ブログ記事239件
あなたは日記帳持ってる?▼本日限定!ブログスタンプ無いです…(*^^*)「アンネの日記の日」1942年(昭和17年)ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクによって「アンネの日記」が書き始められました。日記は、1942/6/12から1944/8/4までの約2年間が記録されています「バザー記念日」1884年(明治17年)鹿鳴館で第1回婦人慈善市という日本初のバザーが開催されました。上流階級の女性たちが手工芸品を持ち寄って開かれたそうです「恋と革命のインドカリーの日」日付けは、
特にオススメというわけではないけれど、たまたま角川文庫で価格が下がったものが目に入ったのでここに記しておきたい。2002年に急逝した、消しゴム版画家としても知られるナンシー関のテレビ時評を中心としたエッセイ集を古本街のワゴンで探しているような方にしか意味のない記事だろう。しかも電子書籍の話題ではある。(^^;【注意:以下のキンドル本関連情報は次の瞬間には新たなものに更新されているかもしれません!】「私の思う石井苗子(クイーン・オブ・何様のつもりだ女)をまるでなぞるかのように、石井苗
「あちこちオードリー」(テレビ東京)の川島明がゲストの回を観ていたら、若林と川島にはないというミーハースキルの話が面白かった。テレビ東京で経済番組を始めた若林だが、若林は自分がやるのは経済だけ、政治や時事はやらないと決めているらしく、スキャンダルをどうとも思わないという点で若林と川島は共鳴していた。対して、千鳥のノブはミーハーだという話になるのだが、川島はそれをミーハーなスキルだといって、この世界には絶対必要なスキルだと言った。要するに、女優やアイドルがゲストにきたときに関心がもてるかどうかと
▲しおりの広場▼びっくり!「ナンシー関、何様のつもり?」一冊の「角川文庫」の、表紙です。でも、どこが、しおりなの?では、めくってみましょう。あらら・・・拡大します。ではいかりや長さんの「かあちゃん」高木ブー子の「ブー子」青島さんの「ばあさん」ですね。長さんとブーさんは「ドリフターズ」そして、初代の「意地悪ばあさん」の青島幸男さんですね。タレントから国会議員になって「国会で青島幸男が決めたのか?」が天才バカボンで、パパのセリフ
新年あけましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくお願いいたします今年は年賀状終いをしたのですが、子供宛に友達や恩師からの年賀状が届きました例年は家族写真を印刷していましたが、今年は子供達の分だけ、数枚なので真っ白の年賀状に手書きでお返事することにしかしそんな年に限って、イラスト難易度超高めの「午年」!!下書きで何回か馬を描いてみたものの新たな珍獣が生み出されるばかり冗談抜きで!ちょっと一旦、馬をイメージして、紙に描いてみて下さい!!でっかい哺乳類ってめっちゃ
ここだけの話、みうらじゅんとナンシー関を、密かに尊敬している。ナンシー関は、芸能人やスポーツ選手、政治家など、誰もが知る有名人を切り口にしながら、その人そのものよりも、そこに投影されている世間の本音を静かに、しかし容赦なく暴いていく人だった。何気ない一言や一瞬の表情ににじむ違和感を喝破し、見事に言語化する洞察力が際立っていた。一方のみうらじゅんは、ユニークな視点で、「普通」や「常識」に縛られて生きることのバカらしさを、ユーモアを交えて示してくる。説教はしない。笑っているうちに、こち
「爆笑問題の日曜サンデー」(TBSラジオ)のゲストが藤田朋子だったのだが、爆笑問題のふたりとは同い年(1965年生まれ)なのだ。爆笑問題とはひさしぶりに会うようで、藤田朋子はかつての太田には映画で主演したときのイメージがあったという。太田が主演した映画というのは篠原哲雄監督の「草の上の仕事」のことだが、私はこの映画の存在を知ってはいたが、今に至るまで観たことがない。改めて調べてみると、公開された1993年という年はタイタンを設立した年でもあり、爆笑問題は「NHK新人演芸大賞」を受賞し、「GAHA
そう言えば、ぼちぼち『目黒のさんま祭』の頃合い、皆様如何お過ごしでしょうか?(もう終わったかな?10月のはじめでしたよね?)さて『目黒のさんま』なら、【旬のものは美しいし美味しいけど、伝統文化も捨て難い♪】でも触れてますが、金馬師匠の一席でも聴いて戴いて、秋の夜長をお楽しみ戴いちゃうのも素敵です!で、それは置いといて、海外はともかくとして、音楽シーンでジャージをこんなに格好良く着こなせる人が居たのかと思ったのが、この人の居たこちらで・・・(画像お借りしちゃいましたが、ナンシー関先生が懐かしい
『ナンシー関消しゴムハンコアーカイブプロジェクト』ナンシー関さんの消しゴムハンコが経年劣化でボロボロに崩れてきたということで、全作品(5,147点)を3Dスキャンして、後世に残そうというプロジェクトナンシー関さんは好きな作家さんだったので、ほんの少しだけクラファンでお手伝いをさせていただきました『ナンシー関がオススメに来た(歓喜)』YouTubeを開いたら、オススメに懐かしい動画が!ずっーと前にテレビで観た「ナンシー関のいた17年」メープル超合金の安藤なつが主演当時、ナンシー関にそっ
原節子さんのファンの方はこれから先閲覧注意⚠️なんとあのリリーフランキーさんが日本の初代内閣総理大臣の伊藤博文を演じると言う話を聞き、なんとも感慨深い思いだ。今は亡きナンシー関さんとの対談で「骨太骨格のおじさんのような原節子が永遠の処女とは嘘っぽい」と書いてあった(随分昔のことなので正確ではないかもしれないですし、おじさんの様な、、、も私の主観かもしれない)のを読んで常々思ってた事を言い当てられ、「一生この人についていこう」と思ったあの日を懐かしく思い返した。それが
🟥あの糸井さんはさ、特に1990年代にさ、当時の週刊朝日などにさナンシー関さん、というコラムニストがいてね。この方が書くコラムがさ大人気でね。その時にさ糸井さんやら、中山秀征さんらがさ、ターゲットにされましてな。ま、つまらん芸能人だ、とされたわけよね。森脇さんらもさ。で、ダウンタウンはよい、というさ、論調だったわけ。🟥しかし、現実にはさ糸井さんは、やはりさ魔物のように、まあねスゴくてさ。ナンシーさんは、その後には逝去されたのよな。中山秀征さんも、森脇さん
あなたは日記帳持ってる?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう持ってないです、ブログが日記帳のつもり…😁「日記の日」1942年(昭和17年)ユダヤ系ドイツ人のアンネ・フランクが「アンネの日記」を書き始めた日です。アンネ・フランクの一家はナチス・ドイツに追われ2年もの間、オランダ🇳🇱アムステルダムの隠れ家で生活していました「恋と革命のインドカリーの日」1927年(昭和2年)東京・新宿に中村屋が喫茶部(レストラン)を開設し日本で初めて「純印度式カリー」を売り出し
先日バス🚌の乗り換えをしたのは提橋すぐ近くには中央郵便局当時は本局と言っていましたアーケードがあり今でいう地元のファミレスや本屋さんおもちゃ屋さん飲食店が立ち並び川に沿って映画館や市場もありそれなりに賑わっていましたが今は当時の面影なし⤵⤵しかもご多聞にもれず櫛の歯が欠けたように空き地が目立ちます空き地は数年前に雪の重みで建物崩壊左隣は呉服屋さんねぶたの時衣装をかしてくれますよ
あんなにもう幼虫飼育はしない、とほざいておきながら気づいたらなんか家にいましたよ、ってお話いや、食害されたくない鉢植えのレモンにいたものだから、って言い訳を試みる図書館でふと目に入って借りた本ナンシー関さんの訃報を聞いたときは、「もうあのコラムが読めないの???」と大ショックでしたああいう文章は天性のもので、どうスキルを積んだところで身につくものではありません目に見えていることからその裏側を見抜く観察眼と、それを的確に、簡易な表現で誰
超傑作選ナンシー関リターンズ/ナンシー関何度となくブックオフへ足を運んだものの、ついぞお目にかかれなかったのだが、本日、宮脇書店にて復刻本を発見、即捕獲したのはいうまでもありません( ̄▽ ̄)忖度することを良しとせず、メディアには一切出演しなかったとのことですが、はてさて、どれほどの辛口に出会えるのでしょうか。今から楽しみですd(^_^o)
『信仰の現場〜すっとこどっこいにヨロシク~』(ナンシー関:星海社)を読みました。ナンシー関さんのこと覚えている人ってまだいるのかな?私、三十代の頃から(もう30年以上前)、痛風の薬をもらうため月に一度病院に通ってます。待合室に置いてある週刊誌に掲載されていたこの方のコラムを読むのが楽しみでした。若くして亡くなられた。もうあのコラムが読めないのか!とがっかりしたことを覚えています。ここで取り上げられている「信仰の現場」とはマニアが集う空間のこと。そこにナンシー関さんが潜入してその現場を
紙沼人の私。マステも大好きですが、意外と使い道が無い…いや、集めすぎっていうのは大きいのですが🤣(紙沼だけどコラージュとかもしないしね😅)なので、主にキッチンにて使っております✨お菓子やパンの袋を開けて、残りがまだある時に封する用👍フードクリップだと留めるのが難しい時に重宝しています🌟🌟冷蔵庫に貼り付けて、ヘビーユーズ😁(メモ書きは子どもが書いてくれた、まごはやさしい食品の一覧😆)
『評伝ナンシー関「心に一人のナンシーを」』読了。2002年に急逝した消しゴム版画家・ナンシー関さんについて書かれた評伝。実は私、ナンシー関さんの書くテレビ評の大ファンでした。今でも本棚にはたくさんナンシーさんの本が並んでいます。テレビを観ていて、なんかモヤっとしたり、ムズムズしたりすることを、痒いところに手が届くように言語化してくれるのが気持ち良かった。しかも、消しゴム版画の似顔絵のセンスが最高。毒っ気とユーモアのある文章がほんとに面白かった。誰にも忖度しないで思っていることを書く態
4月April知人から教えてもらった動画🎹🎹🎹ピアノの森アラベスク第1番『ピアノの森』劇場予告編さそうあきらの「神童」を想起。面白い記事だった。「もしナンシーが生きていたら…」名づけ親・いとうせいこう、盟友・町山広美が語る【ナンシー関といまのテレビ】(CREAWEB)-Yahoo!ニュースコラムニストであり消しゴム版画家であり「史上最強のテレビウォッチャー」であったナンシー関さん(2002年没)。生前は、独特の観察眼による鋭いテレビ批評と著名人の似顔絵をユー
今日は寒くて夜は鍋にした。長谷川あかりさんのレシピ。絹こし豆腐とひきわり納豆を混ぜてお水とお塩入れ火にかける、具はなんでもいいらしいので適当に買ってきた豚肉、銀たら、白菜、えのき、椎茸、ネギ、薄揚げ、春菊を入れた。長谷川あかりさんのレシピってすっごくシンプルだから初めて作る時は出来上がるまでちょっと不安。塩だけでどんな味になるというの…?今回もかなりドキドキ。でも食べてみるとちゃんと美味しい。強い味ではないぶん食べ進むほどに奥行きを感じる。これから先の自分たちにはあかりさんのレシピがより有難
この投稿をInstagramで見る隅除輪業(すみよけりんぎょう)(@sumiyoke20090915)がシェアした投稿
『消しゴムで消せない人生』とナンシー関―文化はAIによって救われるか?私はかつて、『人生に消しゴムを使わない生き方』というタイトルの本を書いたことがある。そのためか、消しゴムという道具には特別な想い入れがある(本当か?と突っ込まれそうだが、本当である)。いや、実際に日本のバラエティ豊かな、可愛くもユニークな消しゴム文化には常々驚いていたのだ。寿司型、動物型、スイーツ型……子供の頃の筆箱の中は小さなテーマパークのようだった。しかしまさか、その消しゴムに彫刻を施し、「はんこ」
先日、こんな記事を見かけまして。ナンシー関さんの「消しゴムはんこ」5000点、自然劣化で危機に…デジタル保存へ知人ら活動(読売新聞オンライン)-Yahoo!ニュース消しゴム版画家でコラムニストのナンシー関さん(本名・関直美、2002年に39歳で死去)が残した消しゴムはんこ約5000点が、自然劣化で損壊の危機にさらされている。ナンシーさんの知人らが作品を1点ずnews.yahoo.co.jp亡くなったのがもう23年前とは。昔の蔵書はかなり処分したのですがこの3冊は捨て
昭和的な悲しいお話若い方はもちろん知らないだろうが昭和時代に大活躍ナンシー関さんって方がいた消しゴム版画家でコラムニストでとっても起用な方だったこんな感じでね亡くなっている方なんだけどこの有名な消しゴムハンコ遺族の元には作品5147点があって温度を管理したりとか慎重に保管されているけれどなんせ消しゴムなもんで使われているポリ塩化ビニールや可塑剤が時間とともに化学変化を起こして柔軟性が失われてひ
OtisRedding-I´veGotDreamsToRememberナンシー関の消しゴムのはんこが劣化し出したって~~~。いや~、良く持ったというものじゃないかしら、お亡くなりになって、もう何年?17~8年くらい?ああ、私、もう、ブログ書いてたわ。お痩せになれば、もう少し長生きされたかしら。私も、あのくらい小気味よく芸能人を笑いたいところですが、ネットと週刊誌とでは、条件が違う今日この頃でございます。だから、私、方針転換して、バイオレットおばあ様みたいに書いてや
雪です。寒いです。夫は飲みの約束を取りやめにして仕事もリモートに切り替えて昼過ぎに帰宅。そのほうがいいね。明日と明後日は土日の振替休日で二人で出掛ける予定だけど、交通事情はどうなるかな。朝から出るのは難しいかもしれない。ナンシー関という人の書いたものはほぼ全部読んできた。同じ1962年生まれだったと思うが30代の終わりに亡くなってしまった。ナンシー関の新しい消しゴムはんこや新しい本をもう見ることが出来ない寂しさはあれからずっと続いていたように思う。毒舌だとか悪意があると
↑↑↑今回のブログテ-マは、コレ面白い動画紹介なら、にゃんたブログに---------------------------------【懐かしい方にゃんた】・ナンシー関(消しゴム版画家)39歳かな、若くして逝かれたのが残念だね。あのほのぼのというか、まったりというか、画のタッチが好きだったなぁ、書かれてる文章も面白かったしさ◎リンク~ネット検索ナンシー関~---------------------------------うんうん、あるある(^。^)ファニーボーン効果の
先日図書館の書架で見つけて思わず手に取った1冊ナンシー関さんのエッセイ集です若かりし頃、時々行く喫茶店にあった週刊誌に彼女のコラムが連載されていてテレビ評や人物評を楽しみに読んでいました褒めることもあれば、こんなこと書いていいの?と思う毒舌っぷりを発揮することもあり「貴様いつまで女子でいるつもりだ」のジェーン・スーさんをもっと過激にした感じ見出しだけシェアしちゃういろいろと予言的なことも書いていてオリンピックというブランドを獲得して谷(田村)亮子は議員に立候補
あいかわらず、朝からバタバタしてるのに、そのすきまは、ぼーっとしているのでブログの更新も、ついつい遅れがちで・・(^_^;あっという間に2月ですよ。2月と8月は、1年で一番苦手、でも2月は逃げるっていうから、きっと、これまた、あっという間に3月になってくれるだろうと期待しとります。笑ところで、元祖消しゴム版画家のナンシー関(1962年7月7日-2002年6月12日)さんを覚えておいでだろうか。もしかして若い方は、知らない人もいるかもしれないけど、ナンシー関さんは、消しゴム版