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本日7月31日は、ジャンヌ・モローの没後9周年です。(1928年1月23日生誕-2017年7月31日死没)それを記念してジャンヌ・モローの作品を紹介しています。■こちらは、モローのベスト3に入るトリュフォーの作品です。『突然炎のごとく』(1961)監督フランソワ・トリュフォー共演オスカー・ウェルナー、アンリ・セール撮影ラウール・クタール【あらすじ】モンパルナスで出会ったジムとジュール。文学青年同士の二人はやがて無二の親友となり、美しい娘カトリーヌと知りあ
1950年代の終わり頃フランスの「カイエ・デュ・シネマ」という映画雑誌に過激とも言えるような映画批評を書いていた若者たちがありきたりな映画はまっぴらだ「自分で映画を作ろう」と行動に移しましたヤグルマソウ・・・この花、エディブルフラワーなんですね1958年クロード・シャブロル監督の「美しきセルジュ」1959年フランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」仲間たちの成功を祝いつつ自分も後れを取ってなるも
1959年、フランス。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」で執筆活動をしていた28歳のジャン=リュック・ゴダールは、フランスの若手俳優ジャン=ポール・ベルモンドとアメリカの人気女優ジーン・セバーグを主演に迎えた長編監督デビュー作「勝手にしやがれ」の制作を開始する。ゴダールの斬新で自由奔放な撮影手法に周囲は振り回されるが、映画づくりへの情熱を共有した撮影現場は活気に満ちていく。(映画.com)ヌーヴェルヴァーグの作品を10代20代の頃はたっぷりみてきたので、楽しみだったこの作品。監督がリンク
映画を観に行きました。「ヌーヴェル・ヴァーグ」ゴダールが、初の長編映画「勝手にしやがれ」の撮影前からオールアップまでの様子を描いたとでも言えば良いのかな。トリュフォーをはじめ、同時代の若くて才能に満ちて生意気で不遜でキラキラした若者たちが既存の映画に対して独自の映画を作った時代。まさしく新しい波ヌーヴェル・ヴァーグ。興味深くというかヘラヘラしながら家人は見ていました。そう言えば、家人は古いフランス映画が好きでしたね。ヌーヴェル・ヴァーグは、1950年代後半。日本でもその影響で、大
映画史を変えた“無謀な現場”伝説はどう生まれたのか?1950年代末、フランス映画界は一つの革命を迎えた。巨大なスタジオ、完成された脚本、スターシステムを中心とする旧来の映画製作を否定し、若き映画作家たちが街へ飛び出した。軽量カメラを肩に担ぎ、自然光を生かし、即興を取り入れながら映画を撮る。その新しい表現は後に「ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれ、世界中の映画人に計り知れない影響を与えることになる。その革命の象徴となった一本の製作過程を描いたのが本作である。題材となるのは、映画史
『解説・あらすじ「6才のボクが、大人になるまで。」「ビフォア」シリーズのリチャード・リンクレイター監督が、1950年代後半のフランスで起きた革新的な映画運動・ヌーベルバーグを代表する作品として知られるジャン=リュック・ゴダール監督作「勝手にしやがれ」製作の舞台裏を映画化。映画史に革命を起こした若者たちの姿を、フランス映画界を代表する映画作家たちとの活気ある交流とともに描き出す。1959年、フランス。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」で執筆活動をしていた28歳のジャン=リュック・ゴダールは、フ
7月6日は、ナタリー・バイの生誕78周年でした。(1948年7月6日-2026年4月17日、77歳)それを記念して彼女の作品を紹介します。なお、4月の逝去に際しては、マクロン大統領は以下のとおり哀悼の意を示しました:私たちはナタリー・バイを心から愛していました。彼女は、その声、微笑み、そして奥ゆかしさによって、フランソワ・トリュフォーからトニー・マーシャルに至るまで、ここ数十年のフランス映画界と共に歩んできました。私たちが共に愛し、夢を見、そして成長してきた女優でした。ご家族や親
【✨🩷👁️🗨️映画に詳しくないキムラによるユルユル映画記録👁️🗨️🩷✨】『ヒッチコック/トリュフォー』(2015年ケントジョーンズ監督)フランソワトリュフォー著『定本映画術ヒッチコック/トリュフォー』を映画化したもの。それにつけてもヒッチコック映画出演のアクターズスタジオ出身@俳優さん達(ポールニューマン、グレースケリー、ケイリーグラント、ジェームズスチュワートetc...)。いずれも感情を内面から吐き出すような演技をしない。役者は監督のコマにすぎないというか、役者自身が変な肉
フランソワ・トリュフォーが1966年に映画化したレイ・ブラッドベリー原作の「華氏451」。英語が得意ではないトリュフォーはフランスで映画化したかったそうだけど、製作費など諸々の事情でロンドンで撮影。トリュフォーにとっては初めての英語作品。「ある映画の物語」はそのメイキングにあたる日記。日記というスタイルがトリュフォーを気楽にさせたのか、彼自身の性格がそうなのか、表現がストレート。一番厳しい矛先は主演のオスカー・ウェルナー。この映画、撮影中のふたりの険悪なようすは映画界で
来る4月14日はジュリー・クリスティの生誕86周年です。(1940年4月14日生誕)それを記念して彼女の作品を紹介しています。『華氏451』(1966)監督フランソワ・トリュフォー共演オスカー・ウェルナー撮影ニコラス・ローグ【あらすじ】徹底した思想管理体制のもと、書物を読むことが禁じられた社会。禁止されている書物の捜索と焼却を任務とする消防士のモンターグは、偶然出会った可憐な女性クラリスの影響で本の存在を意識し始める。やがて、活字の持つ魔力の虜となったモンターグ。だ
<ルイ・エモン、ロシェ、ケロッグ>1807「白き処女地」ーマリア・シャプドレーヌールイ・エモン長編池田公麿:訳旺文社文庫女性として、その青春の時期に決して避けることのできない、また踏みこえなければならない掟<恋、不安、苦悩……>を克服し、たくましく生きることを自覚するまでの魂の成長を、きびしいカナダの大自然を背景に、一開拓民の娘マリア・シャプドレーヌを主人公に描いた青春の書。<ウラスジ>小説『白き処女地』は、煎じ詰めて言えば、
フランソワ・トリュフォー監督がヒッチコック監督と長時間インタビューをしてまとめた本。私のヒッチコック映画のバイブルです。監督本人が語っているだけに、嘘や誇張、記憶違い、翻訳の誤りがなければ一番信用できる本です。この本が貴重なのは、今では一般に使われていますが当時誰もできなかった映画手法を、自ら創造したヒッチコック監督がその種明かしをしてくれているところです。トリュフォー監督もヒッチコック映画の大ファンだけに個々の映画内容にも詳しく、インタビュー内容もファンの聞きたいポイントに突っ込んでいて興味
本日10月22日のカトリーヌ・ドヌーヴの82歳の誕生日を記念して、ドヌーヴの映画を最初期からたどり返しています。『暗くなるまでこの恋を』(1969)監督フランソワ・トリュフォー共演ジャン=ポール・ベルモンド衣裳イヴ・サン=ローラン撮影ドニ・クレルヴァル【あらすじ】フランスの植民地島で、タバコ工場を営む男、マエが写真見合いをする。ところが実際に現れたのは、写真とはまったく違う美女だった。その女と結婚し、幸福な人生を歩みはじめたと思ったのも束の間、彼女はマエの預金を
『大人は判ってくれない』『二十歳の恋』『夜霧の恋人たち』は、フランソワ・トリュフォーがアントワーヌ・ドワネルを主人公にした青春映画。『大人は判ってくれない』(1959年)中学生のアントワーヌ・ドワネル(ジャン・ピエール・レオ)にとって、毎日は苦痛の連続。学校では成績も悪く、いたずら好きで教師に叱責されてばかり。家では口やかましい母親(クレール・モーリエ)と、稼ぎも少なくうだつの上がらない父親(アルベール・レミー)に囲まれて息の詰まる生活。父親は実の父でなく再婚相手。宿題をしなかったアントワー
〈フランソア・トリュフォー〉監督と言えば日本でも大人気です。1950年代の末頃から始まった、新進の映画監督による《ヌーヴェルヴァーグ=新しい波》の旗手としても知られています。1932年にフランスで生まれ、1984年に52歳で他界されました。脳腫瘍だと言う事です。大好きな〈カトリーヌ・ドヌーブ〉主演【暗くなるまでこの恋を】で私は中学生の頃から知っていました。1959年の【大人は判ってくれない】のポスターは(東和)の手書き映画ポスターを長い間手掛けた〈野口久光〉氏の作品です。そのポス
第2作「アントワーヌとコレット/二十歳の恋」の1シーン。アントワーヌの部屋に飾られているイラストは、「大人は判ってくれない」の日本公開時の野口久光(ジャズを始めとしたポヒュラー音楽評論家およびイラストレーター)が書いたポスターの原画で、野口からプレゼントされトリュフォーの大のお気に入りだった。6月の「麺活」は月間10軒という最近のレコードだったが、「シネ活」はフランソワ・トリュフォー(1932.2.6~1982.10.21享年52)の「アントワーヌ・ドワネルの冒険」のシリーズ5作をTV放
「恋のエチュード」(原題:LesDeuxanglaisesetlecontinent)「恋のエチュード」プレビュー1971年11月26日公開。フランスの恋愛映画の究極を見せる名作。原作:アンリ・ピエール・ロシェ「二人の英国女性と大陸」脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン・グリュオー監督:フランソワ・トリュフォーキャスト:フランス・パリロック家クロード・ロック:ジャン=ピエール・レオロック夫人:マリー・マンサールクロードの母イギリス・ウ
アンリ=ピエール・ロシェというフランス文学者がいます。アンリ=ピエール・ロシェ(Henri-PierreRoché,1879年5月28日-1959年4月9日)はフランスの画商、美術品収集家、編集者であり、作家としても知られています。20世紀当時のパリにおいて、最も先進的でセンセーショナルな文学者であり、芸術家だった人物といえます。74歳のときから、自身の恋愛体験をもとにした自伝的小説を発表し始めました。生涯に発表した小説作品は多くないが、内容が個性的で、いずれも
暑いのと寒いの、どっちが好き?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう暑いの。とは言っても、華氏451度は熱すぎ。これは紙が燃え始める温度なのだとか。フランス映画はトリュフォー一択ですが観ていないのが、1966年のこの作品。トリュフォー唯一のSF作品と言われていますがSFが余り好きじゃなく「フランス映画はやはり恋愛映画だよね」というのが口癖の上杉ですから。
占領下のパリの劇場を描いた『終電車(LeDernierMetro)』は、フランソワ・トリュフォー監督が1980年に撮った作品で、セザール賞の作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、主演男優賞を始めとする十部門を受賞しております。占領下のパリのモンマルトル劇場。次回上演作の男性主演役のリハーサルに向かう途中、ジェラール・ドパルデュー(役名:ベルナール・グランジェ)は、路上で執拗に口説こうとした女性にけんもほろろに袖にされます。劇場に到着したジェラール・ドパルデューは、先程の女性が美術デザ
映画をテレビの洋画劇場で観るようになって、当時あった、映画雑誌「ロードショー」を毎月楽しみにしていました。なんて言っても、唯一の最新の情報源でしたからね。雑誌「ロードショー」に毎月人気スターを読者が投票するコーナーがあったんです。(もちろん、私もよくハガキを送っていました。)その人気の常連スターの1人に『ジャクリーン・ビセット』がいたんです✨手元に1978年3月号の「ロードショー」がありますから、当時の人気スターのベストテンを、せっかくなので紹介しますね!(第6回ロードショーシネマ大
mariannefaithfull/astearsgoby(1964)日曜の朝、雨mariannefaithfullが亡くなったことを知るQueensofBritishPopミック・ジャガーアラン・ドロンジャン=リュック・ゴダールセルジュ・ゲンズブールブライアン・ジョーンズ涙あふれて(AsTearsGoBy)アンナ・カリーナ峰不二子フランソワ・トリュフォーand
映画監督のトリュフォーは、私達は映画という行き先のわからない夜行列車に乗っているようなものだ。長方形の中に見える世界をおさめていく。だからおもしろい。(「映画アメリカの夜」)と言っていた。映画を人生と重ね合わせた言葉で、自分がスクリーン越しに世界を見ていることも表現しています。このセリフをフランス語に翻訳する練習をする宿題をしていたのは、何年前だろう。さて、私も、実験的に、計画を立てずにフランスへのひとり旅をはじめました。これがフランス🇫🇷への旅のはじまりです。スイス西部ジュ
映画撮影の労苦と内幕を描いた『映画に愛をこめてアメリカの夜(LaNuitaméricaine)』はフランソワ・トリュフォー監督が1973年に撮ったロマンティックコメディ・ドラマ作品で、アカデミー外国語映画賞とニューヨーク批評家賞を受賞しております。フランソワ・トリュフォー演じるフェラン監督は、若手のジャン=ピエール・レオ(役名:アルフォンス)、ベテラン俳優で彼の父親役のジャン=ピエール・オーモン(役名:アレクサンドル)、その妻ヴァレンティナ・コルテーゼ(役名:セヴリーヌ)、そしてヒ
ヒッチコック/トリュフォーHITCHCOCK/TRUFFAUT2016年公開!先日見た、「ヒッチコックの映画術」が、予想外につまんなかったんで(笑)、さらに前に見た「ヒッチコック/トリュフォー」のほうが、まだマシだったんではないかと?(笑)、再び見ることにしたしだい!(笑)いわゆる、口直し鑑賞、リベンジ鑑賞というわけです。(笑)WOWOW放送版にて。ビスタサイズ、5.1ch。まずは、前に見たときの感想を抜粋して、載っけておきます!!2016年公開!さて、この映画、
UNextでトリュフォーの自伝とも言える映画シリーズ、アントワーヌ・ドワネルの冒険5部作が観られます。(wikiより抜粋)大人は判ってくれないLesQuatrecentscoups(1959年)アントワーヌとコレット/二十歳の恋L'Amouràvingtans/Antoineetcolette(1962年オムニバス『二十歳の恋』の一篇)夜霧の恋人たちBaisersvolés(1968年)家庭Domicileconjugal(1970年)逃げ去る恋L'
フランソワ・トリュフォーの映画がArteで特集されています。ヌーヴェルヴァーグのオシャレな映画を作る天才監督で、アイコン的存在。今でも数多くの映画にトリュフォーの映画が引用され、顔を出します。(シンプソンズにも!)そしてトリュフォーといえば『突然炎のごとく』(原題JulesetJim)でしょう!(*゚∀゚*)Arteで観られる中に『突然炎のごとく』はなかったので、探してみたら、なんとUNextで観られました。(*゚∀゚*)30年くらい前に観たはずだけど、ごめんなさい、全然覚えてな
華氏451Fahrenheit451監督:フランソワ・トリュフォー脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール製作:ルイス・M・アレン出演:オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティ音楽:バーナード・ハーマン撮影:ニコラス・ローグ編集:トム・ノーブル1966年イギリス映画私事になるが、『華氏451』が発表された当時、僕は『少年サンデー』の熱烈な読者であった。映画『華氏451』の存在を知った小学校6年生の僕は、マンガを卒業する決意をした。中学入学をもって、マ
「ぼくの小さな恋人たち」ザ・シネマ(TV)でジャン・ユスターシュ監督(1938.11.30〜1981.11.5)特集をやっていた。一番の有名作「ママと娼婦」(1973年3時間35分)の録画を忘れてしまった。結局録画して見たのは以下の3作だった。「サンタクロースの眼は青い」(1963年47分)「わるい仲間」(1963年42分)そして生涯最後の長編でカラー作品「ぼくの小さな恋人たち」(1974年2時間3分)ポスト・ヌーヴェルバーグの代表的存在として、ゴダール、トリュフォー、エリック
「未知との遭遇」(原題:CloseEncountersoftheThirdKind)「未知との遭遇」プレビュー人類が初めて異星生命体と接触する姿を描くSF。1977年11月16日公開。興行収入:$306,889,114。受賞歴:アカデミー賞:撮影賞、特別業績賞(音響効果編集)英国アカデミー賞:プロダクションデザイン賞監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグキャスト:ラコーム:フランソワーズ・トリュフォーバリー:ケイリー・グッフィジリアン