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皆さま冥王星地球出張所からコンニチワ。今日(11/3)はバート・ヤンシュの誕生日です。そしてブライアン・プールニック・シンパー(ディープ・パープル)ルルジョー・ララ(ブルース・イメージ)アダム・アントヘリオス・フリード(クローム)ジェームス・プライム(ディーコン・ブルー)以上の誕生日です。各アーティストの音楽と映像をどうぞ。バート・ヤンシュAmazon(アマゾン)1,265〜2,786円☆Running,RunningFromHome
皆さま冥王星地球出張所からコンニチワ。今日(8/28)はリアン・ライムスの誕生日です。そしてシャナイア・トゥエインヒュー・コーンウェル(ストラングラーズ)の誕生日です。音楽と映像をどうぞ。
当時はもう出ないのではないかと思われていたので、驚きをもって受け止められたニュー・オーダーのアルバム「リパブリック」です。前作「テクニーク」から4年以上が経過し、メンバーの不仲が噂される中、解散説がしきりに流れていたニュー・オーダーでした。当時、ニュー・オーダーのメンバーはそれぞれがソロ活動に入っていました。ピーター・フックとバーナード・サムナーはそれぞれバンドを結成していますし、残されたスティーヴン・モリスとジリアン・ギルバートはジ・アザー・トゥーという皮肉なユニット名でアルバム制作を始
※この記事はYAHOO!ブログにて2018年10月22日にブログアップされたものを編集し、再度Amebaブロクにブログアップしたものです。『SearchingForTheYoungSoulRebels』DEXYSMIDNIGHTRUNNERS今回紹介するのは、いわゆるギター・バンドではなく、トロンボーンやサックスによる軽快なソウルフル・サウンドが印象的なバンドであるデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの1STアルバム(1980年)であり、パンク/ニュー・ウェイブ期の傑
よく知られるように英国のニューウェイヴ・バンド、ザ・レインコーツはニルヴァーナのカート・コベインが賛辞を贈ったことから、再び世間の注目を浴びることになりました。1992年のことで、その時、レインコーツはすでに活動を休止してから8年近くたっていました。長らく廃盤になっていたアルバムも再発され、アナ・ダ・シルヴァとジーナ・バーチは求めに応じてバンド活動を再開します。いくつかライヴもこなし、ジョン・ピールのもとでセッションも録音されました。ニルヴァーナの英国ツアーでのライヴも予定されていました。
1978年の満月の夜に解散したテレヴィジョンは1992年に再結成しました。1992年といえば前年にニルヴァーナが「ネヴァー・マインド」で大ブレイクし、アメリカにグランジの波が押し寄せていた時期です。アメリカにとってのグランジは、イギリスにとってのパンクです。その結果、アメリカのオリジナル・パンクスにも注目が集まっていましたから、ニューヨークのパンク・バンドであったテレヴィジョンが再結成を果たすには大変都合がよかったといえます。ようやく多くの人に聴いてもらうことができるかもしれないというわけ
デビュー作品の評判がよければよいほど、続く2作目は何かと批判されるものです。初心の魅力の詰まったデビュー作にはそれまでのキャリアの中で磨いてきた曲が並ぶわけですから、新曲ばかりの2作目は難しいものです。テレヴィジョンも例外ではありません。本作品は、商業的には恵まれなかったにもかかわらず、評判だけは大そうよかったテレヴィジョンのデビュー作「マーキー・ムーン」に続く第二作「アドヴェンチャー」です。こちらは商業的にはデビュー作を上回りましたが、評論家受けは惨憺たるものでした。ギターのリチャー
ロバート・メープルソープは、私の世代にとってはニューヨークそのものと言ってよい写真家です。私は彼のセルフ・ポートレイト写真から受けた衝撃を忘れません。お尻の穴から鞭を生やした振り向きざまの裸の男の写真です。恐ろしや、ニューヨーク。テレヴィジョンのデヴュー作「マーキー・ムーン」はメープルソープが撮ったポートレートをゼロックスでカラー・コピーしてジャケットに使用しました。フロントマンのトム・ヴァーラインは「ジャケットはただの広告だ」とうそぶいていますが、なかなかどうしてしなやかなアートです。
モンドやラウンジなどと呼ばれる音楽ジャンルが一周回っておしゃれになったのは1990年代のことではなかったかと思うのですがどうでしょう。もちろん音楽自体は1950年代くらいからあったのですが、若者の聴く音楽ではないとされていました。1984年に発表されたウォーター・メロン・グループの「クール・ミュージック」はラウンジ・ミュージックを取り入れた快作です。世間の動きに先駆けていたわけで、その目の付け所はさすがというしかありません。お洒落な人々でした。それもそのはず、ウォーター・メロンはテクノ
「”ミーハー・ファンキー”タンゴ・ヨーロッパシングル曲『桃郷シンデレラ』を含む11曲を収録した名作が、令和に復刻!」というわけで、タンゴ・ヨーロッパが1984年に発表したセカンド・アルバムにして最後のアルバム「フラストレーション」です。タンゴ・ヨーロッパは1981年にヤマハ主催のコンテスト、EASTWESTの関東甲信越大会のレディス部門で最優秀グランプリを獲得したことがきっかけでメジャー・デビューしています。このコンテストは数多くのアーティストを輩出した当時屈指のコンテストでした。同
エコー&ザ・バニーメン初のセルフ・タイトル・アルバムです。デビュー作の自己紹介代わりを除けば、セルフ・タイトルは自信作と解釈されるところですが、本作品はむしろビートルズの「ホワイト・アルバム」のように他にタイトルのつけようがなかったからではないでしょうか。本作品については、メンバー全員が後で悪く言っています。さらにボーカルのイアン・マッカロク一人がスター扱いされたことを他のメンバーは快く思っていなかったようですし、バンドの状況は大変よろしくなく、何となく本作品にはちぐはぐな雰囲気が漂います
「キリング・ムーン」は名曲です。当時、私は12インチ・シングルを購入して楽しんでおりました。イアン・マッカロクのボーカルも、ウィル・サージェントのギターも冴えわたっています。♪狂おしいほどに口づけをかわし♪なんていう歌詞も美しいです。そんな名曲を収めたエコー&ザ・バニーメンの4枚目のスタジオ・アルバム「オーシャン・レイン」は当然人気は高いのですが、前作とはまたかなり雰囲気が異なっており、いろいろと評価の分かれる作品です。一筋縄ではいかないエコバニです。今回は、フランスにわたって本格的に
エコー&ザ・バニーメンの3作目「ポーキュパイン」は私にとっては待望のアルバムでした。またまたジャケットが素晴らしく、わくわくしながらLPを抱えて帰ったことを覚えています。帯の惹句も「凍てつくような音の洪水に銀嶺の女神は震えてしまう!」と気合が入っています。そして針を下ろした瞬間、世界がぱーっと開けるような素晴らしいサウンドが出てきて、腰を抜かしそうになりました。エコバニ初のトップ10ヒットとなった「ザ・カッター」のイントロはバグパイプかバイオリンか。これまでの彼らからは考えられない明るい音
とにかく素晴らしいジャケットでした。マンチェスターに負けないリバプールの意気込みを感じます。LPサイズだと圧巻です。このジャケットを眺めながら、大きな音で聴いたものです。エコー&ザ・バニーメンのセカンド・アルバム「ヘヴン・アップ・ヒアー」です。勢いのあるデビュー作で成功への足がかりをつかんだエコー&ザ・バニーメンは満を持して本作品を発表しました。「寸分の隙もない緊張感が漲る『エコー&ザ・バニーメン』待望のセカンド・アルバム!!」というわけです。確かに日本でも期待は高かったです。この作品
ニュー・ウェイヴ、今でいうポスト・パンクを代表するバンドの一つがエコー&ザ・バニーメンです。パンク直後の英国ではそれこそ雨後の筍のように数多のバンドが登場しました。その中にあって、その時代の気分を最もよく表しているのが彼らだと思います。彼らは英国でもポスト・パンクの聖地マンチェスターではなく、ビートルズを生んだリバプールの出身です。ボーカルのイアン・マッカロクは1970年代の終わりに当地でクルーシャル・スリーというバンドを組んでいました。リバプール音楽シーンの象徴たるバンドです。このバ
3年ぶりのデヴィッド・バーンのアルバム「グロウン・バックワーズ」です。なんだかんだと極めて順調な活動をしているバーンです。前作と本作の間にトーキング・ヘッズがロックの殿堂入りを果たしました。いつまでもヘッズのことを言われることにやや不満げなバーンです。本作品でまず目をひくのは2曲のオペラ曲です。バーンはこのアルバムで、ビゼーの「真珠採り」から「聖なる神殿の奥深く」、もう一曲はヴェルディの「椿姫」からの「幸福なある日」を歌っています。オペラ声ではないので安心してください。もともとバーンは
デヴィッド・バーンの4年ぶりのソロ・アルバム「ルック・イントゥ・ジ・アイボール」です。ジャケットは数種類用意されたようですが、結局、バーンの顔のアップに決まりました。タイトルとあいまって眼球を覗き込まざるをえない写真です。目の色が妙です。この作品は1998年にニューヨークのニッティング・ファクトリーにてバラネスク・カルテットと共演した時から始まったとバーンは語っています。この時点ではまだ完全とは言い難い、仕掛途中の状況でしたが、何かエキサイティングなことが起こりそうだと感じたそうです。
デヴィッド・バーンの3年ぶりのスタジオ・アルバム「フィーリングス」です。間は空いていますけれども、もはや音楽だけにはとどまらないバーンですから、その間も写真集を発表したり、ルアカ・バップからワールド・ミュージックの作品をリリースしたりと大活躍でした。久しぶりのアルバムの最大の話題は英国のトリップ・ホップ・ユニットであるモーチーバとのコラボレーションです。ポールとロスのゴッドフリー兄弟とボーカルのスカイによるトリオはクラブ・ミュージックの人気アーティストとして活躍していました。バーンのコ
トーキング・ヘッズは「ネイキッド」以降、ほぼ解散状態にありましたが、正式に解散が発表されたのは1991年のことです。最後の仕事として、同年にヴィム・ヴェンダースの映画のために集結して「サックス・アンド・ヴァイオリンズ」を録音しています。本作品は正式にヘッズが解散してから初めてとなるデヴィッド・バーンのソロ・アルバムです。タイトルは「ウー・オー」、「レイ・モモ」と同じくバーンのワールド・ミュージックのためのレーベル、ルアカ・バップから1992年に発表されました。本作品のプロデューサーには
「虎がいなければ猿が王様」という中国のことわざがブックレットに印刷されています。「鳥なき里の蝙蝠」と同じ意味です。してみると、ジャケットの猿は王様ということになりますかね。意味深なような、単なる気まぐれのような。トーキング・ヘッズはいつも一味違う人たちです。前2作がアメリカンだったのに対し、今回はまたまたアフリカンが復活しています。ただし、「リメイン・イン・ライト」がアフロ・ビートだとしたら、こちらはリンガラやハイライフ、はたまた北アフリカのライに近いです。よりディープにアフリカ大陸に迫り
ついにデヴィッド・バーンは映画を作ってしまいました。もともとアートな人たちですし、ジャケットはもとよりMVの出来栄えにはいたく定評がありましたから自然と言えば自然です。それに何よりも評判の高かった見事なライブ映画がありました。映画の邦題は「デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー」でしたが、何だか妙な映画でした。カウボーイ姿のデヴィッドが架空の街「ヴァージル」を舞台に、アメリカのちょっと変な実話をスケッチ風に紹介していくというストーリーです。街のあり方や人々のそれぞれのエピソードが現代
ジャケットの絵はアウトサイド・アートないしナイーヴ・アートと呼ばれる画家ハワード・フィンスターの手になるものです。ハワードは1916年にアラバマに生まれていますから、この作品の時は70歳近い年齢でした。アメリカのアート・シーンの奥深さを感じます。ハワードはREMのセカンド・アルバムなども手掛けていて、こちらの作品ではローリング・ストーン誌のアルバム・カバー・オブ・ザ・イヤーを獲得しています。細かい書き込みが曼荼羅を思わせもしますが、デヴィッド・バーンのブリーフ姿が強烈です。意表をついていま
トーキング・ヘッズの「ストップ・メイキング・センス」はロック・コンサートを記録した音楽映画の大傑作です。当時はまだ家庭用ビデオが普及し始めたばかりで、コンサート映像はまだ映画館でわずかに見られるだけでした。そこですでにこんな傑作が誕生していたわけです。監督は後に「羊たちの沈黙」でアカデミー賞を受賞するジョナサン・デミ、撮影担当は後に「ブレードランナー」を担当するジョーダン・クローネンウェスという気鋭の布陣でした。まだこの世の中にない映像を作り出すのだという気概にも満ちていたことでしょう。
ワーナーさんの執念を感じる驚異の再現度によるCD再発でした。トーキング・ヘッズの「スピーキング・イン・タングス」のオリジナル初版がミニチュアサイズながらほぼ忠実に再現されています。私も限定盤となる初版を持っていただけに感慨も一入です。このデザインは、ポップ・アートの巨匠ロバート・ラウシェンバーグの手になるもので、彼はこの作品でグラミー賞を獲得しました。透明なプラスチック円盤が三種類、それぞれに赤、黄、青で写真がコラージュされています。円盤は回ります。レコードは透明でした。LPサイズです
ファン・サービスの極みと言っても良いライブ・アルバムです。4人だけで小じんまりとやっていた初期の頃のライブが1枚、そして強力なゲストを招いて10人組となったファンキーなライブが1枚。その2枚をパッケージしたライブです。CD化に際して収録時間も倍増ですし。彼らは1979年7月と1981年2月に来日していて、CD2枚のそれぞれに該当するというのもたまりませんね。残念ながら私は見に行っていないのですが、どちらも大変話題になったライブでした。彼らは本当に評論家受けがよかったですから。初期のライ
トーキング・ヘッズのメンバーは名作「リメイン・イン・ライト」を制作した後、それぞれがソロ活動に勤しみました。ティナ・ウェイマスとクリス・フランツ夫婦のトム・トム・クラブとジェリー・ハリソンの場合は分かりやすいストレートなソロでしたが、デヴィッド・バーンは少し違いました。制作時期は相前後しますが、最初に世に出たのはブライアン・イーノとのコラボレーションでしたし、続いて発表された待望のソロは舞踊家トワイラ・サープとのコラボレーションとなる本作「キャサリン・ホイール(回転花火)」でした。普通のソ
前作「ヴィエナ」が予期せぬ大ヒットを記録したウルトラヴォックスが約1年で発表した新作「エデンの嵐」です。その人気は衰えず、本作品も英国ではトップ10入りする大ヒットを記録し、ニュー・ウェイヴ・シーンをリードするバンドとして意気軒高です。ジャケットは構成主義的なデザインとなっており、これまた背筋が凍るほどかっこいいです。ピーター・サヴィルの作品で、この時期のニュー・ウェイヴ系の素敵ジャケットのクレジットを見るとたいてい彼の名前が見つかったものです。納得のコラボです。本作品と前作との最大の
トーキング・ヘッズのリズム隊、ドラムのクリス・フランツとベースのティナ・ウェイマスのデュオがトム・トム・クラブです。一般的にはトーキング・ヘッズ本体よりもこちらトム・トム・クラブの方が知名度が高いのではないでしょうか。それほど成功したユニットです。本作品は1981年に発表されたデュオのファースト・アルバムです。セルフ・タイトルですけれども、日本ではその中のヒット曲の邦題「おしゃべり魔女」をアルバムのタイトルにもってきました。この邦題が実にきまっています。ティナはまさにおしゃべり魔女です。