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JETSTREAM・・・作家が描く世界への旅。今週は、美術史家・若桑みどりの歴史書『クワトロ・ラガッツィ天正少年使節と世界帝国』を、番組用に編集してお届けしています。今夜はその最終夜。「クワトロ・ラガッツィ」イタリア語で、「4人の少年」を意味する言葉である。彼ら少年使節は、その領土に日は沈まないと言われた、スペインの国王フェリペ2世に謁見するために、リスボンからマドリードに向かった。おりしも王宮では、王太子の宣誓式が行われる日であった。美術史・家若桑みどりは、膨大な文献を基に、
フィリピンのスペイン人は、フィリピンとメキシコの往復の途中に、足場とする港を日本の東海岸に持ちたかった。平戸から長崎にポルトガル人が移ったあとに、1576年スペイン人が入ってきたが、1597年オランダ人が来ると激烈な競争になり、スペイン人はついには駆逐されてしまった。1575年マニラのスペイン官吏がフェリペ2世に送った手紙によると、『日本は多くの銀を産する。毎年日本から多くの商品を積んだ船がフィリピンに来る。彼らの主要な貿易は銀と金とを交換することである』と言っている。当時フェリペ2世の同
1521年3月、ポルトガル人マゼランがフィリピンを発見し、彼は殺されたが彼の率いていた船が人類最初の世界一周航海に成功した。1565年4月、フェリペ2世の命令でメキシコから送られた討伐隊がセブ島を征服した。隊長レガスピは次にマニラの征服を試みたが、抵抗した地元のモロ族とともに戦ったなかに日本人がいた。1571年にレガスピはルソン島を平定し、本拠をマニラに移して植民の準備を整えた。彼は余勢をかって日本および琉球をも征服しようと考えたが、日本に来たこともなく事情をよく知らないのでフィリピン同様に簡単
これから全12回に分けて英国王室とチョコレートとの関わりについて記事にしたいと思いますヨーロッパではチョコレートと王室の関係が大変興味深いのですどうぞホットチョコレートを片手に読み進めていただきたいですカカオが中央アメリカ原産ということはご存知ですよねカカオの木に実るカカオの実(wikipediaより)メキシコやペルーなど中央アメリカにはアメリカ・インディアンの国がありましたアステカの国王はカカオの実から作られたチョコラ
フェリペ2世――「太陽の沈まぬ国」を机上で統治した王スペイン絶対王政の完成と、その内側に潜んだ限界はじめに|世界帝国を“書類”で動かした男16世紀後半、ヨーロッパからアメリカ、アジアにまで及ぶ巨大帝国を支配した人物――それがスペイン王フェリペ2世(FelipeII,1527–1598)です。彼の時代、スペインは「太陽の沈まぬ国」と呼ばれました。なぜなら、地球上のどこかには必ずスペイン領があり、常にどこかで太陽が昇っていたからです。しかしこの王は、英雄的カリスマで前線に立つタ
最近,原点に立ち返って,ハプスブルク家の歴史を学び直してるんですよ。あ,"原点"って言うのは,僕が世界史に興味を持ったのがヨーロッパの名門中の名門であるハプスブルク家への憧憬に端を発しているからって事ね笑。さて,そのハプスブルク家の歴代の君主の中で,"大帝"と呼ぶにふさわしい人物と言えば,やっぱ筆頭はカール5世だよな。え?カール5世を知らん?1500年2月24日,フランドルの町ガンに"将来の大帝"は生を享けます。(フランドルは現在のオランダ南部,ベルギー西部,フラ
マドリードの海事博物館で、コロンブスの絵に赤いペンキを投げつけたというニュースが流れました。背景は複雑そうですが、日本と周辺諸国と同様、いろいろな感情があるのでしょう。事件が起こった10月12日は、コロンブスがアメリカ大陸に到達した日で、スペインでは国の祝日で軍のパレードが行われます。国王陛下、皇太子殿下が軍装で参加されるのですが、殿下は御父上同様、兵役を経験されているので所作も様になっています。この方が女王として即位されるまで生きていられるかな・・・海事博物館は、スペイン海軍
「絶対にカトリック以外は認めない!」そんな強い信念を抱いた王がいました。スペイン黄金時代の国王、フェリペ2世です。あなたは、「宗教の違いが戦争の引き金になる」ことを、どこまでリアルに想像したことがありますか?フェリペ2世が目指したのは、カトリックによる統一。しかし、その理想はやがて大きな反発を生み、80年にもわたる戦争を引き起こしました。フェリペ2世が直面した「カトリック帝国のジレンマ」1556年、フェリペ2世は広大な領土を受け継ぎます。父カール5世から引き継いだスペイン帝国は、ヨー
8歳の息子。小2にして戦国鍋TV(再放送)他、歴史ソングにハマり中。学校でも歌ってそうだわ母が震える。天正遣欧少年使節を若干、早口言葉みたいに言う娘と息子。楽しく興味を持って下さい。スペイン国王のフェリペ2世はハプスブルク家だったんですね。(調べて知った)
8/4(日)①スペイン時間13:40(日本時間20:40)に無事マドリードのバラハス空港に着き、入国審査も滞りなく済ませたものの、なぜか同行者オリムーちゃんの荷物がなかなか出て来ない!というトラブルがありまして…(海外旅行あるある?汗)何度も様子を見に行くオリムーちゃん…1時間ほど待って、ようやくゴトゴトとベルトコンベアーに乗ったオリムーちゃんの荷物が出て来た時には本当にホッとしました…(ヨカッタヨカッタ…)さて、いきなりのトラブルにメンタルやられそうになりましたが?!これぐらいでめ
寝てる時に装着フェリペ2世ややご機嫌ナナメゆくゆくはヴィトンのガウンを着せたいなと
フェリペ2世(スペイン王)別名:フィリップ1世(イングランド王)フィリペ1世(ポルトガル国王)生年月日1527年5月21日(火)日干支戊辰同じ日干支の人物(ブログに掲載済みの人物)・ヘンリー7世(イングランド王)1457年1月28日(金)みずがめ座・フランシス・ベーコン1561年1月22日(水)みずがめ座・徳川義直1601年1月2日(火)やぎ座・徳川家宣1662年6月11日(日)ふたご座・カール・マルクス1818年5月5日(火)おうし座・
◆◆◆くじょうみやび日録第二期◆◆◆スペインに惹かれた直接的な動機は世界遺産検定の勉強でしたが、素地はありました。それは前回も触れたチェーザレ・ボルジアであり。また、絶対主義最盛期のスペイン王・フェリペ2世がゆえ。世界史のフェリペ2世って、ちょっとヒール(悪役)じゃない?(そういう人物に惹かれる傾向はあるものの)実は「書類王」と渾名されるほどの勤勉さがありますし、後世の風評で損をしている人物のようでした(『フェリペ2世』より)。ハプスブルク家特有の容貌※は感じられ
MichaelGaidaによるPixabayからの画像※こちらの記事は、平成30年5月11日に書かれたものです。皆さんこんばんは。今回は「各合戦の動員人数について」シリーズの8回目で「アルマダの海戦」についてです。今までの記事第1弾江古田原沼袋合戦第2弾権現山の戦い第3弾新井城の戦い第4弾第一次国府台の合戦第5弾川越城の合戦第6弾第二次国府台の合戦第7弾ワイアットの乱というわけで、「アルマダの海戦」とはどういう戦いだったのかというと、前回のワイアットの乱
以前フェリペ2世がちょっと気になったことがあった。過去記事→フェリペ2世のコッドピースティツィアーノ画(プラド美術館蔵)今年になってようやく(!)彼についての本を読んだ。(まだ一冊きりだけど)山川出版社の世界史リブレット「人」シリーズ。このシリーズ、コンパクトながら内容がしっかりしている。私がなんとなく抱いていた彼の胡散臭いイメージ……それはどうやら、「黒い伝説」と言われるもののようだ。思いっきり踊らされてたね(苦笑)この言葉自体は、20世紀初頭のフリア
2023年の元旦に、とある方から本をいただきました。「家にあったんだけど、なんとなくAngeちゃんにあげようと思って!」特にその本に思い入れもないご様子で、また、内容も漠然としか覚えていないらしく、なんとなく私に…と閃いたそうです。「読んだら感想聞かせてね。」と。即、読みました。そして、すでに、3度も読みました。まだ感想はお伝えしていませんが。その本がこちら。『太陽と月の大地』コンチャ・ロペス=ナルバエス著宇野和美訳16世紀スペイン・グラナダを舞台に、宗教・民族の違いによっ
エル・エスコリアルへうわー雨・・マドリードの北部モンクロアのバスセンターまでなぜか歩きで向かった私たち・・40分くらいかけて歩いたのでビショビショしかもチケットの買い方がわからない・・バス会社の自動販売機に行先が出ない1階の案内所で確認すると・・『車内で買いなさい』とのことなんだーと11番乗り場へ急ぎました1時間くらいでエル・エスコリアルへ到着1557年の聖ロレンソの日にサン・キンティンの戦いでフランス軍を破ったフェリペ2世が勝利を記念してこの地に修道院を建てた
15世紀から17世紀半ばにかけての時代、それは、ヨーロッパ諸国が競うように海洋進出を行った“大航海時代”であった。この時代、ヨーロッパ諸国によるアフリカ、アジア・太平洋地域、南北アメリカ大陸などの植民地化が進んだ。その初期において覇権を握ったのはポルトガルであったが、やがてスペインが台頭してくる。スペイン王室に支援されたコロンブスのアメリカ大陸圏(バハマ諸島)到達などがその契機となった。※西を目指すコロンブスの船団スペインは、中央アメリカから南アメリカの旧文明を滅ぼして征服。
✴︎ウサギの説明部屋✴︎ハロウィンです👻オバケカボチャにバンパイア...ホラーなお祭りです♪ではではお待ちかねのブラッディメアリーのお話ですメアリー1世即位したのは37歳え?だいぶ...そのぅ...そう彼女は幼少期の苦労からすでに歯は抜け落ち髪も薄く実年齢よりもかなり老けていましたメアリーの母キャサリン妃は元スペインの王女父は偉大なイングランド王ヘンリー8世...しかし平和だった親子関係も父の浮気により崩壊当時のカトリックでは身内の元奥様と結婚は御法度
1998年『エリザベス』の続編後編に当たる作品で、その後のエリザベス1世を描いています。こんな説明になっています。~カトリックだった異母姉メアリー女王のあとに、プロテスタントのイングランド女王として即位したエリザベス。だが、カトリック教徒も多い国内はプロテスタントの女王に対する不満もあって不安定だった。国外のカトリック列強国やバチカンも、エリザベスを私生児と見做して王として認めようとせず、絶えず圧力をかけてきた~イギリスについてさほどの知識が伴っていない筆者な
明日、火曜日のマドリッドの天気は、曇りのち晴れ!最高気温29度、最低気温19度風速16㎞/時、日出07:27、日没21:11今日はお客様を連れて、スペインが「日が沈まない帝国」と言われた時の王様、フェリペ2世が余生を過ごしたエル・エスコリアルの修道院の中を見学してきた。エル・エスコリアル修道院-Wikipediaja.wikipedia.org(見事な天井画)ここは、グレコ、ティッチアーノ、ティントレット等の絵画のコレクションとゴヤのタピストリー、手書
当時のイングランドの立ち位置ですが、建国以来、イングランドは常に小国です。一時的にフランスに進出し、『アンジュ―帝国』などと呼ばれたことがありましたが、それだって、今の日本列島よりも狭い地域です。むしろ、日本より小さい島の半分の領土で、しかも島内にはスコットランドという陸続きのライバルが存在し、島の向こうから常に圧力を受けていました。それだけでなく、ローマ帝国とフランスには征服されています。そうしたなかで、大国の顔色を窺いながらも、生き残ってきたイングランド人の秘訣を学ばないことには歴史の勉強
ハプスブルグ家のことは、終焉の頃のフランツ・ヨーゼフ一世の時代を学ぼうと思って始めていたわけなんですけど、その中でハプスブルグ家の政略結婚の規模の大きさを示すひとがこの方です。前回の名画でハプスブルグ家を学ぶ②でも登場しました。フェリペ二世。スペイン系ハプスブルグ家大繁栄時代の王様です。家系をたどってみますと、おじいさんがフィリップ美公、おばあさんがフアナ。美公(びこう)って呼ばれるくらいなので、当時としてはイケメンの部類の顔立ちらしい。好みは色々ですけど。うーーむ。あだ名
「歴史のなかの女たち名画に秘められたその生涯」高階秀爾箸文春文庫1984年刊(文庫版)1978年刊(単行本)改訂版岩波現代文庫↓歴史のなかの女たち―名画に秘められたその生涯(岩波現代文庫)Amazon(アマゾン)1〜4,800円別のショップのリンクを追加・編集こんばんは。この本で紹介されている女性の中から、エリザベス1世に近い世代の方をシリーズで書かせていただいているのですが。前回までの①~④は
COTENRADIO#4「エリザベス1世」2021.4.12~5.17放送全11エピソードmemo③「神に愛された女王」こんばんは。コテンラジオ「エリザベス1世」3回目です。前回から間が10日も空いてしまって・・・スミマセンいろいろ脱線しておりました今回は7番目(#180)のエピソードをmemoしていきたいと思います。(ひとつ分のみmemoがなかなか取れなくて・・・)エピソード7番目にしてエリザベスようやく即位です。エリザベスはかなりの長寿なので(即位2