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大隈重信記念館は佐賀城の近く所用で佐賀市に行きました。時間があったので、「大隈重信記念館」に立ち寄りました。場所は佐賀城の近くです。入場すると、銅像や碑文が目に着きます。佐賀県が排出した総理大臣は大隈重信のみ。当時は貴族院ですね。貴族院は今の参議院にあたります。生家敷地内には生家があります。佐賀城近くの武家屋敷一帯にあります。当時の佐賀藩は、長崎警備の役割を担っており、大隈家は佐賀藩の砲撃部隊(当時のエリート部隊)で良い家柄だったそう
フルベッキ伝井上篤夫著国書刊行会発行2022年9月8日初版第1刷発行フルベッキについては、自分もフルベッキ写真でしか知らなかったのですが、この本では彼の人生、そして日本の明治政府への貢献について詳しく書かれています。序章フルベッキ写真幕末維新期に活躍した志士たちが長崎に集結し、本書の主人公である宣教師フルベッキを囲んで撮影されたと言われる総勢46名の群像写真。この写真に関心が集まったのは1974年と1976年の2度、日本歴史学会の雑誌『日本歴史』に取り上げら
北海道で最大震度2の地震北海道・函館市、厚真町、新ひだか町5/1(月)9:06JNN配信配信より北海道で最大震度2の地震北海道・函館市、厚真町、新ひだか町|TBSNEWSDIG(1ページ)配信よりTBSNEWSDIGPoweredbyJNN1日午前8時58分ごろ、北海道で最大震度2を観測する地震がありました。気象庁によりますと、震源地は浦河沖で、震源の深さはおよそ60km、地震の規模を示すマグニチュードは4.3と推定されます。
フルベッキ群像写真何故かお店に貼ってありますジーっと見てるお客さまいてはります(*´-`)本日テーブル席空いております\(^-^)/
〇昭和17年刊、編者は原田熊雄。男爵、西園寺公望の晩年の個人秘書。「西園寺公とその政局」を編集し東京裁判の対策を立てたということで名を残しています。〇わたしは30代に東京の古書市で原田熊雄が山下亀三郎に宛てた手紙を買いました。悪ふざけしたような内容でおかしな手紙でした。原田は冗談ばかりいう愉快な人であったようです。以来原田と西園寺の関連本を読むようになりました。〇この本は戦後復刻されていますが文庫化はされていないようです。〇西園寺公望1849-1940陶庵は号。明治39年
裏神道「陰陽道」その15フルベッキを日本に呼んだ組織は「漢波羅」秘密結社「八咫烏」である!なんて書くとすぐまた「嘘だ」「デタラメだ」「陰謀論者だ」と批判が来そうだ(笑)。「フルベッキ写真」と「明治天皇すり替え説」を陰謀論と決めつける方々はそう思いたいのだろうから別に構わないが、「八咫烏」よるこの国の仕掛けはそんな単純なものではないし、表の歴史だけを調べたところで分かるものではない。なぜフルベッキは日本に呼ばれて大切にされたのか。それは「開国」と「南朝に戻す」ために尽くしたからで
裏神道「陰陽道」その14◆「フルベッキ写真」「明治天皇すり替え説」に関連する重要な証拠とされるのが「フルベッキ写真」(フルベッキ群像写真)である。この写真には明治維新を成し遂げた主要メンバーたちが一同に会しており、さらにその中央にいるのが明治天皇だということで、長らく「本物だ」「嘘だ」「陰謀論だ」と両極端な論争が続いている。「フルベッキ写真」この写真を撮影したのは「上野彦馬」(うえのひこま)という幕末から長崎で写真を撮り始めた日本最初のプロカメラマンである。かの有
リブログさせていただきます。
Hieverybodyこんにちは、みなさん。Seekthetruth.真理の探究今回のテーマ、実は「隆盛」はお父さんの名前!明治2年に「正三位の叙位に伴い、明治政府に『西郷隆盛』と届け出て『位記』が発行された」、しかし【西郷隆盛は本名じゃない!】驚愕の事実とその真相とは?幕末・明治にかけて活躍した偉人である西郷隆盛。実はこの“隆盛”という名が彼の本名ではないことをご存じでしょうか?今回は、西郷隆盛の本名と当時の名前への考えや使
人気の遮光器土偶ニット帽販売へNHKNEWSWEBこのニット帽は、世界遺産への登録を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」の1つ、小牧野遺跡を管理する団体が販売するもので、17日、団体の...【新刊レビュー】波平の遺産は、どうなる!?磯野家の相続〔令和版〕スポーツ報知週刊誌では毎号のように相続や遺産分配、終活などの特集がされているが、「何が書かれているのか難しすぎて…」という人も多いはず。ならば、“...【鎌倉殿の13人】中川大志、“武士の鑑”畠山重忠役で出演「よう
『前回までのあらすじ』徳富蘇峰の書簡を読み解くべくNFC社を訪れた山瀬らは、スキャニングして分析できる目途がつき、さっそく二宮に借りる民家に搬送することになった。金沢から帰った麻美らと合流することになり、今回の事件に協力しているメンバーが揃う。―――――-―――――396号室に入った一行は、ゆったりした部屋でコーヒーを飲んでリラックスしていた。水本「これがVIPルームですか。こんな立派な部屋を自由に使えるなんて、井上君は本当に偉くなりましたね」井上「学
幕末期の明治維新の志士達が敵味方なく勢揃いしたフルベッキ写真というデタラメのものがある。明治維新そのものがロスチャイルドの陰謀とか、明治天皇は伊藤博文が作った偽物とか、色々、この写真を証拠の一つとして紹介されている。しかし、すでにこの世にいないはずの坂本竜馬(1867年没)、高杉晋作(1867年没)、中岡新太郎(1867年没)らが写っていること、西郷隆盛とされる人物の人相や身長が異なること、そして、デタラメ説の大室寅之祐が写真に示されていることなど、100%デタラメであることが分かる。参考
「祖父とフルベッキ」-リスト。http://kusuyama42.amebaownd.com/posts/5195642/
図書館で、自称明治天皇の孫、中丸薫さんの「天皇生前退位と神国・日本の秘密」という本を借りてきました。この方、とにかく前世が絢爛豪華。豪華すぎて、一々あげつらって書いているだけでlavinia中丸さんをディスりまくる構図が簡単にでき上ってしまうので書きませんが、前世で古代エジプトの超有名な女王や王妃を三人もされたとのことで。こういうのは秘密にされておいた方が良くはないかな、と。多分世界中に自称エジプトの女王の生まれ変わりっていっぱいいるはずなんで。ただ、興味深かったのが
どもどもギラです。皇室に関しては我々一般庶民には解らない事が多いです。昭和天皇、今上天皇の皇室の事でも内部の本当の事は解らない事が多いのですから・・・大正天皇や明治天皇の事になれば私達の現代人は、知らない事が殆どです。そんな中、大政奉還や明治維新に絡んで明治天皇は、実は本物ではなく入れ替わっていたなどという説もあります。嘘かホントか解りませんが一応、様々な説の一つとして知っておく必要があります。今回は、それについて語られている動画が有りましたので、ピックアップ
幕末維新の暗号著者:加治将一★★★★★★★★★9:最高傑作、間違いなくこれからも読み続ける珠玉の1冊ジャンル:歴史、幕末、ミステリー感想:明治の1枚の群像写真、おそらく誰もがひと目は見たことがあるのではないだろうか、その写真の真贋から始まり、最後には驚くべき結論に達する。おそらくひとつひとつ検証していけば、相当に怪しいトンデモ本なのかもしれない。それでも多くの歴史が時の権力者により改ざんされているというのは事実であろうし、また明らかになって改定されるケースが多々あるの
25日午前7時2分ごろ、長野県王滝村と木曽町で震度5強を観測する地震があった。震源は同県南部で、震源の深さは7キロ。地震の規模を示すマグニチュード(M)は5.6と推定される。(引用終了)21日の「一二三の理と鶴から亀へ」において、「フォッサマグナ地溝帯が気になります」と述べましたが、本当に起きてしまいました。該当地域にお住いの読者の方々、今後の余震にご注意ください。さて、お昼頃にイオンで今日まで開催されている「日本全国陶器市」に行ってきました。特に買い求める品物はないのですが、陶器を
○フルベッキはオランダ生まれのアメリカ人、安政6年来日。宣教師としてきましたが、基督教禁制のためそれは、公にせず、布教活動もしていません。オランダ人として長崎に入港したものと思います。○大徳寺という寺に滞在しました。その時、佐賀藩士副島種臣、大隈重信に個人的に英語を教授します。その後、幕府の長崎英語伝習所の雇いとなり。慶応三年佐賀藩、蕃学稽古所の教師になります。上の集合写真は真ん中にフルベッキと子息が写っています。周りはフルベッキの教え子や関係者です。近年この写真は歴史ミステリーのよう
幕末です。150年前の本日は、慶応3年2月29日。この日カッシーは、大隅守から300両を受け取りました。二十九日金三百両隅州より請取る。(九州行道中記)これね、よくわからない。。。前回、日田を出立して22日に新井さんと再会したカッシー。翌日には塚(柄)崎に泊まって、温泉に入ったりしてます。で、ここで新井さんは体調を崩していたようで「病篤し」と書かれているのです。25日には長崎に到着したようで、それから10日間滞在します。26日に、長崎奉行能瀬大隅守を
フルベッキの写真における後の明治天皇のご指摘です。現在、壺切りの剣はis6689様の家にあることがわかっているため、この明治天皇と目される人物が持つ剣はおそらく本物の壺切りの剣ではないかと思いますが、それを模造した剣である可能性は大いにあります。皆様も是非以下のブログをお読みになってください。