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2022年8月。子供たちの夏休み、私は子供たちと、子供の友達グループを連れて、博物館へ。しかし子供たちは博物館にすぐに飽きてしまい、博物館の近くのお台場へ子供たちを連れていきました。そこで大人数の子供たちとワイワイ過ごしていたら、一本の電話が鳴りました。電話の相手は…アメリカと日本のハーフの、別のダルクの責任者の立場の方からでした。(個人が特定されないように、こちらでは肩書きは書かず、「責任者の立場の方」と表現します。以下、仮名でBさんとします。)Bさんは、どうやら山の上の
相方は、お薬の他に、一旦凝ると、かなり執着する傾向があった。特に、ポイントに関しては、半端ではなく、ポイント欲しさに、おいらや親族の名義まで利用して、クレジットカードの申し込みをしていたようだ。最初の頃は、おいらに申し込みしたいと申告していたが、次第に悪質になり、おいらの免許証を無断で使用するようになっていった。後年になって判明したのだが、50枚近く作っていたようだ。同じカード会社に3度申し込みをしていたことも、離婚協議に入ってからわかった。おいらが通販で買い物をしようとする
金パブの祟りはあれど、相方は相も変わらず、金の風邪薬を手放すことはありませんでした。腸閉塞以降は、服用量を調節していたようだけど、時々、腸閉塞寸前になることもあったようで、今度は、下剤まで使っていた。下剤も用量を守るわけもなく、倍量は飲むので、就寝中にお漏らしをすることも度々。。。部屋がぷーんと匂ってきて、お~い、おかしくないかい?ということが増えた。その頃は、もう手伝うことすら放棄していたおいら。夜中に、トイレに駆け込んでも間に合わないこともあるらしく、洗面所から水音や洗濯機
私は、夫を依存症回復支援施設に入れたいと思い、ワンネスとダルクへ電話をしました。電話受付はだいたい平日の日中なので、私は仕事のお昼休みに電話をかけました。午前中、会社では笑顔でバリバリ仕事をして、休憩時間、外に出た瞬間に電話。スーツ姿の方が行き交う東京のオフィス街で、「夫が薬物依存症です、助けてください。」会社では何事もない平気なフリ、平和な家族がいる設定で会話、これを何年も続けるのはキツかったです。心の中で、「もういやだ、何事もない平気なフリをすることがキツすぎる!」と
2022年7月。子供たちの夏休み。お昼すぎ、母子4人で出かけようとしたら、自宅マンション下の公園に夫が座っていました。1ヶ月半ぶりに見る夫の姿。仮にも、一緒に住んでいるのですが…。私が家にいる間は、トイレにも出てこない夫。遠目から見た、公園のベンチに座る夫の姿、痩せて、廃人のようでした。夫は、こちらに手を振ってきたようでした。それを見た第3子が泣き出しました。「パパが悲しそうな顔をして、公園に座っていた。」子供たちにとっては、パパの薬物依存症とか、テレビを壊されたと
金パブの祟りと言えば、腸閉塞以前も、もちろん過剰な摂取をしていたわけだが、おいらや主治医にバレそうになると、中断するという荒技を使うこともあった。但し、急な断薬から?就寝時に身体が痙攣するのか?横になっているのに、全身が痙攣して、跳ねるわ、跳ねるわ。バッタのごとく、ぴょんぴょん跳ねる半端でない跳ねっぷり!!(計測できればしたかった。)本人は、「助けてぇ~~~」って叫ぶけれど、どうすることもできない。じゃあ、起きておけ!と思っていたおいらなのでした。バッタ症状が出現すると、あ~ま
市販薬に手を出す④で書いた、病院の受け入れ拒否。その時だけでは、ございません。他にも数度、診察拒否をされています。相方の腕の出来物に膿が溜まった時に行った病院で、年配の医師からあからさまに「精神病の奴の治療はしたくない。詐病だろうから帰れ!」と言われて、困り果てた我々を見かねた、看護師さんが別の先生を連れてきてくれて、メスでちょっと切開して、膿を抜いてもらったこともありました。これってドクハラだよね。また、相方に糖尿の症状が見られたので受診に行った総合病院の医師が、
(汚いお話なのでお食事中の方は見ないでくださいませ)金パブに憑りつかれた相方は、まあ、調子に乗って飲みまくっていたようで、ある日、おいら仕事中に突然電話がかかってきて、「お腹が痛くて、しかも嘔吐が止まらないから、帰ってきて~」と、仕方がないので、早退して帰宅!近所の病院へ連れて行こうにも、「自力で動けないし、吐いちゃう」というので、本当に100m程度の距離ですよ。仕方がないので、病院に連絡して、車椅子を借りて、スーパーの買い物袋を数枚持たせて、病院へ移動!行く間にもゲーゲ
前回(市販薬に手を出す②)で書いた、金パブちゃん。かく言うおいらも学生の頃は用量守って服用していましたぜ。依存症者の界隈では大人気の金パブちゃん。彼ら曰く、これをエナジードリンクと一緒に飲むと、フワフワと素敵な感覚になるそうな・・・(薬のアレルギーのおいらには、全くもって意味わかな~いだけど)相方は、その魅力にすっかり憑りつかれ、エナジードリンクは毎日2箱購入、金パブは知らない。空箱をコンビニのゴミ箱に捨ていたようだ。(証拠隠滅!)最初、錠剤を購入していたようだが、瓶に入っ
夫がアメリカで大好きだったNAミーティングに問い合わせをしました。夫が日本語が話せないことが、日本での回復のネックになっていましたが、ありがたいことに、東京の表参道で、外国人専用のNAミーティングがありました。私はボロボロの状態で、問い合わせをすると、すぐに優しい返信をくださり、夫にも優しくご対応くださりました。NAミーティングの方々は、みな薬物依存症と闘う方々です。「助けてください」シリーズ、長くなりましたし、正直、もっともっと色々なところに助けを求めました。しかし警察官よりも
ついに市販薬にまで手を出した相方。ここまでくるとコントロール不能。症状が出る度の言い争い。挙句の果てにこうなったのはおいらのせいなのだと。じゃあ、もうええわ!!ってなると、急に謝りはじめる始末。このやり取りを何度何年も続けたことか・・・(頑張ったな~おいら)市販薬の初期の頃は、用量だけの問題だったのだけど、数年後どんどん酷くなっていってエナジードリンク(ふぁいと~!や24時間働く系)で金パブを飲むという手法に・・・この飲み方をされると、まさに狂気で恐ろしかった~。エナジー
さて、「こころの健康センター」の外来で何とかなると思い込んでいたおいらでしたが、当の相方は、神妙な面持ちで診察を受けてはいたものの、診察室を出た途端、そんなことあった?ってな感じ。処方の薬を大事そうにカバン💼に入れると、午後さっさとお仕事へ・・・そんなやや平和な日々も長くは続かず・・・翌年、おいらが卵巣嚢腫破裂に襲われるというアクシデント。(やっぱりストレスはいけませんね。でも少し離れて休養できた)その後、同じ地域で転居。引っ越し翌日に、またまた事件が発生!荷物の片づけで
大量服薬(OD)から、しばらく専門外来のある都内の病院へ通院していました。相方が転職したので数か月だけでしたが、電車の乗り継いで週2回は通ったよ。大好物の薬を取り上げられて、機嫌が悪く。(偽薬だのどうの・・・っておいらは噛みつかれてました)相方は、引っ越しした途端、「ショッピング」再開(本人は内緒のつもり)保険料明細で分かるっちゅうねん。(あほなん?)西に引っ越ししたので、病院がなかなか見つけられず苦労したな~。当時、西低東高って感じ、やっと「こころの健康センター」で外来をやって
「依存症」この言葉が最近、やっと世間でも知られるようになってきています。アルコールやギャンブルがメジャーかもしれませんね。一時は「オンラインカジノ」で脚光を浴びていたかと・・・元相方は、処方薬依存で、一時、何件もメンタルクリニックを梯子する人でした。通称「ショッピング」と言います。(当人は何かと言い訳していたと記憶している)そしで大量服薬(OD)をして、救急搬送されています。これが結婚して1ヶ月のことです。その時、主治医に離婚をすすめられましたが、何故か?「一緒に治療に取り
依存症回復支援施設ワンネスの、家族向けオンライン勉強会に毎週参加しました。勉強会では、アメリカの心理学者が開発した「ポジティヴ心理学」を学びました。またそちらで教えてくださっている男性の先生Kさんのお話がとても大好きで、毎週のオンライン勉強会が楽しみになりました。Kさんは、私は勝手に臨床心理士さんか何かと思っていましたが、実は依存症と闘い、回復された方だと知り、ますます尊敬をしました。オンライン勉強会の途中で、4人ほどのグループに分かれて、分かち合いのようなものがありました。数ヶ月楽し
保健所が主催するアルコール依存症の家族教室へ通い始めました。私の夫はアルコール依存症ではなく薬物依存症ですが、アルコールだろうと、薬物だろうと、依存症という病気は同じとのことで、通わせていただきました。こちらは、アメリカで開発された依存症の家族用プログラムクラフトを、本に添いながら、精神科医と一緒に勉強しました。このような家族用プログラムのお勉強は、とても助かりました。例えばナラノンのような自助グループは、同じ薬物依存症の家族の体験談を聞き、そこから自分で考えてヒントを得たり、
ナラノンとは、薬物依存症の家族を持つ方の自助グループです。アメリカに住んでいた頃、私はナラノンに通っていたした。大好きな場所でした。そして日本でも、ナラノンにつながることができました。ナラノンのきまりで、ナラノンのことは外で話すことはできません。その為、ここでは詳細は控えます。これを書いていいかわからないのですが、日本のナラノンで、だいたい2〜3割の方が、ご家族の市販薬ブロンの依存症で苦しまれていました。市販薬ブロンの依存症は悲惨です。覚醒剤などの違法薬物であれば、警察が逮捕し
「夫婦間の問題は、男女共同参画推進センターに相談してください。」なんだ、その名称。「子ども家庭支援センター」がパワーアップして、「児童相談所」になり、「女性センター」がパワーアップして、「男女共同参画推進センター」になったそうですが、誰だ、この名称を考えた奴は。この名称を見て、「そうだ、男女共同参画推進センターに、夫婦間の問題を相談しよう!」と思いつく人はいるのでしょうか。私は機関の名称すら、何度ここに書いても覚えられません。「児童相談所」のようにシンプルに、「夫婦相
東京都立の精神保健福祉センターは、まるでコンサートのチケットセンターのように電話がつながらない為、千葉県立の精神保健福祉センターに電話をすることにしました。私は東京都民の為、おそらく管轄が違うので、「東京都立へかけ直してください。」と拒否をされることは想像がつきましたが、東京都立が全く電話がつながらず、またとにかく何でもいいからアドバイスや突破口がほしい、という思いから、千葉県立に電話をかけることにしました。仕事の1時間休を取り、朝9時になった瞬間、千葉県立の精神保健福祉セン
東京都立精神保健福祉センター電話受付平日のみ9時〜17時私の勤務時間とかぶる中、何度かけてもひたすら通話中、全然つながらず…。昔のコンサートのチケットセンターのようです。2020年は一向につながらず、詳細はまた時系列を追って後述しますが、2022年も一向につながらかった為、痺れを切らして公開されている電話相談の電話番号ではなく、総務課のような場所へ電話をかけました。応対してくれた方には、「こちらではなく電話相談窓口の電話番号にかけ直してください。」と突っぱねられましまが、
東京、千葉、神奈川じゅうの精神科の大病院に電話をかけまくった私、最後に予約が取れたのは、都立松沢病院という精神科の大病院。明治12年に設立された、150年近い歴史ある精神病院です。以前は、上野公園内にあり「癲狂院」という名称だったそうです。(こわすぎる名称…)明治からある歴史ある精神病院で、かつ都立という名称だから、首都東京を代表する医療を期待できるだろう、と勝手に思いました。それにおそらく都立の精神病院に勤務できる精神科医は、前述した「白衣を着た売人」のアホ開業医と違って、選ばれ
私は東京、神奈川、千葉じゅうの、依存症専門の入院施設がある病院に、片っ端から電話をかけました。夫を何とか入院させたかったのです。しかしどの病院も、受け入れ対象外。夫は2012年秋から薬物依存症なのに、(5年半のクリーンな期間がありましたが、)なぜ依存症専門の入院施設に入院をさせてもらえない…!?病院の言い分は、「日本語が充分に話せないと、入院の意味はない。入院中は、自助グループに参加したりして過ごす。日本語が充分に話せないとそれができないので意味がない。」「今まで、他の病院
夫がスリップする数年前のことになりますが、夫が気のゆるせる相手に話していたこと。「僕は家族に対して絶対にゆるされないことをした。妻は内心、とても怒っていて、そのことを絶対にゆるしてはくれないだろう。それでも妻はまだ僕を愛してくれ、優しくしてくれる。それが一番こたえる。だから僕は、絶対にもう薬をやってはいけない、と毎日自分に言い聞かせている。僕を愛してくれる妻を、僕は絶対に失ってはいけない。」おそらく皆様の多くは、こう思っているでしょう。「何故、離婚しないの?子供がかわいそう
2025年7月の出来事自分の忘備録として…『【2025年7月】ナラノンへ感謝と別れを告げる①』2025年7月の事自分の忘備録として…私は、この夏、約1年ぶりにナラノンのミーティングに参加しました。息子の今世からの旅立ちと、お世話になったお礼を伝えるため…ameblo.jp私はこの夏、約1年ぶりにナラノンのミーティングに参加しました。息子が今世から、自ら旅立ったこと、そして、今までの感謝を伝えるために…ミーティングでは、いつもその日の話のテーマのようなものが出
2025年7月の事自分の忘備録として…私は、この夏、約1年ぶりにナラノンのミーティングに参加しました。息子の今世からの旅立ちと、お世話になったお礼を伝えるために…『私の息子は薬物依存症でした③』『私の息子は薬物依存症でした①』私の息子は「薬物依存症」でした「薬物」と言っても、覚醒剤や大麻を使っていたわけではありません。最初は、ごく普通に薬局で市販…ameblo.jp私の息子は2022年頃から、薬物(市販薬、処方薬)の依存症になりました。過去記事を、読んで頂いて少しは分かって貰
私が必死で、夫の向精神薬の副作用アカシジアを治めようと、鉄分サプリを飲ませたり、スーパー銭湯のサウナに連れて行っていた時。夫は、これをリクエストしてきました。タイガーバーム中国系の漢方薬の塗り薬みたいです。夫いわく、「これを塗ると、アカシジアが落ち着く。」ドラッグストアで1500円ほどでした。確かにこれを塗ると、アカシジアは落ち着くようでした。塗り薬なので、乱用はできないし、漢方系なので安全だろうと判断し、ドラッグストアに一緒に買いに行きました。(↑これは絶対にやってはい
『【2023年の夏】ダルクに相談』プロフィールのアイコンを変えました。息子がVchatで使っていたアバターを使わせてもらうことにしました。---------------------…ameblo.jp2023年の夏のこと(自分の忘備録として)そんな八方塞がりの辛い時期に、私は「ナラノン」の存在を知りました。ナラノンは、家族や身近な人に薬物等の依存症がいる人のための自助グループです。当事者でないと分からない苦しみや悲しみを、分かちあい、話を聞いて貰える場所でした。依存症
プロフィールのアイコンを変えました。息子がVchatで使っていたアバターを使わせてもらうことにしました。----------------------------------------------------------『依存症』「依存症」は病気ですそして、それは本人に自覚がないことが多いみたいです。依存症の対象には色んなものがあります。代表的なものにはアルコール・薬物・ギャンブル・タ…ameblo.jp2023年の夏のこと(自分の忘備録として)2023年、息子の処方薬
息子と何年かの間連絡を絶っていた時期が過去に2回あります。その1回目が1996年からの3年間。私が北軽井沢に突然土地を買い、家を建て、そこに一人で移住したのは息子から離れるためでした。高校2年で家を出て行ってからの息子は、私が離婚をして夫のいなくなった家には時々戻って来て一時的には一緒に暮らしたことはあっても、基本的には別の所で時には彼女と一緒に暮らしていました。その頃に覚えたのでしょう。何かの薬物をしているらしいことは現場を見たことも現物を見たこともありませんが、その言動から分かってい
フィンドホーンへ行って初めて知ったのが「心の扉を開く」(日本教文社)という本でした。前にも書いたようにアイリーンは毎朝瞑想する習慣があり、その時に心の奥から「小さな声」が聞こえて来ると言っていました。それを彼女はガイダンスと名付けて記録しました。その数は膨大なものになりましたが、その一部を1月1日から12月31日までの1ページずつに綴ったものがこの本です。彼女はクリスチャンでしたが、彼女にとっての「神」なる存在は特定の名前を持つ教祖でもなければ〇〇神と名前のある存在でもなく、誰の心にも宿