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ディオンの大ファンだったフィル・スペクターが60年代からラブ・コールを送り続け、ようやく70年代になって念願叶ってプロデュースできた名作。ジョン・レノンの「ロックン・ロール」は手放しても、この「BornToBeWithYou」一生手放しませんよ!曲はマン&ワイル、プロデュースはフィル・スぺクター、もうタマラン!MaketheWomanLoveMeProvidedtoYouTubebyReservoirMediaManagement,Inc.Ma
るそんべえです。ジョン・レノンの初のソロ・アルバム「ジョンの魂」。ソロ・アルバムですが、原題のクレジットは、ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンドでした。しかし、邦題はとても言い得て妙なタイトルをつけたなと思いました。プロデュースも、自身とビートルズの「レット・イット・ビー」のプロデュースも行ったフィル・スペクターでした。ビートルズとは違うジョン・レノンの顔を見せてくれる名盤だと思います。このころのジョンの心の叫びのようなものが、いくつも聴ける曲ばかりです。特に、”ゴッド
今日、12月26日はフィル・スペクターの誕生日です。(81歳没)去年のブログでも取り上げました。「フィル・スペクターの誕生日(2022年)」昨日がクリスマスでしたが、フィル・スペクターがプロデユースしたクリスマスアルバム「クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター」は1963年に発売されたのですが、今でもクリスマス・アルバムの名盤と言われています。今年もロネッツの「SleighRide」が8位に入っていましたね。もうクリスマスは終わったので、貼りませんが、他
今日は世間ではクリスマスイヴだそうで。うちは浄土真宗なんで関係ないのですが、それでも数少ないですが、クリスマスのレコードはあります。ダンシング・クリスマス/道志郎、三保敬太郎とリズム・セクション東芝音工TP-7084ジャスピアニストであの11PMのテーマ曲を作った三保敬太郎と道志郎のクリスマスアルバム。スタンダードな曲が並んだ企画盤。なかなか洒落た感じの好きなアルバム。赤盤で、ペラジャケのLPレコード。ダンシング・クリスマス/道志郎、三保敬太郎とリズム・セクション
WalkingintheRain恋の雨音って邦題が付いている。まずは、聞いてみて!WalkingintheRainTheRonettes作詞:CynthiaWeil、作曲:BarryMann、プロデュース:PhillipSpectorレコーディング・エンジニア:LarryLevine冒頭の効果音がムードを掻き立
思い出のロックンロール・ラジオ/ラモーンズ日本フォノグラム/サイアーSFL-24711980年リリース、フィル・スペクタープロデュースの『エンド・オブ・ザ・センチュリー』からのシングルカット。大リーグの試合見てるとあっちの球場でよく流れてるよな。ちゃんと『T.レックスもいつまでも忘れない』という歌詞が嬉しい。アルバムの方ではロネッツの『ベイビー・アイ・ラヴ・ユー』のカヴァーや、また、ジョニー・サンダース&ハートブレーカーズの『チャイニーズ・ロック』また『ロックンロール
ジョン・レノン6枚目のスタジオ・アルバム「ロックン・ロール」(75年2月)(全英6位・全米6位・オリコン12位)から今回はA面の3.♪メドレー:リップ・イット・アップ~レディ・テディ4.♪ユー・キャント・キャッチ・ミー5.♪エイント・ザット・シェイム6.♪踊ろよベイビー7.♪スウィート・シックスティーンを楽しんでください。
TheCoversは、團伊玖磨のエッセイ「パイプの煙」から、続々、晴れても、重ねて等の前振りをお借りしていましたが、オリジナルの「パイプの煙」は"しっとり"のあと"さよなら"で終わってしまっています。しかし、このTheCoversに関しては、まだまだ無限に書けそうな気もするので(書くな!とか言わないでね)いっそのこと前振りをなくしてしまう事にしました。今回の曲は"BeMyBaby"。一番先に歌ったのはTheRonettes1963年10月に全米2位
BeMyBaby作ったのは、JeffBarry、EllieGreenwich、PhilSpector私が最初に聞いたのは。。。南沙織デビュー前。筒美京平に「何か歌ってごらん」と言われて、歌ったのがRoseGardenバイリンガルの特長を生かそうとCBSソニーは、アルバムの構成をA面:歌謡曲B面:Popsにしたり、A面:カリフォルニアの青い空B面:雨に消えた初恋のシングル(両方とも英語)をリリースしたり、Popsアルバム(全曲英語)リリース
フィル・スペクター(2013)60~70年代の洋楽に興味がある方でしたら、この名前は記憶に強く残っていると思います。名音楽プロデューサーでありながら奇人。その奇行の数々が嘘か誠かまことしやかに広がっており、2003年に女優を自宅で射殺した容疑で逮捕起訴され、収監中の2021年にコロナウィルスで亡くなった、フィル・スペクター。本作は、その彼が犯した殺人事件の裁判と、彼の弁護を受けた女性弁護士の物語です。女優殺人の容疑者として逮捕された、フィル(アル・パチーノ)。この事
71年10月28/29日の2日間にレコーディングされたそうでバック・コーラスにハーレム・コミュニティ・クワイアをセッションに招きニッキー・ホプキンスジム・ケルトナーなどが加わっていますレノンとヨーコの作品でプロデュースはフィル・スペクター71年12月に米国と日本で英国では72年11月にリリースされましたジョン・レノンの♪ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)全米38位・オリコン30位・全英2位とB面の♪ほら、聞い
アルバム制作のためプラスチック・オノ・バンドのメンバークラウス・フォアマンアラン・ホワイトボビー・キーズやニッキー・ホプキンスさらに一部ではジョージ・ハリスンやバッドフィンガーのメンバーをイングランド・アスコットに在るあの“ホワイト・ハウス”に集めそこで71年6月からレコーディングを行ったジョンそして出来上がったのが2枚目のソロ・アルバム「イマジン」でプロデューサーはフィル・スペクターだったアルバムは
ジョン・レノン初のソロ・アルバム「ジョンの魂」は70年12月にリリースされましたこの時のプラスティック・オノ・バンドのレコディング・メンバーはジョンにリンゴ・スタークラウス・フォアマンその他フィル・スペクターとビリー・プレストンが各1曲参加のみでシンプルなサウンド創りでした(全英8位・全米6位・オリコン5位)そのアルバムから同12月に米国でシングル・カットされた(71年2月発売)代表曲といえる♪マザーとB面の
フィル・スペクター(1939年12月26日-2021年1月16日)は、1960年代の最も成功したプロデューサーの一人として広く認められているアメリカのレコードプロデューサー兼ソングライター。1958年にザ・テディ・ベアーズの初期メンバーとしてキャリアをスタート。ナンバーワンヒットである「ToKnowHimIstoLoveHim」を作曲。その後プロデューサーに転身し、ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる重厚な音作りで有名になった。ザ・ロネッツの「ビー・マ
ベテランサウンドエンジニア(話好き)の某氏が「現代音楽の歴史に名を遺す人物」として挙げる一人。フィル・スペクター。アメリカの音楽プロデューサー。ウォール・オブ・サウンドという音響手法を発明した人。某氏による解説は自分には専門的すぎたのだが力技で反響音を重ねて厚みを持たせた音楽、とざっくり理解。ウォール・オブ・サウンドの代表として示されたのがTheRonettesの「BeMyBaby」。聴けば分かると思う。ああ!この感じ!ってなると思う。それがウォール・オブ・サウンド
ソロになって3枚目のアルバムは何と3枚組でしたフィル・スペクターのプロデュースにエリック・クラプトンリンゴ・スターなど素晴らしいバックミュージシャンを集めたこともありこれまでの作品とは全く異なるポップ・サウンドを聴かせてくれましたそこからのファースト・シングルが後に訴訟問題にまで発展したこの曲♪マイ・スウィート・ロード初めて聴いた時はジョージが復活したと最高に嬉しい気持ちでした!!!B面にカップリングされたのは♪イズント・イッ
洋楽を聴く方ならフィル・スペクターのことは御存じと思いますその彼が61年に設立した“フィルス・レコード”と契約して66年3月リリースされたフィルスでの二人の初作品がこの曲でした書いたのはスペクタージェフ・バリーエリー・グリーンウィッチアイクとティナ・ターナーの♪リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイを当時の音源とPromoVideoで楽しんでください(全米88位・全英3位)なお邦題は当初「恋を探し求めて」でした。
アイクとティナ・ターナーの作品(66年・全米88位・全英3位)をモータウンの2組の人気グループが組んでリリースしたアルバムから70年11月にシングル・カットされていますシュープリームスとフォー・トップスで♪リバー・ディープ・マウンテン・ハイを楽しんでください(全米14位・R&B7位・全英11位)フィル・スペクター/ジェフ・バリー/エリー・グリーンウィッチ作品。
あたしのベビー/ザ・ロネッツキング/ロンドンHIT-233ザ・ロネッツ1963年のデビュー曲で最大のヒット曲。てか、俺がまだオヤジの金玉にいた頃じゃん。今ではすっかりスタンダードだよね。これが日本オリジナルシングル。ヒット曲の宿命か、このあと何度もリリース(再発)されてます。キング/ロンドンTOP-1311『ブラック・パワー・シリーズ』の一枚。日本ビクター/フィレスJET-2371販売権が日本ビクターに移る。B面はラモーンズもカヴァーした、『ベイビー・アイ・ラブ
今日、12月26日はフィル・スペクターの誕生日です。(享年81才)音楽プロデューサーで壁に当たって、跳ね返ってくるような音を出す「ウォール・オブ・サウンド」と言われるサウンドを作り出していました。代表的な曲はロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」でしょうね。姉妹と、いとこのトリオで、メンバーの一人、ロニー・スペクターと結婚していました。「BeMyBaby」TheRonettesビートルズと親交があって、アルバム「レット・イット・ビー」をプロデュースしています。でも「ザ・
フィル・スペクター(PhilSpector/出生名:HarveyPhillipSpector/1939年12月26日~2021年1月16日)は、アメリカ合衆国の音楽プロデューサー。1939年12月26日、ハーヴェイ・フィリップ・スペクターは、ニューヨーク市ブロンクスにてロシア系アシュケナジム(またはアシュケナージム/Ashkenazim:ユダヤ系のディアスポラ=民族離散のうちドイツ語圏や東欧諸国などに定住した人々およびその子孫を指す)の家庭に生まれた。父の死後、ロサンゼルス
久々の裏方にスポットを当てるこのコーナー。これまでの勉強不足を思い知らされた、ユニットを本日は取り上げたいと思います。出張時に訪ねた新橋のロック・バーのマスターに教えてもらったザ・レッキング・クルーという、60年代に、USはカリフォルニアで活動していたスタジオ・ミュージシャン集団を取り上げます。モンキーズが自分たちで演奏していなかったことや、ザ・ビーチ・ボーイズの名作"PetSounds"は、他のメンバーのツアー中に、ブライアン・ウィルソインがスタジオ・ミュージシャンを使って造り上げたものだ
今日、6月12日はジョン・ウェットンの誕生日です。(享年67才)5年くらい前に亡くなりました。ジョン・ウェットンはいろんなグループに居ました。有名なところで・・・ファミリー→キング・クリムゾン→ユーライア・ヒープ→ロキシー・ミュージック→UK→ウィッシュボーン・アッシュ→エイジアなどね。ベースで歌が上手かったのでボーカルもやっていました。(ギターもキーボードも出来るマルチアーティスト)癌の治療の為にエイジアの活動を一時期休止していましたが、復活出来ませんでした。「Heat
今日、6月11日はリンジー・ディ・ポールの誕生日です。(享年66才)もう亡くなってから7年くらい経ちますね。個人的には「シュガー・ミー」が好きです。(1972年))「Sugarme」LynseydePaul日本でヒットしたのは「恋のウー・アイ・ドゥ」です。(1974年)この頃はJetレーベルだったので、曲がELOぽいですね。フィル・スペクターへのオマージュ曲とも言われています。「恋のウー・アイ・ドゥ」リンジー・ディ・ポールさて、「雨」の曲です。そ
「NIAGARATRIANGLEVol.2」解説マルセイユとリヴァプール第1章白い港はカサブランカ?第2章「風立つカレン」の解析第3章「悲しきWhiteHarbourCafe」の分析第4章ビートルズともう1人のポール「イエロー・サブマリン」(1966年)は、ビートルズの英盤シングルで唯一リンゴ・スターがリード・ボーカルを務めた曲でした。「NIAGARATRIANGLEVol.2」制作当時に折しも構想が具現化しつつあった「イエロー・サブマリン音頭」
今日は曇り雨。ねずみ色の空から、気まぐれな雨が時折こぼれ落ちてくる感じです。関東地方には、警報級の降雪予報とのこと。慣れないことは誰だって困るもの。今朝のテレビでは、熱海の積雪状況を映し出していました。いつも拝見している方のブログに、過去に雪の塊が落ちてきて、車のボンネットがへこんだと書かれていました。私も今年初めて、車の屋根が雪の落下にてへこむという経験をしました。見通しの甘さは、どんな時にもついてまわるもの。他人のことならわかるのに、いざ自分のことになると周りが見えなくな
去年は巨星の訃報が余りなかったものの、8月のチャーリー・ワッツで時代の終わりの始まりを予感し、10月には訃報ではないものの、2020年に逝ってしまったエディ・ヴァン・ヘイレンの丁度一周忌に当たる日に、嘗ての相棒デヴィッド・リー・ロスが引退を発表というニュースに触れ、何とも切なく寂しい気持ちになったものですが、その始まりはこの人から。『巨星墜つ!追悼2021年大レジェンドの波瀾万丈な最期』お亡くなりになりましたかあ。服役中の刑務所で新型コロナに感染して、移送先の病院で・・・何だか余りに寂しい
おはようございます。みどり塾です。女性R&Bグループ「ロネッツ」のリードシンガーロニー・スペクターがお亡くなりに...。1963年のデビューシングル「ビー・マイ・ベイビー」が大ヒット。後に結婚するプロデューサーのフィル・スペクターが手がけた音圧を上げて全ての楽器を混在化させた技法である「ウォール・オブ・サウンド」は衝撃でした。私の好きなバンドも非常に影響を受けたものが多く(フレイミング・リップス、マーキュリー・レヴ、レヴォネッツなど)80年代末のシューゲイザーブームもまさにこれ
1960年代前半に活躍した、アメリカン・ガールズ・ポップ・グループ、TheRonettesのリードシンガー、ロニー・スペクター、というか、ヴェロニカが亡くなりました。奇しくも、ダンナのフィル・スペクターが、コロナで獄中死して、ちょうど1年でありました。『RIPPhilSpector』1月16日に、フィル・スペクターが亡くなったそうですね。新型コロナウィルス感染による合併症により、刑務所から搬送された病院で、ということで衝撃的です。2003…ameblo.jp