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日本全国3連休ですね。朝一で国旗掲揚、そして墓参りを済ませました。と、いうことで先日に続いてミッシェル・ポルナレフです。1972年にリリースされた「愛の三連休」もとい「愛の休日」です(笑)。「愛の休日」1972年(ミッシェル・ポルナレフ28才、私19才)作詞・作曲:ミッシエル・ポルナレフ歌:ミッシェル・ポルナレフ※イヤホン又はヘッドホンでお聞きください。★再生機器☆プレーヤーシステム・キャビネッ
今日は、懐かしいミッシェル・ポルナレフさん。↑愛とロマンのスーパースター+ミッシェル・ポルナレフ+です。↑言うまでもありませんが「月よりの使者」でありません(笑)。↑当時の企画モノのベスト・アルバムから「シェリーに口づけ」を選びました。それではフレンチ・ポップスの雄、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーの口づけ」を(^^)/「チュ、チュ、ポマ、シェリー♫」ちなみに、印象的なベースが刻まれますが後にレッド・ツェッぺリンに加入したジョン・ポール
と、いうことで気候も良くなったので「なごり雪」でも(笑)。まぁ、毎年のようにアップしておりますが(^^;。ひとつ、おさらいしておきましょう。イルカの歌う「なごり雪」も好きですがヤッパシ、私はかぐや姫の「なごり雪」が好きです。↑1974年にリリースされた名盤「三階建ての詩」。当時の彼女からの貰い物(^^;。しかし、私もそうでしたが細いですねぇ。何、食ってたんだろう(笑)。栄養?ラッパのジーパンなので、そう見えるのかな。それでは、正やんがリードボーカル
先日、田山雅充の「春うらら」を出したついでに田山雅充の作品から私の好きなのを一曲(^^)/↑それは、太田裕美の名盤「12ページの詩集」に収録されています。1976年にリリースされた奇跡の名盤、、、だと思います(笑)。↑帯を拡大しました。あの頃のフォークやニュー・ミュージックのアーチストさんがズラリ!ありましたね。田山雅充さんの名前。すべて、シングルカットしても良さそうですが1976年当時、シングルで発売されたのは「最後の一葉」の一曲のみでした。それで
きょうは、懐かしい田山雅充の「春うらら」です。知ってました?田山雅充は、子役で映画に出ていたってこと。それも「モスラ」。wikiさんを見てビックリです。↑1961年に上映された東宝映画です。↑今は、ワクワクさんのようになってます(^^;。↑凄いですねぇ。ピーナッツに話しかける役だったんですね。と、いうことで田山雅充の「春うらら」です(笑)。↑1976年にリリースされた1sアルバム「風裸風裸」に「春うらら」は収録されています。「春うら
前々回に続いて前回も松本隆が作詞した作品が続きました。これは、偶然でした(^^;。こうなると必然的に今日も松本隆の作品を取りあげるしかない訳です(笑)。松本隆作詞の名曲としては↑聖子ちゃんの「赤いスイートピー」は文句のないところでしょうね。で今日は吉田拓郎の「外は白い雪の夜」!を(^^)/これ、松本作品の中でも名曲だと思います。↑「おい!違うど!!」とお叱りを受けそうですが右隅にコッソリとありますね~。↑控えめですねぇ。B面だからか小ちゃい表記で「外
きょうは、あの懐かしいザ・リリーズの二人です。ザ・リリーズは「ズバリ!当てましょう」のアシスタントとして有名ですね。↑1975年、司会の泉大介さんと共に。ザ・リリーズは北海道出身の双子のアイドルさん。同年にリリースした「好きよキャプテン」がヒットしました。↑向かって右が妹の燕真由美さん。2023年に亡くなりました。向かって左が姉の燕奈緒美さんです。二人共、可愛らしいですね~。このレコードは、先日ハードオフにてお買い上げしてしまいました。このレコードが発売された頃
ウチの二人の娘。中学校はセーラー服で通いました。親バカですがとっても似合っていたと思います(笑)。↑薬師丸ひろ子ちゃんの「セーラー服と機関銃」。よ~くお似合いと思いますが、ウチの娘達を除いたら似合うのは、、、、この人!!と、思う(爆。↑柏原芳恵ちゃん。レコードは1983年にリリースされた「春なのに」です。全曲、中島みゆき作品のアルバムです。それでは、アルバムタイトルと同じ「春なのに」を(^^)/編曲も素敵ですねぇ。「春なのに」1983年(
二月は逃げるとは本当によく言ったもんです。ボ~ッとしてたら明日から3月ですからねぇ。きょうは、青春ソングを数多く作詞した松本隆さんの名曲を。”はっぴいえんど”に在籍していた頃の左上が松本隆さん。この頃は太鼓を叩いていましたが、解散後作詞家になってからの活躍は御承知のとおり。数多くの名曲群の中から私が勝手に名付けた卒業や旅立ち等に絡む「青春のわかれ歌、三部作」(笑)。↑1985年2月にリリースされた斉藤由貴の「卒業」。↑1982年1月にリリースされた赤いスイー
九州北部地方の属する山口県。今年は、2年ぶりに「春一番」が吹きました。待ってました!春一番!今年は、まともに吹きました。春一番らしい南東から強めの暖な風が吹きました。去年は短かった春でしたが、今年はどうでしょうかねぇ?と、いうことでウチのブログでは恒例となったキャンディーズの「春一番」!↑音源は、1975年発売のアルバム「年下の女の子」です。それでは、打楽器が強調された「アルバムバージョン」で「春一番」を(^_^)/~「春
と、いうことできょうは「タマさんの日」です👏👏👏(^^♪↑「タマさん」本名は「タマ子」といいます。2005年の7月に生まれた女の子。100才になるのも近い。今月の初めに反対側のホッペに大きな腫瘍が出来てピンチを迎えました。処方して貰った薬(抗菌剤)をチュールと混ぜると上手に食べるので幸いにも開放に向かっております(^^)/きょうは、懐かしい谷山浩子のレコードを出しました。1977年にされたリリースされた「ねこの森には帰れない」です。おお、このポーズ
きょうは、城みちると同期にデビューした伊藤咲子です(^^)/1974年に「ひまわり娘」でデビューした伊藤咲子。スタ誕の出身です。今日は、5枚目のシングルとなる「乙女のワルツ」です。1975年のリリースです。可愛いですねぇ(^^♪前奏がクラシックのようで歌うのが難しくてレコーディングには、一か月以上を費やしたという大作?です(笑)。「乙女のワルツ」1975年(伊藤咲子17才、私22才)作詞:阿久悠作曲:三木たかし歌:伊藤咲子※
今日も朝から忙しい、忙しい(笑)。「2026冬季オリンピック」を見て「時間ですよ」を見て、「どんど晴れ」を見て、「ばけばけ」を見て・・・(笑)。いま、BS-TBSで再放送している「時間ですよ2」。↑松の湯の3人の従業員。浜さん、サッちゃん、健ちゃん。↑隣のマリちゃんも出ています(^^♪この劇中でサッちゃんが弾き語りで歌う「ひとりごと」という歌があります。これが、またエエんですねぇ。↑「ひとりごと」1972年にリリースされました。久
先日は、原由子のCDを使いました。このCDの中に「そんなヒロシに騙されて」がありました。今日は、懐かしい高田みづえの歌声で聞いてみます。使うレコードは、↑1983年リリースの「高田みづえプライベートコレクションそんなヒロシに騙されて」だ!今なら貴重なラジオ付きデジタル・ウォッチが当たるらかもよ(笑)。↑この小さな体で、大相撲の松ケ根部屋のおかみとなり大きな力士の世話をした芯の強い女性です。それでは、ヘブンさん流に「レコードカケル、シマス。」(笑)
ジャンクレコード漁りが絶不調に終わった時には、手ブラで帰るのも癪なので「これでもエエか」と2~3枚のシングル盤を持ち帰ります。そんなキッカケで持ち帰ったレコードを改めて聞いてみて、良さを再認識するケースは多くあります。きょうは、そんなレコードの中から久しぶりに田原俊彦のデビュー曲「哀愁でいと」です。↑1980年6月にリリースされた田原俊彦のデビュー曲「哀愁でいと」。同期の聖子ちゃんは、一足早く4月にデビューしておりますが(笑)。この「哀愁でいと」を再認識したのは、
先月、沢田聖子の「春」を紹介しましたが、きょうは「春」の本家、イルカさんの歌う「春」です。私は、何故か保育園の先生のようなイルカが好きなんです(笑)。遠い昔、松原保育園もみじ組の園児だった頃を思い出します(^^;。↑本家、イルカの「春」は1974年にリリースされたデビューシングル「あの頃の僕は」のB面に収録されています。きょう、使うレコードは翌1975年にリリースされたイルカの1stアルバム「イルカの世界」です。それでは、春が早く来て夏が長いのも困る
きょうは、懐かしい西田佐知子さん(*^^)v私が小学生の頃は、テレビの歌番組によく出ていました。あの頃のサラリーマンのオッサン達のマドンナだったのでは?歌番組が嫌いだった私の父も西田さんが出ると凝視してました(笑)。1939年に生まれた西田さん、87才です。使うレコードは1975年にリリースされたベスト盤「西田佐知子魅力のすべて」です。帯にも書いてありますが「哀切迫る」歌唱が14曲収録。このLPから1965年にリリースされた「赤坂の世は更けて」を録りました。そう
季節が四季から二季化し、今は「ブチ寒い冬」の真っただ中。今年の「春」は来るのか?短いのか?(笑)。暖かく過ごし易い春の到来を期待して、今日もやります!「カネボウの春の化粧品キャンペーン」第三弾(*^^)vウチの母や姉は、資生堂でしたけどね~。おばぁちゃんは、マダムジュジュ(爆。そういえば、高校三年の春には、女子だけ集めて化粧品の美容部員さんが来校して化粧の仕方を教えていました。遠い昔の話です。で、第三弾は、聖子ちゃんです(^_^)/~松田聖子は、1984年にキャ
きょうは、先日の「春咲小紅」に続けます(^^)/。当時の風物詩ともなっていた大手化粧品会社が繰り広げた「春は唇から」の化粧品CMソング。きょうは第二弾です。メーカーはカネボウ化粧品。「春咲小紅」の前年、1980年のソングです。歌うのは、元気ハツラツ、パワフルな渡辺真知子。シングル7枚目の「唇よ、熱く君を語れ」です。奇遇にもレコード発売日は、1980年1月21日。46年前の今日なのでした(笑)。キャンペーンガールは?↑懐かしいですねぇ。松原千明さんでした。
いま、部屋の温度は27℃。火曜日あたりから寒くなるらしいんですが、暖かい一日です。と、いうことで、少し早いような気もしますが(笑)、今日は、矢野顕子の「春咲小紅」です。↑「春咲小紅」は。1981年の2月にリリースされました。と~ってもテクノなCMソングでしたね。カネボウ化粧品1981年春のキャンペーンに採用されました。モデルは林元子さん。それでは、春を迎えに行きましょう(^^)/「春咲小紅」1981年(矢野顕子26才、私28才)作詞:糸井
きょうは、私の大好きな歌です。私のブログの定番です(笑)。『「映画館で一週間流れるだけ」のものだから、どうせ観に来た客しか聴かないとして妥協したという』↑と、いうようなエエ加減な理由で出来たという映画主題歌です。御存知、東映映画「トラック野郎」の主題歌です。1975年リリースの「一番星ブルース」。菅原文太と愛川欽也のコンビが歌う演歌?ロック?ブギウギ?エエ加減な理由で作った割には「名曲は死なず」な歌です(笑)。↑トラック野郎第一弾「御意見無用」は見に行きました
久しぶりの倍賞千恵子さんです。私より一回り上の倍賞さん。まだ、お元気ですねぇ。使うレコードは、私のお気に入り「忘れな草をあなたに」です。「忘れな草をあなたに」は、1971年にリリースされました。名曲揃いですが、この中でのイチオシは「ラブレター」かな(*^^*)永六輔さんの詩に倍賞さんのステキな歌声がマッチした名曲です。↑1966年に発売されたシングル盤のジャケットです。(お借りしました)この頃は、橋幸夫さんと「花の舞妓はん」で共演しています。
きょう、久し振りの雨が降りました。恵みの雨に文句は言いませんがナント、蒸し暑い。湿度200%(^^;。お天道様、言いごとが多くてスンマセンね(笑)。薬師丸ひろ子の涼やかな声でも聴いて涼を取るのも一案では?と、いうことでの一枚です。1986年にリリースされた「ささやきのステップ」(^^)/薬師丸ひろ子、7枚目のシングルです。NTTの「19(トーク)の日」のキャンペーンソングでした。注:前回の記事が「遠くで汽笛を聞きながら」でしたが関係はありません。アシカラズ(
「てつたび」の中井精也さんじゃありませんが、先ずは、この画像から。↑秋田県横手市にある東日本旅客鉄道の醍醐駅です。で、きょうのレコードは、1976年にリリースされたアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」です。ジャケット写真は、同じ醍醐駅ですが、電化される前の雰囲気満載の写真です。ちなみに電化されたのは1975年のことなので、ジャケットの写真は、それ以前と思われます。タイトルにある「汽笛」というからには、ヤッパシ、電化前の汽車の線路の方が合っていると思いますね(笑)。
これだけ暑いと昼下がりの時間帯には、猫の子一匹、外を出歩くものはいませんねぇ。ウチのタマさん😻に至っては、24時間昼寝のようなものです(笑)。寒暖計は、アラフォーを指し、見ただけでクラクラ(^^;。と、いうことできょうは、「猫」の名曲「昼下がりの街」です。↑1973年にリリースされたシングル。実をいうとドレが誰やらよくわかりません。前列の赤いタンクトップが、作曲した常富喜雄サンと思います。↑1973年にリリースされた2ndアルバム「猫二枚目」に「昼下がり
お暑うございますぅ。明日から8月。暑さはまだまだこれからです(^^;。こんな時は、ピチピチの三人娘より暑さを吹き飛ばすご挨拶を申し上げます(^^)/1977年リリースの「ヒット全曲集キャンディーズSHOP」より「暑中お見舞い申し上げます」を(*^^)v以前は「かもめーる」とかありましたけどねぇ(^^;。年賀状が廃れるいま、暑中見舞いも時代遅れになりそうです。それでは、40℃に迫る暑さに負けるな(笑)。「暑中お見舞い申し上げます」1977