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昨日、アポロンのメッセージもらったら、私のモードが古代デルフォイモードになったらしくデルフォイの頃の記憶がまた出てきたんだ。デルフォイって行ったことある人ならわかると思うが山のどてっぱらにデルフォイがある。山頂じゃない。だから、上↑方向を見ると尾根というのかなそれがわかる。デルフォイの私はパルナッソスの尾根をなんとなく見たら、重低音の圧を感じて驚いて動揺した。周り見ても誰も気がついてない。え?どうして?みんな分かってない?とさらに動揺。まさか地震か津波が来るのか?とアワアワし
B682-002ギリシャ・デルフォイの巫女について<<ギリシャ・デルフォイの巫女について>>2026年3月17日公開デルフォイの巫女についてアポロン神殿などをテレビでやっていたので、懐かしく以前、バシャールとの歓談(巫女経由で会話)した時に、”過去生であなたはデルフォイで巫女をやっていた”と言われその時は全く何の事をサッパリでしたが、その後で段々となんとなく理解できました。それまで独り言で言っていた言葉が実は自分の独り言ではなく、他者によ
闇の浄化の季節です。みなさん、自分と向き合い闇と向き合ってると思います。とても大変で精神的にも肉体的にも負担が大きいでしょう。どうかリラックスしてことにあたってくださいね。浄化闇と向き合うということを度々私は語りますしみなさんの中には向き合ってみようかなという方もいます。その時にまだ慣れてないのか何故か巫女に聞いてくる人がいます。最近もありました。デルフォイの記憶の記事を読んでとても心惹かれる内容でした私もデルフォイに生まれたことがあるのでしょうか?私もピュテ
ソクラテスは面白い不知の知とは一体何かギリシア人には、問題に直面した際にアテナイ北西のデルフォイ(デルフィ)にある“神託所”へ出かける習慣がありました。ある日、ソクラテスの友人であるカイレポンが神託所で「ソクラテスよりも賢い者はいるのでしょうか」と尋ねたところ、巫女は「いかなるものもソクラテスより賢くはない」と答えました。自分自身をそのように見なしたことはなかったソクラテスは神託の真意をたしかめようと、政治家、詩人、職人など知恵を有していると見なされている人々を訪ね歩き、問答
今日、天界からまた改めて「あなたは少数派だよ(ニッコリ)」と言われたんだよね。どうも私は「疑う」ことが標準装備だけど、多くの人はそうではない…らしい。そうなの?(ピュアな瞳)疑うってコストがかかる「らしい」それより疑わないで流れに乗る、安定させる方を取る。そうして世の中を回す。確かに。え?確かに?なの?歴史を見ると何か新しいことをした人問題定義した人はみんな「疑った」人。少し前にフェミニズムのことも書いたけどちゃんととした(?)フェミニズムの始まりは疑ったところから始ま
1.ギリシャにおける占いの歴史的背景ギリシャの占いは、古代から広く行われており、神々との関係を深く結びつけていました。占いは神託を求める行為として認識されており、ギリシャ神話にも占いに関連するエピソードが多く見られます。特に、神託所(オラクル)は古代ギリシャの占いにおいて重要な役割を果たしていました。ギリシャの占いは、神々の意志を知り、未来を予見するための手段として使用されていました。これらの神託や占いは、政治的・社会的な決断に影響を与えることもありました。例えば、戦争の行方を占ったり、都
アポロンの神域はこれが最後。一番上にある劇場まで来ました。場所はここ↓円を中心に階段状に席が並べられていました。以下、Wikipediaより。デルポイの古代劇場の最上部は標高596メートルにあり、アポローンの神域からアテーナー・プロナイアの神域に至るほぼデルポイ全域を眺望できる[144]。劇場はもともと紀元前4世紀に建造されたが、紀元前2世紀中ごろ(紀元前160-159年)、ペルガモン王国のエウメネス2
では、私からも少しお話をいたします。今地上界にあるギリシア神話は歴史に即しているか?と問われたら部分的にはそうであるし部分的にはそうでないと答えます。私たち、つまり我が父ゼウスが生まれるより前にも立派な王はいましたし我が母ヘラと私はデルフォイに行ったことがあります。ですから、デルフォイは最初からアポロンが神託を授けていたわけではないのです。ヘラと私はアポロンより前の神から神託を授けていただいたことがあります。つまり、その頃にはデルフォイの巫女がいたのです。そして、ヘラは巫女
デルフォイの冬の日の記憶デルフォイの冬は雨が降る。夏は乾燥し雨はほとんど降らないが冬は湿気がある。雨上がりの青い空見ながら地面に落ちた葉を拾い歩いていると一人の女性がやってきた。身なりは良くないが自我の強い目傲慢な歩き方過去世の私にその女性は話しかけてきた私もピューティアになりたいならせてくれその言葉でやはり自我が強い女性だと確信する。自我が強いとピューティアには向かないのに。それは言わずに私が決めることではない。決めるのはおじじ様。だから、おじじ様のところへ
デルフォイの記憶がより鮮明になっている今私はギリシア三哲人の中で1番ソクラテスに近いという自認が芽生えた。派閥でいうとプラトン派だが私自身は明らかにソクラテス。そもそも「前提を疑え」というのはとてもソクラテス的。ソクラテスもデルフォイの巫女から「ソクラテス以上の賢者はいない」という神託を聞き疑いそれを知ろうとした。ただ、周りの人から見たらくどいうざいしつこいそばにいて欲しくないだから、最期はあのようになった。アテナの虻と呼ばれるほどよく喋り構わず疑問を投げかけるソクラ
神託を授ける者として私はここにいるかつてここから遠く西の国で私はアポロンという名で肉体を持ちそして、仕事をし果たし天界へ戻り神託を授けてきた。アポロンが神託を授けるあの西の国で聖地デルフォイでアポロンが神託を授ける己を知れ我ごとを知れ汝を知れその気風があるギリシアのデルフォイでアポロンが神託を授けるのだ狂乱の神託ではない理性、知性を伴い静かにピューティアから語られるそれは私が理性、知性を伴い静かにピューティアに語りかけるからだピューティアはア
デルフォイの記憶私はデルフォイから遠くへ行ったことがない。だから、世界がどんなふうになっているのか知らなかった。確かに、デルフォイには各都市の人が往来していたし各都市の将軍や商人などさまざまな人と話していて情報としては受け取ってはいた。でも、体験がないから各都市の話は絵空事のままで終わってしまっていた。しかし、過去世の彼が話す異国の風を感じる話は私をその世界に引き込み生き生きとそこに立たせてくれた。彼はある時言ったもっと北にいくと雪という白くて冷たいものが空から降ってくるん
ご存知の方も多いと思う自然法論私はプーフェンドルフよりアリストテレスよりプラトン派。自然法論でもなんでも何事も先に概念や設計図がくる。それをプラトンは話している。それを地上化してるがアリストテレス。もっと整えて実践しやすくしてるのがプーフェンドルフ。他にも自然法論を扱っている人はいるけど、やはり私はプラトン派だと感じる。前にも、プラトン派とアリストテレス派あなたはどっち?と問いかけたことがある。私自身巫女だしネオプラトニズムのプロティノスの流出性と同じ意見体験を持つのでやは
デルフォイの記憶彼と勿論出会っていた一人でも神託、メッセージは受けられたが彼が参加することによって一人では開かなかった別の扉が開いて別の世界が広がるそんな神託をしてたでも、私は彼に一度もデルフォイにいてとは言わなかった彼に自由でいてほしいから彼に責任を負わせたくないからプレッシャーを感じてほしくないからいずれデルフォイから出て外の世界で彼の実力を試して欲しかったから私が邪魔になることはしたくないだから、「ここにいて」とは言ったことがない彼はそれが不満だった自由な意
デルフォイの構造やシステムの記憶②前回は過去世の彼のファンがデルフォイに齎した混乱。今回はもっと規模が大きくなる。アテナが話していた「場に相応しくないエネルギーをどう扱うか」にも通じる記憶。①と合わせてアンドロギュノスの人は自分のエネルギーをどう守るかを考える時参考にしてほしいある都市から女性が意図を持って混乱を引き起こそうとデルフォイに送られた女性は過去世の彼に近づき私にも近づいたそれによって私は乱れおじじ様の裁定を待つことに。話はここから。その女性は捕まり私と彼に面通
デルフォイの記憶のお話デルフォイの神託のシステムがわかり管理官の長神官長が只者でないとわかるお話①記憶を思い出すたびに神官長、おじじ様とは今世で会ってないのでは?と強く感じるようになる…ある夜夜に私を訪ねる人がいたデルフォイのピューティアに夜訪ねるのは余程のこと通常はないそれは女性だった。見たことがない、デルフォイの人ではなくデルフォイから離れた文化の方?そう見えたその女性は当時の彼のファンだという彼が私に縛られているのが可哀想彼を解放してあげて!と訴えに来たのだ
巫女がヒステリックと言われる理由が本日よくわかった。自分の身に巻き起こった故。皆様は私を理性的と捉えているだろうけど私は多面体で生きている本来私は人50%神50%つまり、半分は見えない世界に身を置いておくこれがちょうどよい。半々だが風のように自我はほぼなく感情の引っかかりもなく自由でいられたこの時に理性的な面が顔を出すこれが人100%になるとエゴがでてネガティヴになりそれにより破壊的な言動を起こしたくなってしまうこれが人によってはヒステリックと感じられるだろう
私のデルフォイの記憶ソクラテスの無知の知はデルフォイの巫女がソクラテスの友人に授けた「ソクラテスより優れた賢者はいない」といったことから始まるそれくらい気軽にデルフォイへ神託をもらいに行くこともあれば戦争の行く末を聞きにくるものもいたある時将軍が信託を貰いにきたある都市に攻撃をしたい戦いを仕掛けたいどう攻めればいいのかそんなふうに問うてきた私は男性の軍神(アレスではない)と繋がった私を通しての男神はそちは何故戦に勝ちたいのか?戦の目的はなにか?と将軍に逆に問う
土地のソウルワークと名がつくほどのものではないけれど、みなさんがデルフォイより馴染みのある土地の話をしてみるそれは伊勢日本の主祭神であるところのアマテラスが鎮座しているところと言われている伊勢同じ聖域でも土地のエネルギーは異なっているデルフォイは呼吸するようなエネルギーぎゅっと吸い込み四方八方へ放つエネルギー確かにそう神託を貰う神託を受けたものが各地へ散るまるで呼吸するようなエネルギーの動きがある伊勢は混ぜるエネルギー混ざりきってない絵の具のような多色がぐるぐると混ざろう
今日思い出したデルフォイの巫女だった時の記憶信じなくてもいい本当にこれがあったかどうかも確かめようがないただ、私の中では真実或いは、私の心や思い、心情はこのまま私は神託を受ける時男性とペアを組むその男性と同調して私を引き出してもらって神と繋がっていた実は、これは実際に古い古いデルフォイにあったこと。ある日、男性が私のところへきた。いつもの人ではない今日はあなたなの?と聞くとそうだという一瞬でこの男性とは合わないとわかるがとりあえず、合わせてみる10分ほどやってみるが
ここ最近で私のエネルギーが変わったのみなさんもわかってたよねさらに変わりました。数日前とは別人です。一昨日や昨日は六時間から八時間くらい内省したのと同時に過去世であるギリシアの頃を集中してより思い出してた。天界から私の原点はギリシアにあると言われていたから更に更に原点回帰したとも言える闇をうむまえ私はあの頃が1番私らしかったそれを思い出した本来の私に還った、多分。どんなことを思い出したか少し書くかもしれない。私の境界線の強さや領域意識今月「人じゃないかも?」という記事
私のエネルギーがまた変わりブログのエネルギーも変わりました。おや?孫さん?って感じてる人も多いと思う。私も生きてますからエネルギーも変わります。天界からは私の全てはギリシア時代にあると言われたの。最近デルフォイの前世思い出して良い方向に進んだわ私は相当古い形の巫女で神道の巫女に近い。山とか川とかそういうものと同調するこれは習ってなくてもできる。この姿が一番私らしいと感じて今日はギリシアの頃の私で生きてみた。そしたら、日の入りの時間のころ、急に日の入りの時のエネルギーを
昨日また自分と向き合いました。本来はnoteで詳しく書いた方がいい内容なんだけどこのブログではざっくり書こうか。私は何回も書いてるようにギリシアではデルフォイの巫女やってて一つ前の前世では斎宮伊勢神宮でアマテラスの巫女やってたんだよね。ギリシアの過去世で魂最大の闇を喰らうことになった。今は闇は完全に自分のものにしてるから全くなんともない。そのギリシアの過去世をなんとなく思い出してた。思い出してたというかある情景が残ってる。それを調べてみたら私の情景と歴史的事実と見事に
自己とはその1第1回はソクラテスです自己とは「無知の自覚」である「汝自身を知れ」:ソクラテスの哲学の中心的なテーマです。元はデルフォイのアポロン神殿の柱に刻まれた言葉です。無知の知とはどういうことでしょうか。ソクラテスは、自分が「何も知らない」ことを自覚している点が他の人々よりも優れていると考えました。この自覚こそが「無知の知」であり、知識や真理を探求するための出発点となります。自己の無知を自覚することで、真実や善とは何かを問うことができるというので
私は沢山の話をしてきました。その中でトップ10に入るくらい重要なことの一つに「何があっても自分でいる」があります。それには自分とは何か?真の自分とはどういう自分かを知る必要があります。つまり、自分と向き合うしかありません。外を向いても自分は外にはいません。だから、内へ向くしかないのです。そして、これぞ自分という自分を探し当てるしかない。というのもみなさんは本当の自分を生きてない。それは仏陀も語っています。偽の我でいきている。真なる我で生きてない。ですから、自分を知る
みなさん、おはようございます。ご存知のように私は知の女神としてギリシャの地において肉体を持ちました。今より目に見えないものを信じる方は多くいましたしデルフォイへ神託をいただく者も多くいました。私も母ヘラと共にデルフォイへ赴いたこともあります。現代の感覚で言えば知と目に見えないものは共存しないのにと不思議に思うかもしれません。私は当時、母ヘラが偉大な巫女でしたけど私は知の女神でありましたので共存、混在していることに違和感はありませんでした。以前にも話しましたがソクラテスという
続けてデルフォイの上空にいるアテナからアンドロギュノスについてお話します。ここデルフォイにおいてアンドロギュノスの美しくも悲しい物語がありました。そんなデルフォイですが私から見たアンドロギュノスのみなさん。時に自分を信じられなくなる時があるでしょう。それは自分という名の彼を信じられなくなるとも言えます。私たちはそれについて無闇に信じろ!と言ってしまうのは簡単ですが、信じろと言われて信じられるなら信じられないことに悩んだりしませんね。私は一つの道標をここに置きます。真のアンドロ
みなさん、こんばんは今まで数々のメッセージを送ってきましたが天界の誰彼問わずみな完璧になれとは言ってません。完璧という言葉を使うとしたら既に完璧であるという時です。そして、いうとすれば本物になれでしたね。特に、我が父ゼウスも本物を選ぶ目が欲しければ自ら本物になれと語りました。それは我が父ゼウスだから言えること。本物だから言えること。たくさんのメッセージの中で本物の有り様を天界のみなは語ってきました。みなさんは奇妙な旅路を歩みます。幼子の頃は本物であるのに成長
みなさんは、オイディプス王の悲劇、という古代ギリシャのお話をご存じでしょうか。。エディプスコンプレックス、という心理学用語のもとになったお話でもあるので、知っている方もいらっしゃるかもしれません。まずは、それがどのようなお話なのか、GoogleのAIであるGeminiに以下に解説してもらいましょう。オイディプス王の悲劇は、古代ギリシャの三大悲劇詩人の一人であるソフォクレスによって書かれた戯曲「オイディプス王」で最もよく知られています。この物語は、
アサシンクリードオデッセイ。デルフォイのアポロン神域を順番に見ています。アポロン神殿を上って行くと、クニドスの公衆集会所という建物がありました。現代の遺跡の場所でいうと↓のあたりですが、アサクリ内ではもう少し下側だったかな。ディスカバリーモードでは説明が書かれていました。クニドスの公衆集会所クニドスの公衆集会所は、紀元前475年から450年の間に建てられた会館で、古代ギリシアの著名な芸術家、タソスのポリュグ