ブログ記事209件
出演のお知らせですれいわキャリアさんのショートドラマ「ニート卒業」に出演しておりますどうぞご覧くださいこちらから視聴できます*************************************************●TikTokショートドラマれいキャリフィルム「ニート卒業」https://vt.tiktok.com/ZS9gCYRvQ/TikTok-MakeYourDayvt.tiktok.com
まぁミートは卒業できてないけどニートはご卒業ですね仕事決まりました。むしろ決まってて今日からでした。というかこれからです。憧れていた化粧品で働きなんというかこんなもんかと分かりパワハラにやられ退職し4ヶ月ダラダラしまくりましたがはいこれから本社で説明うけてこれから店舗に出勤です。憂鬱ー笑働くの向いてないなぁーでも生活してゆくためには働かないと食べていけない人間関係が良好だといいなぁもう本当にそれです服飾雑貨のお店です。ざっくりというと制服がないため
リン「これから先雨や曇りばっかりだねー」レン「秋雨前線なんだし仕方ないな」リン「マスターが気圧で動けなくなるね」レン「天気痛とか俺にはわかんねー」リン「酷い人はヤバすぎるらしいよ」いろは「お、久しぶりの更新?」ミク「おぉ」花「私、出番少なくない?普段いないからかな?」リン「この前花ちゃん忘れられてたしね」レン「投稿したあと気づいたんだって」ユキ「花お姉ちゃん可哀想」いろは「たくさんいると忘れる事あるんだよね」花「あの時泣いたわ」ミク「(๑´•ω•)۶ヨシヨシ」ユキ「
学生時代は理系でレポートをよく作成をしていたので、資料作成は得意だった。その特技を利用して自信の無さを補う為に、綿密な計画や資料の作り込みなどに時間をかけることにした。打ち合わせなどで分かりやすい作り込んだ資料を使用しながら話をすると、相手からの信頼度が上がるだけでなく、何か突っ込まれても資料を見ながら話が出来るので、言葉に詰まるようなことが少なくなり"デキる男"のフリが出来た。40代後半になって、物覚え、頭の回転スピード、集中力に急激な衰えが来ている状況で、仕事を増やすのは自分で自分の首を
この会社は年齢給があって、能力給とは別に毎年2000円/月の昇給があった。と言うわけで、最初に迎えた新年度は月給2000円アップで年収ほぼ変わらず。決算賞与は入社半年足らずなこともあって、貰えなかった。ま、こんなもんか。この時点での月給は、基本給32万2000円能力給2万資格手当2万こんな感じだったと思う。11月入社だったので、1年目の冬のボーナスは無し、夏のボーナスが基本給の0.8ぐらいで、11月から1年で考えたら、1年目は年収460万ぐらいだった。10年ニートを卒
足場仮設工事中にガラスを割ったり、電線にメッシュを引っ掛けてとれなくなったりなど、事故報告書を四回も作成することになってしまった。★neetdeshitayoは、「事故報告マニア」の称号を手に入れた。とにかく工程がギリギリだった為、昼休みもろくにとらず、一日中バルコニークリーニングをしながら仕上がり検査をして、簡単な是正工事もその場でやっていた。★neetdeshitayoは、「クリーニング工」にジョブチェンジが可能になった。★neetdeshitayoは、「雑工」にジョブチェンジが可能
次の現場は大手のゼネコンが元請の現場だった。例のごとく、ミッションインポッシブル2はあまり大きな声では言えないような内容なのだが、かいつまんで言うと、ゼネコンが新築時にやらかしたミスを大規模修繕工事にかこつけて、こっそり治しちゃおうと言う事だった。肉体的にも精神的にも限界ギリギリの経験をさせてもらったが、お陰で色んなスキルが身についた現場だった。元請の所長が何もしない(出来ない)人で、ヒステリー持ち。少しでもミスをしたり自分の気に食わない事があると突然豹変し怒鳴り散らしていた。(後で聞いた
この頃は仕事も落ち着いていてそんなに忙しくなかったこともあって、秋の試験に向けて夏頃から少しづつ勉強を始めた。直前には、今では考えられないぐらいの集中力で真面目に勉強していた。ネットで調べた限り、大した難易度ではなさそうなのだが、今の会社から脱出する為にも落ちるわけにはいかないというプレッシャーがあった。いざ試験を受けてみると、スラスラ解けてやけにあっさりした物だった。帰ってから自己採点をしてみると、学科は合格ライン余裕のほぼ満点、「真面目に勉強しすぎてオーバーキルしちまったぜ」なんて
3度目の新年度を迎えた。昇給はやはり月2000円、やっぱりな、と思いながら将来の年金を計算したら年60万程度しか貰えそうもない。この時点で年収290万いかないぐらい、この感じだとせいぜい10年後350万貰えたらいい方で年金は殆ど増えない…「これがブランク10年の限界なんだろうか、結婚なんて出来そうもないな…」と考えながら、何度も電卓を叩いた。目標の3年が見えてきて、転職しても潰しが効くだろう自信はあった。だが、この時点で転職活動をしたところでたかだか3年の経験で何の肩書きもない40代は買い
3年目を迎えた頃には、同僚たちが怒鳴り散らされているのを横目に、自分は平穏に淡々と仕事をこなしていた。入社以来、やれと言われた仕事はなんだかんだで全てこなしてきて、部長にかなり信用されていた上、すごく気を使われていたからだ。ここまで奴隷プレイで必死に働いてきた成果だろうが、おかげで心身共にかなり疲れていた。が、「3年間辞めてはいけない」ではなく、「3年たって仕事に自信がついたらいつでも辞めてやる」と考える事で、仕事に自信がつき始めるといつでも辞められる様に感じて気が楽になっていった
実はミッションインポッシブル現場の最中に職人とも喧嘩をしていた。今までの人生喧嘩などした事がない理性先行型のキレない小心者だったのに、入社して1年あまりで3度も喧嘩をしてしまっていた。自分では気付いていなかったが、それぐらいプレッシャーを感じながら必死に仕事をしていたのかもしれない。そんな精神状態だったにも拘らず、辞めたいと思った事は一度もなかった。その後主任とはお互い何もなかったように普通に接した。色々あったが着々と細かい仕事をこなし、ほぼ独り立ち出来るようになった。入社して丸2年になる
二つ目の大きな仕事は、この仕事を始めて十数年の中で、一、二を争うほど精神的にきつかったミッションインポッシブルな現場だった。どうインポッシブルかと言うと、年間売り上げ以上の請負金額の工事を6ヶ月の工期でやらなければいけないと言う感じだった。経験半年にも満たない人間がどうやって?詳細は人に言えないようなことがありすぎて割愛するしかありません。あしからず。そんな現場に缶詰でかなり精神的に弱った状態で最初の新年度を迎えた。まだ1年経っていないとの理由で昇給はなかったが、奴隷なので不平は言わなかった。
3年間は絶対辞めないと誓い奴隷になる覚悟で就職後、事故はやらかしたが仕事は大体そつなくこなしていて、社会復帰は順調だった。元ろくでなしクソニートが社会復帰出来た会社がどんな素晴らしい会社だったかと言うと、・施工管理と言う仕事柄、担当現場があれば土曜日も出勤が普通。代わりの人員がいるわけでもないので、振休は雨で工事が中止になった場合などにたまに取れる程度。かと言って、休日出勤手当は出ず、実質週休1日。月30日働こうが毎月固定給。騙された。・仕事が遅くなろうが残業代は出ず、全てサービス残業。毎
絶望的な精神状態で迎えた初めての大きな仕事。だが仕事は立ち直るまで待ってくれるわけもなく、足場仮設が始まる。初日は主任が立ち会って色々指示をされたが、初めてのことばかりで右往左往、おかげで落ち込んでる暇もなく、仕事に入り込めた。何気に初めて仕事の流れを一通り覚えるには丁度いい規模の物件で、職人に色々教えてもらい、時には騙され、時には脅され、時には揶揄われながら順調に工事は進んだ。工事も終盤に差しかかった頃、新しく中途で入った60代の1級建築施工管理技士の資格を持っている後輩が手伝いに来た
10年のブランクで色々問題もあったが、就職してから3ヶ月は小さい仕事をそれなりに上手くやっていた。4ヶ月目に入り、1人で倉庫1棟の外壁改修を担当することとなった。請負金額600万程、工期1ヶ月半の今となっては小さい現場だが、初めての補修〜塗装〜防水フルセットの外壁改修工事で、何も知らない教わっていない事だらけだったが、工事は職人に任せてお前は立っていればいいんだよとだけ言われ、いざ出陣となった。工事着工前日、準備の為荷物を現場まで運ぶのに、助手席に主任を乗せて車を運転することとなった。明日
弊害④小心者が輪をかけて小心者にニート時代はほぼ引きこもりで、後ろめたさからとにかく人に会いたくなかった。大家やNHKや新聞勧誘など誰かが訪問して来ても息を潜めて居留守を使い、電話が鳴ってもほぼ出なかった。友達からの電話も出なかった為、皆縁が切れてしまった。警察が訪問して来たこともあったが、その時は何事かと本気で怖くなって居留守を使った。「逮捕した空き巣がこのアパートにも空き巣に入ったと自白したので、心当たりはないか?」と言う内容の置き手紙が投函されていて、自分のことでは無かったとホッとし
弊害③コミュニケーション能力の低下元々人見知りで他人とのコミュニケーションはあまり得意ではなかったのだが、慣れた人とはよく喋っていたし、咄嗟の能書や言い訳などは得意な方だった。だが、人と話していて適切な言葉が出てこなかったり、なんて答えていいかわからず笑って誤魔化す事が多くなった。長年人と殆ど会話をしていなかったせいで話し方を忘れたような、脳の老化が急速に進んだような、端的に言えば語彙力の低下だろうか?例えるなら、脳内に言葉が整理されていて収納されているロッカーがあったとして、会話中に返
弊害②身体的変化家にこもって寝転がってずっとPCをいじっていただけなので、分かっていたことだが体力の低下が著しかった。リハビリを兼ねてアルバイトをしていたおかげで普通に歩き回ったりは問題なく出来るようになったのだが、筋力の低下に関してはまだまだ回復していなかった。特に筋持久力に難があり、重いものを持ち上げることは出来るのだが、すぐ手がだるくなって持っていられなくなってしまう。重い荷物を持っての移動が時々あって、それが結構きつかった。ネトゲ仲間にジョークで「マウスより重い物何年も持ってないか
入社後数日は事務所で座学(と言うよりマニュアルのようなもので自習)をし、その後現場見学に行って基本的な事を教えてもらう。入社して2週間ほど経った辺りから、ちょっとした漏水現場などに1人で職人に同行し、管理として仕事をするようになった。わからないことばかりだったが、職人に教わったり怒鳴られたり揶揄われたりしながら徐々に仕事を覚えていった。が、仕事を始めたことで、今まで気付いていなかった10年間引きこもりに近い生活をしていた弊害が、色々浮き彫りになるのである。弊害①高所恐怖症漏水補修は基本屋
いよいよ出社初日、蒸し暑い朝だった。スーツを着て満員電車に乗り、会社に着いた時には汗だくになっていた。入社した会社は当時改修業界の中では中の上ぐらいの規模の会社で、自分の配属先は売り上げ1億いかないぐらいの社員7名の小さな部署だった。事務所はマンションの一室にあり10台ほどの事務机でいっぱいいっぱいの広さしかなかった。面接をしてくれた2人は部長と主任で、残りは事務と営業と施工管理3名。なんと、事務の女性を除けばアラフォー新人の自分が一番若かった。ただでさえ30代をニートで駆け抜けたせいで中身
考える時間があるとどんどん就職から逃げ出したくなるのが目に見えていたので、面接時にはすぐ働けますと答えていた。という事で、翌月1日から出勤となった。初出社まで残り10日程度、大まかに今後のことを考えてみた。入社する会社が定年まで働き続けたくなるようなホワイト企業ならそれに越したことはないのだが、急いで決めた就職先なので、そんなに物事上手くいかないであろう。だからと言ってこの歳ですぐ辞めると、次の就活はミッションインポッシブルになって人生詰んでしまう。というわけで、どんなにブラック企業であろう
面接翌日、まだ正式な採用通知は貰っていないが、多分どちらも採用されるだろうと言う前提で、今後のことを考えていた。まだ他にも応募してみたい気持ちはあったが、生活に余裕がない上年齢的に少しでも急がなければならない状況なので、就職活動にそんなに時間はかけられなかった。また、結論を引っ張って考える時間が増えると自分の性格だとどんどん就職することに怖気付いて来るのが予想できた。と言うわけで、このままウジウジ考えないで勢いでどちらかに就職して後は気合いでなんとかするしかないと言う結論になった。気合いが
第一弾の結果(最終結果はまだ出てない)に実感がわかないまま第二弾に向けて気合を入れ直す。第二弾施工管理検討結果1楽である→よくわからないが週休2日2給料がいい→取り敢えず生活はできる3やりがいまたは面白さがある→よくわからないがマルチタスクで飽きない?4将来性がある→どんどん人手不足が進みそうな業界で転職に困らない、且つ資格を取ればステップアップも望めそう5通勤時間1時間以内→勤務先による6少しは体を動かしたい→デスクワーク・フィール
応募先選びは一応最初に決めた条件を前提に選んでいた。仕切り直し第一弾の清掃業の方は、1楽である→楽でないが、きつくはなさそう2給料がいい→クリア3やりがいまたは面白さがある→これは微妙だが、座ってるだけの仕事より動き回る仕事が好き(力仕事は除く)4将来性がある→これも微妙だが、ある程度経験を積めば潰しが効くだろう5通勤時間1時間以内→勤務先による6少しは体を動かしたい→体を動かす仕事大分妥協した感もあるが、こんなダメ人間が最初から楽
取り敢えず面接をある程度経験したので、改めて今後の対策を考えた。まず、相変わらずみすぼらしい職務経歴書の見直しだが、前職の在職期間をさらに1年伸ばした。それでもニート期間後半が空白なので、ここは1〜2年前に潰れたと聞いた知人の会社に2年程在籍していたことにした。この会社も零細で社会保険関連の加入がなく、応募する職種と関係ない上現存していないので、まずバレることはない。そうこうして、もう誰の経歴書かわからない、それなりの物が完成してしまった。最初の頃は恐る恐る改変していたのに、もうなりふり構って
給料日に真っ先にすることは?▼本日限定!ブログスタンプとりあえず通帳記帳する。実家暮らしの時は給料日に、銀行でお金を下ろして、生活費を渡してました。生活費を渡していたのを理由に、やりたい放題していましたがね(笑)あなたもスタンプをGETしようなんだろう??https://www.instagram.com/reel/DItHWg9p6Y5/?igsh=MXYyb3V3bGRidzhnNQ==@h_marin8onInstagram:"みんながイメージする地下アイドル
前回の散々な面接が終わった後、福島原発のことが気になって数日テレビを延々と見続けていた。が、セシウムより自分の将来を想像することの方が怖かったので、さぼらず次の面接には向かった。今回の面接は設備系の会社で家から1時間半程の、ちょっと遠くて土地勘が全くないところにあった。面接では案の定、「通勤は問題ない?」なんて質問をされた。実は高校まで徒歩通学しかしたことなく、大学の通学時間と就職先の通勤時間は40分であった。1時間半は経験上最大にして今までの最高の倍の時間である。応募しておいてなんだが、正
面接当日、遅刻しないようにと早めに起きネットを見ると当たり前だが地震一色。電車に遅れが出てるとのことで、40分で着くところを1時間半前に家を出た。が、甘かった。最初の電車はそんなに待たずに乗れたが、乗り換えの電車が中々来ない。30分程待ってやっと来たが、速度も遅い!電車の中で駆け足したくなる気持ちを抑え、とにかく早く早くと祈った。駅に着いたのはほぼ面接予定時間。駅から徒歩10分程度の道のりをスーツ姿で猛ダッシュ。着いた時には汗だくでゼーゼーハーハー我ながら相当見苦しい状況だったと思われる。エ
次の面接を翌日に控え、某ファーストフード店で遅い昼食がてら職務経歴書を書いていた。現状の物はやはりスカスカなので、今度はどこを盛ろうかなど悩んでいた。結局、前職をもう1年伸ばし、その後は実家で家業をお手伝いしていたことにした。学歴や応募する職種関連の経験じゃなきゃ盛ってもいい、就職出来なきゃ社会に貢献できないから仕方ない嘘だと自分に言い聞かせ、ビビりながらも経歴を付け加えた。2枚目の職務経歴書を盛っていると、揺れを感じ行からミミズが這ったように文字がはみ出してしまった。「ん?揺れている?」と周