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母が桃をくれるというので、傷む前に取りに行った。仕事帰りだった私は、何度もあくびをしていた。「ずいぶん欠伸が出るね」母にそう言われたので、昨夜、長男が家に寄ってくれて、4人で遊んだ話をした。すると母は、「子どもが帰ってくると疲れるよね」と言った。私は、「睡眠不足ではあるけれど、嬉しいしかない」と答えながら、昔のことを思い出した。そういえば母は、兄が帰ってくるたびに「疲れた」と言っていた。「兄ちゃんには気を使うから」だったら私にも気を使ってほしい。そう思っていた。最近の母は
昨日、遠くに住んでいる長男が、用事のついでに足を伸ばして来てくれた。次男も呼んで、久しぶりの4人。近況も話しつつ、3時間半。みんな大人になったけど、遊びだすと子どもの頃のまま。お手玉、フラフープ、竹馬、顔合わせパズル、トランプ…。アナログな遊びが楽しかった。顔合わせパズルは、子供たち相手では、まったく手も足も出なかった。その点、トランプは優しい。私にもチャンスがある。ババ抜き、最高。今度はいつできるかな。しあわせだな。
母が言った。「わたし、着ないからあげる」それは、襟付きのシャツ。買ったはいいけれど、気に入らなかったらしい。でも私は、ずーっと前から「襟付きのシャツは着ない」と言っている。にもかかわらず、くれるという。私「襟付きは着ないから、要らないよ」母「ちょっと羽織るのにいいから」私「だから、襟付きのは着ないの。それに、ちょっと羽織ったりしないし、この色は私には似合わない。本当に着ないから、やめて。」母「この色は、誰にでも似合うから大丈夫」私「じゃあ、自分で着なよ」母「いや、私に
餃子を作ろうと思って、米粉の餃子の皮を買いに行った。売っていなかった。がっかりしつつも、ふと思った。「ビオフェルミン入りのパンが食べられるなら、餃子の皮もいけるかも?」パンと同じように、粉にビオフェルミンを混ぜて一晩寝かせる。8gずつに分けて、伸ばして、包んで、焼く。結果、美味しく食べられた。もたれも浮腫もなく、体調も良好。ビオフェルミン様々だ。とはいえ、面倒くさい。結局、フライパンにひとかたまりでドーン。もう、これでいいかな。
子どもたちが小さい頃。お寺で用意された食事を食べていた。義母が、「にんじんは嫌い」と言って、自分の皿のにんじんを義父の皿にのせた。それを見て、「理不尽だなぁ」と思った。だって、子どもたちには「何でも好き嫌いしないで食べなさい」って言っているんだから。でも、私は子どもたちに好き嫌いをさせない、という考えではなかった。自分の意思とは別に、身体が拒絶しているものを、無理に食べる必要はないんじゃないか。好き嫌いには、諸説ある。その中のひとつに、こんな説がある。限られた食料を、
納骨堂へ向かう、いつも通りの道。もうすぐ到着というところで、母が急に慌て出した。「え?なんでここ?どこに行くの?お寺だよ?戻って!」私は何を言っているのか分からなかった。「いつも通りだよ。踏み切り渡ったら着くよ」それでも母は、「なに?どこ?」と、不安そう。踏み切りを渡ったところで、ようやく気がついた。「あ、ホントだ。良かった〜。でも、なんで分からなくなったんだろう」少し不安そうな母に、「そんなこともあるよ」と返した。お寺に着くと、母は掃除を始める。隅から隅までホコリを
今日、父のお参りに行く車の中で、母が言った。「最近の高校生は、ジャージに部活の名前とか、学校の名前とか、背中に入れてるよね」私は、「それ、昔からだよ。私の時もそうだったし。まあ、人のことだから覚えてなくて当たり前かもね」と返した。私だって、子どものことを隅から隅まで覚えているわけじゃない。本当に、覚えていなくて当たり前だと思った。でも、母は違った。急に強い口調になった。「あの頃は大変で大変で、それどころじゃなかった」ああ、また始まった。そうだよね。自分は食べていても、子ど
次男は、とても偏食だった。小さい頃はご飯、納豆、牛乳、豆腐くらいしか食べなかった。幼稚園の時のお弁当は、決まって「納豆巻」。毎日、ひたすら巻き続けた。次男のお友達には「次男のお母さん、納豆巻きしか作れないよ」そう言われていた。先日、そんな次男と回転寿司に行った。普通に「生寿司」を注文していた。高校生の頃には、まだ食べられなかった生もの。23歳の今、美味しく食べられるようになっていた。なんの心配もいらなかった。無理に食べさせなくて、良かった。好き嫌いさせたままで、良か
先日、アルバムを開いた時、ハラリと落ちてきたコピー用紙。そこには、仕事中の私が写っていた。おそらく25歳くらい。当時の私は、自分の容姿が好きではなかった。何をやっても垢抜けない。パッとしない。だから、写真は撮らないようにしていた。誰が撮ってくれたのだろう。全く覚えていない。同じ場所で、違う角度から。しかもピースまでしている。コピー用紙に印刷して、私にくれたのは誰?心の底からお礼を言いたい。当時の自分に会えて、ちょっと嬉しかった。
「ピンポーン」離婚して2週間。新居のインターホンが鳴った。ドアを開けると、そこには高校時代の友人が立っていた。高校のバドミントン部で、私とダブルスを組んでいた人だ。最後に会ったのは、同じ部の仲間の結婚式。もう10年以上も前のこと。私の中で、要注意ランプが点滅した。なぜなら、卒業後、彼女は新興宗教にどっぷりとはまり、私たちを蹴散らかすように離れていったから。「なんでここの住所を知ってるの?」「あ、前の家に行って、元旦那さんに聞いてきた」ちょっとだけ元夫を恨んだ。でも、きっと
「古くなったフリースが、ペット用スリッカーブラシで復活!」2年前、そんな情報を目にした。ちょうどその頃、足元のラグの毛足が固まって気になっていた。フリースじゃないけれど、ラグにも使えるんじゃない?まずは100均のスリッカーブラシで挑戦。でも100均のものは、先端が丸くて、思うようにほぐれない。次は、「ドギーマン」のスリッカーブラシを使ってみた。すると、固まっていた毛足が、きれいにほぐれていった。極細の先端が、いい仕事をしてくれる。今回は、洗濯したあとの固まった毛足をほぐしてみた
よし!髪を染めるのはもうやめよう!52歳。その時私は、何の躊躇もなく決断できた。きっと、それをできる環境だったから。もし、伴侶がいたら?もし、子どもがまだ学校に通っていたら?もし、子どもが嫌がったら?もし、もし……たぶん私は決断できていない。ありがたいことに、私を引き止めるものは何もなかった。自分が白髪を受け入れるだけ。とてもハードルが低かった。その低いハードルを超えた今、とても楽な人生を送っている。落ちることのない天然パーマ。染める必要がないから、気にするのはカット
高校のバドミントン部。練習は、1周5キロのランニングから始まった。ある日、先輩から「今日は10キロ走れ」と言われた。前日、部活へ遅れてきた部員が、5キロのコースをショートカットし、3キロしか走らなかったから。連帯責任だった。2周目に入って少しした頃、身体がスゥーっと軽くなった。足も腕も呼吸も軽い。いつまでも、どこまでも走れそうだった。「これがランナーズハイ?」とても爽快だった。10キロ走っても何の疲れもない。もっと走りたかった。その後、感情的になって勝手な指示を出した先輩
油断しすぎた出来事。長男が幼稚園に通っていた頃。ある日、M君が転園してきた。1ヶ月くらい経った頃、園で会ったお母さんに声をかけられた。「Mが長男くんと遊びたがっているので、明日遊びに行ってもいいですか?」他のお友達とも遊びに行ったり来たりしていたので、仲良くなれたらと思い快くOKした。翌日、インターホンが鳴った。モニターにはM君のお母さん。ドアを開けると、後ろには見知らぬ男性が2人立っていた。「こちらの方はM君のお父さんですか?」「いえ、違いますぅ。ちょっとお話があって、つ
7/21。昨年のこの日、初めてSNSに投稿した。ChatGPTとGeminiのアドバイスどおり、写真をメインにして、文章はできるだけ短くしていた。でも、それでは言いたいことの半分も伝えられない。モヤモヤだけが残った。しかも、写真が得意ではない私にとって、写真メインはかなりの重労働だった。それなら、いっそのこと文章に振り切ろう。そうして、文章が主役、写真は添え物になった。自分の日常を崩さないように、コメント欄も閉じた。SNSの常識とは逆を行くスタイル。でも、それが私には合ってい
パン屋をやっていた時、いろんなオレンジピールを試した。その中で、私の心を撃ち抜いたのが「バレンシアオレンジピール」。オレンジピールがあまり得意ではない私が、これを使ってパンを焼きたい!と思うほど惚れ込んだ。今も惚れたまんま。でも、このオレンジピールはネットでは見つけられない。地元で小売りしている製菓材料店は1軒だけ。私は、このオレンジピールのために、その店へ足を運ぶ。今日は、その大好きなオレンジピールを使ってパンを焼いた。フランスパン生地に、オレンジピール、くるみ、クーベルチュー
パチン、パチン。私が小学生の頃、母は和裁をしていた。縫う前には、いつも糸をはじいていた。理由は、糸が絡まりにくくなるから。私は手縫い糸ではなく、ミシン糸で手縫いをすることが多い。ミシン糸でも、はじいてから使うと扱いやすくなる。和裁の知恵を、ちょっとだけ拝借している。
大道芸人を見て、「ジャグリングやってみたい!」と思った。でも、道具もないし、住環境的にも難しい。「あれ?お手玉でよくない?」私の「やってみたい欲」を満たすには、それで十分。さっそくAmazonでお手玉を買った。でも、私の知っているお手玉とは、重さも感触もまったく違う。私の知っているお手玉は、義母が子どもたちのために作ってくれたもの。ちりめん布と古小豆で作られた、手に吸い付くように馴染むお手玉だった。あの心地よさに、もう一度会いたい。ということで、自分で作ることにした。義母の
実力とは関係ない追い風。高校から始めたバドミントン。私は実力もないのに、インターハイでの全国大会出場が決まった。この大会で、私は不思議な経験をした。確実にラインオーバーのはずの羽根が、なぜかイン。フレームに当たったショボい羽根が、相手が一歩も動けない場所に落ちる。それが3回続いた。こちらに有利な判定まで重なった。大会が始まって最初の試合から、そんなことが次々と起きた。オーダーも、すべて思惑通りにハマった。そこには、目に見えない追い風が、力強く吹いていた。何をやっても、勝ちの
私は高校に入学し、バドミントン部に入った。友達に誘われて、なんとなく選んだ部活。「全国大会出場」まさか、そんな未来があるとは思っていなかった。小・中学校からやっていた人が多かった。高校から始めた私が、強いわけがない。同じ学年の人数が5人。ちょうど団体戦の人数と同じ。もちろん、私より強い後輩もいた。でも、顧問の先生は言った。「この5人で行く」どうせ勝ち進むわけがない。最後は、この5人で終わらせようと思ったのかもしれない。その読みは外れた。強豪がいない地区。団体戦のオー
乳酸菌を入れた長時間発酵のパン。どんなに食べても、膨満感もむくみもない。ところが、ある変化が出てきた。「軟便」しかも、1日に何度も出る。もしかしたら、乳酸菌が多すぎるのかもしれない。そう思って、ビオフェルミンを少しずつ減らしてみた。最初は5粒。最終的に1粒まで減らした。膨満感もむくみもないまま、快便になった。これが私の人体実験の結果。今は、粉250gに対してビオフェルミン1粒を砕いて混ぜている。人によって合う量は違うかもしれないけれど、参考までにどうぞ。※ビオフェルミン
最近、Threadsで「Z世代とは一緒に仕事したくない」という投稿をよく見かける。「謝らない」「権利ばかり主張する」そんな内容に、コメント欄も「そうだ!」と共感の声が並ぶ。少し前までは「ゆとり世代はダメ」と言われていた。そして今度はZ世代。でも、私はそうは思わない。社会に出て、右も左も分からない中で、頑張っている若い人をたくさん見ている。むしろ私の周りでは、年配の人のやりたい放題のほうが目につく。長くいるというだけで偉そうにする。嫌な仕事は若い人に押しつける。理不尽ないじ
次男が高校生の時。学校を休む時は、必ず親が電話をする決まりだった。「今日は学校に行きたくないと言うので、休ませます」すると担任の先生は、「いや、それはちょっと…。そういう理由で休まれては困ります」と言った。私は、「1日休めば、明日は行けると思います。なので今日は休ませようと思います」と伝えた。「でも、そういう理由では…」先生は困っているようだった。「もしかして、嘘を言ったほうがいいですか?」すると先生は、「そうしてください」と答えた。「
私が今まで使ったことのあるイーストは、生イースト、サフ赤、サフ青缶。先日、乳酸菌入り長時間発酵のクロワッサンに、初めてサフ金を使った。初対面なのに、私が望んでいた結果をあっさり出してくれた。じゃあ、フランスパン生地をサフ金で作ったらどうなるんだろう。ということで実験。生地は少しダレ気味。クッペに成形したのに横へ広がり、無理やり成形し直した。焼いてみると……ものすごい窯伸び。クープはバッキバキ。まるで服が引きちぎられたみたい。「伸びすぎても、いいことない
15年前に、私がパン屋を始めた理由のひとつ。「イーストは身体に悪い。」「天然酵母は身体にいい。」そんな風潮に、納得できなかったから。だからイーストを使うパン屋を始めた。当時、地元の個人のパン屋さんは、ほとんどが天然酵母だった。中には、酢酸が増えてしまってクエン酸を入れたような酸っぱいパンや、モソモソで飲み物があっても喉を通らないパンもあった。それでも、天然酵母のパンは身体にいい。そういう空気が、当たり前のように浸透していくのを感じた。あるパン屋さんが
乳酸菌入りの長時間発酵のパンを作るようになって、あーでもない、こーでもないと、色々実験している。今はイースト菌の量を探っている。自分の食べたいパンを目指しつつ、時間も手間も最小限にしたい。フランスパン系のハードパンは、だいたい掴めた。砂糖の入ったパンが、まだ掴みきれていない。2次発酵に時間がかかりすぎる。フランスパンと同じくらいの時間で仕上げるには、イーストを増やすか、耐糖性のイーストを使うか。とりあえず耐糖性のイーストでチャレンジしてみた。するとどうでしょう。
す私が20代だった頃。塩沢ときさんが、テレビでこんなことを言っていた。「性欲が減ると、乳首の色が薄くなるのよ。昔は真っ黒だったけど、今はピンクよ!ピンク!」ピンクか。当時の私にはとても魅力的だった。でも、本当に性欲と関係しているのだろうか。そんな疑問を抱えたまま、数十年。今、私の中で答えが出ている。乳首の色は、女性ホルモンとも関係している。閉経後、私の色素はどんどん薄くなり、肌の色に近づいている。残念ながら、ピンクではない。86歳の母も、昔は
江別製粉の「香麦」。パン屋をやっていた時に、メインで使っていた小麦。焼いた時の香りがとても好きだった。当時の私は「香麦という名前をつけた人、素晴らしすぎる!」と、ひとりで感動していた。最近は、ほぼ毎日パンを焼いている。近くのスーパーで手に入る「春よ恋」を使って。先日、製菓材料店に行った時、自然と香麦に手が伸びた。パン屋を閉じて、もう11年。特別な想いが湧いたわけではない。香麦があって、嬉しかったわけでもない。そこにあるから買った。ただそれだけ
そういえば、ずっと脇の処理をしていないことに気づいた。最後がいつだったかも覚えていない。久しぶりにシェーバーで剃ると、洗面台に毛が3本落ちた。両脇で3本。しかも細くてヒョロヒョロ。ほとんど生えていなかった。看護師さんや介護士さんが、「VIOの介護脱毛は必要ない。歳を重ねると、そもそも毛が生えなくなる」と言っていたのを思い出した。まさにそれを体験している感じ。脇毛が生えないのに、下の毛だけがボーボーなわけがない。もともと「密林」でも「森」でもなく
動画で見かけたお風呂掃除。「塩素系漂白剤と食器用洗剤」を混ぜる方法。簡単にきれいになるので、私は気に入っていた。いつも使っている食器用洗剤はJOY。だからJOYとキッチンハイターを混ぜていた。別にJOYにこだわっていたわけではないので、たまたま安くなっていたキュキュットを買った。キュキュットとキッチンハイターを混ぜて、床に塗り始めた。すると、だんだん目が痛くなってきた。「なんか変だな」そう思いながら続けたけれど、耐えられなくなってお風呂場から出た。