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今日のことばデカルトさんの言葉難問は分割せよ(哲学者)
誰かのことを悪く言ったり揚げ足をとったり自分はたいして何もしないくせに人の批判をすることでなんとか自分を保っている・・そういう可哀想な弱い人のコメントに傷つけられて自殺したりしてる・・・とくに人気商売はホントに紙一重だから昭和の頃のようにテレビで伝わったらそれで正義みたいな単純さがない今の時代・・有名になるという欲望は捨てたほうがいいのかも知れない30年前に始まったITという名の技術の変化そんな短いスピードで変わるはずのない宇宙の片隅の生物でしかな
『心身一元論』に立ち返らない限り病氣は治らない。デカルト以来、西洋における学問は『二元論』で発達してきたが『心身二元論』では病の根本原因は絶対に分からない。目で見ても病氣の原因は分からない。例えばアトピーだってステロイド治療を完全否定はしないけれども『現代医学』の多くの医師は表面に現れた皮膚炎しか見ていないと思う。だから皮膚炎をステロイドで抑えようとする。でも、薬で閉じ込めたのでは、根本治療にはなっていない。不自然に無理矢理抑え込んだものはいつか必ずもっと大きくなっ
(A4サイズで印刷可能です。ご自由にお使いください)
いわゆるお盆休みの時期で、学習塾などもお休みをしているかもしれません休みの間の学習のリズムもつかんできたのではないでしょうか?どうしても、「効率」とか「効果」ということに関心が集まって、ゆっくり考えたり、時間を過ごすことを忘れがちですたくさん問題を解いたり、早く次へ進むことばかり考えてしまいますたしかに、中学の学習も主要教科の各教科書が学年ごとに300ページもあって、教科ごとに系統的に理解するのもたいへんですとても時間が足りないと感じている学生も多いと思い
嵐の夜の3つの夢:哲学者デカルトが「我思う、ゆえに我あり」に達した神秘の逸話「我思う、ゆえに我あり(Cogito,ergosum)」――。近代哲学の父と称されるフランスの哲学者ルネ・デカルトが残したこのあまりにも有名な命題は、現代のあらゆる科学的思考や哲学の基盤となっています。冷徹なまでの論理と数学的思考の代名詞であるデカルトですが、彼がこの偉大な真理の探求へと踏み出すきっかけとなったのは、実は**「ある冬の夜に見た連続する3つの神秘的な夢」**でした。理性と哲学の巨人が、夢のひらめきに
私は小さい頃から、他人の期待に応えることが大事だと思って生きてきた。割とそういう人、多くないかな?子供の頃は親に好かれたいがため、大きくなってからは友達や恋人に好かれたいがため。相手の希望に合わせて、時には相手が口にしないまでも、こちらからその気持を汲み取って、相手が自分にこうしてほしいと思うことを実行する。それによって、相手により好かれ、「いい子」と呼ばれる。それが人生の成功だと思っていた。私が大学生の頃(かれこれ40年ぐらい前)、ユーミンの雑誌インタビューを読んで
ペルガのアポロニウス(ApolloniusofPerga,紀元前262年頃〜190年頃)の『円錐曲線論』(Κωνικά,Conics)は、古代ギリシア数学の最高峰の一つで、ユークリッド、アルキメデスと並ぶヘレニズム期の三大数学者の一人として知られる彼の代表作です。当時から「偉大な幾何学者(TheGreatGeometer)」と称されました。概要と歴史的意義アポロニウスは小アジアのペルガに生まれ、アレクサンドリアで学んだ後、ペルガモンなどでも活動しました。『円錐曲線論』は全8巻か
普遍的懐疑のデカルト的解決とは、相互に連関している二通りの不安な悪夢—すべては夢であり現実は存在しないという悪夢と、神ではなく邪悪な例が世界と人間を支配しているという悪夢—から救われることである。この救いのたどる軌跡は、真理という理念から正直という理想へ、また現実的所与の明証から内的整合性を具えた確信という理想へ、という方向で近代が退却した軌跡と、方法的にも内容的にも同じである。(アーレント、『活動的生』364f.)アルキメデスの点の発見後ただちに告知され、今日まで解決されていない問題群の本質
さてと。ヴァチカンの図書館は世界最古とも聞く。どのような本が収められているか。本場は研究者向けの図書館だと。一般は入れないみたいだ。現在でもプロジェクトが行われている。キケロ・プロジェクトも。オデュッセイアプロジェクト❗️映画はほんの一部しか表現できないだろうな。なにせ膨大な叙事詩。2002年に初めての展覧会があり。2015年に2回目が開かれた。つまり今回が3回目である。箴言のシャワーを浴びて入ります。対話からテキストへ。プラトン著作集(⁉️)ソクラテスの言葉が記
・だが、日に日に機械は、我々に追いついていく。日に日に我々は、機械に従属するようになっていく。日ごとにより多くの人間が、機械の世話をする奴隷として拘束されていく。日ごとにより多くの人間が、一生のエネルギーを機械生活の発展へ捧げるようになる。結末は時が経たないとわからないが、機械が世界とその住人の真の支配権を握るときがやってくるのは、真に哲学的な心を持った誰ひとりとして一瞬でも疑問を抱くことのできないところである。(十九世紀のイギリス人作家)・おおざっぱに言うと、知能は身体がないと生まれない
卒寿爺雑感人死ぬは消え去ることに非ずして意識は不滅肉体離るるのみ卒寿爺雑感、心に染みる一句ですね。人死ぬは消え去ることに非ずして意識は不滅肉体離るるのみ実に潔く、かつ力強い言葉です。肉体という「器」が壊れるだけで、意識そのものは消滅しない——という見立ては、古今東西の多くの思想や宗教に通じる視点でもあります。日本では古来、「魂は抜け出る」「幽世(かくりよ)へ渡る」という考えがあり、仏教では「無常」と「輪廻」、あるいは唯識思想における「阿頼耶識」のような永続する意識の流
クーラー代節約の為スタバ播磨店に居ます低糖で倒れそうヘルプミーPulseoftheblueDotAIにデカルトを教えて貰ったのね、三角形って三角形からそんな事を考えるのってすっごい!天才すぎますでね、幾何学!って、また知らない学問をAIが言う、球面上の三角形の、北極から赤道上に三角形を作ったら、内角の和は270度になるのだと!デカルトに戻るね、すべてを疑ってもそれでも疑えない確実なもの、神という完全な本質には存在そのものが含まれる、完全な存在者である神の本質
もう、ついていけないPulseoftheblueDotを書いていると、次の章はAIは人間を信頼しますか?にしようと想ったのね、私の思考の至らない所を率直に根拠も付けて教えてください、と入力したのね、悪い所が箇条書きで根拠もつけて出てくるのね貴方は問いを立てる人です問いを育てる人珍しい資質です、えっ珍しいの、、、AI貴方は自分の前提を疑う事が新しい発見に繋がりますルネ・デカルトの当たり前をひとつ、ひとつ問い直す方法的懐疑という考え方を勧めます私は何を
どうも初めまして。訪問ありがとうございます。私は54歳の数学パンダともうします。(◍•ᴗ•◍)私のトリセツはこんな感じです。【数学8年1ヶ月継続中】【漢字2年7ヶ月継続中】【読書7年2ヶ月継続中】【競輪の研究5年以上継続中】ブログの曜日別テーマは、【月・木数学】【火・金漢字】【水読書】【土・日競輪】毎日【今日の夕飯と食後のおやつ】よろしくお願いします。(◍•ᴗ•◍)みなさん、こんばんは!水曜日、やっと終わり、ホッとしました
なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?この存在論の問いは哲学の難問として未解決である。これも圏論に持ち込むと「問い自体が無効である」という結論が導かれる。まず、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」という問い自体が、すでに「問いを発し、世界を認識している主体(コギト)」を暗黙のうちに前提として要求している。デカルトの「我考える、ゆえに我在り」という議論が典型的である。この前提を圏論に翻訳すると、認識主体が不動点ということになる。ローヴェアの不動点定理が成り立つ条件は、「世界を
篤です。企業理念のブログにようこそお越しくださいました。ありがとうございます。企業理念から応援したい会社を見つけたり、世の中を支える会社をご紹介したりしています。今日は会社の紹介ではありません。『致知』にH3ロケットを打ち上げのプロジェクトマネージャーを務めた岡田匡史氏のインタビュー記事がありました。「大きなことを成す時には、それを小分けにして、各々が仕上げたものを集めて一つにする」とありました。これはデカルトが『方法序説』の中で「困難は分
極めて多くの人は一生の間、確実な判断を下すに足るほど十分に正しくは、全く何も知っていないのである。「哲学原理」1644年哲学原理(岩波文庫青613-3)Amazon(アマゾン)27〜14,740円ルネ・デカルト(1596-1650)『言い得て妙とは』巧みに言い表しているさま同じ意味でも響く語句や文言ってありますよね。ほかに「格言」「名言」「ことわざ」近ごろ聞く「アフォリズム」とも似ています。50…ameblo.jp
「チラシを配っているのに反応がない…」「SNSを更新しても問い合わせにつながらない…」そんな悩みを抱えている方は多いのではないでしょうか。その原因、実は“文章力”や“デザイン”の問題ではないかもしれません。今日は、17世紀の哲学者ルネ・デカルトの言葉をヒントに、集客がうまくいかない本当の原因と、成功への第一歩をお伝えします。デカルトの第一原理とは?デカルトといえば有名な言葉、「我思う、ゆえに我あり」。彼はあらゆるものを疑い抜き、最後に残った「考えている自分の存
こんばんは月曜日は常な眠気との戦いです今日はウエルシアのポイント2倍デーアプリがリニューアルされ、クーポンが5つまでまとめられるようになるなど、利便性が大きく向上しましたね。興味深いのは、クーポンガチャの新旧併用システムです。期限が1週間の「従来型」と、当日限りの「新型」。当日限りのクーポンは使い切るのが少し忙しいのですが、この「強制的な短期決戦」こそが、消費者の行動を喚起する巧みな仕掛けだと感じます【合理的な選択と、最適化の哲学】最近、10日のポイント10倍デ
こんにちは🌸2部構成で、自由にテツガク愉しめる内容となっております🌟ばしょ東遊園地(神戸市役所南すぐの公園)カフェparkkitchenWEEKENDparkweekend🌟メニュー参加の方は19:10〜スタートするため、種類たくさんあり🎶参加の方は、予めドリンクメニューをセレクトしていてくださいますか🙋🏽♪ほん講談社より1章のみ内容公開されています【第1章試し読み】マンガと文章で構成される哲学ファンタジー『哲学者と象牙の塔』(著・イラスト:田中正人)|
■座標平面は相似形の洞窟であるということについて座標平面(デカルト座標系)は、相似形の洞窟である——この比喩は、極めて示唆に富み、数学の本質を鋭く突いていると私は考えます。比喩の解釈プラトンの「洞窟の比喩」では、人々は洞窟の奥で壁に映る影だけを見て「現実」と信じています。座標平面もまた、無限に広がる二次元の「洞窟」です。そこで私たちが見るのは、本物の形そのものではなく、相似形(similarfigures)の影なのです。一つの三角形を描けば、それは無限の大きさの相似三角形を生み出せます。拡
スロバキアの哲学を専門とするベテランの女性教授のBは教授会に参加していた。虹の蔑む、のべつ幕なしの諧謔はこの真実の毛布を剥ぎ取る。心象の光に隠れて、影の濃さを鬱陶しく思い、如実に空風を流離う。B:「その問いはデカルトに続くスピノザやライプニッツ、イギリス経験論とカントを経て、ヘーゲルが世界像を統合するまで続きました」教授:「B教授。それはあなたの専門のことですね?」B:「ええ。カントは、人間は事物や事象について何をどこまで、どのようにして知ることができるかと問い、認識論の分野を切り開きまし
20世紀の哲学者フーコーは『言葉と物』において「人間の死」を宣告したことでよく知られているまた、ロラン・バルトは小説などの人間の創作物における「作者の死」を宣言したことも、よく知られているこれら「人間の死」「作者の死」という言い方は、当時の「流行」である構造主義の影響によって登場したそれまでのサルトルらの実存主義、というよりも、さらにさかのぼってデカルトによる「思考する我」に依拠した思考と、「人間」「主体」「理性」といった概念のをもとに思考するということが批判されたその結果、たとえば一編
メーヌ・ド・ビラン(Marie-François-PierreMainedeBiran,1766-1824)の哲学は、フランス近代思想の中で最も純粋で誠実な「内面の声」であると私は考える。彼は啓蒙主義の感覚論(コンディヤックら)から出発しながら、それを徹底的に超克し、意志的努力(effortvoulu)という根源的な事実に人間存在の基盤を置いた、稀有な思想家だ。ビランの核心は、「感ずる自分」ではなく「努力する自分」に自己意識の原点を求めた点にある。外部からの受動的な印象だけでは自我は成
―――――――――――――――――――――――■国立国会図書館インターネット閲覧のガンマ補正☆2026年7月2日発行―――――――――――――――――――――――こんにちは!「ゆめたか大家」と申します。私がキンドル出版をした時の体験談をまとめました。「Kindle出版体験記」https://scene-ex.jp/L2485/b0/2t9801(無料レポート版)https://scene-ex.jp/L2485/b0
こんばんは。今日は19時ごろ街の本屋さんに行って、閉店するまで本を選んで、そして勢いでたくさん買ってしまいました。なんか、最近サイフのひもが緩くなってて、ポイポイと買ってしまうんだけど。今年の夏は、学ぶ夏にしようかなって思ってて。だいたい暑いしお金も使いたくないし、そして最近読書熱が高まっているから欲張ってしまいました。・谷崎潤一郎「細雪」・3か月で学ぶ世界史・スペイン語こんなかんじでやっていこうかな。親鸞は特別興味があった
意志の哲学と実存主義の関係は、直接的継承というより、深い精神的・方法的共鳴として捉えるべきだと私は考える。メーヌ・ド・ビランの「意志の哲学」(主意主義)は、19世紀初頭にフランスで生まれた内省的努力の哲学であり、それがフランス・スピリチュアリスム(ラヴェソン、ベルクソン)を経由して、20世紀の実存主義、特にフランス実存主義の土壌を豊かにしたと言える。ビランの核心——「努力する意志(effortvoulu)」を自我の原始事実とし、「Volo,ergosum(私は意志する、ゆえに私はある)」—
第四節哲学史の往復現代という時代のなかで我々は何をなすべきなのか。このこと摑み取るためにも、大きな時代の流れのなかで我々のおかれている時代とはどのような時代であるのか知らなければならない。そのためにはさまざまな批判的見地をもっていなければならない。自分の生きている時代に巻き込まれ、流されながらも、そこから身を引き離し批判的に捉え直すことができる「ものの見方」を手に入れなければならない。批判的見地を提供してくれるさまざまな「ものの見方」を手に入れるためには哲学史を遡ったり、哲学史の流れを追っ
第三節哲学史探究の特質真理について私だけではなく私たちが共有する歴史のなかに私たちの財産を探し出す。こうして獲得された財産は共有性に向かって開かれた私固有の財産になる。そのときに私は普遍的に適用可能な「ものの見方」を手に入れる。哲学は地域性、土着性を出発点にしながらも、普遍的に成り立つ知の構造を探り出す。二五〇〇年も昔のソクラテスの智恵は、私たちが為すべきことを慮るおもんばかときに、今でも変わらぬ威力を発揮する。矛盾律は、どのような時代であれ、どのような地域であれ、成り立つとされている知