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すっかり夏は終わった感があります。木々の葉はだんだんと黄色味を帯びてきて、何だかやり遂げた感が。自然も私も。😄ですが、この忙しい9-10月を踏ん張ります!ブレッド湖のカフェ・ベルヴェデーレへ来ました。ユーゴスラビアの大統領だったチトーが、リュブリャナの有明建築家プレチニクに作らせたカフェ。やっぱり最高なロケーションなはずですよ!エリザベス女王も、上皇様と美智子様もここへいらしたのかと思うと、幸せ感アップ。もちろん私が一番好きなブレッド島の眺めはここからです❣️こんなにお客さんが
博物館として整備されているブレッド城の内部の展示を観て回っている。10世紀の若い女性の遺骸展示その一角に細長いガラスケースが置かれ、中に人骨1体が安置されている(写真)。説明書きを見ると、近くの10世紀の墓から発掘された女性遺体だという。当時のスラブ女性の典型的な半月形イヤリング、テンプルリング、指輪を身につけていたという。理由は分からないが、彼女は20歳の若さで亡くなっていた。その隣に中世の甲冑が展示されている(写真)。非常に重かったのではないか、と思う。これで
忙しすぎて死ぬ。来週から国際会議を開催予定。早い人は明日出発。来るわ来るわ、問い合わせのメール。とても忙しい。LINEも山盛り。でも来てほしい返事はなかったり。エクスカーションで旅行会社も使うから、主催する私とブルガリア人の友人はてんてこ舞い。ここに自分の発表準備と子どもの保育園。科研費の書類も作らないといけないのに~~~!!!…大丈夫、落ち着け。まずはお昼ご飯を作ろう(笑)ベオグラード旅行は大詰め。7日目は、ユーゴスラビア博物館とチトーさんのお
サラエボの旧市街を歩いた。あらためて気がついた。ヨーロッパなのに、異常に暑いことに。ただ地中海性気候なので、湿度は日本の夏に比べればずっと低いらしく、木陰ではホッと一息つける。15世紀から20世紀初頭までイスラムのオスマン帝国支配だったそして目立つのは、あちこちに建つ巨大なモスク(写真)。やはりボスニア・ヘルツェゴビナは、ボシュニャク人(ムスリム)多数派の国なのだ。サラエボ空港でチャドル姿の女性たちを見かけたのは、不思議なことではなかったのかもしれない。ボスニア
こちらで↓『全ては自分が選んだこと』書けば長くなるので端折りますが、体調ボロボロでした。ちょうどキネシオロジーで漢方とか処方するドクターのアポがあったので行ってきたら、持病の喘息による肺だけ…ameblo.jp最後に書いてた「楽しいこと」。楽しいことってなんだ??と考えても何も浮かばなかったんですが、それでも頑張って考えたら浮かんできたのが、これ↓ベオグラード(セルビア)のユーゴスラビア博物館で買ったユーゴスラビアトランプです。トランプってplayi
「スターリン批判」のあと、チトーや毛沢東を賛美した愚を考えるための一冊『ミニスターリン列伝』[2025・1・29・水曜日]木村香織氏の『ミニスターリン列伝:冷戦期東欧の小独裁者達(世界独裁者名鑑)Amazon(アマゾン)冷戦期東欧の小独裁者達(世界独裁者名鑑)』(パブリブ)を読みました。ソ連の衛星国というか従属国として存立した東欧各国の「小独裁者」「ミニスターリン」に関する評伝本といえます。ハンガリーのラーコシ・マーチャーシュ、東独のウルブリ
昨年出産して、育児真っ只中のよくやり取りしてるいとこが、「誕生日憶えてたのに、連絡しないでごめんねえ~」って。この前LINEくれた時の返事。「誕生日に、何も連絡せずにごめんね、だなんて、全然ですいやー、実はね。今年の誕生日思ったのよ。しょっちゅう連絡取ってるコがスタンプとメッセージ1行ぐらい送ってくれるのはこっちも気軽にスタンプ1コぐらいで終了できんのよねでも、普段全然連絡とってないのに、その時だけ「誕生日ですね」みたいな感じでよこされるとさ。実際、人によるのかもし
石油地政学史1990年代ユーゴ空爆-NATO・IMFの敵は軍事制圧更新日:2022-09-21英米支配層はハートランド(ロシア)を「無害化」するための足がかりをバルカン半島で築こうとしていた。英米金融支配層はグローバリズムを推進する上でIMFによる経済圧殺どころかNATO軍による大規模空爆も実施。戦闘員ではない多くの一般国民を大量虐殺。ユーゴスラビアには冷戦崩壊で訪れるはずの平和などなかった。ユーゴスラビア内戦とは?ユーゴ空爆と2022ウクライナ危機の繋がりがぼんやりとなが
ユーゴスラビア博物館でチトーさんのお墓参りをし、『㉒父のお墓参りは行ってないのに・・・』しょぼいランチ(笑)と、世界平和を願った↓後は、『㉑質素なランチと、1デナールの願い事。』セルビアの1日。朝は愛で始まったのに、『⑱愛のベオグラード♡』…ameblo.jpまた不本意ながら無賃乗車となるバスで中心街に戻り(スマホがないと払えないからいらないと言われる)、↓バスからの景色で、NATO空爆跡次の目的地に行くのに、バスを乗り換えるなんてことはせず(なんせただ
しょぼいランチ(笑)と、世界平和を願った↓後は、『㉑質素なランチと、1デナールの願い事。』セルビアの1日。朝は愛で始まったのに、『⑱愛のベオグラード♡』ベタなタイトルつけました🤣さてさてベオグラードに到着し、『⑰ただいま!ベオグラード』1…ameblo.jp一旦宿に戻りました。この後に行くのは「ユーゴスラビア博物館」。前回は大慌てであまり見れず、今回ゆっくり見たかったのと、チトーさんのお墓参りをしたかったから(?)前回は歩いて行って片道1時間ぐ
サラエボでは戦争博物館に行きましたが、ベオグラードでは軍事博物館に行きました。カレメグダン公園にあるんですが、ここは紀元前4世紀にはすでに要塞が作られていたっていうところ。が、現在残っているのはほとんどが18世紀以降に作られたものらしい。いやーそれにしても紀元前4世紀って、ほぼ近年まで何もないアメリカ文明からすると衝撃的な昔です。ここもそうだけど、現在悪のドンみたいな扱いのイランとか、アメリカどころかヨーロッパを見ても「ふん、この新参者めが!」って感じなんだろうなぁ。それ
12時間のツアーを終えて、セルビアの首都ベオグラードの宿に到着しました@夜8時前。宿に入ったら、受付の人が「あ!!」って顔を。そして「・・・前にも来たことありますよね??」って。そう、今年の2月に来ております。7ヶ月ぶり😆覚えてもらえてるのはうれしいですね😊夜ですが、両替もしたいし水も買いたいし、ちょっとだけ外に出ました。お土産物屋さん見たら、、、↓相変わらずのプーチンのマグカップ↓プーチンとニコラ・テスラテスラ様にジョコヴィッチ様にチト
今年の2月にバルカン半島(っていうかメインのセルビア)に行った時は「ニコラ・テスラ」と「ジョコヴィッチ選手」の要素が大きかったのですが、今回の旅行のテーマは、私の中では「チトー」でした。は?って感じですよね🤣今回の旅のメインはボスニア・ヘルツェゴビナで、さすがにそこに行くからには歴史を勉強しないとダメだろう、、と思って色々勉強していたら、チトーさんってカッコ良すぎない?と思うようになり。。チトーとはニックネームのようなもので、本名はヨシップ・ブロズ。旧ユーゴスラビアの大統
ここからの続きです。『(セルビア編)夏休み、西バルカン4カ国巡り(13)』ここからの続きです。『(北マケドニア編)夏休み、西バルカン4カ国巡り(12)』ここからの続きです。『(北マケドニア編)夏休み、西バルカン4カ国巡り(11)』…ameblo.jpベオグラード城のある公園から、大通りを臨みます。今までの国々より先進国な感じがします。トラム2号線→7号線と乗り継いでホテルに戻りました。昼過ぎでしたが、11時からチェックイン可能と言われていたので戻ってきました。HotelAr
こんばんは!えー、妊婦ネタばーっかりなのでやっとつわりもひと段落してきたので、去年の旅行ネタでも書きます\(^o^)/前回のグランカナリアに引き続き、またまたダーリンが聞いたこともない所をあげてくれましたそれはセルビア!うち、初の東欧です🎉旧ユーゴスラビアですねユーゴスラビアですら「歴史の時間になんか聞いたことあるな~」程度の知識やったんで
クロアチアの旅③では、宿のオーナーのニーナさんから、ボスニア紛争の当時のお話しを伺いましたクロアチアの旅③~プリトヴィッチの宿とクロアチア・ボスニア紛争|再びウィーンで暮らす(ameblo.jp)その際に、ニーナさんから”折角だから、元ユーゴスラビアの遺産として残存している故チトー大統領の別荘を見てきたら?”と勧められ、ほとんど知る人もいない(もちろんガイドブックなどには掲載されていない)過去の遺産を訪ねました。”中を見ることもできるの?”と聞くと、誰も管理していないから
備忘録(2022年1月6日)随時更新・永遠に工事中★★息を吐くようにウソをつく、人類史上最も邪悪な戦争・殺人国家アメリカ★独立以来、アメリカが行った戦争はインディアン戦争も含めて、ほとんど全てが自作自演の偽旗作戦。●1941年、東ヨーロッパの立憲君主制「ユーゴスラビア王国」は枢軸国派と連合国派とに分裂し、イギリスの支援を受けた連合国派将校らによるクーデターで、枢軸国派の政府を倒した。すると、その直後に枢軸国軍がユーゴスラビアに侵攻し、ほぼ全土を制圧した。連合国派は亡命政府を樹立し
9年ほど前、ボスニア・ヘルツェゴヴィナで。
前々から言ってるのだけど、僕はアレルギー体質である。ひと昔前よりだいぶマシになったとはいえ、非常に難儀なことに、今でも気管支も弱いし皮膚も弱い。そして当然ながら花粉の被害もやってくる。ところが僕の場合、毎年被害が出る箇所が毎年違うのだ。さながら、チトーに率いられた勇敢なパルチザンのように、それは不意に現れる。ある年は目に、ある年は鼻に、ある年は皮膚に被害を与えて、季節がうららと落ち着くと「スッ」消えてゆく。まさにゲリラである。そして、今年の攻撃目標は「喉」であった。最初は風
第二次世界大戦の真の勝者はどの国だったのでしょうか?建前では連合国となっています。アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国の5ヶ国です。おや?と思った方、勘が鋭いですね、第二次大戦後、どうなっていったのかの歴史を見れば、真の勝者が見えてきます。まず、イギリスですが、第二次大戦後、超大国であった英国が没落していきます。ドイツの攻撃で、国内は焼かれ、植民地もほとんど手放してしまいました。これは第2次大戦後に、こぞって、イギリスの植民地が自主独立を遂げたからです。ただし、いまだに、その独立の
もう十年を過ぎるかな、クロアチアの旅行が面白い。以前スペインが面白い、と言ったけどそれは一つの地域で多くの歴史文化が見られるってやはりお得な気がするから。旧ユーゴスラビアからいち早く独立した(1991年)スロベニアから東西の壁が崩れ、クロアチアで95年に独立紛争が終わると、西洋人が来るようになった。スロベニアでも味わえるアルプスのある自然環境とリゾート、カルスト大地に眠る巨大鍾乳洞屈ポストイナ。地中海に面しローマの遺跡が多く残るクロアチア、アドリア海に浮かぶ島島と無数の入江が美し
ランクBの上好みでない人にはBの下どちらかと言うと好きな映画ですが好みで別れる映画です。(妻は、前半で、GIVEUPしました。)レンタル屋で、DVD2枚組5時間15分余りの長編映画です。(TVドラマのように、6パーツ?位に分割されていますので、一気にに観なくても大丈夫ですがこの映画は、勢いで観てしまわないと途中で挫折しますよ!)旧ユーゴスラビアの建国と消
こんにちは、やわらぎゆきこです。先日、わたしは長いことヒーラーであることに抵抗してたことに氣がつきました。ヒーラーに憧れつつ、ヒーラーにはなりたくない。ヒーリング出来るけど、私はヒーラーじゃないよ。みなさんの氣づきのキッカケを、お渡ししたい人なんです。って、言い訳してるってことに氣がつきました。変な葛藤を続けきたなぁ~、わたし。***
ヨシップ・ブロズ・チトーユーゴスラビアの第二代大統領。内政・経済ソ連型社会主義と対峙して企業に対する労働者自主管理(経営概念はあるが、資本は労働者所有であり、経営者は労働者が求人する)と、各共和国の大幅な自治権を特徴とするユーゴ独自の自主管理社会主義を建設していった。(wikipedia)経営者を労働者が選ぶ点この点は、今の日本の資本主義社会と似ていると考える。たとえば、社員、係長、課長、部長、取締役、常務・専務、社長、会長というような段階を踏んでいる。実績や能力に応じてポジシ
今日の何があった日は、史上初の自費での宇宙旅行者であるデニス・チトーが乗ったソユーズTM-32が打ち上げられた日です2001年のことでした史上初の自費での宇宙旅行者となったデニス・チトーデニス・チトーはクイーンズ区出身のアメリカ合衆国の技術者、企業家、宇宙飛行関係者で、ニューヨーク大学出身。2001年中旬、ソユーズTM-32で国際宇宙ステーションを訪れて8日間近く滞在し、ソユーズTM-31で地球に帰還したそうです
inputからoutputへ中田敦彦YouTube大学【世界史】EUとイギリス1/2ブレグジット、イギリスEU離脱!日本の未来にも関わる人類の大問題。百“文”は一見に如かず!詳しくは動画をご覧下さい。EUとイギリス1/2【参考資料】『ドイツとEU理想と現実のギャップ』小学館刊池上彰著【エクストリーム授業とは?】なるべく分かりやすく「面白いんだよ」という事を全面にお伝えする授業!【結論】第一次世界大戦、第二次世界大戦終わって、冷戦終わって、そ
2月1日、モスタル。スプリットを出て海岸線を100㌔南に行くと今日の宿泊地ドブロヴニクがあるが、中程まで走ったところで内陸サラエボから流れて来るネレトバ川にぶつかる。ネレトバ川の大河口は潅漑が整備され、また川が運んだ土により大農業地帯となっている。海岸線をそのまま進まずに、ネレトバ川に沿って上流へ、内陸へ入ると間もなくしてボスニア・ヘルツェゴビナの国境に。2013年にEU加盟したクロアチアに対しボスニアは非加盟なので出入国に結構な時間を要する、ドイツからの要請だろう、
1月30日、ブレッド。7時半の日の出、ホテルの裏に昨晩真っ暗な中通り抜けて来たカラバンケ山、オーストリアとの国境の山脈だ。ホテルクリムから700m先にユリアンアルプスにより形成された氷河湖ブレッドが、アルプスは予報通りには行かない不安定な天候だが、今日の予報は晴れ時々曇り、最低気温-2度最高気温7度との予報。早速バスに乗ってブレッド湖畔から手漕ぎボートに乗る。周囲6㌔の浅い湖、冬場は凍りスケートが楽しめるはずだが、この10年凍っていない。目指すは湖に浮かぶブレッド島へ、し
こんにちは。ご訪問頂きありがとうございます。ベオグラード2泊3日の旅、3日目はユーゴスラビア歴史博物館・花の家へ。ユーゴスラビア歴史博物館は市中心部から少し離れたところにあって、さすがに歩くわけにはいかず、トロリーバスで行きました。国会議事堂横から40か41番で博物館前まで行けます。チケットはキオスクで購入可能で、1日券やチャージ式もあるのですが私は乗る時にドライバーから買えるとインフォメーションで言われたのでそうしました(ドライバーから買うと150で高いみたいです)