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『㉔8日目NY延泊2日目1日観光ツアーサウスストリートシーポート【マンハッタン,NY】』『㉓8日目NY延泊2日目1日観光ツアーリバティ島の自由の女神【マンハッタン,NY】』『㉒8日目NY延泊2日目1日観光ツアーマンハッタン観光【マ…ameblo.jpつづきです。2003年5月9日(金)☁NY延泊2日目『ColumbusMonument』※Wikipediaコロンブス記念塔コロンブスサークルの中心にある高さ76ft(23m)の柱で1492年に新世界への最
この、「旅のきろく」のテーマでは、過去の旅ではなく、これからの旅の記録を、綴っていきたいと思います忘れないための、自分自身の備忘録としての役割もありますニューヨーク4日目この日の朝食グレープフルーツジュースがとても美味しくて、毎朝飲んでました朝9時にロビー集合地下鉄に乗って、セントラルパーク近くの駅へ本当は歩いても行けるけど、時間の節約との事セントラルパーク入口に建つダコタハウスこの玄関前で、ジョンレノンが銃撃を受けたセントラルパー
今日の「ストロベリーフィールズ」🎵今日は(もう4月に入ったというのに)結構肌寒かったので人は少なかったですが「流し」をしている人はいました👍「流し」の人の背景は、あのジョンレノンとオノヨーコが最上階に住んでいた「ダコタハウス」ですよ!
大阪市西区江戸堀レトロビルダコタハウス2階の小さなイタリア料理店ダコタハウスは大正時代に建てられた建物で築100年ほどカウンター8席、テーブル8席で予約必須店ランチは1300円の1種類だけ食べれない食材やアレルギーの確認はありました日替わり前菜盛り合わせ口コミで知っていたけど想像以上のボリュームチキンカツやオムレツのようなフリッタータ毎朝焼き立ての自家製フォカッチャほんのり温かかった日替わりの自家製手打ちパスタ満席で断られている方もい
仕事でNYに来た末娘と待ち合わせてハイラインへ昔の廃線の高架線が2.3キロの空中公園に両サイドには素敵な建物が多く見てるだけでも楽しいアートもあちこちにあります途中チェルシーマーケットに降りましたここでも日本食が人気のようですお土産を物色NYの無印に置いてあるものは殆ど日本のものお値段は日本の3倍くらいセントラル・パークに移動してダコタハウスへ横のセントラル・パークではナンチャッテジォンレノンがいました可愛いリスさんが走り回ってました
こんにちは!ニューヨーク在住片づけコンサルタントの渡辺洋子(Hiroko)です。先日、大切な友人であり、インターナショナル・スタイリストとして活躍するモニカ・アバテマッジオ(MonicaAbbatemaggio)の出版記念パーティーへ行ってきました。会場は、マンハッタンのアッパー・ウエスト・サイド。セントラルパークを目の前に臨む、歴史的建造物「ダコタ・ハウス」です。ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんが住んでいたことでも有名な、ニューヨークの象徴とも言える場所。
謎の銅像があるヴェルディスクエアからトレーダージョーズに戻ろうとしたらスーパー目の前に何やら気になる建物があるので行ってみると「MTA」というNYの地下鉄の駅でしたNYでこれ以上、日本人観光客の一人歩きは危ない気がするけど、どうしても写真を撮りたかったからちょっと行ってみたなんの変哲もない、地下鉄の駅でしたまあ、ウチんとこに地下鉄なんて無いから従来の地下鉄がどんなんかは知らんけどあと、やっぱ1人で地下鉄に行くのはめっさ怖かったから、一通り写真を撮ったら超特急で地上に駆け
10日前になりますが、大阪西船場のレトロ建築を巡るツアーに参加してきました【西船場】レトロ建築巡り!ヴォーリズの大阪教会と、江戸堀コダマビルを特別拝見:~荘厳なパイプオルガン響く礼拝堂、東洋のヴェニスが生んだ近代建築を訪ねて~#ky26b0140|京都のミニツアー「まいまい京都」https://share.google/Zj2mjB9SEQEl3vosZ大阪教会大好きな煉瓦造ですが、重厚感が凄いです。ヴォーリズの設計。この煉瓦の積み方をフランス積みというそうです。煉瓦積みの模様が
2025年12月24日(水)のブログ映画「夢と創造の果てにジョン・レノン最後の詩」を観て来ました。映画『夢と創造の果てにジョン・レノン最後の詩』ドキュメンタリー映画です。ビートルズ結成から解散は前置きでその後のアメリカ永住権の取得や反戦運動、殺害されるまで等の最後の10年に焦点を当てた構成になっていました。特に殺された時の状況は色々な方にインタビューをしていて初めて知る内容もありました。ダコタ・ハウスの住居で事件を見ていて警察に捕まる犯人
ジョン・レノンのドキュメント映画の記事が毎日新聞の映画サイトに掲載されました。映画の推し事:悲劇から45年明かされた“ジョン・レノン死す”スクープの攻防|毎日新聞あの忌まわしい事件から45年がたつ。世界中に衝撃が走った1980年12月8日。どれだけ多くの人々がショックを受け、立ちすくみ、泣き崩れたことだろう。私もその一人だった。mainichi.jp1ヶ月後には、有料になってしまうため、全文をここにアップしておきます。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「神戸ニニンガ日誌」(第3,544号)【金曜日は過去の号を再録します】○「【おばんです!青森】のお時間です。33年前の昨日、凶弾に倒れたジョン・レノンをイタコの口寄せによって降臨させようとここ恐山に来ております」○「ご案内とイタコの通訳をしてくださる、五所川原さんです。おばんです!」「はいス」「五所川原さんのご職業は」「なにやワスのしゴてサきくけ。まァこんたら、キよードスかタっちャら」○「本日は、郷土史家の五所川原さんと恐山に来ています。あれがイタコさんでしょうか」「イタコ
■ジョン・レノン1980年12月8日。この日、ジョン・レノンは、自宅のダコタ・ハウスの前で、マーク・チャップマンに撃たれて亡くなりました。ジョン・レノン、1940年10月9日生まれ。本名ジョン・ウインストン・レノン。誰もが知ってる、世界的なミュージシャン。そのジョンに纏わる、ちょっと良い話。ジョンが、お忍びでオノ・ヨーコと日本の軽井沢に滞在していた頃の話。ある日、彼らが立ち寄った喫茶店の有線で、偶然にも「サザン・オールスターズ
今日はJohnLennonの命日何処そこもビートルズの曲がかかっているのだろうご冥福を1995年にNewYorkを訪れた際にダコタハウスに行った事を思い出した
1980年12月8日夜、ニューヨークの自宅であるダコタハウスの前で凶弾に倒れ非業の死を遂げたジョン・レノン。享年40歳本名ジョン・ウィンストン・オノ・レノン(JohnWinstonOnoLennon)イングランド・リバプール生まれのイギリス人。ご存命なら85歳。このショッキングなニュースはよく覚えている。事件が起きたのが12月8日夜。ということは日本時間で9日の午前中。当時、25歳だった私はデートの帰り道、吊り革を握って電車に揺られていた。ふと隣のおじさんが広げていたタブロイ
今日はハロウィンだったからか?夜の配達時にセントラルパークで花火が打ち上げられてました🎆超有名高級アパート「ダコタハウス」の後ろ側に花火が見えます👍https://ja.wikipedia.org/wiki/ダコタ・ハウス
皆さん、こんにちは!今日はニューヨークの超高級マンションダコタ・ハウス*を見学に行ってきました*英語ではtheDakotaもしくはtheDakotaApartmentsもちろん外から眺めるだけですがCentralParkWestbetween72nd&73rd正面玄関は72ndStreetにあります↓これまでも数々の著名人が住んだそうですが中でも特に有名なのはジョン・レノンとオノ・ヨーコジョン・レノンが銃弾に倒れたのもここでした1980年12月
ご訪問ありがとうございます🙇♀️ニューヨークよりお届けしているタコです。お初の方は私と家族紹介もう数年イエローキャブ🚕に乗っていない。ウーバーに乗り換えたのではない。私はウーバーには3回くらいしか乗った事はなくそれも友人や息子が呼んでくれたので自分では呼び方も知らない時代遅れ者…😓キャブやウーバーに乗らないのはお金が勿体ないのも勿論あるけどマンハッタンの街中をトロトロ走ったり止まったりされると車酔いしてしまうからなので地下鉄かバスか歩きが常
【楽天16部門1位受賞】ボストンバッグ旅行旅行バッグレディースメンズ大容量ナイロン軽量一泊旅行バッグ女子3way1泊一泊二日軽い修学旅行子供高校生2泊ゴルフ3泊おしゃれトラベルバッグキャリーオンバッグ旅行カバン旅行かばんボストンバック楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}ダコタハウスストロベリーフィールドジョレノンの歌を歌う方が、今日もいましたセントラル・パークの小鳥さんすずめ?子供?リス公園を抜けると、カー
⚾️今日の「デーゲーム・ランチ配達」⇧最初の2時間分⇧最後の30分今日の「デーゲーム・ランチ配達」中の天気予報は(9〜12時)、5℃〜6℃の晴れ時々曇り🌤️4月に入ったというのに「5℃」ですかい〜❗️真冬じゃないですか〜❗️しかし今日は久々に「晴れ」が見れました〜❣️コレだけで結構嬉しいアラフィフ・フーデリ配達員www幸せ閾値、低っ😂晴れ〜晴れ〜晴れ〜🌞フレーフレーフレー?wwwワタクシ、「晴れ」というだけで写真撮りたくなるのです🌞♪🌞ほら、目の前の木々さんも花咲かせて喜んでます
音楽備忘録(32)「ジョンの魂よ、永遠に!」①それは、1980年12月9日のことだった。いつものように飲み歩き、酔っぱらって深夜に帰宅するとラジオをつけた。サザンオールスターズの桑田佳祐の声が聞こえてきたが、それは普段とは違う沈鬱な声だった。「ジョン・レノンが死んだ」言葉ははっきりと聞き取れた。しかし、その意味するところが全く頭に入ってこない。酔いは一気に冷めていた。「ジョン・レノンが死んだ?この人は一体何を言っているのだろうか?」悪い冗談だ。だが、ラジオのチャンネルをどこに合わ
ニューヨーク旅行、続きです。↓↓前回↓↓『ハッピーアワーでオイスター!〜⑩ニューヨーク旅行』ニューヨーク旅行続きです。↓↓前回↓↓『ニューヨーク近代美術館へ〜⑨ニューヨーク旅行』ニューヨーク旅行、続きです。↓↓前回↓↓『お土産もの探し【グランドセント…ameblo.jp2025年1月のニューヨーク。旅行の前半は、まだまだ寒さはマシでしたが、寒波が訪れて、一気に冷え込んできました。この日は−7℃くらいだったようです。湿度が低いので、体感的には日本で想像するよりはマシだったけど、それでも
W73st左手にはダコタハウスW72stダコタハウスエントランスこの日、12月8日はジョンレノンの命日でした横断歩道渡って…セントラル・パーク側へ追悼集会?でごった返していましたストロベリーフィールズの「imagine」モニュメントには辿り着けず…岩盤の上に各国の標記プレートが貼り付けていました📝もちろん、JAPANもコンドミニアム「TheSanRemo」確か…撮影は篠山紀信でしたねジョンが射殺後、高校3年の時に買ったLPレコードBowbridgeはプロポーズの
24年12月9日読書の時間〜ジョン・レノン最後の3日間THELASTDAYSOFJOHNLENNON〜昨日、12月8日はジョン・レノンが凶弾に倒れた日1980年12月8日…ジョンはダコタハウスの前で男に撃たれた男の名はマーク・チャップマン本書は、ジョンとジョンを撃った男のストーリーが並行して進むドキュメンタリージョンが亡くなって44年今年も街にはHappyChristmas(WARisOVER)が流れるでも戦争は終わらないtarezo…(T_T)y-.。o
こんにちはいつもblog訪問ありがとうございます。穏やかな天候に恵まれた1980年12月8日の米ニューヨーク。深夜若い男が英ロックバンド、ビートルズ(TheBeatles)の元メンバー、ジョン・レノン(JohnLennon)さん(当時40)を背後から拳銃で4発撃ちました。ジョンは妻のオノ・ヨーコ(YokoOno)さんとレコーディングスタニューヨーク市のダコタハウスジオから帰宅したところでした。ジョンはパトカーの後部座席に乗せられて病院に搬送されまし
12月8日快晴の日曜日。松屋で朝ごはんを食べて、chocoZAPでジョン・レノンを聴きながら少しだけマシンをやった。残念ながらマッサージチェアは予約できなかった。ジョン・レノンがダコタハウスの前で撃たれて24年。
12月8日「ROCK今日は何の日?」1980年、ジョン・レノンが自宅のあるニューヨークのダコタハウスの前で射殺される。約5年間音楽活動を休止した後、音楽界に復帰した矢先だった。この日から、音楽の周りが少しずつおかしくなり、現在に至ってると感じるのは気のせいだろうか…
12月に入ってこの日が近づくと、やっぱりジョンの記事を書かなくちゃと思う(^^;)ぼくは90年代NYに住んでいた時に、セントラルパークのストロベリーフィールズ記念碑やダコタハウスにも行ったりしたんだけど、さすがダコタハウスの玄関前に行ったときは、感慨深い気持ちになったことも懐かしい。そう・・・ジョンはその場所で射殺されたわけなんだから・・・当時ジョンを射殺したマイク・チャップマンはジョンの狂信的ファンだったなんて報道されたけど、今思えばDS(ディープステート)の仕業だった
10月9日はジョン・レノンの生誕日ですね♪毎年この時期になると思い出すのが、ニューヨーク時代の記憶です。90年代前半に3,4年NY州のブルックリンに住んでいたのですが、今思えば、マンハッタンのダコタハウスやセントラルパーク内にあるストロベリーフィールズ広場に行ったことがなつかしいです(^O^)上の画像はNYにいたときに、よく行ったセントラルパークにあるストロベリーフィールズのそば。写真には写ってませんが、このそばの地面に記念碑のサークルがあります。写真は光ってしまっているけど
精神的恐怖を描いた古典オカルトホラー現代で言う"劇場型詐欺"のような日々が徐々に彼女を苦しめてゆく様に観ていて背筋が凍るローズマリーを演じた60年代ファッションを身にまとうキュートなミア・ファローがラストにくだした決断が母性とも狂気ともとれるこれこそ最大の精神的ホラー
「ジョン・レノンが暮らした家」が8億8000万円で販売中|ForbesJAPAN公式サイト(フォーブスジャパン)ジョン・レノンは、ニューヨークのダコタハウスで暮らしていたことで有名だが、彼はその前に恋人のオノ・ヨーコと共にソーホー地区に住んでいた。レノンは、ビートルズの解散直後の1971年にマンハッタンのブルーム・ストリート496番地にある2階建ての...forbesjapan.com