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■ウィーン日本語ガイドサービス📅ご予約・詳細はこちらからhttps://tabi-choku.com/plan/detail/897/ウィーン日本語ガイドサービス-【公式】たびチョク|現地コーディネーターとつくるオプショナルツアーで新しい旅行スタイルの実現日本語ガイドと一緒に歩いて歴史的な街並みを散歩したり、食べ歩きを楽しみませんか?ハプスブルク家が約640年にわたり統治した「音楽の都」ウィーンを、お客様のご希望に合わせて自由に巡る日本語プライベートガイドサービスです。シェーン
こんにちは😊「主婦はるかぜの旅日記」へようこそ♪今日の旅の舞台は、オーストリアのウィーンにある宮殿。マリア・テレジアが築き、ハプスブルク家の夏の離宮として使われた「シェーンブルン宮殿」です。立派な門を通り、城の中に入っていきましょう!うわぁ!広場の向こうにマリア・テレジア・イエローと呼ばれる黄色い壁の宮殿が見えてきました。縦横のラインが美しく、華やかながらも落ち着きを感じさせる外観です。馬車も走っていま
幼少期より、ハプスブルク家に異常なほど惹かれていた私ピアノの先生がオーストリア人とのハーフで、なぜか私だけを毎年夏に2週間ほど、オーストリア、ドイツ,フランス,ベルギーなどヨーロッパに連れて行ってくれていたこともあるのかもしれませんがとにかく惹かれる小学校時代の読書感想文も、ハプスブルク家に関する本ばかり書いていました。推薦図書とか読んだことなかったなーそんな私が、いかないわけがない、マリーアントワネット展テンション爆上がり写真もかなり撮れるのですが、人がすごくてなかなか撮れず💦
オーストリアの日の出↑kin8黄色い星赤い龍音1-2-8私の反対kin&類似kin羽田国際線ターミナル2のラウンジが新しく広く1人のスペースがゆとりまるで自分のルームベッドにして寝てる人もいる目の前を1〜2分毎に1機が着陸🛬離陸を繰り返す数機が列を成して待機なんでオーストリア🇦🇹に呼ばれたのか音楽にはまるっきり疎い私オーストラリアとオーストリアの違いさえずーっと紛らわしく感じ何語が話されている国かさえも無知国の位置さえもあやふや歴史も知らぬ私に学べ気づけと
「シシィの星」を確認する↓『エリザベートシシィの星』有名なエリザベートの髪飾り「シシィの星」実物は日本にも来たことがある。上野東博表慶館での煌めきのダイヤモンド展(2003年)カタログによると、「当時は数…ameblo.jp以前、ウィーン王宮で購入したモノはかなり現物に近い感じ後年、マイヤリングでゲットした金色↓この厚み、現物に近い感じ本物はコチラで↓ケッヒャート日本販売代理店poweredbyBASEショップコンセプトケッヒャート
こんにちは。忙しい8月が終わりました。と共に大変ご無沙汰しておりました。20日から27日までイタリア🇮🇹に行っておりまして、その後夏の締めくくりの仕事。時差ボケも感じないほどのバタバタでしたが、ここに来て時差ボケ中です💤イタリアの話しはまたいずれするかも?しないかも?ドイツ・スイス旅行記2025の続きです。私がジュネーブを訪れるなら訪ねたかった場所。レマン湖畔。ウィーン発のミュージカル。脚本・作詞はミヒャエル・クンツェ「エリザベート」でタイトルロールでもある、エリザベート皇后の最後の場
シェーンブルン宮殿見学ツアー豪華さに圧倒される❗️購入したチケットの指定時間8時45分に入場します。入り口は宮殿の左側。受付をすると日本語の音声ガイド機を渡されました。周りを見ると皆さんそれぞれに耳に当てがって聞きながら歩いています。私も倣ってやってみると、進むごとに自動的にその場にふさわしい解説が流れてきます。あ、これはなんてありがたい。この音声ガイドに沿って宮殿の中を進んでいくようです。ツアー出発✨最初は映像での紹介です。有名な王妃エリザベートはこの時代の方だったんですね
神王TVチャンネル登録者数27.8万人ハプスブルク家の、歴史と裏話【世界の真の支配者は誰?】太陽の沈まぬ帝国とアルマダの海戦とエリザベス女王と近親婚と株やFX
ベルヴェデーレ宮殿の上宮を利用した美術館オイゲン公の死後、オーストリアの女帝マリア・テレジアに売却され、現在ではオーストリアで2番目に大きな美術館として知られていますベルヴェデーレ上宮こちらにもギフトショップがあったので先にチェック当日券を買った私たちは入場時間が決まっているのでその時間に合わせて庭園の見学を引き上げて館内にはいりましたオーストリアでも2番目に大きい美術館として、グスタフ・クリムト(GustavKlimt)をは
ChaTea紅茶教室マスターコース学びの時間🫖ChaTea紅茶教室のマスターコースへ。「どっちの王家ハプスブルクVS.ブルボン」を受講してきました。マリー・アントワネットの生家であるハプスブルク家と嫁ぎ先のブルボン家。歴史上の人物や事件だけでなく文化や食卓芸術をみえこ先生とたまえ先生のスピード感と愛あるディスカッションを聞いてどちらを推すか、決める会です🔥絵画ならブルボン家かな、とか(ぶらんこの絵画は実際見ていまだ思
ヨーロッパ旅行記その⑩です最終日はまさにつめつめスケジュールホーフブルク王宮ベルヴェデーレ宮殿シェーンブルン宮殿三つの宮殿を巡ったあとこの日最後に向かったのは……オーストリア国立図書館「本が主役じゃない図書館」を体験したことはありますか?オーストリア・ウィーンホーフブルク王宮内にあるプルンクザール(Prunksaal)「豪華なホール」という意味を持つ歴史的な図書館一歩足を踏み入れた瞬間……言葉を失いました。う、美しい……✨
次の日は地下鉄に乗って移動地下鉄U4線「Schönbrunn(シェーンブルン)」駅で下車到着女帝マリア・テレジア築いた夏の離宮シェーンブルン宮殿ウィーン郊外にあり、640年も統治していたハプスブルク家がひと夏を過ごした夏の離宮。マリア・テレジアが趣向を凝らした宮殿と広大な庭園が、往時の栄華を今に伝える。1,996年にユネスコの世界遺産に登録されましたマリア・テレジア・イエローとよばれる明るい黄色の外観が庭園の緑に映える壮麗な宮殿。「
昨日、ドイツ生まれでオーストリアで活躍したベートーヴェンが描かれた切手を紹介しましたが、その記事の中でベートーヴェンがコーヒー通であったことを書きました。その関連で、下はオーストリアのコーヒー文化誕生に深く関わったコルシツキーが図案になった切手です。2009年にポーランドから”ヨーロッパにおけるポーランドの足跡”をテーマに発行されたタブ付きの切手です。額面が示されていない左側のタブにはびっしりと並んだコーヒー豆の中にコーヒーが注がれたカップが描かれています。右側の切手に描かれているのが
ヨーロッパ旅行記その⑨です(すでに2ヶ月経ってしまいました💦)ハプスブルク家の栄華を巡る宮殿ざんまいの巻ベルヴェデーレ宮殿でクリムトの《接吻》を堪能した後は、この日、最後の宮殿へシェーンブルン宮殿今回の旅で、二度目のシェーンブルン宮殿前回は夜年に一度のサマーナイトコンサートで訪れたライトアップされた宮殿と音楽に包まれた華やかな夜のシェーンブルン今回は昼間のシェーンブルン同じ宮殿なのにまったく違う表情を見せてくれました今回は「GrandTou
午前5時20分頃からフランツ(3世)と散歩。朝から蒸し暑かったです…(~O~;)朝食後、しばらく自宅で過ごし、香東校区・円座町の「とみの和憲政務活動事務所」などに立ち寄った後、午前10時50分頃、香川県議会に登庁。議員控室でご要望案件についての対応等を。ランチは香川県庁2階の「県庁(本庁)食堂」で『ナポリタン(小)』。ランチ後、雑務等を済ませ、午後3時15分頃に退庁。退庁後、丸亀町の「宮脇書店本店」さん、立憲民主党香川県連・小川淳也事務所共同事務所などに立ち寄ってから、午後5時25分
5つの「呪われた宝石」夏の夜。少し照明を落として、怖い話を読む。そんな時間を楽しんだことはありませんか?実は、私たちが身につける美しい宝石にも思わず背筋が寒くなるような物語が残されています。今回は、そんな宝石にまつわる「怖い都市伝説」を集めてみました。ホープ・ダイヤモンド世界で最も有名な「呪われた宝石」。それが、このホープ・ダイヤモンドです。深い青色をした45.52カラットの大きなダイヤモンド。フランス王ルイ14世の手に渡った後
ベルベデーレ宮殿の後は、ウィーンリンク内オペラ座前で解散し、自由行動。待ってました!!と、一目散に動く私たち。向かう先は、美術史美術館のカフェ。「世界一美しいカフェ」と言われている。美術館の入館料を払った人しか利用できないカフェ。途中、新婚さんに抜かれる💦こちらが逆光の美術史美術館。この日は日差しが強すぎる。こちらは、向いにある自然史博物館。最初、こちらと間違えた。そう、20年ぶり二回目の私は前回の記憶が曖昧で、美術史美術館でカフェに入ったか覚えていない。友達のカメラには美術
◼️ブダペスト市内観光📅ご予約・詳細はこちらからブダペスト市内観光-【公式】たびチョク|現地コーディネーターとつくるオプショナルツアーで新しい旅行スタイルの実現ドナウ川河岸に広がり、壮麗な建物が立つ町並みの美しさから「ドナウ川の真珠」と呼ばれますドナウ川をはさんで西のブダ地区と東のぺスト地区に分けられます。アジアの騎馬遊牧民族・マジャール人によって9世紀末に築かれたのが起源で、16世紀にはオスマン・トルコ、18世紀からはオーストリアに支配された歴史を持ちます。1867年に自治権を与えら
2026年8月8日(土)こんちわけろ5日も画像数多くなるけん、2回に分けてお伝えするけろっ土曜日はベルン市内のすべての博物館が入場無料なるってことで、午後まで博物館めぐりすることになったけろっ市内交通機関🚋乗り放題パスのアプリを入手して、🏩のそばから🚋に乗ろうとしたんだけろ・・ど~ゆ~ワケだか知らんけろ、迂回運行して来る気配ないけん、※週末や日はルート変更があるらしい・・ひとつ向こうの通りからトロリーバスに乗ったけろっ
中欧旅行中の子どもAカップルウィーンから写真が届きました🇦🇹シェーンブルン宮殿🏰ハプスブルグ家のマリア・テレジアやマリー・アントワネットも🌹ここで生きて実在したと思うとベルばら世代としては大好物の宮殿です😍ベルサイユ宮殿と共にいつかは訪れてみたい🥰それにしても写真の空の青いこと❗️ずっといいお天気らしく「最高です❗️」と🩷良かった、良かった☺️こうして時々写真を送ってくれて優しさがありがたいです💕昨日の晩ご飯は外食ゴルフの帰りにお出かけしてそのままお夕飯オ
2026/5/5LFJ講演会「ハプスブルク家と音楽音楽を愛した一族の物語」そして、LFJ納めはこの講演会!ミュージカル「エリザベート」が大好きなので行ってきました。音楽というか音楽にまつわる文化を大切にしていたような感じがする。ハプスブルク家の功績。↓ハプスブルク家が領土を広げていくときにその地域の文化を吸収した。マクシミリアンは音楽愛好家で作曲もした。宮廷オペラの最盛期で、ウィーン少年合唱団の始まりを作った人物。マリア・テレジアは自分で歌ったり、オペラに出演した。今年もと
篠崎崇先生のお話の続きです。株式会社Amourよりハプスブルク家、織田信長、伊達政宗の謎を紐解く都市伝説です都市伝説だってよ否、わからんぞつづく...
ヨーロッパ旅行記の続きその⑦ですハプスブルク家の栄華を巡る宮殿ざんまいの巻スロバキアからウィーンへ戻りいよいよ旅も最後の日この日のスケジュールはかなり盛りだくさん💦なぜなら……旅行記④の「予約って大切!」事件のため予約をしていなかったホーフブルク宮殿を最終日に回すことになったからです入れなかったその場でこの日の予定を改めて考え直し、その場でスマートフォンからオンライン予約購入ホーフブルク王宮そして、ついでにベルヴェデーレ宮殿のチケットも確保(eSI
ChaTea紅茶教室で「どっちの王家ハプスブルクVSブルボン」のレッスンを受けました。教室の中に飾ってあったドレスと薔薇の花、もう完全に「ベルばら」の世界です。飾ってある食器も両方の王家に関連するものばかり、目がクラクラします。素晴らしい食器が並んでいます。この雰囲気も素敵です。ポストカードもマリーアントワネット関係です。ティータイムのお菓子はクロワッサンでした。お菓子というよりも朝食に食べたいクロワッサン、まだ温かくてと
7月末にあたって、いろいろ忘れ物がないか、確認中。職場の事務処理、出張費精算などなど。さて、明日はいよいよ8月1日。マリー・アントワネット・スタイルが開催されます。【公式】マリー・アントワネット・スタイル横浜美術館にて2026年8月1日[土]―2026年11月23日[日・祝]開催。時代を超えて人々を魅了するマリー・アントワネットの革新性と人物像に迫る。ロンドン発世界巡回展が国内唯一の開催。www.marie2026.jpスタイルもさることながら、アルバート・ミュージア
ハプスブルク王家御用達ホーフベッカライエーデッガー・タックス京都店でブランチをいただきました。美味しかった。今のところ、日本で一番好きなパン屋さんです。シンプルで、だからと言って素材の良さだけに寄りかかっていない美味しさだから。ちゃんと自立した美味しさ、というのでしょうか。おすすめします。ここのハンドカイザーは本当に美味しい。見た目は素朴な丸パンなんだけれど、一番好き。
前回は、サヴォイア家がわずか7年間シチリア王国を治めた後、ヨーロッパ情勢の変化によって王国が再び新たな支配者のもとへ渡ったことをご紹介しました。『【第5回サヴォイア家】~わずか7年のシチリア王、それでも歴史を変えた王家』これまでのシリーズでは、ノルマン家、ホーエンシュタウフェン家、アンジュー家、そしてアラゴン家と、シチリア島を支配した王家をご紹介してきました。アラゴン家の時代…ameblo.jp1713年のユトレヒト条約によってシチリア王となったサヴォイア家でしたが、その地位は長く続き
府中まちコムに掲載。巨大なハプスブルク帝国だった時代のオーストリア、ウィーン。時代によってウィーンの文化的時代的な位置も変わっている。モーツァルトの生まれた国はその時はオーストリアじゃなかったとか、いろいろ目から鱗の講演でした。図書館講演会「ウィーン文化への招待」|府中まちコムfuchumachi.com
イザベラ愛おしきイザベラ私の妻イザベラ随分と心を閉ざし、ここまできた。不甲斐ない思いでいっぱいだった。助けることもなく、私の前から姿を消したあなたを私はいついつまでも愛し続けた。だが、しかし、生前も、亡くなってからも、私もこの思いは届くことは、一度もなかったのだと思うと、胸が締め付けられる思いである。なんとも、なんとも、不条理である。愛した妻がまさか、病に伏せ、または、同棲愛にて、想いを募らせていたとは、醜いことに、そのことを、何も知らずに、薄々は感じ