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海を駆ける2018年5月26日公開「淵に立つ」の深田晃司監督が、インドネシアを舞台に紡ぎ出すファンタジー。海岸で倒れていた謎の男を預かることになった災害復興の仕事をしている貴子。息子のタカシたちと共に男の身元を捜索するなか、その周りで次々と不思議な現象と奇跡が起こり始める。あらすじインドネシア、スマトラ島北端に位置するバンダ・アチェの海岸で男がひとり倒れている……。日本からアチェに移住し、NPO法人で地震災害復興支援の仕事をしている貴子は、息子・タカシと暮していた。タカシの同級生クリス
こんにちは。エニアグラム講師の中井美幸です!アチェ旅は予想以上の経験をさせてくれる旅でした。日本ではなかなかできない体験ばかりのアチェ旅全編インドネシア語の先生が企画されたアチェ旅7泊8日子どもたち3人連れて行ってきました。日本ではなかなかできない経験をたくさんしました。今回は前編です。【インドネシアへ旅行しませんか?】旅行をもっと簡単に【Trip.com】↓https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3T4H5E+9YEZQ2+...youtu.be子
1980年夏、北緯28度高度1600mのカトマンズから日本に帰国してその2ヶ月後には赤道直下のインドネシア共和国の最北西端の町バンダアチェへ。何ともすさまじい移動だ。聞いたこともない全く見知らぬ土地であったが、不安が強すぎたせいか、逆に新鮮すぎて興味津々で開き直れることが出来た。マラッカ海峡側の灰色の砂浜に比べてインド洋に面している海岸は白砂でサンゴ礁も綺麗だった。ご存知の通り、インドネシアは人口の90%がイスラム教徒の世界最大のイスラム国家である。7世紀
気づきの備忘録のようなブログ内容ばかりで申し訳ないです今日も独り言ブログですヨガサボリな私1月から久々にヨガ朝練クラスへ初日から、とっても丁寧にわかりやすくご指導くださる先生3日目頃に「もっと真剣に」とお言葉をいただいた。今までもヨガ中はそのつもりだったけど数日経ったヨガ中「あー真剣ってこのことだ」って感じたそれから、自分が真剣と思う感覚から離れていかないようにとても気をつけながら練習をしている。一ヶ月が経ちスマトラ島へ10日間のサーフトリップへ
作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/173904/↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。・ラウ:ディーン・フジオカ☆←目当て(^^♪インドネシアバンダ・アチェの海岸で(アチェ独立運動があったが2004年の津波以後、事実上終結)日本人とおぼしき、身元不明の男が、打ち上げられた。ラウ(海)と名付けられた男は、そこで暮らす、日本人女性;貴子の家族とともに、住むことになったーラウは、ほとんど語らないので、主に貴子の息子と友
2020年、最初の旦那備忘録はインドネシアはバンダ・アチェというところに、サーフトリップへ行ってきた話をお送りします。何してたかって???朝起きてサーフィン(あやこはボディーボード)ご飯食べて昼寝してまた海に行くという。いい年して、まさかの合宿のような休日を送ってきたわけです。=旦那備忘録おすすめ記事=★旦那の名言『アイスは水』☆旦那を1年間観察してみた結果★インコのえさを食べさせられた話☆〇十万以上課金してる旦那がゲームをやめた話★旦那は未知の生物
ディーンフジオカさん主演「海を駆ける」世界公開に先がけ日本公開初日を迎え名古屋で舞台挨拶でした🎤ディーンさんはインドネシア語で挨拶^_^テラマカシ!アチェの撮影現場はスタッフが踊ったり歌ったり😆日本の撮影現場とは違うんですね。フルーツ豊富でココナツ、アボカドジュースが美味しかったそうです^_^ラウを演じるにあたり監督がディーンさんにお願いしたのは猫背になること😆インド洋を走ったよ!とラストのシーンの驚きの撮影秘話も詳しくお話しくださいました。続きはオピリーナシネマレポートで😊
こんばんは~今日は映画の話。ここ最近、テルグ映画(トリウッド)を中心に観ているワユキですが、元々、アジア圏映画好き。香港映画も以前は亡きレスリーチャンの作品を中心に観ていました。先月、地元で「欲望の翼」が上映された際には、速攻で若きレスリーに会いに行った位に好き~。心の故郷・インドネシアの映画は、国内で上映される作品は行ける範囲で観に行っています。インドネシアの自然や文化、インドネシア語の響きに惹かれるワユキにと
今年の旅のまとめです。JAL便の搭乗回数は35便残りの2便は、ヨーロッパ行ったときに乗ったイベリア航空とラン航空の分です。ワンワールド以外にも、エアアジア×1ガルーダ・インドネシア×1ブエリング航空×1中国東方航空×1ANA×2ジェットスター×1JAL(特典航空券分)×6計50回飛行機に乗りました。今年はフランス行ったり、ロンドン行ったり、スペイン行ったり、シンガポールはJGC修行で行きました。ウビン島という島に行きました。PULAUはマレー語やインドネシア語で
バンダアチェの続きですが、とりあえず前日約束した通り6時にホテルまでタクシーの運ちゃん来てくれました。実際来なかったらどうしようかヒヤヒヤしてたんですけど笑チェックアウトするときホテルと人はお祈りをしてたらしく5分位待ちました。ようやく空港に着きチェックアウトを済ませ、プライオリティパスで使えるGAYOLOUNGEに向かいました。このラウンジは非制限エリアにあるので、国内線と国際線どっちでも使えます。中はこんな感じこのコーラみたいな飲み物が超マズかった笑お茶に大量に砂糖を入れた感じ
ジャカルタ6時半出発のガルーダ・インドネシア140便で、いよいよバンダアチェに出発です。バンダアチェは2004年のスマトラ沖地震で津波により壊滅的な被害を受けた町です。一人でこういうところ行くのは初めてなので、緊張してきました笑機内はエコノミークラスにもモニターついてました。日本だとたしかスターフライヤーについてましたね。ぜひ、他の航空会社にもつけていただきたいものです。機内では朝早かったのでほとんど寝てました笑9時前にバンダアチェの空港、スルタン・イスカンダル・ムダ空港に到着しま
翌日、とりあえずジャカルタといったらモナス中は博物館みたいになってました。国立博物館みたいなところも行ったんですけど、何かショボかったです。まぁ無料なので仕方ないかもしれないですが…そういえば、ジャカルタは極端に横断信号が少なくて、道路を横切って渡るしかなかったです、、、これが結構怖かったやることもないので空港に戻ってエアポートホテルへちなみに帰りはタクシー代120000ルピア位ですみました。結構道路すいていたから、渋滞にはまらないとこれくらいの値段なんですかね?エアポートホ
奥松島の夏を歩きつくそう!って訳で今年で3回目のイモニウォークが開催されました🚶初回は参加してませんが前回から少しだけですが関わってます。幾つかのポイントがあり其々でスタンプを押して貰うスタンプラリーです。僕は去年同様の潜ヶ浦のポイント担当です🖐この場所は東日本大震災の津波で7人亡くなられた場所です。この場所で唯一高台に家があり津波から逃れた方が亡くなられた方々を供養する為に亡くなられた人数のお地蔵さんを並べ慰霊碑を建立されてます。ここに来た方々皆さん
大元の趣旨は防災。いつ起こるかわからない東日本大震災の様な災害から身を守る為の体力作りです。防災が趣旨なので防災に関わる模様しも行います。防災リュックを参加者に持ち寄って頂き中身を見せ合い持ち物の知恵を出し合う。インドネシアバンダアチェに訪れた時に知った津波災害の防災啓発の歌って言ったらいいのかな。その歌をインドネシア語から日本語に和訳し編曲した歌を野蒜の合唱隊の皆さんと共に参加者で歌い分かち合いました。この歌の原曲はインドネシアで
チャレンジデーである5月31日に野蒜地区でウォーキングイベントをやりました。〝はてぃ・はてぃ・じゃらん〟なんぞや❓はてぃはてぃ=Hati-Hati👉氣をつけてじゃらん=Jalan👉道・行くインドネシア語この企画を行うメンバーは昨年11月にHOPEと共にインドネシアのバンダアチェに防災研修に行った仲間達と野蒜地区の方です。インドネシアのバンダアチェは先のスマトラ島沖地震により起こった大津波の被災地で震災、津波を経験し復興に向けて歩んでいます
今年も一年皆様には本当にお世話に成りましたm(__)m皆様のお陰で楽しい生活を送って居ります😊今年は大きな変化が二つありました。一つは8月一日より【東松島市地域おこし協力隊】の隊員となりました。総務省の行う地方創生の一環で国の財源を基に活動経費や活動報奨金を頂き生活、活動が出来る様になりました。一度は東松島撤退を考えざる得ない経済状況にまで陥りましたがこの制度に当てがって頂けたのでこれまで通りの活動が出来る様になりました。もう一つは東松島に移住に当たり住
午前中に市民の森視察で全ての行程が終わります。ここは津波の被害の前はエビの養殖などをする湿地帯だったそうです。その後スポーツセンターを作る予定で埋立てられた土地だそうです。津波後ここ住む年配の住民タリフさんが(意図は残念ながら聞けませんでした)こつこつ植樹をしていたところこの事が口コミで広がり国の環境大臣の目に留まり市の森として整備してみたらどうだって事になったそうです。この森に凄く興味を持ちました。東松島でも小さい規模で似た事出来るんじゃないかと。
午前中バンダアチェ市内にある48番小学校へ行きました。5,6年生の児童20名と地域の大人約20名が集まり防災についての講義を行いました。元々被災地の人間でもなく被災者でもない僕が伝えたこと。それは『とにかくにげなさい』でした。生きていれば君達の大好きなお父さんお母さんお友達にも逢えます。君達の大好きな人達も君達に逢う為に生きます。なのでその人達を信じて君達も一所懸命逃げて生き延びて下さい。出来る限り高い所に行って下さい。『に
防災ビルで防災ワークショップをやりました。防災ビルの一階では今回初の試みで産品市が開かれ二階のスペースでワークショップを行いました。東松島市民代表で僕と訪れてる山縣さんが防災カードを使ったカードゲームを。災害に関したテーマを投げ掛け文字のない絵だけのカードを各々でチョイスしそのカードを基にストーリーを作ります。例えば『地震が起きました。津波が来ます。』の問いに対し建物の中へ逃げ込む絵をチョイスしたとしたら何故その絵を選んだのかを聞きます。皆さん楽
市内にある津波関連の施設の視察を主に行いました。先ず向かった先はアチェベサールにある『インドネシア中国友好村』通称【ジャッキーチェンビレッジ】に行きました。ここは中国政府が支援して出来た日本的に言うところの高台災害公営移転地みたいな所です。出来た当初は幼稚園から高校まで揃っていたそうですが今は幼稚園がなくなったそうです。立地的な要素で人離れが進んでいる様です。次にランプロに行きました。ここは震災遺構的な場所で民家に打上げられた船を民家ごと保存してい
おはようございま〜す!!またまた、台風が来ているんですね〜今回の台風は勢力は弱いけど、、散らばった雲で雨がたくさん降るそうです。。進路にあたるところにお住いの方はお気をつけくださいませ☆先日、我が家にホームステイに来たインドネシアの青年が、、お土産を持ってきてました。全部揃うとお土産らしくなりますが、、もらった時は、、カバンの中から見つかった順に渡してくれます。着いたその日にだしてきたり、翌朝起きた時にだしてきたり。。(笑)インドネシアはコーヒーの原産地ですね〜地元の人
今日最後のブログは・・・数年前に行ったバンダアチェのロコであり、Yudi'sPlaceのボスであるYUDI。彼が愛用しているボードがハモ。そこで来日時にハモチームと合流、千葉でみんなでセッションした時に色々なボードを試したYUDIのライディング映像をご紹介!彼もサーフィンは上手いですが、プロほどのレベルではないので逆に参考になって面白いかな?と思いupしました。乗ったのはハモ本人の5'9のG2(ソーラーレジン巻き)、5'5の台風山葵(結構オーバーフローサイズ)そしてパイセンの
現在来日しているYUDIとインドネシアの次世代、ハーフジャパニーズのリオのセッション!バンダアチェのコンパクトウェーブをロコのYUDIとトップジュニアのRioがどう料理するのか!?今夜ティミーズカフェでのパーティをめっちゃ楽しみにしているYUDI、今夜ティミーズに来れば会えますよ笑
天皇誕生日とクリスマスイヴが重なった3連休前夜、昨年に続き、かつてのインドネシア・アチェ時代の同僚がバンマスをしているバンドのクリスマスライヴコンサートに出かけた。歳末の渋谷は特にハチ公前、渋谷センター街(今は”バスケ街”と呼ぶらしい)は凄い人出。人混みとティッシュ配りをかわしながら会場のJ-POPCAFEに急ぐ。「アチェ」といっても馴染みの無い方も多いと思うが、丁度7年前のスマトラ沖大地震の被災地、といえば判り易いだろうか。私は、1980年当時はまだジャングルだったスマトラ最北端バンダア