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デビル軍団の最強ツートップ、デビル雅美とタランチェラ。いつも水着もガウンも新調してお揃いできていたイメージがありありで。↑なんかちょっと意外な写真にみえました。よくよくビデオを見返すと、タッグを組み始めた82年正月の後楽園ではスペンサー風のガウンとシルクハット、リングシューズを色違いにして、水着は別々。そしてタイトルを奪った福島でのミミ&大森戦、リターンマッチのミミ&大森戦、千葉でのミミ&堀戦、大森&飛鳥戦、大森&長与戦、飛鳥&長与戦とどれも別々の水着で防衛ロードをはしっていたけれど、翌年
1984年二月の後半に、58年組をひとりずつためすようなカードが並んでおります。まずは永友。1984年2月16日山口県柳井大会メインダイナマイト&永友(1-2)デビル&ペギー・リー&ダンプ◯堀(片エビ)リー☓☓永友(体固め)松本◯☓大森(ロメロスペシャル)デビル◯永友、一本で済んで健闘しましたね。そして2月17日山口県玖河大会メインジャガー&クラッシュ(2-1)デビル&ダンプ&小倉☓飛鳥(ブレーンバスター)デビル◯◯飛鳥(体固め)小倉☓◯横田(回転エビ)松本☓おー、
アサヒ芸能に載ったデビル特集。デビル軍団解散後の特集です。女心となんとかともうしますが、リング狭しと暴れ回る(15字程度読めず)かわりをするようであります。木刀一本右手に提げて旅にでるのもプロレス修行、、、ご存知デビル雅美が罵声を一身にあつめる悪役から善玉に180度の変身をしてからそろそろ3ヶ月がたちますが、凶器を振りかざしてビューティ・ペア、ミミ萩原やクラッシュギャルズを血祭りにあげていたかつてのファイトぶりが嘘のように正々堂々と戦って連日ヤンヤの歓声をあびています。どうしてまた善玉に
本日はデビル雅美、バースデー!!去年もやったので、写真はまるかぶりかもですが、いってみましょう〜被らないようにしたらすくなかったですが、、、楽しんでいただけたら幸いです。デビルさん、お誕生日おめでとうございます。今年は是非全女系のイベントやっていただけるとうれしいです!
遅くなりました、ダンプ松本バースデー!!さぁ、何回目だろう、ダンブさんの写真館、いってみましょう。ダンプさん、おめでとうございます(^^)
ヒール同士の対決、リーグ戦、トーナメントなどでは様々行われるけれど、タイトルマッチなどではあまり当たることがない。池下vsマミ(年末に2年連続)、池下vsデビル(グアムで実現)、デビルvs松本(全日本選手権)、ダンプvsブル(ダンプ引退の前に実現)、ブルvsアジャ(2度の金網マッチ)、ブルvs京子(赤いベルト戦)とぱっと思いつく試合ってこんなものしかない。日米対抗戦の出場者決定リーグでは池下、マミ、天神がともに参加していたから2度ずつリーグ戦ではあたっているし、全日本挑戦者決定戦ではユウvs
デビルの秘蔵っ子と呼ばれていた山崎。凶器を使うところはまったくみたことないんですけど、デビルから凶器の使用、こんなの使ったら?などの提案はなかったんでしょうかね。もちろん写真のように首をしめたり、荒っぽいことはやってはいましたが。彼女の持ち味のスピード感ある攻撃はやっぱりヒール向きではなかったのかな??クラッシュが誕生したあたりからいつか飛鳥、長与、山崎の時代がくるといわれていたことを思い出しました。その時は山崎はヒールのトップ、池下のような切れ味するどいヒールになってほしいと会社は願
瞬く間に世間から度が過ぎるまで憎まれまくるまでは、燻っていたんだよね。デビル軍団の団員の頃は、ライオネス飛鳥選手から全日本シングルを奪取したんだよね。本名の松本香の頃に。ソレがシングル王座の唯一のベルト戴冠の経歴だったからね。1983年の1月に奪取したんだけど、6月に返り咲かれてしまったからね。シングルの成績もかなり高い方なんだけど、世界のベルトに関しては全く奪取には至らなかったんだよね。ジャパングランプリでは準優勝を2回、上位をマークしていたんだよね。コレがダンプ
なんと、、、デビル誕生日は7日、過ぎてました、デビルさん、ごめんなさ〜い。ということで、デビル雅美写真館いってみましょう(^o^)デビルさん、お誕生日おめでとうございます(^o^)
歴代の選手でドロップキックが得意な選手ってだれ?と聞いたらだいたい名前がでそうな選手2人、、タランチェラと山崎。そのほかだと永友、加藤悦子、宇野、豊田、中西あたりでしょうか。そして全女に伝わる背面式のドロップキック。男子でもやらないわけではないけれど、基本空中にとびあがったときに捻ってキックしたあとにお腹から落ちるように受け身をとるのがドロップキックの本流だけれど。山崎はだいたいこの背面式でしたね。タランチェラは軽く飛んでどっちでも器用にこなしていたと思います。片足ドロップキックの場合
じゃーん、やっぱり強面二人組。それまでデビル軍団で試合していたときは怖くなかった2人ですが、、、リングネームが変わったら見た目からこわいふたりに。1984年の一枚!何着かおそろいの水着で宣材写真的なものをみたことありますが、この黒地に首のところに緑のパイピングになった水着でお揃いで写った写真ははじめてみました。ほかにもいろいろおそろいの水着写真あげてみます!
デビル軍団がきていた悪Tシャツ。魔の人もいて、ならぶと悪魔になるようになってたけど。←と思っていたけど、違ってました。みんな悪で袖に魔でした(T_T)えー?長与も着てる(笑)さすがデビルのお気に入り、いまでいういわゆる『スペオキ』(笑)
松本香、ユウとのデビル軍団対決にやぶれて悔しい一枚。全日本選手権挑戦者決定トーナメント?と思いましたが、後楽園での一枚なので違いますね。クラッシュがダイナマイトに初めて挑戦した後楽園ですね。ちなみに引退に追い込んだジャパングランプリでは負けなかったダンプですが、ふたりの対決でいうと、、、1980年12月大田区での新人王三位決定戦で本庄ゆかりの勝ち1983年8月後楽園での対決ユウの勝ち1983年12月千葉公園での全日本選手権挑戦者決定トーナメントユウのリングアウト勝ちと、わかってい
そういえばやったことあったっけ?と思って別の方の写真館考えてましたが、デビル雅美写真館いってみましょう。ほんとに髪型をよく変えて、コスチュームにもお金をかけ、プロでしたね。引退してジャパンで復帰したあたりから身体が大きくなりすぎて、だんだん本来のデビルのスピード感がなくなってしまって、大型選手どくとくのスピードと間のゆっくりした選手になっていきましたね。個人的にはヒール時代のタランチェラと組んいた82年〜83年のデビルが一番のピークに思っています。ジャッキーから伝授されたであろうクロスチョ
デビル軍団ナンバー4でしたが、香月も、ユウもなしえなかったシングルのベルトをデビルの次に巻いたのが松本。タランチェラも、ユウも、小松原も、、、デビル軍団に所属していた選手はデビルと松本、山崎以外シングルを巻いたことがなく、なんならタランチェラ、香月にいたっては挑戦も一回もなく。実力的にはワイルド香月のときに飛鳥に挑戦してもおかしくないのに。結局デビル軍団ってデビル以外の選手をひっぱりあげることをしてあげられない軍団に思えてしまいます。山崎も全日本を巻いたのが解散する日ですからね。そん
ワイルド香月(タランチェラ)vsマスクドユウ試合開始前のコールとともにマスクを外して挑んだ全日本選手権挑戦者決定トーナメント決勝。客席で観てましたが、まさかのリングアウト敗け。2年前、WWWAシングル挑戦者決定トーナメントではドロップキックを首元に入れた香月の圧勝だっただけに、このリングアウトはなにか腑に落ちなかったのだが。ガチンコ勝負のはずなのと、引退を決めていたから負けを覚悟で戦っていたのかな??とも思うのだけれど。敗けた後にリングで発表するのではなく、翌日届いたデイリースポーツに
1983年にビューティ時代以降、なかなか存在しなくなっていた正式なタッグ、クラッシュギャルズが誕生。その後、当時のチャンピオンチームもダイナマイトギャルズと命名され、この2チームが83年後半のメインの試合を任されることが多くなり、対戦相手もヒール一辺倒だったマッチメークから、ダイナマイトやクラッシュを軸に、ミミ&立野、ジャガー&立野などのベビーフェイスをぶつける対決も増えていった。そうなるとヒールサイドが余ってしまい、前座で一試合はヒール対決が組まれる日が増えてきた。そんな中での83年の一
今日は山崎と小松原の将来のデビル軍団を支える予定だったふたりのペア。といっても特にふたりでリーグ戦にでたりしたわけでもないですが、元々オーディションが同期で仲良さそうだったふたり。一番下の写真は見て分かる通り、小松原と山崎は色違いきてますから、ふたりのなかではペアでやっていきたかったのではないでしょうか。82年の5月にデビューして83年の5月で引退とプロのレスラーとしての期間はたった一年ちょい、でもデビルにかわいがられ、なんだかんだ先輩レスラーだけでなく後輩とも仲良くやっているようで姉御肌
本名でデビューして、ワイルド香月に改名したのもつかの間、8ヶ月で覆面レスラータランチェラに変身。しかし84年1月、膝の故障からの引退を発表すると素顔のワイルド香月、べビーフェイス版で一週間戦い、リングを降りた。タランチェラを貫き通すのではなく素顔に戻って引退したということはやっぱり思いいれがあったのはワイルド香月というリングネームだったのでしょうか。プロに徹していたけれど、最後は仲良しのミミと組んでたたかったり、最後の最後で楽しそうなカードがたくさん実現して。白いベルト巻くんだろうなと思
昨日あげるはずだったブログ、忘れてました(笑)ナンシーさんとのやりとりに夢中になり、すっかり放置。一日遅れてアップいたします。滋賀県日野大会堀&高階(0-1)マーチン&タランチェラ☓高階(体固め)マーチン○セミ△ミミ(両者リングアウト)大森ゆかり△メイン横田&飛鳥&立野(1-2)デビル&リヒター&ユウ○横田(体固め)ユウ☓☓立野(バックブリーカー)リヒター○☓飛鳥(ブレーンバスター)デビル○昔のデイリーはブレーンバスターから体固めや片エビ固めは基本その前のワザが書いてあっ
中野恵子、ローラゴンザレスにやられてます、キャリア一年じゃ太刀打ちするのきついですよね。変則的にぐにゃぐにゃファイト、体も体幹がないようや軟体動物感いっぱいのローラですから。そしてもうひとつはダンプvs中野。あんまりいい写真じゃありませんが、中野はジャガー、立野とトリオです。新人王をとったあとでキビキビといい動きをしています。立野とのペアも意外といいんじゃない?と思わせる感じでしたが。中野恵子時代のめずらしい対戦、だけどジャージはデビル軍団の着てましたよね。あれもなんなんでしょうね、
ダンプに改名した松本とマスクドユウの新コンビ、デビル軍団に在席しながら、反乱をおこし、極悪同盟を結成するまでの新春チャンピオンシリーズの結果をみてみよう。1月6日銚子大会メインダイナマイト(2-1)ダンプ&ユウ三本目は反則でダイナマイトの勝ち1月8日後楽園第三試合飛鳥&山崎(両者リングアウト)ダンプ&ユウ1月14日古河大会第三試合ミミ&香月(1-0)ダンプ&ユウリングアウト1月20日浜松大会メインクラッシュ(2-1)ダンプ&ユウ1月25日児玉大会第4試合ダイナマイト(1-
雜誌の片隅に本文とは関係なく載せられた写真2枚。よくみるもどっちもユウとデビルの戦いで、ユウが技をかけております。デビルはデビル軍団のトップに君臨し、1982年夏にこのふたりでタッグのベルト挑戦がきまっていながら練習をしないという理由でパートナーをタランチェラに変更するというできごともありましたが。デビル、ダンプやユウに勝てないんですよね、、、ダンプになる前の無個性の松本香にも勝てず、ガチンコの全日本を引き分けたこともあり、なんだかんだ大型で重い選手が苦手だったようで。もちろん松本とユ
今日はお祝いコメントくださったダンプさんのお礼にダンプ写真館白黒編です。実はこのブログではないところでメッセージくださった方の写真館はまた明日以降に行っていきますね(^o^)松本香からダンプ松本に変わったころが一番好きと以前もかきましたが、必死にユウと頭角を表すためにがんばっている姿がたぶん心に響いたんだと思います。その後はこわーいこわーいダンプ松本になりましたからね。ユウと決裂、鎧を着た頃からほんとにこわーくなりましたね。ということでダンプさんコメントありがとうございます(^o^)
デビューした翌年の中野恵子。目標はデビルさん、悪役になりたいです!と書いてありますが。たしか悪役はいやだといまでは言われてますよね??記事なんてほんと適当だし、本人も本心よりはその後やりにくくないように適当に応えちゃうのかもしれませんね。それにしてもこのままジャンボ、大森のようなぽっちゃりのベビーフェイスを目指す手もあったように思いますが。そうなっていたらリングネームはなんだったんでしょうね。
83年の新年の挨拶のための入場式でのデビル軍団。以前、ダイナミックジャガーズのほうを載せて、タスキの名前がちがうじゃねーかよ、とブログにしたけれど。ヒールサイドのほうは松本ゆかりになっていただけであとはあっていたような。それにしても山崎はまだ顔がふっくら。小松原はちょっと怖い、、、ペニーミッチェルの前にいるとタランチェラも異様に小さくみえますね。そんなに小さくないんですけどね。
ロープ際の魔術師とか引退後にいろいろいわれてますが、現役のときにそんな呼び名ってありましたっけ??山崎って自分のなかでは不思議な位置づけにいる選手で、、、、例えば技は高階から譲り受けたバックフリップ、タランチェラから譲り受けたローリングヘッドバット、ローリングドロップキックが基本の組み立てワザ。もともとレッドフェニックスからスタートした選手(立野がA班にいってしまったあおりをうけて)で、途中からデビル軍団に移籍。ジュニアのベルトのリーグ戦では同じく二敗同士の高階を押さえ込みでやぶって決勝
1984年二月にデビル軍団が解散、ダンプとユウがデビルの考えについていけなくなったという一応理由でしたけれど。それまではデビルがトップで次にタランチェラ、このふたりもそれなりに実力差があったと思うけれど、ユウと松本はもっと実力差があるように見えていた。要するにデビル軍団はデビルの実力が抜きん出ているのかな?とそう見せていたけれど。この試合後の乱闘騒ぎで松本とユウにたいしてボコボコにしちゃうのかと思いきや、意外と対等にやっていて、あれ?松本とユウ、そんなに実力劣る感じじゃなくない?みたいな印
1983年の伊豆の合宿でのひとこま。なんと一回もみたことがない、デビルvsタランチェラ。ビューティもゴールデンもクイーンも、そしてダイナマイトもクラッシュも極悪もJBもペア対決してますが、このふたりは一回もやったことないんでは???ほんとうに仲良しですよね、このふたり。引退間際の1984年の一月にミミ&香月vsデビル&山崎が唯一戦った記録に残ってますが、覆面をつけたタランチェラではたぶん一度もあたったことないと思います。いっそのこと83年のタッグトーナメント決勝がタランチェラ&ユウvs
全女again今日は1984年ライオネス飛鳥&長与千種(クラッシュギャルズ)VSデビル雅美&ダンプ松本この試合は、クラッシュギャルズよりも、デビル軍団に注目していただきたい。ダンプ松本選手が、極悪メイクて登場し、前年とは雰囲気が一変。デビル雅美選手は、ひと周り大きくなった般若の面をつけて、紫の木刀を手に持ちながら入場。試合が始まり、1本目はいつものテンポで試合が進んでいました。2本目の途中から雰囲気が一変します。何が起きたかは試合を見て下さい!!キーワードは凶器攻撃、マスク