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とうだいのもんはせまい-今回は福岡県北九州市門司区大字白野江にある【部埼灯台】2026.05.09場所↓Yahoo!マップ-航空写真・地図検索・郵便番号検索・乗換検索ならYahoo!マップ雨雲レーダー機能も搭載!Yahoo!マップは日本最大級のポータルサイト「Yahoo!JAPAN」が提供する地図サービス。ルート検索・路線の乗り換えも。スマートフォン版やアプリ版もサクサクで便利。日本地図ならYahoo!マップで。yahoo.jpこの灯台は幕末の神戸開港をせまるイギリスとの間で
紹介状のお返事持って、再度眼科へ斜台部腫瘍でしたー‼︎って書いてある書類を見られるのが何となく嫌だったちゃんと渡したけど接する看護師さんとか視能訓練士さんとかも脳腫瘍が原因だったって知ってるのかなとか考えたら何か居心地悪かった複視の度数も目の動きも大きな変化なくちなみに外転神経麻痺って言っても、現時点では距離が遠くなるほど物が二重に離れて見えるだけで眼球自体は動いてくれてる↓今の複視(内斜視)の度数14△⚫︎レンズに組み込む眼鏡を作る場合・両目で12△が限界・右5△左7△
フレネルレンズカードサイズのルーペですフレネルレンズ(*注)ですね.BenchmarkベンチマークポケットレンズBML01楽天市場今読んでいる「英語語源辞典」は縮刷版ではないのですが,それでも年寄りには字が小さくてルーペが必要!!試しに「lens」の項目を見てみた.写真が下手くそですが…(*注)フレネルレンズフレネルレンズ(英:Fresnellens[freɪˈnɛllɛnz,ˈfrɛznəllɛnz])は通常のレンズを同心円状の領域に
2025/12/22日撮影📱HironoHazekawaonInstagram:"#西郷岬の灯台#隠岐の島町#隠岐の島#隠岐島#隠岐2025/12/22(月曜日)撮影📱令和7年12月25日(木曜日)おはようございます😊今朝も☔の始まり暫くお天気悪そうこんな時は🏠で出来ること頑張るかな💪/ ̄ ̄\_˙꒳˙)_おこた…で📱♪(ᐛ)σ▉。ばかりじ…51likes,3co
HironoHazekawaonInstagram:"#西郷岬灯台#フレネル式レンズ#隠岐の島町#隠岐の島#隠岐令和7年12月23日(火曜日)撮影📱フレネル式レンズの優しく力強い灯りは、令和8年3月までには、引退撤去されて、LEDランプと交換されます。見れる日は出来るだけ記録✍️も兼ねて見に行きたいて、考えています"43likes,0comments-okinoshimabaaba31onDecember
今年は頑張って3桁更新とひそかに目標を持って臨んだのですが仕事が忙しくて全く届かない。さて、どこまで書いた?順序もあやふやだが、このあたりから再開。今年の灯台記念日は、各地で荒天のため公開中止が相次ぎました。伏木海上保安部では、先行して10月25日に生地鼻灯台の一般公開を実施。見学してきました。九管区のなかでも、石川・富山の灯台はLED化が進んでいます。〔新潟の方はなかなか訪れるチャンスが無くて・・・〕生地鼻と対をなすような岩崎鼻はすでにLEDに変更されていて、
昨日は、お隣富山県の東のはずれ黒部市へ行ってきました。伏木海上保安部の生地鼻灯台一般公開がありました。灯台の日は、可愛いひとの運動会で行けないので、一足早く見学です。白と黒の縞々の灯台。そして、もう数少なくなったフレネルレンズが残る灯台です。初点は昭和26年。平成12年の改築前の姿は、私自身が海保に興味を持つ前で知りません。金沢の大野灯台より5段多い123段。大野灯台は、灯台の灯りの「軸」になる部分がありません。上の灯室には灯りをともす電源が通っ
昨日も今日も、うちの可愛いカネタタキが鳴きません。秋の虫に見放される残暑ざんしょー暑すぎるロープを滑り降りる「かがゆき」「やひこ」潜水士から趣向を変えて『海の守護神』のお話。・・・結局、ヘリと潜水士じゃないか違います。奥の巨大フレネルレンズが、展示の主役です。場所は、海王丸パークの近く射水市立新湊博物館。この日、出かけたのは伏木海上保安部次長・星野宏和氏の講演を聴くため。GPSが発達し、LED化が進み、灯台は様変わりしました。次
今日は、朝から富山県射水市新湊博物館へ行ってきました。北陸自動車道小杉I.Cを降りたら、海王丸パークへ行く道の途中です。この夏、伏木海上保安部の協力で「海の守護神」と言う展覧会を開催しています(9月21日まで)今日は、ギャラリートークとして伏木保安部次長さんの講演会が開かれました。今年の春、岩崎ノ鼻灯台でお話をしてくださった次長さんです。次長さんのお話は、灯台で伺った時も面白かったのですが、今回も大変興味深かったです。講演会には30名弱のお客さんが入り、満
(3)では、階段上るだけで1話使ってしまいました(汗)ブログネタが多くないので、時には牛歩戦術もやむなく今回は灯台上での話だけ…ではありませんのでご安心を?眺望を堪能し地上へ灯台の外へ出て、外の眺望を楽しみます。東側のパノラマ画像。水平線が丸い!“最南端ネコ”も丸くなっているだろうか?西側の画像は、パノラマじゃなく通常撮影。たぶん正面奥が白浜辺りで、白浜と言えばこの時はまだパンダがいました。この時に“中国帰国”を知ってたら、そちらへ目的地変更してい
GW後半突入です。なのに、今日も相方はお仕事相方のとこの博物館に早朝から老人会が来ると言うので、早めに出勤。でも、来ない。電話にも出ない。老人会丸ごと、晴れたらゲートボールでも行ったんじゃないの?ではでは、岩崎ノ鼻灯台の締めくくりです。今回、昭和26年の完成当時の灯台の写真が展示されていました。灯台守の官舎も横に建っています。『喜びも悲しみも幾歳月』の世界です。ただ、「在りし日」とは言え、基本形は現在も同じです。落雷時のバックアップや省電
今朝、庭の雑草を少し引いて、花壇の花がらを摘んで・・・暑いですね。パンジーやビオラの花もちがよくて、夏の花はどうするかなぁ。そんなこんなで・・・いつまでも桜の話もどうかと思うのですけど残ってた!桜の岩崎ノ鼻灯台、お話が飛んだままなのでつづき、です。見学当日は雨だったので、晴れた一昨年の桜咲く灯台春、桜を求めて北陸へ旅をされたら、おすすめしたい場所です。この灯台は、つい昨年秋まで大きなフレネルレンズが海を照らしていました。LED灯器に変
昨日、金沢港で座礁したクルーズ船は、蔚山へ向かい出港しました。なんだったんでしょうね。今日は、風が強いですが、ご安航を・・・では、金沢の桜レポを終えたので、次は富山。4月12日桜の岩崎の鼻灯台へ行こう♪です。このブログでは、ほぼ年イチか二年イチで同じことを書いてます。「以下前回参照」と言いたいけれど、今年は大きく変化しました。高岡の街のお祭りの一環の公開です。いつも灯台まで車で行けたけれど、今年は駐車場は指定。ここから歩きます。左
昨日の雨が嘘のような晴れの週明け。こんな青空の月曜日。せっかくの日曜日が雨でうらめしや・・・です。富山から戻ってきたら、車のあちこちに桜の花びらが張り付いていました。桜を追っかけすぎて、ブログに書ききれなくなりそうです。毎年の事ですね。頑張って、大量の写真を整理していきます。昨日のブログの灯室内中央に黒い柱がにょっきり伸びた灯台の灯り。こちらが、上の灯室から降ろされた先代のフレネルレンズです。第4等フレネルレンズです。各地の灯台のフレネルレ
2024/4/6(日)兵庫県美方郡香美町香住区にある余部埼灯台が一般公開だったので行ってきました余部埼灯台に登れて内部を見学できる貴重な機会ですとはいえ、余部埼灯台の一般公開に来るのは2度目です余部埼灯台自体には数え切れないくらい来ています灯台の直ぐ側まで車で来れる貴重な灯台なんですとはいえ対向車と行き来できない道細い断崖絶壁の道を来る必要があるので馬鹿みたくでかい車や運転に自身のない方は注意が必要です注意しても仕方ないので怖い道の端によって譲り合えない人は来ないでってこと
令和7年3月23日隠岐諸島有人4島で1番大きく丸い島隠岐の島町岬にある「西郷岬灯台」大正10年に初点灯され、現在も現役の灯台ですこの灯台は、大正時代に建設された沿岸灯台39基のうち、建設当時の姿がそのまま残されている唯一無二の灯台です。凄いですね〜よく見る円柱形の灯台と異なり、この灯台は、中世ヨーロッパの城を連想させ、白亜の灯台は太陽の光が反射し、美しさが際立っています。青い空に、とっても映えてます国産第一号の第四等フレネルレンズが搭載され、今もバリバリ現役です。遠くから近くか
2024/11/03~041泊2日で灯台巡りドライブ旅行してきたお話のつづきです11/0312:30室戸岬灯台に到着遠かった~メインイベント「室戸岬灯台まつり」11/2夜公開16:00~19:0011/3昼公開10:00~14:00の予定でしたが台風が来ちゃった影響で11/2は中止になってしまいました私達の旅の計画も、。。。11/2,3から急遽11/3,4に変更遠いのに去年に続いて来ちゃった室戸岬灯台美しくって見たくて見たくて3度目の訪問灯台を目指して
人感センサーのレンズ交換-圧力鍋☆活力なべのある暮らしと楽&得日記:楽天ブログ先日人感センサーのレンズが粉々に破損して穴の開いたソーラーセンサーライトダメ元で注文した似ていた人感センサーのカバーのレンズ、フレネルレンズが届いたのではめましたサイズも形状も同じでplaza.rakuten.co.jp
こんにちは、ダイスケです。今日は2024年6月26日、水曜日です。複視対策で病院にお願いしていたプリズムレンズをメガネに貼ってもらいにいきました。結果、ものが1つに見えるようになりました。フレスネルレンズという特殊なレンズなので視界が少しボヤけるので慣れが必要ですが、効果絶大です。試しに近所のホームセンターに歩いていってみましたが、問題なく行ってこれました。これならウォーキングを再開出来そうです!絶対あきらめない!なんとかなる。信じる。大丈夫。
今朝の朝刊に、禄剛埼灯台の事が大きく出ていました。被災地・能登半島珠洲市の灯台で「狼煙の灯台」とも呼ばれます。半島の先端に立ち、ぐるっと日本海を見渡せます。そのため、海から昇る朝日と海に沈む夕日の両方をここから眺められます。新聞が伝えたのは、元日の地震で壊れたフレネルレンズとLED照明への切り替え計画。地元の宝として、元の姿での保存を願う地元民、という内容の記事でした。フレネルレンズを修復するのは、人的にも部品調達の面でも難しい、とも。今回の地震
Lighthouse神奈川県南東部、三浦半島南端にある城ヶ島灯台へ、行ってきました。日本で5番目に点灯した西洋式灯台です。現在の灯台は、2代目になります。階段をのぼっていくと、公園の建物の正面に可愛らしい絵が見えました。さらに、少し階段をのぼると、灯台出入口に到着。<案内板>「フレネルレンズ」天気も良く、アートな灯台を
11月3日のこと。この日,はじめて禄剛崎灯台の中に入ってきました。年に1、2しか公開されないので、これまでなかなかチャンスがなかったんです。今回は,「海と灯台ウィーク」という期間だったようです。フレネルレンズや伝声管もありました。満足。この伝声管は,この灯台の中ではなく,外にあった休憩所?みたいなところとつながっていたそうです。あ、禄剛崎灯台というのは能登半島最先端にある古い白亜の灯台です。
2023/11/03~052泊3日でドライブ旅行してきたお話の続きです2023/11/03(金)この旅行のメインの目的の室戸岬灯台まつりに行きました数年前に知った年に一回のイベントで日頃は見下ろすことしかできない室戸岬灯台ですが足元に立ち見上げることができ、内部に、灯室にまで入ることができるそんな素敵なイベントでずっとこの日を心待ちにしていたものでした道沿いの20台くらいの駐車場に少しの待ち時間で車を停めて(イベント時は徒歩数分に臨時駐車場もあったみたいです)きれいに整備され
ワタクシ灯台、塔、高層ビルやお城等高い所に上るのが大好きですあ、誰ですか〜??『馬鹿と煙は高い所に上る』って仰る方はっっ!!11月1日の"灯台記念日"に因んで、九州最古で今も現役の部埼灯台の一般公開に行って来ました正直この一般公開、少しナメてました多くても4、5組位だろうと…夏日でしたが、高台にあるので気持ち良い風に吹かれ順番を待ちました。灯台レンズ部分に行く迄1時間程かかりました。ほぼ垂直な階段を一人ずつ上り下りする為、それだけで時間もかかります。メンテはして
灯台博物館『レンズ小僧の灯台ニュース』もよろしくおねがいします。灯台博物館『燈光」昭和39年12月号より7月15日に第20回灯台フォーラム2023〜フレネルレンズ実用化200周年記念〜がオンデマンド配信されました。また同時に灯台の『レンズリスト』か公開されました。このレンズリストは、皆さんに灯台めぐりを楽しんでもらう事を目的として作成したものです。リストは様々な資料を元に作成したのですが、個人的に驚いたのが口之津灯台で使われていたChanceBrothers
野島埼灯台の灯は何回か灯質や光力を変更し現在に至る。終戦間際の昭和20年(1945)には米軍の攻撃で大きな被害を受けているが、終戦から10日後には早くも仮灯点灯し、翌年11月12日には完全復旧している。(写真/灯室でレンズが見えないかと覗き込むがこれが限界)バルコニーから太平洋を望む。伊豆半島が遠く右手に伸びている。それにしても攻撃機からすればこの灯台は東京を攻めるのに格好の標的だったに違いない。こんな美しい景色の中にも、そんな悲しい歴史があったことを忘れてはならない。灯台の南西に
野島埼灯台が建設された当初はフランス製の第1等フレネルレンズを使用していたが、現在は第2等フレネルレンズが使われている。(写真/赤光は明弧254度の内、80度から101度までを照らし、野島漁港の出入口付近に岩礁があることを教えている)明治2年(1870)1月1日に観音埼灯台(神奈川県)が初点灯した9日後、野島埼灯台では木造四角櫓型の仮灯台を設置。12月に洋式灯台が完成するまで、その役割を担っていた。(写真/北側から灯台にアプローチする)明治2年(1870)12月18日に初点灯した
桜のお花見我が家では岩﨑鼻灯台が定番今年は・・最高でした4月1日偶然にも一般公開がありましたドンピシャ!!最高の桜です第四等フレネルレンズLEDの灯光器に比べるとメンテナンスは大変だと思いますしかし、自分は大好きです
三重県の尾鷲から熊野市の熊野灘沿岸のリアス式海岸にある岬の1つに建てられた灯台。昭和3年の設置。この辺りは陸路も難所で、紀勢本線も最後に開通した区間。戦時中止になっていた工事が再開された時は技術が上がり、トンネルが多く駅間はほぼトンネルで、地下鉄の様になった。鉄道開通後も道路(国道)はしばらく隘路の矢ノ川峠を越えていた。(鉄道開通までは国鉄バスが走った)その様な地形に立つため、3方を柱状節理の崖に囲まれた灯台へも陸路からの到達は難儀だった。灯室屋根ドームには米軍機の機銃を受けた弾痕の補修
玄関の上部、破風にはぜいたくに彫刻が施されている。何をモチーフにしたのかは不明だが、シンメトリーのデザインの中心には郵便マークが施されている。これはもちろん灯台の管理が逓信省だった名残りだと思われる。建物の中には、灯台設置当時の第一等フレネル式閃光レンズが展示されている。高さ約2.6㍍、内径約1.8㍍。3層のフレネルレンズ8面の巨大なものだ。大正11年(1922)には電化され、昭和29年(1954)LB-90型灯器に変更されるまで、日本海を照らしていた。灯台の南側には、かつて船舶気象