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2025/10/9エジプト旅行5日目、ついにここまで来ました今回の旅行でとても行きたかった【世界遺産】「アブシンベル神殿」アブシンベル神殿は、ラムセス2世を祀った大神殿と、愛妃ネフェルタリのための小神殿の2つで構成されています。入り口で日本語のガイドブックを購入見どころが書かれていますアブシンベル神殿の後ろ側途中にあった案内板シャトルで移動しても良し、歩いて移動しても良し行きは歩いて、帰りはシャトルを利用しました
毎週、欠かさずに観ているチ〇ちゃんに叱られるで、『世界遺産』が創設されるきっかけとなった大プロジェクトが紹介されていました。世界遺産とは、1972年にユネスコ総会で採択された世界遺産条約に基づき「世界遺産リスト」に記載された、「顕著な普遍的価値」をもつ建造物や遺跡、景観、自然のことで1975年に、世界の文化遺産や自然遺産を人類全体のための世界遺産として、損傷、破壊等の脅威から保護し保存していくために、国際的な協力及び援助の体制を確立することを目的として作られた条約です。1972年
(『世界遺産』より)色彩に特化した、このamebloを始める前に、実は汎用性ブログも書いていました。こちらは、その一部です。【Egypt15】アブシンベルめおと神殿-赤い彗星の憂い■ブログ開設6周年特別企画『エジプト紀行2007』第15話■[2007.07...rodeo.cocolog-nifty.com(一昨日・昨日のつづき…)アブ・シンベル大神殿の4体の巨像の足元に並んでいる中で、一際背が高いのが、ラムセス2世の愛妻/ネフェルタリです。実は彼女のためにラムセス2世は、もう一つ
(『世界遺産』より)色彩に特化した、このamebloを始める前に、実は汎用性ブログも書いていました。こちらは、その一部です。【Egypt15】アブシンベルめおと神殿-赤い彗星の憂い■ブログ開設6周年特別企画『エジプト紀行2007』第15話■[2007.07...rodeo.cocolog-nifty.com(昨日のつづき…)エジプトと言えば、巨大なピラミッドやスフィンクスが看板になっていますが、私が個人的に惹かれているのは、このアブ・シンベル神殿で、渡航前の予習の時点で、既に気にな
(『世界遺産』より)色彩に特化した、このamebloを始める前に、実は汎用性ブログも書いていました。こちらは、その一部です。【Egypt15】アブシンベルめおと神殿-赤い彗星の憂い■ブログ開設6周年特別企画『エジプト紀行2007』第15話■[2007.07...rodeo.cocolog-nifty.com本日の放送は、エジプトのヌビア遺跡群がテーマでしたが、そのうちの「アブ・シンベル神殿」についてピックアップしました。こちらが「アブ・シンベル」の大神殿(左)と小神殿(右)です。
こんにちは。今日は、アブ・シンベル神殿に観光客がどっと押し寄せるラムセスデーについてご紹介いたします。アブ・シンベル神殿には、年に2回(2月22日と10月22日)、大神殿の一番奥にある至聖所に、朝日が差し込む奇跡が見られる”ラムセスデー”と呼ばれる日があります。もともとはラムセス2世の誕生日とラムセス2世が王に即位した日(諸説あり)に、この奇跡が起こるように設計されていましたが、移築した現在は日にちが1日ほどずれてしまいましたがコロナ禍前は毎年大勢の観光客がこの軌跡を一目
フランスのTVで先日アガサクリスティー原作の「ナイルに死す」がありましたのでついつい観てしまいました!ポアロ探偵の、、、俳優さんナイル河クルーズをした時の思い出の景色が出てきますので懐かしかったです。上の写真3枚はTVの画面を写しました。此処からはナイル河クルーズのコピー記事です。2017年6月28日(水)ヌビア人の街の観光を終えてクルーズ船に戻ります。オールド・カタラクト旧大瀑布という名前のホテルが見えています。ナイル河の
ニューヨーク一人旅日記詳細版vol.35の続き続いては「エジプト館」へ。アメリカ最大のコレクションということで多くの方がおススメされていて、特にデンドゥール神殿はスケールの大きな展示です。デンドゥール神殿は紀元前15年頃に、ローマ皇帝アウグストゥスがヌビアの都市に建設した神殿で、ダム建設のために水没する運命だったヌビア遺跡のために、アメリカが多大な援助を行い、そのお礼としてエジプトから寄贈されたものだそうです。神殿が復元ってどういうこと!?って
起源前6世紀頃から、アブ・シンベル神殿は、北から吹く嵐がもたらす砂に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られた。それから2400年後の1813年に、スイス人の探検家・ブルクハルトによって発見された。しかし神殿内部へ初めて入ったのはイタリア人・ベルツォーニ。埋葬品の一部を待ちだしている。1960年ダムの建設により、アスワン上流のヌビア遺跡群が水没する事態となる。ユネスコは、世界に呼びかけて、救済事業(24遺跡)を開始する。アブ・シンベル神殿の救出は、規模からして別格だった。新奇なアイデアに富む5
ナセル湖から世界遺産・アブ・シンベル神殿を眺める。夕刻タイムの遊覧だったので、日陰の遺跡を観る。砂岩の岩盤を掘り込んだ巨大なラムセス2世像が灰色になっていた。まるでサンド・アート作品のようだ。眠りにつくような表情・・。小型の遊覧船は、宿泊ホテル(セティ・リゾート)の岸から発着した。遥かスーダンを望み、夕照の湖上を進む。定員100名ほどのボートを貸し切り、ガイドさんから説明を受けてアブ・シンベル岬を周って戻る。約30分間の遊覧。神殿遺跡は、離れ小島のような場所にあった。古代のアブ
6日目は、クルーズ船に別れを告げ、アブシンベルまで砂漠の中の道を専用バスで向かいます。アブシンベル空港まで飛行機で行く方法や、クルーズ船で停泊することもできるのですが、バスの旅でなければその土地のことは分からない!と日本人ガイドさんが力説しており、なるほどと思いながら、砂漠を楽しみました。砂漠の高速道路は、普通車120km/h、バス90km/h制限。リミッターがついてるので、ゆっくり走ります。エジプトの土地はエジプト人のみ(兵役完了しハーフなど混血でないことが条件)しか買えないの
5日目は、アスワン観光で、イシス神殿と切りかけのオベリスクと、アスワン・ハイダムを見学しました。イシス神殿の正式名称はフィラエ神殿です。Wikipediaよりフィラエ神殿(フィラエしんでん)は、エジプト南部、アスワン近郊にあるヌビア遺跡。中心となるのがイシス女神を祀るイシス神殿である。現存する神殿はプトレマイオス朝時代に建設されその後ローマ時代にわたって増築が行われてきたものである。4世紀末にテオドシウス1世が、帝国内の全ての古代神殿を閉鎖しようとしたとき、フィラエ神殿は抵抗を続け
3月1日、午後アブシンベル。アスワンから280㌔、一直線に伸びる国道はきれいに舗装されていて時速100㌔のまま進める。所用は3時間と少し。1960年アスワンハイダムの建設が開始、その背後にできる巨大な人造湖ナセル湖によりナイル河岸に集まるヌビア地域の多くの遺跡が水没していまう事に。世界規模のヌビア遺跡救済運動により1964年から1968年にかけアブシンベル神殿は大神殿807個、小神殿235ののブロックに切断され65m高台に移された。川岸の岩山をくり抜いて造った岩窟式の神殿
アブシンベル神殿はエジプトの世界遺産ヌビア遺跡でもある砂岩で出来ている岩窟神殿と呼ばれていた大神殿と小神殿がある古代人はアブシンベル神殿に眠っているかもしれない神殿のどこかに僕もアブシンベル神殿を調べてみたいどんな神殿かをいつか調べてみたいアブシンベル神殿はエジプトの神殿
昨日の、ハルツームからアッサラーム・アレイクム!の続きです。JICAでスーダンに向かった友人。スーダンにも興味ありますしJICAがどのような活動をしているのかもとても興味があったので、スーダンに行く前に最後のランチ会をしたとき、ブログで紹介していいですか?と聞いたところ、「もちろん!」と快いお返事をいただきました。初めの1か月は首都ハルツームでホテル暮らしをしたそうです。語学学校に通いながら、課外授業としてスークに行ったり、博物館に行ったり、ホームスティをしたり。語
こんばんは。ハッピー♡サイキックVajraです。めちゃめちゃ気分がいいVajraです。な〜ぜでしょう…それはね。大大大スキなベリーダンスのレッスンだったからです。かれこれ10年、、になりますかぁ、知れば知るほど奥が深〜〜〜く、アッハンて!?で、、、できてきたりしてしまうのでース!やってみて♡いま習ってるのはフォークロア、ヌビアンという踊りですが、めちゃめちゃ楽しいのでまたまた大大大スキになってます😍ヌビアンダンスNubiaエジプト南部アスワンからスーダンにかけ
ヌビア遺跡・世界遺産「アブシンベル神殿」★ダムによる水没の危機から救われた遺跡★場所・南部のヌビア地方見どころ・アブシンベル大、小神殿最終訪問・1996.08父が*世界文化遺産エジプトのナイル川沿いには、古代エジプトの遺跡が多数残されていますその中でも南部に位置しているのが世界遺産のアブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群ですこの世界遺産のアブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群は一度アスワンハイダムによる水没の危機が訪れるもユネスコによる積極的な保