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お気に入りのCDで同じものを無駄に二枚持っています。私的にフォークルといえば先ずははしだのりひこさんが頭に浮かぶんですが、人と上手くやるのが苦手な方だったようで、ぶっ壊し屋なんてあだ名がついていたと何かの雑誌で読んだことがあります。余談となりましたが、このアルバムについては映像つきのDVDで見てみたいです。。以下、WIKIの引用です。フォークルのブレイクにより、その周囲の人達(松山猛、ザ・ムッシュ、ロック・キャンディーズ、ジローズなど)が世に出るきっかけともなった。その一方
この唄はフォークルの代表するような唄ですが、ボクが聴けたのは発売から何年も経ってからのことでした。というのも、あの頃は放送禁止歌というものがあり、この歌はレコードにしてはいけない、ラジオやテレビで放送してはいけないとされていたからです。でも、みんな自分でギターを弾き歌っていたので、ボクも同じように歌ったものでした。この歌は朝鮮戦争のために南北に分かれてしまった朝鮮の民が、故郷を思って歌った唄です。もし、太平洋戦争の時、北方領土とともに北海道がソ連(ロシア)に占領されていれば、北海
ボクが子どもの頃に聴いて、今も忘れられない唄です。こんな唄は今の若い人たちは知らないでしょうね。40代、50代でも知らない人が多いと思います。でも、ボクも父になり、息子も娘も父や母になりました。この唄の娘さんのように、親を戦争で亡くすことが無いように、子どもたちに、孫たちに伝えて行きたいとは思います。でも、今のポップスやリズム重視の歌ばかりでは、彼らの心には響かないのかもしれません。戦争で親を亡くすことは今も世界中で起きています。今の高市自🏺党政権が改憲すれば、日本だって起き
PPMの来日公演も何度かあり、東京では新宿の厚生年金会館(今は無くなったのかしら?)がお決まりの場所でしたが、切符がなかなか取れず、結局ナマの演奏は一度も聴いたことがありません。返す返すも残念。フォークブームを支える日本の演奏家は、もっぱら関西フォークが中心で、「フォーククルセイダーズ」、「五つの赤い風船」、「岡林信康」、「高田渡」、「高石ともや」をレコード、ラジオで聴いていました。どういう訳か、テレビで見た記憶はないですね。それだけマイナーだったのでしょうか?学生フォ
作詞松山猛さん、きたやまおさむさん、作曲加藤和彦さん、発表当時私は7歳でしたが、子供ながらにこの曲はそらで覚えて歌っていました。そのくらい社会現象になるほど大ヒットしました。歌詞はシュール、歌は早回し(ビートルズの影響?)、途中のオッフェンバッハの「天国と地獄」の挿入や、アウトロのビートルズの「ア・ハードデイズ・ナイト」等々、コミックソングの扱いだったと思いますが、でもみんながやっていないことをやる、という加藤さんとフォークルらしい曲と思います。
1968年から1969年にかけて、大学紛争が日本各地で起きていました。全共闘、革マルや民青といった活動家たちがバリケードを傷いて、まともな講義が行われず、東大入試が中止になるなど受験生が苦しんだ時代でした。今日は、その時期に、ラジオから流れてきた曲を紹介します。世界的には、ベトナム戦争が泥沼化していました。悲しくてやりきれない僕自身も大学受験が終わった頃、ラジオから流れてきたのがフォークルの代表曲とも言えるこの曲でした。大学はバリケードが貼られ、講義も行われていませんでした。やむ
作詞サトウ・ハチロー氏、作曲加藤和彦氏の、「あの素晴らしい愛をもう一度」と並ぶ、かつて教科書に載ったフォークルの名曲。この曲はきっといわゆる「詩先」、詩が先にあっての作曲だと思いますが、こんなメロディーを思い付くとは凡人の私には考えられず、さすが加藤さんは稀代のメロディーメーカーだと感心します。
アメリカがと言うよりトランプ大統領が、あの不毛なベトナム戦争の二の舞になりそうなベネズエラ、イラン、メキシコに戦争も辞さない姿勢で臨んでいます。愚かな行動です。と言うのは簡単ですが、こんな老人に何ができますでしょうか?せめても反戦歌で、僕の気持ちを託します♫反戦歌というジャンルの先駆者がピート・シーガー氏で、花はどこへ行ったなどの曲を作り、PPMやジョーンバエズがカバーしてフォークという世界も世界中に広がって行きました。戦争は知らない日本の反戦歌というと、フォーククルセダーズが
僕が洋楽に目覚めた頃、ジョーン・バエズ、ピーター・ポール&マリー(PPM)のなどがフォークソングのジャンルでありながら、反戦を詩に込めていた曲が多く流れていました。当時は、意味も考えず、習いかけのギターを弾きながら歌った物です。上はピートシガーのジャケット、右は反戦歌ばかりを集めたLPです!花はどこへ行ったのWherehavealltheflowersgone?)ピート・シガーが原曲を作っていますが、この曲を最も有名にしたのは、PPMの曲でした。彼らのハーモニーの良さ
邦楽はあまり聞かなかったなんて言ってましたが、中学生の頃にかぐや姫のLPを毎日聴いていた時期があったことを動画を目にし突如として思い出しました。。「時代に翻弄された歌イムジン河」-アナザーストーリーズ運命の分岐点1968年2月、ザ・フォーク・クルセダーズが歌う「イムジン河」が発売中止となった!北朝鮮で生まれた曲。京都の朝鮮学校で耳にした作詞家の松山猛が作者不詳の朝鮮民謡と思い、日本語の歌詞をつけた。しかし発売直前に朝鮮総連から抗議が入り、レコード会社が発売中止を決定。そ
ザ・フォーク・クルセダーズの2枚目のシングル「悲しくてやりきれない」です。1968年3月21日リリース東芝音楽工業CP-1025A面は「悲しくてやりきれない」作詞はサトウ・ハチローさん、作曲は加藤和彦さんです。B面は「コブのない駱駝」作詞は北山修さん、作曲は加藤和彦さんです。ジャケットは2つ折りになっています。このレコードが制作されたときのメンバーは、北山修さん、端田宣彦さん、加藤和彦さんの3名です。端田宣彦さんと
『この世界の片隅に』稽古場映像【昆夏美&海宝直人Ver.】日本中が涙した不朽の名作が、アンジェラ・アキのオリジナル楽曲に乗せて、世界初のミュージカル化!♪「端っこ」♪「醒めない夢」♪「この世界のあちこちに」の稽古場映像をご紹介。原作:こうの史代『#この世界の片隅に』(ゼノンコミックス/コアミックス)音楽:アンジェラ・アキ脚本・演出:上田一豪浦野すず:昆夏美/...youtu.be「この世界の片隅に」のミュージカル化をリスペクト化するのは構わんが、アンジェラ・アキ-
年に数回行われるイベント「ざっくばらん」に今回も呼んでいただきました。いつもはだいたい落語を演らせていただくのですが、今回は久しぶりにウクレレ漫談にて。本当にいつも通り「ざっくばらん」に、ギター弾き語りあり、能ミュージカルあり、タンゴありと、今回も盛りだくさんでした。で、ザ・ウクレレ・クルセダーズのロコ沢井でのウクレレ漫談。人前でウクレレ弾くのも1年以上振り、あのスカジャン兄弟復活以来。いつも通りの「東京タワーの歌」から、動物シリーズで「やぎさんゆうびん」、「贈られる言
2024-5-18(土)こんにちは。曇り空。でも日中は気温はどんどん上がりそう。。体がついていかない><。今朝は古い写真も。。2年前の5月。。家には紫陽花さんがすでに。「言葉にできない」♪オフコース「悲しみは言葉にならない」♪ザ・フォーククルセダーズ「言葉にならない言葉」♪赤い鳥花々にも、情報を伝え合う「言葉」があると聞いたことがありました。時間を伝えるのはよく知られています。太陽に向かって向きを変えたり、日が暮れてから咲いたり
若い加藤和彦のように[ザ・フォーク・クルセダーズ]楽天市場2,636円${EVENT_LABEL_01_TEXT}
虹と共に消えた恋という曲は、高校生くらいに、友人たちとギターを弾きながらよく歌った曲です。実は、この曲、反戦歌だと言うことはあまり意識せず歌っていました。フォークソングとしては、ピーター、ポール&マリーのハーモニーが素敵で、ゲール語の歌い出しを暗記するほど、よく歌っていました♫ピーター・ポール&マリー(PPM)/虹と共に消えた恋(GoneTheRainbow)www.youtube.comこの曲の出だしの歌詞です!Shule,shule,shule-a-roo,
🎸🎤元フォークルの加藤和彦さんと北山修さんとアルフィーの坂崎幸之助さんとが、2002年に期間限定で再結成した新生フォーククルセダーズの作品がこれですが、はしだのりひこさんが、いないのがめっちゃ残念ですが😂、加藤和彦さんと北山修さんの70年代初頭の大ヒット曲で超名曲の「あの素晴らしい愛をもう一度」を取り上げているのが、私みたいなフォークファンにとってはめっちゃ嬉しいし🥰👍、あと、高見沢俊彦さんが作詞、加藤和彦さんが作曲してアルフィーさんのアルバム「GoingMyWay」(2
はしだのりひこ全曲視聴。フォークルのメンバーの1人。小柄なのが親近感湧くwwwフォークル解散後のソロはいわゆるフォークソングブームの渦中の人だったと思われる。ピンで歌うだけでなく、女性シンガーを迎えてのバンド形式だったり、さまざまな方と組んでいます。彼の作品を通して1番好きなのは「花嫁」。ていうかこの曲は80年生まれの私でも聴いたことがありました。何でしょうね、この時代に生きていたわけじゃないのに、この時代にいたことを思い出すような錯覚というか、一気にタイムスリップしてしまう感覚が
ザ・フォーク・クルセダーズ全曲視聴。サディスティック・ミカ・バンドからさらに遡るwww。通称フォークル。普段フォークソングは聴かないけどね、やっぱ源泉に近いものは良い。80年生まれの私でも聴いたことあるのは、♪オラは死んじまっただ〜(帰って来たヨッパライ)とか、イムジン河、そして、あの素晴らしい愛をもう一度、は名曲中の名曲でしょう。こうして2022年に聴いて感じるのは、加藤和彦の偉大さ。というわけで次回は彼のソロ。
子を懲らしめた親を残念な親!だなんてひどいにもほどがあります!親が残念、ならその親たちを囲っている組織とトップ信者は、さらに上をいく残念な組織、残念なトップといえます!それが世間の常識!であり意識の当たり前でありなんと言いましょうか?⭕️◯にはつける薬がない!という諺が浮かびました残念フォーククルセーダーズ略してフォークルと呼ばれていたスペイン語で十字架をつけた集団🎶悲しくてやりきれない!
フォークル(フォーククルセダーズ)の実際の演奏です曲は「イムジン河」(☝これは坂崎幸之助が参加した新フォーククルセダーズ)「イムジン河」は「帰ってきたヨッパライ」に続く第二弾として予定されていたのですが『朝鮮総連』から横やりが入り直前で発売中止となり急遽加藤和彦が作ったのが「悲しくてやりきれない」ですフォークルが活動一年で解散の後日本のミュージックシーンは本格的なフォークソング時代へ岡林信康高田渡よしだたくろう泉谷しげる井上陽水……☟は日
「オールナイトニッポン55周年記念あの素晴しい歌をもう一度コンサート2022」を観に、東京国際フォーラムでした。国際フォーラムホールAは、藤井フミヤ先生35周年以来、4年振り。先日のコウタローさんではないですが、本当に観たい人、聴きたい人は、観られるときに観ておかないと後悔するので・・・出演者も年代があがっているわけで・・・。平日の午後3時開演というのも、明らかにシニア対象ということでしょうか?客層は確かに私よりも年上の方がほとんどのようでした。閑話休題。
この曲を聴くと、涙が出てきます北山修と加藤和彦「あの素晴しい愛をもう一度」永遠の歌唱ですね
僕にとっての懐メロは、『ザ・フォーク・クルセダーズ』のこの2枚。デビュー作「ハレンチ」2枚目の「悲しくてやりきれない」
私は、ザ・フォーク・クルセダーズのレコードを、発売当時ではなく、後年になってから買いました。その頃、サディスティック・ミカ・バンドも解散して、ソロになっていた加藤和彦さんのファンになり、昔のザ・フォーク・クルセダーズのLPを取り寄せてもらって買ったのです。だから、この曲の事はその時まで知りませんでした。それまでフォークルの曲は、「帰ってきたヨッパライ」や、「悲しくてやりきれない」等は知っていました。レコードを聴くようになって、「戦争は知らない」を多分初めて聴
レーモン・ルフェーブルの演奏の方が有名な、「サバの女王」をチュニジア人シンガーソングライターのローランが日本語で歌っています。そして、島田陽子さん追悼の際、フランク・プールセルの演奏で聞いていただいた「アドロ」をグラシェラ・スサーナが日本語で歌っています。共通しているのは、静かな出だしが、徐々に盛り上がって行く曲調で、日本人好みのメロディーでした。そしてイスラエル人の2人が、東京国際音楽祭でグランプリを獲得した「ナオミの夢」は66万枚というヒット曲になりました。ダニエル・ビダ
心洗われるような楽曲ですねベッツイ&クリス「白い色は恋人の色」フォークルの北山修と加藤和彦作のナンバーです