ブログ記事24件
トルコ2日目、アルテミス神殿からバスで10分ほど。9:50ころ都市遺跡エフェスEfesArkeolojikAlanıの南側出入り口に到着。入場前にトイレ。入場すると1時間半ほどかかりますから。10…あ、値上がりしてます。15リラ払って並んでください。トイレ情報①支払いは現金のみ。両替してなかった人はどうしたんだろう?Lady側は長蛇の列でした。様式とトルコ式あり。鍵がかからないところあり、ツアーメイトさんと協力。水で掃除したのか、トルコ式で流す水か、床がびしゃ
この記事には一部、Amebaの健全なサイト運営にふさわしくない言葉・表現が含まれている可能性がある為アクセスすることができません。
ローマは、あまり時間もなくコロッセオやフォロロマーノには立ち寄ることができず残念。トルコ→ギリシャ→ローマと遺跡を旅してきて、やはり「全ての道はローマに続く」で、イタリアの街にいると、その続いている歴史を感じる。特に今年は、25年毎のバチカンの巡礼年を来年に迎えることから、ローマの街は、どこも工事中であったり建物の大改修や化粧直しが進んでいた。ずっと昔からこうしてイタリアは、ルネッサンスを繰り返しているんだと思ったコロッセオスペイン階段ここでジェラート🍧を座って食べるのが定
サンピエトロに入るだけでも長蛇の列、、、本当に。。大変幸いに、私は、パパ様との謁見のためにブロンズの扉のところにいくため、警備員の人にその旨を話すと、長蛇の列にならばずに、すぐにセキュリティを通りなさいといわれて、そこをとおってブロンズの扉にいくしかし、その日は、日曜だったので「今日は、用意できないので、明日以降にきなさい」とスイス兵にいわれて、、、折角、きたので、聖堂にそのまま直行!すると、丁度聖務日課を祈っている時間だったために、電気が全部!?ついていて、とても
復活の前の水曜日さむーい中、朝の6時半からこの広場でまつこと、、、3時間以上、、、すべて終わったのは12時半くらい冬のようにとても寒い、、、幸いに、パパ様もご復活されたのでよかった!!今回は2列目の最前列にいくことができました!それにして、自分のことしか考えない人はどこにでもいる横にいたおばさんと娘など3名くらいの人達、自分の座るところ以外のとこにも荷物を置いて、いくつも自分たちの為に席を取り、あっちにすわったり、こっちにすわったり。。。信じられない人達、、、
信仰の根本は「したいからする」(2023年4月21日)神父様のブログ:https://fr-kodera.seesaa.net/2023/4/21www.youtube.com
最後の写真は、サンタ・マリア・マジョーレの左がわにあるカペッラ、雪の聖母の祭壇ですこの司教様が雪かきしている、、、この彫刻、、、その意味はおわかりですね??その下には、ローマ市民の聖母の絵がありますパパ様が出張する前後には、必ずここにいらして祈りますねここです
2009.1.28<本日の移動>→→7:30キト凍えるくらいエアコンが効いたバスで一晩眠って、7:30に首都のキトに到着。お巡りさんに道を聞いて、タクシーでサンフランシスコ広場へ。宿泊先のホスタルスクレはこの広場からすぐの所にある。全て完成するまでには70年以上掛かったと言うサンフランシスコ教会は、1535年に建てられた南米大陸最古の現存のカトリック施設。植民地時代の建物が多く残るキトの旧市街は保存状態もとてもよく、1978年に世界遺産に登録
世界遺産の町グアナファトは小さな町なので観光しやすい場所でした。ちなみにこのグアナファトという地名は先住民族のタラスコ族の言葉で「カエルのいる山がちな場所」(Quanax-juato)が語源だそうですbyWikipediaこちらはCallejondelBeso日本語で口づけの小道という意味です。グアナファトは山の斜面に密集して建てられており、この小道では隣家同士、身を乗り出せば窓越しにキスができる距離だという事でそのように名付けられたそうで、人気観光スポットの1つです
これは年に1度だけキリストの御血が公開されるマントバ(イタリア)の聖アンドレアのバジリカです聖金曜日に公開され街を御血で巡回しますキリストの流された血神が人間になり人間を救うために神が先に人間になったが、この世はそれをうけいれませんでしたそれどころか十字架につけて殺したしかし、主は「父よ、彼らは何をしているかわからないので、許してください」といってこの世をさったそして、この人間を神の子供にする可能性を再度与えてくださったこ
日曜日は神と過ごす日三位一体のロレートのミサそのあとは神の慈しみの教会ローマのSpiritoSantoinSassiaでのミサイタリアにいけないけど世界で同じ祝日を祝いますそれがカトリックの素晴らしいところ世界で繋がってる家族があるってとってもうれしいようやくバジリカも活動しはじめました皆さんの新たな人生を聖母とともに新しく築いていこう神に感謝!
今行きたい場所があります。イタリアのアクイレイアにあるバジリカです。須賀敦子さんのエッセーに登場した場所であり、以前イタリア旅行の折りに行ったのはいいものの、自転車レースの合間を縫って行ったため、日曜午前中しか暇が見つけられず。でも、日曜朝の教会やバジリカはコミュニオンで一般の人はシャットアウト、というのが多く、例にもれず、中に入れませんでした。日本から来た、と言ったら、少しだけ入っていいと言われたものの、5分ほどだけ。奥には行けず、一番見たかった魚が泳ぎ戯れるモザイク
「スタビアーネ浴場」を見た後、フォロ(公共広場)に行く前に、「ルパナーレ」を見ることにしました。大通りから右手に少し入ると、左側にありました。「ルパナーレ」とは遊郭で、壁にはそれらしい絵が描かれていました。この時代でも遊郭があったとは驚きです。遊郭を見た後、「フォロ」(公共広場)に出ました。「フォロ」は政治・経済・宗教の中心で、広場の周りには神殿や集会所などが配置されています。広場からは紀元79年にこの街を火山灰で埋め尽くした、ヴェスヴィオ山が見えました。「アポロ神殿」は当時は周囲を
今日の一言「マリアテラス」ヨーロッパ最西端の国ポルトガルをめぐる旅(8/7~14)聖母マリアが出現し、3つの予言を伝えた奇跡の地ファティマの最後ロウソクの行列の始まりです十字架を先頭に信者が続きます最後に光に照らされたマリア像が続きます参加者は数百人くらいでしょうかバジリカの前を一周して礼拝堂に戻ってきましたこれで、ファティマ観光もオシマイ第5日目は、ナザレ観光へ
今日の一言「夜広場」ヨーロッパ最西端の国ポルトガルをめぐる旅(8/7~14)聖母マリアが出現し、3つの予言を伝えた奇跡の地ファティマの続きロウソクの行列を見物しに、再び夜の大広場へライトアップされたバジリカ(聖堂)礼拝堂そばの献灯の場所大きなローソクが燃えてましたねすでに礼拝堂にはたくさんの人が集まっていましたミサが始まりましたその間に、火の灯ったローソクを手にした人が増えてきましたこの後、ローソクの行列です
今日の一言「二章礼拝」ヨーロッパ最西端の国ポルトガルをめぐる旅(8/7~14)聖母マリアが出現し、3つの予言を伝えた奇跡の地ファティマの続きバジリカ(聖堂)の中へ内部は白い大理石造りステンドグラスから射し込む光ちょうど礼拝をしていましたバジリカの入口から見た大広場対面に建つ聖三位一体教会こっちの教会内部は、シンプルで近代的な教会でした大広場から15分ほど歩いてスーパーで買い物国民食の干しダラ(バカリャウ)も売ってました帰りに見つけた
今日の一言「出現記念」ヨーロッパ最西端の国ポルトガルをめぐる旅(8/7~14)の続きトマールを後にしてファティマへファティマは村の3人の少女の前に聖母マリアが出現し、3つの予言を伝えた奇跡の地として有名な場所ホテルに荷物を置いて、さっそくファティマ大広場へ大広場に建つキリスト磔刑像大広場は30万人を収容できる広さ!聖母出現祭が行われる日は、多くの巡礼者で埋め尽くされるそうですよ広場の奥に建つバジリカ(聖堂)1953年に奇跡を記念し建てられたネオ・
今日はお天道様が顔を見せず、ぐっと冷え込んだブランシュ地方・・・用があって職場に行ったついでに沼の上農園さんに寄り、ハンギングバスケット用の苗などを買ってきました。先日のふれあい祭り以来股関節の状態が良くありません。一日中立ちっぱなしだったのが悪かったみたいです。ハンギングバスケットは・・・・いつ作れるかな?さて、ポルトガル旅行記を続けてまいりましょう・・・アルコバサの次にキリスト教の聖地“ファティマ”を訪れました。広大な広場の向こうに“バジリカ”がそ
以前、日経新聞夕刊の「こころの玉手箱」が好き、という話を書きました。今週の「こころの玉手箱」は、コピーライターの仲畑貴志さんの特集です。仲畑さんはキャッチコピーの火つけ役ともいわれる大御所で、「目のつけどころが、シャープでしょ。」「ココロも満タンに、コスモ石油。」などを手掛けられた方なのだとか。その仲畑さんをフィーチャーした「こころの玉手箱」のなかにこんなくだりがありました。「京都の老人が、この前の戦争というので、よく聞くと、それは応仁の乱のことだった」とい
いよいよ、フォロ・ロマーノの中へ入ります入場するとすぐに見えるのが、「アントニヌス・ピウス帝とファウスティーナの神殿」五賢帝の一人であるアントニヌス帝が、妻に捧げるため141年に建設した神殿です。正面の階段と円柱が神殿跡で、背後にある教会は中世に建てられたものだそうです隣にあるのは紀元前179年、エミリア一族によって建てられた「エミリアのバジリカ」です多目的利用の会堂で、裁判や商取引などさまざまに使われたとかゴート族の
フランスのマルセイユに来ましたトルコは10日間の連休に入るのでゆっくり夏休みを満喫しますこれは高台から眺めた景色マルセイユを一望。綺麗ですね!あとで紹介することにして、まずは下界からマルセイユにも凱旋門があります。これも戦没者慰霊に違いないのですが、フランスにある凱旋門ではパリのそれがダントツなので、あまりマルセイユでは知名度がないのでしょうしかし、争いの跡と、犠牲者の記録が残りますマルセイユの町歩きは下町の海沿いや下町を離れた海岸沿いなどで楽しめます港付近は実に騒がしく、喧騒もあり
今日はお昼過ぎから雷雨のローマ。気温も下がって今日は涼しい。ここ数日はローマもちょっと蒸し暑かったから、今晩は扇風機なしでグッスリと眠れるかな??さて、先日の北イタリア旅行記がもう少し続きます。ドロミテに数日滞在し、せっかく北イタリアまで行ってそのままローマに帰るのももったいからヴィチェンツァに一泊して帰ることにしました。ヴィチェンツァは、ルネサンス期の建築家パッラーディオの建築物が多く残り「パッラーディオの街」として知られていて世界遺産にも登録されています。こち
たまたま入ったカフェでウェッジウッドのバジリカ。で、デパートで見て高価だったやつや。コレクションせずに、飲ませもらえるなんてねぇ。気分はお嬢様〜最近ひきこもっていて珈琲飲みに行く時間もなかなかないけどもいい場所を見つけました。先月からジェントルにもポスターを入り口に飾っていただいてます。ありがとうございます。今月中にリサイタルで発売されるCDの音源がもうすぐ完成します。夜な夜なミックス作業。音楽療法を少し取り入れた作品で数秒寝ちゃうっていう
GWの旅行の記事も、ようやく3日目まで来ました(長かった、笑)。この日は観劇は夜だけなので、日中まとまった時間が取れ、ウィーン以外のまちを訪れるチャンスです。どこに行こうか?地球の歩き方「オ-ストリアとウィーン」の「ウィーン近郊の見どころ」には、7ページに渡り、いろいろなまちが載っているので、こういう検討の時に重宝します。そして着目したのが、標高2,075mのシュネーベルクという山。ここは登山鉄道で山に登って、ハイキングもできるそう。夜の観劇ともいいコンビネーションなので、ここに行く
SziA!今日は瀬戸だいや選手の着ていたTシャツが試合のあるハンガリーのブダペストだったり竹中直人さんのCMがハンガリーだったりとおとーさんと話してたらなつかしさでいっぱいになり引き出しから引っ張りだしてきました(笑)ブダ地区の王宮普段はおとーさんはお仕事なので子供2人連れて旅の指差し本を片手に汽車と電車をのりついで目的地まで行けたときはほんとにうれしかったな。雅姫さんにあこがれ
ファティマに到着したころにはカンカン照りでした旅行中一回も雨が降らないどころか晴天続きでしたよ今年は「ファティマの聖母出現100周年の記念の年」だそうです。バスを降りて少し歩くと左手に見えた景色。右手に見えた景色。こちらは新しい建物です。聖三位一体教会。聖三位一体教会ではミサが行われていたので静かに拝見し、内部の写真は遠慮しました。簡単にですがアントニオさんの説明をKさんが会場外から説明をしてくれました。イヤホンガイドってこんな時も便利です。正面入り口。ミサ中のため我
サンマルコ広場の対岸CalnaGradeの絶景をみながら
7/14起床して朝食。当然この旅でもジャムパクリ合戦が繰り広げられる。さて、今日はソレントへ移動する日のため、今日の午前中が青の洞窟に行ける最後のチャンスなのだ。この青の洞窟へ行けるかどうか、その日の9時にHPにアップされることが分かったので9時に判断しよう。だがしかし・・・・・・・・雨が降っている。終わった。渡辺の夏は完全に終わりを告げた。HPを確認するまでもなく終了を確信すると、もはやカプリングする意味もあまりなくなってきたので早々にソレントへ旅立つことに。カプリング:カプ
サトゥルノの神殿幸福な時代を築いたという伝説の神サトゥルノを祭った神殿。ヴェスタの神殿1930年に部分的に修復された火の神ヴェスタを祭った神殿。アントニヌスとファウスティナの神殿141年頃、アントニヌス帝の妻ファウスティーナを偲んで建設された神殿。マクセンティウスのバジリカマクセンティウス帝からコンスタンティヌス帝に引き継がれ、312年に完成した裁判や集会のための会堂。ティトゥスの凱旋門紀元81年にティトゥス帝の戦勝記念として建てられたローマに残る最古