎競艇場が12月まで開催してないんですよねなので競艇に行かなくなってテレボートでも買わなくなったこのまま買わないのかなぁと思ってたら、びわこのG1を買いだした全然当たらない(死にたい)作
闇の子らの軍勢、すなわちベリアルの眷属に対して、光の子らは戦いを仕掛けるであろう。死海文書「戦いの巻物」(第1洞窟出土。第1欄1行目)どーもハミでやすみなさまご機嫌よろしゅうお盆でやす2年前に逝ったウチの父さんはもどってきてるかな無口な人ゆえこっそり実家のリビングの隅っこに鎮座しているかもな生前からあまり動かず地蔵さまみたいにじっと座っている人だったおかえり父さんゆっくりしていってねえー
本日も引き続き、生成型人工知能のchatGPTとの会話結果を、掲示していきます。本日の話題は、先日のイスラエルによるダマスカス空爆についてです。今回のイスラエルによるダマスカス空爆には、理解しにくい点が多いです。2カ月前のイラン空爆と異なり、今回はイスラエル存続のための冷静な判断や、行為の国際社会での理解と言った側面が、見えている限りまるでありません。イスラエルは「ベドウィンにいじめられているドルーズを救うための空爆だ」と言っていますが、ベドウィン(バドゥ)、ドルーズともにイスラ
2025年7月16日(水)☁️のち☀️大阪平野、今日の日中の最高気温、33℃の予報です。7月13日(日)、ブルーインパルスの飛行を見たくて大阪市此花区桜島に行きました。展示飛行のさくら、大きなハート♡大屋根リング、6機が未来に向けて描くサンライズ、ビデオ📱で撮ることができました。13日(日)14日(月)、2日間、このブログに編集(時間短縮)したビデオ📱を添付して、ブログをUPしようとしたのですが、どうしてもUPできなくて💦でも、よく考えると、YouTubeにブルー
約4万年前以降の有機質試料ならほぼ正確に年代を特定できる放射性炭素年代測定法だが、欠点は微量の試料であっても試料を破壊してしまう。AIで約2300年前と推定1947年にベドウィンの羊飼いに偶然発見され、歴史上最も有名な考古学的発見の1つで聖書研究に大転換をもたらした「死海文書」が、実は正確と思われていた放射性炭素年代の測定値より100年近く古かったことが、文書のAI(人工知能)研究の結果、明らかになった。アメリカの科学誌『プロスワン』に掲載された論文の主筆者であるオランダ・フローニ
片付けシリーズ第三弾。場所が急に西に飛んで、ヨルダンです。ヨルダンの南部ペトラ遺跡の近くにある十字軍時代の城塞の一つショーバック城址で知り合った遊牧民(ベドウィン)から入手した小物・破片です。ヨルダンの首都のアンマンから、「キングス・ハイウェイ」という南に向かう小高い山地を通る古代のルート沿いで、ペトラに行く途中に立ち寄ったショーバック城の入り口で粗末なお土産屋に目が留まりました。普通のお土産品が並ぶ台の下に、チラッと骨董・コインのようなものが隠されているのが見えまし
こんばんは。当ブログにお越しいただきありがとうございます。ナカヤカズヒロと申します。現在、大阪と奈良にて易占業を営みつつ、タオと陰陽五行の研究に親しんでおります。どうぞよろしくお願いします。今日は、あなたは馬タイプ?ラクダタイプ?についてお話いたします。ベドウィンの砂漠の民の話をしたいと思うのですが、砂漠地帯に住む民は、ラクダで移動したり部族によっては馬を使ったりするわけです。ベドウィン地方では、人間が2種類に分けられると言
先日公私ともにお世話になっている方からお土産をいただきました。中東土産のドライデーツとキーホルダー。個包装になったドライデーツねっとりとしたコクのある甘さは「天然のキャンディ」と言われるほどクレオパトラも愛したというほど紀元前から多くの人に食べられてきた歴史の深い果実です。デーツの栄養は非常に豊富で「砂漠の恵みの果実」と呼ばれているそうです♪食物繊維、カリウム、カルシウムマグネシウム、鉄分などのミネラルを含んでいます。
西アフリカのサハラ砂漠の西部にトゥアレグ族という遊牧民族がいる。その伝統的な衣装の青から「青い民」とも呼ばれる。ニジェール、マリ、アルジェリアなどと、いつか行ってみたい憧れの国々に住む人々。話す言葉はベルベル語。一言も知らないけれど、この名称だけですでに習いたい気分。トゥアレグ族のシルバーのアクセサリーは、砂漠を迷わずに旅できるようにお守りとして、発達したらしい。いかにも手作りで、ごつごつしていて、楔で引っ掻いたような素朴な模様のものが多い。手の平ほどの大きさのこのペンダントヘッドは、大き
砂漠の民ベドウィンとは、生活に必要な物をコンパクトにまとめ、水と牧草を求めて家畜とともに移動しながら暮らす遊牧民のことです。住居さえもが持ち運び可能で、しばらく暮らせそうな牧草地を見つけるとテントを設営してそこに滞在。当然家畜の背中に乗せられるだけの物しか持たず、移動先では砂の上にラグを広げ、座布団状の物を置いてそこで起居しています。最近は、伝統的な暮らしを捨てて都会に定住する人が多くなっているそうですが、それでもUEAには75万人程度のベドウィンがい
→モノの名前一覧チェック表(過去問)クルアーンコーランのことイスラム教の聖典である。意味は「読誦すべきもの」イスラームの信仰では、クルアーンは最後の預言者であるムハンマド・イブン=アブドゥッラーフに、彼が40歳の頃からおおよそ23年間にわたって大天使ガブリエルを通して神(アッラー)から啓示されたものであるとされている。ムハンマドの生前に多くの書記によって記録され、死後にまとめられた現在の形は114章からなる。その宗教的な重要性に加えて、クルアーンはアラ
ご存知でしょうか?アラブの遊牧民族”ベドウィン”の人々は、自分たちが使う器を落として割ってしまった時、『壊わしたのではない、壊れる運命にあった』と考えるそうです。器が壊れて、役に立たなくなってしまったら、普通は“損した”、“不幸だ”といってネガティブに考えますよネ。それは、私たちが所有しているものが、いつまでも使えるものだと思い込んでいるからですネ。(*^_^*)しかし、形あるものは、いつか形を失い、意図せずに物が壊れる時、壊れないはずの物が壊れたという現象を通して、私たちは大切な
ワディ・ラムの朝は、『砂漠の日の出見学』から始まります。ツアーの人たちは遠くまで歩いて行ったのですが、歩くのに自信のない私は姉とキャンプ近くの小高い丘に登りました。朝日が見えてきましたよ〜。時間が無くなって、コレが朝日の最後の写真なのですが、、、肉眼では朝日がすっかり上がって見えたのですけれど、写真では何故か4分の三位にしか見えませんよね〜。砂漠の朝ごはんですが、ホテルの様に一人一人にオムレツを焼いてくれました。朝食の後は急いで支度をして、荷物をまとめてまたト
今日はユネスコ世界遺産のワディ・ラム、別名ムーンバレーと呼ばれる砂漠の自然保護地域に行きました。途中で映画『アラビアのロレンス』に関係しているらしい場所に行きました。が、、、名前だけは知っているけれど、見た事の無い映画なので、イマイチ分からず、、、この汽車も『アラビアのロレンス』に関係しているらしい。そこから暫く行った小さな村で、バスからジープに乗り換えました。ウソウソ、ジープって聞いていたけれど、トラックの荷台に椅子があるものでした。そして、トラックは砂漠の中
今日はペトラの開門6時に間に合う様に、暗いうちにホテルを出ました。私たちの様に、朝の涼しいうちにペトラを歩きたい人や、朝日がペトラの遺跡に射す瞬間を見たい人が入り口で並んでいました。最初にペトラの地図を載せますので、興味のある方は拡大して見てください。私の足がイマイチですが、ペトラの雰囲気を味あうにはやっぱり自分の足で歩くのが一番。私たちはゆっくり、進みましたので、歩いているうちに夜が開けてきました。そして、大きな遺跡が見えてきました。(多分、オベリスクの墓です。)
やっと今回の目的地ペトラの辿り着きました。でも、毎日の寝不足と2日間の団体行動で体はボロボロ。4時間以上も暑い中、皆んなでペトラの中を歩き回るのは不可能なので、私たちはペトラのティケットだけ貰って、のんびりする事にしました。ペトラの可愛い看板が有ったので、先ずは記念撮影。今回はわざわざ3脚を持って行ったのにイマイチうまく設置出来ず、モソモソしていたら、『写真を撮りましょうか?』って、日本語が聞こえました。何と、今回ヨルダンで初めて出会った素敵な日本人カップルです。
聖書では32カ所に記載が古代では、塩は宗教儀式で高い地位に置かれていた。聖書時代にユダヤ人は地球上で最初の果物と収穫物を塩と一緒にエホバに捧げた。初期のギリシャ人は太陽と同様に塩を崇拝しており、最初に塩を一緒に食べない者は信用されず、塩を分け合って食べた後は他人ではないと認識していた。塩は機知、知恵、力強さ、歓待、神聖を表している。ホーマーは塩を『神』と言い、プラトンは塩を『神へ捧げる貴重なもの』と呼んだ。聖書には「汝らは地の塩なり」と書かれていることを始め、塩について32ヶ所に書か
430kmのカイロへの、このツアー最大の移動です。岩砂漠を進みます。石油タンクです。さらに進みます。さらにさらに進みます。検問所があります。途中、ベドウィンが身体を癒した・癒すハマム・ファラオーンのファラオ温泉に立ち寄りました。後ろの海は紅海です。さらにシナイ半島を進み、モーゼの泉に到着です。ここは、モーゼがイスラエルの民を連れてエジプトを脱出した時に、群衆が喉が渇いて水がなくて困り果てた時、岩を杖で
こんにちは。TOSHです。今回は「アブ・メナ」についてまとめてみたいと思います。基本情報登録年:1979年登録基準:(ⅳ)概要コプト教の聖地として繁栄した宗教都市。ビザンツ帝国やアレクサンドリア総大主教の庇護のもとで巡礼都市として発展した。アラブ系遊牧民族ベドウィンによって破壊御、イスラム教徒によりアブ・メナと名付けられたがその後放棄された。その後1905年に発見されるまで砂に埋もれていた。その他の世界遺産については以下で紹介しており