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車に乗る時は、Bluetoothでスマホの音楽を聴けますが、スクーターに乗る時は音楽が無し💦けど、頭の中でよく流れるのがこの曲高校生の時に購入した、CHiPsのB面です。確か昔、全日本プロレスの外国人選手、チャボゲレロの入場曲に使われていました😊私のスクーターは、フロントスクリーンをオプションのロングサイズにしたので、カワサキのKZ100ポリスにちょっとだけ雰囲気が似ているからか、気分が乗ります😆
新・ドラゴン藤波大年表2025091978年大変なドラゴンブーム!日米を股にかけタイトルマッチ。冴えわたるドラゴン殺法。初の猪木戦チャボゲレロとの血戦を制す。藤波、ニューヨークでジュニアヘビー級のチャンピオンに。凱旋帰国。ドラゴンブーム!師匠・猪木と初対戦。日本とアメリカを股に掛けたチャンピオンロード!藤波さんにとって「もっとも長い1年間」の後半です。●昭和53年(1978)24歳後半●昭和53年(1978年)24歳
11月にマイティ井上が逝去し、先日グラン浜田が逝去。リング上での活躍をよく知るだけに実に悲しいです。二人が組んで全日本の「世界最強ジュニアタッグ決定リーグ戦」に優勝したことがありました。決定戦の相手はチャボ&ヘクターのゲレロ兄弟。改めて見ると良い試合ですね~。浜田のスピーディーで華麗な動きが素晴らしい。ウラカンラナ・インベルティダの要領で投げ飛ばすヘッドシザースホイップ妙技ですね。浜田の好きなところは思い切りの良さです。ブレーンバスターにしてもジャンプ
オツカレ様です。自分格闘技好きです特に昭和のプロレス自分は、全日派です。当時プロレス団体が、全日本プロレス、新日本プロレス、国際プロレスと三団体ありますした。国際プロレスが、崩壊し当時所属されてた、マイティ井上さんが昨日お亡くなりになられましたマイティ井上さんは、全日に移籍されました。府立体育館で、試合ツレと見に行きましたね〜チャボゲレロとの、ジュニアヘビーのベルトを賭けた戦い興奮しました前置き長くなりましたが、高校の同級生に井上君が同じクラスでした。井上君のあだ名が、マイテ
ゴールデンウィークも残す所あと僅かですね皆さん色々とどこかへ行ってらっしゃるのかなそれとも私と同じようにお仕事の方はお疲れ様です今回のオススメ今回は色々と昔のプロレスの入場曲を懐かしくなって聴いていたら思い出したものがあってこちらをご紹介しますCorniche(1979)CaliforniaHustle※毎度ですがイヤホン推奨いたしますCorniche-CaliforniaHustle(1979)vinylCorniche-Califo
海外修行から帰国をきっかけに猛プッシュ。プロレスで長く使われている選手の売り出し方です。成功もあれば失敗もあります。無理やり売り出してるのがあからさまなのも多々。無理やり系で一番印象に残ってるのは大仁田厚です。アメリカでチャボ・ゲレロに勝ってジュニア王者になり帰国。実に華々しい…のですが、当時はタイガーマスクの超絶頂期。ハードルが高すぎる。アメリカでチャボに勝った試合もとにかく勝ったという事実が先行。個人的に記憶に残って
そろそろあたしの時期だケロ🐸◆山本漢方徳用大麦若葉粉末100%3g×44包楽天市場975円
(藤波名勝負特選108戦より)●決定版!寝屋川血戦!1978.10.20その2藤波とチャボゲレロの、あの血戦の「観戦記」です。●「寝屋川血戦」観戦記(写真つき)!あの寝屋川血戦を実際に観戦された「16文チョップ」さんの観戦記です!写真もいただきました。迫力ある写真で、とても当時14歳の少年の撮ったものとはおもえません。こころして読め!(笑)観戦記●藤波vsチャボ・ゲレロ▼1978年(昭和53年)10月20日大阪・寝屋川市民体育館
(藤波名勝負特選108戦より)今日は、ジュニア時代の藤波さんの名勝負●決定版!寝屋川血戦!1978.10.20その1●寝屋川血戦です。藤波とチャボゲレロの、あの血戦です。試合のレポート(その1)(つまり、これ)と、観戦記(その2)があります。では、どうぞ!●藤波vsチャボゲレロ「決まった!血染めのコブラ」▼WWWFジュニアヘビー級選手権61分3本勝負1978年(昭和53年)10月20日大阪・寝屋川市民体育館○藤波(2-1)ゲレロ×1.ゲレ
(藤波名勝負特選108戦より)■お詫び■朝、アップした記事に誤りがありました。改訂して再アップしました。それと、画像も読めるものに変えました(情報をお寄せ下さったか、ありがとうございましたRSD)2021.12.3凱旋帰国の藤波にとって、最大のライバルのひとりチャボゲレロが来日。今日は、ちょっと趣向をかえて、初来日のチャボゲレロを紹介するファイルです。あ、初対戦もあとでありますから、安心してね。チャボ・ゲレロ藤波の、特にジュニアヘビー級時代の好ライバルで
ヤクルト優勝おめでとうございます!!おはようございます。チャボ・ゲレロです・・・?なんとかなーるの歌↓【おかあさんといっしょ新曲】なんなん、とかとか、な~るなる2021年10月NHKEテレ最新つきの歌月歌おかあさんといっしょ10月のつき歌『なんなん、とかとか、な~るなる』のミュージックビデオを制作しました!今月もとっても楽しい歌でしたね(#^^#)作詞作曲レ・ロマネスクTOBIなーるなーるなーるなーるなんとかなーるきっとなーるぱっとなーるなんとか
★藤波デビュー50年藤波辰巳全試合新日本プロレス1978年(昭和53年)凱旋帰国の年1978年(昭和53年)※藤波は海外遠征中メキシコからアメリカへ転戦するまず、非常に怪しい試合結果(たぶんフェイク)から##1月日メキシコ試合会場・不明▼試合形式不明〇レイ・メンドーサ(1時間20分・逆さ押さえこみ)藤波×※この記録は当時の「ワールドプロレスリング」の実況中継より(試合の未実施の可能性というか、
iTunesにはCDはじめ音源を取り込んだとき自動的にアートワーク(ジャケット)を登録してくれる機能がついてますが、廃盤になっていたりすると自動的に登録できないことが結構あります。あと同じアーティストの違う作品のアートワークになってしまうことも。そういう場合自分でアートワークを手動登録しています。その曲が収録されているアルバムはもちろん、シングル盤があるならそのアートワークを極力登録するようにしています。プロレス入場テーマのプレイリストを作っているのですが、手動でアートワークを登録した
年末のプロレス界といえば、全日本プロレスの『世界最強タッグ決定リーグ戦』ですね。世界最強タッグ決定リーグ戦が始まると年末だなぁって感じるんだねところで1984年の8〜9月のスーパーパワーシリーズにタッグリーグ戦が行われました。それは…『世界最強ジュニアタッグ決定リーグ戦』ジュニアのタッグリーグ戦かぁ参加チームは、マイティ井上、グラン浜田大仁田厚、渕正伸マジックドラゴン、ウルトラセブンチャボゲレロ、ヘクターゲレロフィッシュマン、ベビーフェイス当時、旧UWFを辞めた新間寿が全
1983年8月31日の全日本プロレスといえば、蔵前国技館大会で行われた…テリーファンク引退試合。まぁ、後に復帰しちゃったけどねそして、ジャンボ鶴田がブルーザーブロディを破りインターヘビー級王座を奪取。実はもう一つ盛り上がった試合がありました。それは、フッチー!インターJr.ヘビー級王者のチャボゲレロに渕正伸が挑戦した試合なんですね。チャボゲレロ、カッコいいですね。凱旋帰国したばかりの若き日の渕。セカンドには負傷しタイトルを返上した大仁田厚がついています。若手時代の川田さんも
昔、「夏といえばマスカラス」と言われていました。ジャンボ鶴田との伝説の田コロ決戦も夏でしたし、夏のシリーズにマスカラスがよく参加していました。少年ファンの比率が高かったマスカラス、小中学生を動員できるのを見込んで夏休みに開催するシリーズに呼んでいたのかもしれませんね。1981年夏に開催された「スーパーアイドル・シリーズ」は「夏といえばマスカラス」の究極形。少年ファンの「アイドル」であるマスカラスが主役のシリーズでした。しかし「スーパーアイドル・シリーズ」ってすごい名称ですよね。田原
男子プロレスラー列伝❗️第一回チャボゲレロ❗️チャボゲレロ❗️チャボゲレロwithジョー樋口レフリー‼️
チャボゲレロに会いに全日本プロレスの控室を訪問。久しぶりに再会出来て嬉しかったです。
明日は関東でも大雪との天気予報で、最高気温が1度とか言われてしまってはさすがに外出の気力すら湧かず…握手会やコンサートの類が無くて安堵。この2月も、STUイベントやらゆきりんのソロコンやら、参じる事の予定はあるからこの先も油断ならないけど雪の2月、というシチュには古のプロレス者的にも刺激される思い出のシーンが色々とあるもので、やはり筆頭は「藤波vs長州」「WWFインターヘビー級選手権」「札幌中島体育センター」「試合不成立」「テロリスト藤原」「こんな会社辞めてやる!」との衝撃的見出しが記憶の
蔵前国技館にてチャボゲレロと再会。
いつものように買ったんですがジャパンプロレスの話もおもしろかったですが、あっし的にはスーパースタービリーグラハムのWWWF王座最後の防衛戦って東京の坂口征二戦と思ってたら、そのあとLAでチャボゲレロ相手に防衛してたんだね!て記事がよかったでし!なんのことやら、さっぱりわからん人はあっしとアメプロ話は当分できないね。いや別にしたくないけど・・・えーーーしようよーーー!!!ちなみに明後日はレッスルマニア朝から見るぞ、仕事は休みだ!(^^)
ドン荒川亡くなったとの報ありこの人生で目の前で見たこと有りますもうあの胸板の厚みにビックリこんな胸ね❗前座試合の力道山‥と呼ばれていた同じ黒タイツでやっていたからねそして、この記事も発見チャボゲレロと言ったらジュニア時代の藤波との死闘でのドラゴンスープレックス❗これねフルネルソンからの後ろ投げ相手が受け身も取れない下手すりゃ自爆もあり得る当時はかなり危険な技でしたこれを見事決められたチャボの舌が巻き込まれてチッソクしそうになったのね何とか山本小鉄が助けたけ
プロレスネタです。往年の名レスラー、チャボゲレロ選手がお亡くなりになりました。https://news.biglobe.ne.jp/topics/international/0212/96218.html小学生の頃、大仁田厚選手との激闘を観て、興奮したものでした。また、彼のテーマ曲がカッコよくて好きでしたね♪ご冥福をお祈りいたします。
悲報のニュースを読みました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170213-00000002-sph-soci日本でも活躍したプロレスラー、チャボゲレロさんが亡くなりました。日本では藤波、大仁田とジュニアヘビー級での熱戦を繰り広げましたね。対藤波戦試合後、勝利者トロフィーで大仁田を攻撃するチャボアメリカではロサンゼルスを中心にヘビー級のレスラーを相手に試合をし、チャンピオンでもありました。まさに…小さな巨人!チャボの得意技のヒップアタックを
肝臓がんの闘病中だったチャボ・ゲレロ選手が亡くなった。68歳。ラテン系特有の激情的なパフォーマンス、ねちっこさ、ルチャのテクニック……僕たちプロレス少年に、新しい風景を見せてくれた。藤波辰巳(藤波辰爾)や大仁田厚を語るとき、欠くことのできない存在。特に1978年10月20日寝屋川市民体育館での藤波戦は、「血染めのコブラ」として伝説になっている。Graciasunmontón!Enpaz!---ジュニアヘビー級列伝(2)[VHS]/ビデオメーカー¥5,033Amazo