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1979年の今日はどんな大会だったでしょうか??久慈大会堀(詳細不明)岩井ナンシー&トミー(1-0)天神&シェリルディ◯トミー(体固め)天神☓セミ☓富士美(体固め)モンスター◯メインジャッキー&ルーシー(1-1)ブラックペア◯ジャッキー(体固め)熊野☓☓ルーシー(回転エビ)池下◯△ジャッキー組(両者リングアウト)ブラック△これ以外のメンバーは、横田、塙、ミミ、ちの、小峯、川上、、、試合数的にあと6試合がこの当時マックスだと思うので、シングル一試合、タッグ一試合ではないで
1978年の今日はどんな大会だったでしょうか。武道館でタッグ王者になったクイーンエンジェルスは翌日の岡山大会まで日本で試合をして、そしてまたメキシコ遠征に。この日はサタンとハックニーのペアを粉砕。セミではジャッキーが熊野と対戦。ローカルではよくある熊野のセミ。実力が認められていたからの起用なんでしょうね。ちなみにこれ、何年か前にむかしのノートがボロボロで転記したもので、マミ熊野になってますが、まだこの頃は熊野磨美だったことがわかっております。ごめんなさい。そしてメインはマキとゴールデン
1978年4月の福岡大会のポスター。メインのカードはビューティとゴールデンの初対決!しかーし、我らがシルバーサタン応援団としてはそこに注目しているわけではありません。まぁ、ナンシーの写真、なにこれ。嫌がらせかよ!くらいはおもいましたが。このポスターの下半分はこんな感じ。外国人ふたりとシルバーサタンが目立ってませんか??シルバーペアの赤城は真ん中にちーっこく載ってるねくらいなのに、パートナーのサタンはデカデカと。なんなら池下よりでかいではないですか??そしてなにげにもういなくなってしま
1979年の今日は東京の稲城大会でした。直前の田園コロシアムで、ジャッキーが大流血、ルーシーも一本目で退場とけが人、続出のさなかの大会でした。前半戦堀(不明)天神セミトミー&横田(1-0)熊野&シェリルデぃ◯トミー(体固め)マミ☓メインゴールデン(0-2)モンスター&池下☓ナンシー(回転エビ)池下◯☓富士美(ヒップドロップ)モンスター◯というわけで、正式なベビーのペアがゴールデン、ヤング、ラブリーしかいない状況。ナンシー、富士美、トミー、横田、塙でうまーくとっかえひっかえメ
女子プロレスを好きになったのは全日本プロレスを見てはいたけれど、町中のポスターで女子プロレスがあることを知ったこと。そのポスターの中でナンシー久美、ビクトリア富士美のふたりがかわいいお姉さんという印象で気になり、一気にファンになった。おなじタイミングで友達の家にあそびにいったときにその子のお姉さんの机まわりにビューティのポスター、下敷きなどあり、いろいろ女子プロレスについて教えてもらい、そこからテレビを見るようになったのだが。まったくビューティに興味を示さず、とにかくゴールデンペア命でした
むかしの週刊誌で77年3月15日真岡大会の記事が載っていた。ぼくはネットで見つけた記事だったので、三ページにわたる特集の中の1ページしかみることができず、ほかにどんな写真があったのか?!謎なのだが、1ページにはリングシューズから富士美がビューティのどちらかにブレーンバスターをやられている写真が載っていた。ジャッキーなのか?と思ったが、反りがしなやかなかんじなのでマキ?どっちだ!とノートの試合結果をみると。その日のデイリースポーツはメインのみ掲載。ジャッキー&金子vs初代ブラックペアであ
1977年田園コロシアム大会で、阿蘇&池下からタイトルを奪取したのはジャッキー&ナンシーのチーム横浜←勝手に命名してるだけです(笑)しかし前にも紹介しましたが、本来ブラックペアと後のゴールデンペアが闘う予定でした。しかし、ここまではまったく気がついてませんでした。なんとタイトルマッチだったようです。何度も目にしたこのポスターですが、なんで見落としていたのか。この年の6月のデイリースポーツに夏にナンシー、秋にビクトリアがレコードデビューと報じられ、ナンシーとビクトリアはふたりで戦ってい
1978年の今日、そして明日は大宮スケートセンターでの二連戦でした。二日目のメインはなんとゴールデンとビューティのベビー同士の一戦。(マミ熊野表記にしちゃってますが、何年か前にノートを転記したときにマミ熊野にしてしまったのですが、実際は秋に改名なのでまだ熊野磨美です)初日はハワイアンパシフィック決定戦。これ、テレビでやったんでしょうか?まったく記憶にないんですが。翌日は真っ赤な青春ではっきりとゴールデンの勝利を見ているのでテレビ中継しましたが、いまなら超見てみたいロメロvs熊野が見てみ
ブログにあげる試合をどれにしようかな?と見ていたら。1978年5月の都内仙川での試合でジャッキーがまさかの外国人に敗れておりました。衝撃。ちなみに翌日はロメロは赤城に背骨折りで勝っており、元赤い王者、そして現赤い王者に勝ってるんですね。しかし、よくよく見たら13日甲府大会では前赤い王者マキにリングアウトで負けておりました。池下はこの直前のオフに運動会で怪我をしており、このシリーズは6月5日まで欠場しております。よってメインは当時のタッグ王者ゴールベンが務めることが多くなっており、ビュ
今日のネタをさがしてノートをパラパラとみていて、そういえば後半戦にでてきたときのシルバーサタンって勝ったことあるのかな?と、なぜかサタン応援団のようにサタンの試合結果をずっと追っていたのですが、、、、、突然この日の試合結果が目に飛び込んできた。ちなみにこれ、大人になってボロボロのノートを清書した1978年の対戦記録で、熊野と書いてあったノートをマミ熊野で書いてしまったのですが、この年のタッグリーグからマミ熊野に改名なのでこのときは熊野磨美名義の試合ですね。で、たぶん試合順もヒール対決がセミ
1977年の今日はどんな大会だったでしょうか??世田谷の体育館みたいですね。休憩前ラストでは池下が富士美を背骨折りで下しており、ブラックペア絶好調です。そしてセミではマキにまだ本名のナンシーが挑んで引き分け。30分なのか20分なのかは定かではありませんが、20分ではないかと予想されます。ナンシーをフルタイムマキと戦わせるという会社の思惑も見て取れますね。そしてメインは赤城とジャッキーのWWWA王者コンビ。赤いベルトの赤城とタッグ王者のジャッキー。対するは明日川崎でビューティに挑戦
赤城とビューティのチャンピオントリオ、前年末からヒールペアとして暴れ始めたブラックペア、そして後のゴールデンペアのふたりとシルバーサタンになる鋤崎、この夏に引退する柳という布陣でしたが。しらない選手がいます。ミスキラー、、、、、ミスZとマスクドキラーが合体したような名前、、、1月にデビュー予定の熊野なのか、単に柳が二役やってるのか、ミスZの大西が復帰予定だったのか、行方がわからなくなっていたユカリレンチなのか、とにかく適当に載せただけだとはおもいますが、ミスキラーなる選手はリングに立ったこ
GOROにゴールデンペアが載った切り抜きをゲットしました。GOROの記者がプロレスに挑戦だそうです。ビューティの記事ってたくさんあるけれど、ゴールデンペアの記事ってあんまりもってなかったのでお宝ゲットでルンルンです!!やっぱりゴールデンペア、キレイで可愛くて最高ですね(^^)
1979年の今日は島根県出雲市体育館での大会でした。前半戦ラストルーシー&横田&堀(不明)池下&小峯&ゴメスセミ◯トミー(体固め)ビクトリア☓メインジャッキー&ナンシー(1-1)マミ&天神☓ナンシー(体固め)マミ◯◯ジャッキー(ブレーンバスター)天神☓△(両者リングアウト)△このほかはミミ、ちの、川上、高橋三奈、リオスの5人。シングル2試合が組まれていた可能性が高いです。第1試合でこのころ、若手の勝ち抜き戦が多く行われていたので、川上、髙橋にちのかミミが入っての勝ち抜き戦
今日はどんな大会だったか、をやろうかな?とノート開いていたらびっくらこきマロでした。みてください、なんだこのメインは(笑)もちろんブラックペアの前なのでこんなカードも当たり前ではあるけれど、ブラックペア以前の池下は会社に持ち上げられている感はまったくなく、ほとんどメインに登場しないんですよね。たぶん地味な選手という目で見ていたのではないでしょうか。しかし、実はテクニックもインサイドワークももった素晴らしい選手だったので阿蘇と組むことで一気に殻がやぶられて悪のトップにたつことになるんですが
先日デビュー記念日のときに、クレーン・ユウがSNSにあげた写真の1枚にタランチェラとのマスクウーマンズの1枚があったのだが。もちろん極悪の一枚だったり、新人王3位のときの写真だったりもあった中の一枚ではあるけれど。タランチェラのことをなかなか取り上げる方がいないなかでなんか新鮮でした、とっても。なかなか表にもでてきてくれないタランチェラ。みなみが今回でてきたように、なんかのタイミングででてきてほしいものです。仲良かったデビルともいまは連絡とっていないようなので、残るはミミでしょうか!?
地方巡業での旅館の食事風景。ペアで並んで食事。もちろんペアじゃなくても同期だから一緒に並んでるんでしょうが。なんだか素敵な1枚です。
1979年秋のポスター、ネットで販売していて、購入しようか悩んだ瞬間に売れてしまってました(T_T)写真が違和感ありありのポスターでなんでこれを使ったんだろ?まずはビクトリア富士美。なんかすごいのもってきたぞ、おいおい、な一枚、なんならナンシーももっといいのあったでしょうよ、って感じ。だれ?ロッシーのチョイスなのか、ふたりともアメリカの上半身だけムキムキ系の人に見えます(T_T)二人目は塙せい子。なんか、浜田朱里(昔のアイドルです)にしあ見えず。まったく塙せい子に見えません(T_T
ゴールデンペアといえばソーダ水の向こうにで歌手デビューでしたけれど。なんとすごい情報を発見しました(笑)すごくはないか、、、、なんとB面だったきらめく友情が当初はA面の予定だった!?!?おいおい、そんな話しらなかった、、、↑以前作ったきらめく友情の動画です。いちばん大事な「♪きらめく友情♪」が時間の都合ではいってな〜い(笑)ネットが普及して何十年もたってしらなかった話をしったり、びっくり。ちなみに振り付けもあったのでしょうか。ナンシーさんに今度聞いてみます(^^)
新人王はトーナメントだと思っておりましたが、よくよくしらべてみると51年の下半期新人王は11月25日松坂で金子vs鋤崎がくまれ金子の勝ち。11月30日で富士美vs鋤崎が組まれ富士美の勝ちだったようで、越谷で富士美vs金子が闘い、2勝の富士美が新人王になったようです。ということは50年の新人王、51年上半期新人王ももしかして、リーグ戦?!?!謎は深まるばかり。
むかしのファンクラブの会報にでていたビクトリア富士美引退理由。え?ちがうでしょ、、、脊髄痛めたの??正月の後楽園大会で試合後動けなくなったと、すこし休んで何試合か復帰して関東から興行が離れはるタイミングでリングをおりて、3月の川崎で引退セレモニーだったはず。脊髄だったら後楽園のあとリングにもうあがらないでしょ。ほんと嘘つきな会社はだめですね。というか、このころはこういう嘘でも通用していたのでしょうね。すごすぎます。
昨日に引き続き1979年の今日をあげてみます。堀(不明)小峯トミー&ヤングペア(1-0)池下&インディア&高橋◯トミー(体固め)高橋☓セミ△ビクトリア(時間切れ)ルーシー△メインジャッキー&ナンシー(1-2)モンスター&マミ△(両者リングアウト)△☓ナンシー(体固め)モンスター◯第1試合は堀と小峯だと思われる。堀の対戦ノートより。ただし、結果は不明。第二試合は鋤崎、赤城、ミミ、ちのが残っているのでたぶんラブリーvsシルバーなんではないでしょうか??あくまで憶測ですが。この
1979年の今日はどんな大会だったでしょうか??堀(??勝敗も不明)鋤崎真澄クイーン(1-1)ヤングペア△(両者リングアウト)△セミ◯ジャッキー(体固め)インディア☓メインゴールデン&ちの(1-2)ブラック&モンスター☓ちの(逆原爆固め)池下◯◯富士美(回転エビ)マミ☓☓ナンシー(脳天砕き)モンスター◯休憩前ラストは同期生対決。ヤングペアはクイーンエンジェルスに本当によく善戦していて、タッグリーグの準決勝では負けましたが何度も同期対決を引き分けており、クイーンにとってもち
ネット検索していたらこんなシールが売ってましたが、ソールドアウト。欲しかった(T_T)ビューティはなぜか私服。初代ブラックペアに後のゴールデンペア。そして赤城はガウンと水着とツーパターンあったかな?ビューティはこれ以外にふたりのいろんな◯いシールがありました。なんの付録だったのでしょ。ナンシーのオレンジ色の水着も懐かしいし、富士美のこのオーソドックスなリングシューズも懐かしい!ゴールデンペアのところだけでも手に入らないかな〜
後輩の試合にリングサイドにいるビクトリア富士美。なにか抱えてるんでしょうか。ジャージよりもいつもスウェット着てるイメージあります。
1978年3月の後楽園ホールで当時タッグ王者だったゴールデンペアを相手にトミーと漆原のふたりがアメリカ、メキシコ遠征の壮行試合を行った。まだヒールの出で立ちで本名の漆原と、年明けからトミーを名乗ったふたりのペア。ゴールデンペア(1-1)漆原&トミー☓ナンシー(体固め)漆原◯◯富士美(回転エビ)漆原☓△(両者リングアウト)△レフリーに注目してください、リングアナに転向する前の相澤さんです。そしてセレモニー。ちなみにこれ、試合前のたぶんビューティの歌のコーナーの前に行われたみたいですね
今日は歴史のお勉強です。日本初の姉妹レスラーって鋤崎姉妹かと思ってましたが、、、どうやらちがうようです。オークションで売られていた昔のポスター。影かおるのお母さんもでております。が、双見姉妹?昭子と和子がいらっしゃいますね。見たこともなけりゃ存在もしらない、、、日本初の姉妹レスラーなのかもしれませんね。リングネームがカタカナでついてるレスラーも一人だけ、時代を感じます。
1979年の今日はどんな大会でしょうか??僕的にはこの日にタイムスリップして生観戦したい、とっておきのカードが組まれた日なんです。さてさて、どんなカードでしょうか?クイーンA&堀(0-1)池下&リオス&ゴメス☓堀(回転エビ)池下◯セミ△ナンシー(時間切れ)ビクトリア△メインジャッキー&横田(2-0)熊野&天神◯横田(回転エビ)熊野☓◯ジャッキー(バックドロップ)天神☓そうです、この時点で解散はしていましたが、ゴールデンペア対決です!富士美はこの頃はあまりジャッキー、ナンシ
1979年3月18日、聖蹟桜ヶ丘駅前野球場(笑)大会のセミでとんでもないカードが行われていた。ジャッキー&ゴールデンペア(1-0)マミ&ヤングペア◯ジャッキー(体固め)横田☓メインはクイーンvsモンスター&池下、休憩前ラストは小峯vsインディア、その他に鋤崎、ミミ、ちの、高橋がでていたようだ。堀はお休みのようなのでほかにシングル二試合ですね。それにしてもマミと横田の禁断のタッグ(笑)マミもやりづらいでしょうね。それならいっそ、ジャッキー&ヤングペアvsゴールデン&マミにすれば青コー
1977年にビューティから初代ブラックペアにタイトルが移動すると、その後ジャッキーとナンシーがペアを組み、王者につくのだが、実はマキと富士美が先に挑戦しているのだ。1977年7月12日札幌大会ブラックペア(2-1)マキ&富士美◯阿蘇(人間風車)富士美☓☓池下(サイドスープレックス)マキ◯◯池下(レフリーストップ)富士美☓この試合のラストは富士美の脱臼なんでしょうか??それとも別のところを怪我したのか、、、(知ってる方いらっしゃいますか?)翌日はメインしか記録がわからないため、富士美