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自己意識は本質的に実践的な意識であり、〈他なるもの〉の知をのりこえる意識なのである。実践理性批判において、自己意識すなわち自律が、自然の否定として把握されたように、また知識学において、実践的〈自我〉が、〈自我〉=〈自我〉の最初の同一性(全『知識学』の定立的原理)にもどるための無限の努力としてとらえられたように、『現象学』においても、自己意識は、意識とは逆に、行為的な意識としてあらわれるであろう。192f.👼自己は他なるものにおいて自己自身を観る。すなわち自己意識は意識の真理である。👹そ
啓蒙専制君主時代とは、哲学者のカントや音楽家のモーツアルトが活躍した時代で、絢爛豪華なドイツ文化が花開いた時代でもありました。そんな最中の、1789年、人類史を揺るがす大事件が発生します。フランス革命です。フランス革命に対して、ハプスブルク家は、一族のマリーアントワネットがフランスのブルボン家に嫁いでいるので、フランスを支援します。1791年、ハプスブルク家はプロイセンを誘い、ピルニッツ宣言を発しています。革命を起こした暴徒がマリーアントワネットら王族に手をかけないようにとの牽制です。
哲学をなるべく簡単にまとめられたらな・・ということで書いてみた。まず、基本となるのは令和哲学。この令和哲学の基本道具は瓶鳥。詳しくはこちらに→https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/用語集•令和哲学カフェコミュニティ用語集CreatedOn20[…]reiwaphilosophy.com瓶の内は私たちが観ている現実世界。瓶の外は絶対世界、真理の世界、心の動きだけがある世界。
令和哲学カフェは昨日からからヘーゲルでした。科学技術を牽引、底上げできるのが哲学。2045年に迫る技術的特異点に対応しなくてはなりません。しかし今の数学物理学では自分や目の前の人や世界を理解するのに限界があります。人を理解、説明、統制、予測、期待できなければ人生楽しめません。自分や相手に期待できないのであれば夢や希望もありません。そして全体像が分からなければ、日本人が良く思う「役に立つ」ということも、役に立ったと思っても実は迷惑をかけまくっていたことになったりと、無駄が多くなり
私は偉い誰がなんと言おうと偉いんだ私はね「偉そう」とよく宣われる当たり前だろ俺が最も偉いなぜかってはい、論に入るよじゃあ君が思う「偉い人」って誰なんだド・ゴールか?福沢諭吉か?ティトーか?先輩か?教師か?起業家か?誰だっていいんだよとどのつまりはね「偉い」とか「偉さ」なんてもんは自分の尺度で決めてんだよ己の中の勝手な偉人でしかねえんだよそれで俺に「偉そう」なんて宣うわけよそんなもん価値観の押し付けじゃんよ他人に敵だの偉人だの勝手に作ってるわけなん
フィヒテ曰く、「自己意識は直接的であって,自己意識においては主観的なものと客観的なものとが不可分に合一されており,絶対的に一である」知的直観を体系づけたのは、フィヒテというカントの後に出てきた観念論の哲学者である。知的直観とは、活動を活動のまま捉え、主客未分の状態で直接的な意識(直接経験と置き換えてもよい)を持つときに生ずるものである。いわゆる感性や悟性から思惟をせずに直接的に客観に反映させる感性的な直観とは異なり、自己=自我に知的直観を投じて、主観・客観に左右されない未分の世界に
アップさせて頂くのが、ちょっと遅くなってしまった。以下は、10月の記事。寝たり起きたりの日々となっているので、手帳タイプの日記でさえ、空欄が目立っている。私の地方での講演は、年内で終わりとさせていただき、来年からは書きかけの『伝習録』下巻の口語訳に力を入れさせていただくつもりだ。ただし、名古屋での陽明学講座が後2回残っている。11月9日(土)と12月7日(土)である。名古屋での陽明学講座についての情報をお求めの方は、FB(日本陽明学研究会、姚江の会、https://www.facebook
※出来るか?出来ないか?窓の外がトンでもない大嵐でも心の内は泰然自若でありたいものですが、なかなかそう上手くは参りません。環境に気を配るという意味で、サバイバル至上主義な生物としては決して悪くはないのですが、意識が過剰に外へ向き過ぎると、進化的にはよろしくありません。会議でも場の空気を読む事に執着し過ぎると己が消えてしまうように、理想のゴールはいつ何時でも心の中に置いて、前へ進んで
ドイツの哲学者:フィヒテ「尊敬ということがなければ、真の恋愛は成立しない」相手に好かれるために女性は、かわいい洋服を着て、メイクをする。男性は、デート代はすべてだし、欲しいというものをプレゼントする。最初はいいかもしれませんが、付き合いが長くなればなるほどそれだけでは恋愛は成立しなくなります。どこか魅力があって恋に発展したはず。いつしかその魅力が当たり前となっていませんか。それどころか、ここは直してほしいというところが喧嘩の基になっていませんか。魅力あるところは、尊敬
中世のヨーロッパでは、国王の権力の根拠を神の思し召しによるものとして説明をしていた。やがて近代国家が生まれてくると社会の成り立ちや公権力の由来を神ではなくて、人々の間の取り決め(社会契約)から説明をしようという試みが始まった。そうした社会科学だけでなく、自然科学にしても、まず物事の原因は神の思し召しではなく、物事から説明をしようというのが科学の見方である。そうした科学の時代に即した近代の哲学はデカルトに始まるのだろうけれど、突き詰めていくと難しいことが含まれていてイギリスの経験
おはようございます!海に近い湘南でハーブとアロマを日常生活に活かすワザを研究している「kumincure」かくもとくみです。藤沢市で唯一yuicaスペシャリストとして活動してます。身近な日本の香りを知ってほしい!本日はユイカ初回講座の二回目!マツやヒノキについて熱弁します‼️わが家にはクロマツが道沿いに5本ほど植わってます。飛騨高山で収穫した、yuicaの精油に「ヒメコマツ」があります。ヒメコマツは一番小さいもの❗それに比べて比較すると違いが明らか‼️どれがどれでし