ブログ記事45件
1983年の今日は!?中学1年のぼくのきたなすぎる字で申し訳ありませんが、めんどくさく、これで勘弁してください(笑)前座2試合はなんともびっくり、後のJBが勝利!ジュニアチャンピオンの立野はすでに松本から勝利をあげており、もちろん金星ですが、さほど驚かず。全日本から転落して松本も調子があがらないのでしょうかね。山崎がクラッシュ結成することが決まっている乗っている長与を抑え込んだのはすごいですね!!休憩前ラストはタッグ王者の堀があぶなげなく(たぶん)マッキンタイヤーをくだしております。そ
1983年の今日は北海道の八雲での大会でした。大沼近くの八雲ですから、北海道遠征もまもなく終了、本州に戻る直前ですね。ちなみに翌日長万部、次が函館、そしてフェリーで本州へ。青森県の大畑大会へと続きます。そしてこのシリーズは17日旭川からはじまり、そこでマーチン、マッキンタイヤーが合流。アメリカから札幌行きのフライトなんてあったんでしょうか?それとももちろん成田におりて、羽田に移動で旭川空港にむかったのか。大変な移動ですね。全シリーズの外国人の主役、ギャラクティカ、モンスターもこの旭川大
1983年の今日は都内の練馬大会。☓飛鳥(脳天砕き)モンスター◯セミ◯ミミ(回転エビ)松本☓メイン横田&堀&大森(1-2)ギャラクティカ&デビル&タランチェラ☓大森(片エビ)ギャラクティカ◯◯横田(回転エビ)タランチェラ☓☓堀(リングアウト)タランチェラ◯メインは当時赤いベルトを争っていた横田とギャラクティカ、そしてタッグ三番勝負をしていたダイナマイトとデビル組の6人マッグ。超豪華!なんとタランチェラが1本最後にリングアウトでもとるところがにくい!!そして半年後には変則タ
1983年1月4日の後楽園大会。メインはジャガー&ミミを迎え撃ったデビルとタランチェラのタッグ選手権。はい、これです。この日はお正月興行なので入場式がありました。え?タランチェラ、まったくコスチュームちがうし、デビルもガウンがちがうし、水着もリングシューズも違うような、、、。もしかしてちがう年の入場式?とも思ったけれど、小松原がいることでまず1983年しかありえないし、レイラニ&ミッチェルもこの日ダイナマイトと試合をしているし、間違いなく1983年1月4日。まさか、デビルのおしゃれな
当時デビル軍団最強ペアとしてWWWA世界タッグを六回防衛したふたり。1983年正月の後楽園でジャガー&ミミから完全勝利して、この年もぶっちぎるのかと思いきや、ジャンボ堀&大森ゆかりにストップさせられたふたりだが。この年はどんな戦績だったのでしょうか?1月4日後楽園WWWAタッグ(2-1)ジャガー&ミミ1月11日銚子(1-2)横田&堀1月17日浜松(2-1)ミミ&堀1月26日防府WWWAタッグ(1-2)堀&大森1月28日柳川(1-2)横田&長与長与が二本目、タランチェ
1983年の今日は、沼隈町大会。沼隈町ってどこなんだろ、、、ミミ、大森、立野のアイドル系トリオ(大森は美形?アイドルではない?)にデビルもレイラニカイの顔面プロレス(顔で試合を作ってしまう)ふたりと、この頃からどんどんデビルに可愛がられている感が強くなってきた山崎が抜擢。のちのJBのふたりがメインに抜擢ですね!セミは機動力系のふたりの対決。スピード感ある試合になったのでしょうね。そして休憩前ラストは大型対決。その他はライオネス飛鳥、長与千種、松本香、小松原、ペニーミッチェルがいます。
1983年の今日はこんなカードでした。(中学時代の汚い字、ご理解ください)下期はメインの6人タッグがめっきり減って、ダイナマイト、クラッシュを中心としたタッグで大会を締めることが増えてきた時期でした。セミはもう長与との勝負も勝たせてもらえなくなってしまったミミと、オールパシフィックに挑戦も引きわけた長与の再戦。メインはシングル、タッグ、ジュニア王者のトリオに上半期までは最強タッグを誇示していたデビル、タランチェラ、そこにプリンセスビクトリアがくわわった試合。大森、松本、チェイス、山崎、
引退後に写真週刊誌に載った一枚!ミミの特集なんですが、一枚に、あれ?な方が写っている??肩に担がれた方、だれでしょうか?ワイルド香月に見えるんですが、、、、、ちがうのかな?謎な一枚。ミミと親しかったワイルド香月、タランチェラならファンはうれしいですね。でもちがうのかな〜
先日デビュー記念日のときに、クレーン・ユウがSNSにあげた写真の1枚にタランチェラとのマスクウーマンズの1枚があったのだが。もちろん極悪の一枚だったり、新人王3位のときの写真だったりもあった中の一枚ではあるけれど。タランチェラのことをなかなか取り上げる方がいないなかでなんか新鮮でした、とっても。なかなか表にもでてきてくれないタランチェラ。みなみが今回でてきたように、なんかのタイミングででてきてほしいものです。仲良かったデビルともいまは連絡とっていないようなので、残るはミミでしょうか!?
1982年の今日は都内の三鷹での試合。はい、こんなラインナップです。この頃売り出していた高階がメイン、そして前日にジュニア転落してやめるやめるといっていた長与が別移動で合流したようです(たしか長与がご自身でバスには乗らず親と後援会の方に説得されて辞めることを回避したと語っておりました)。同じくタッグ王者から転落した大森とシングル。前日タッグ王者になり覆面をかぶったタランチェラは前座に出場でしょうか?!タランチェラ、飛鳥、松本、立野、山崎、小松原が前半戦3試合なのか、タッグとシングルなの
1983年の今日はどんな大会??北海道の中川町での大会でした。前日が札幌での大一番、WWWAタッグ3番勝負第3戦でしたが、まさかの決着つかずで、旭川にもちこしでしたが。退場したタランチェラも試合しております。すごすぎ。ユーチューブでみたことありますが、膝が痛くてほとんどあるけずでデビルがおんぶしてあげて会場入りしていたタランチェラ、小さい体育館だったので、この日なのか、翌日なのか。当時、翌日も試合していたからほんとに痛かったのか、アングルだったのかかなり疑ってましたが、元レスラーの
1982年11月30日広島大会のメインWWWA世界タッグ選手権デビル&タランチェラvs大森&長与テレビでもやってないんではないでしょうか??見た記憶が一切なく、写真もみたことなかったんですけど。飛鳥と大森のトークショーにいったときにいただいた冊子に1枚だけ写真載ってました。ちなみにセミはケイトが挑戦する予定のWWWAシングルで、マスクドユウが代打で出場した試合です。照明の感じからもノーテレビ何でしょうか??ちなみに頂いた冊子にはデビル&タランチェラの4度目の防衛戦と書かれてましたが
デビル軍団の最強ツートップ、デビル雅美とタランチェラ。いつも水着もガウンも新調してお揃いできていたイメージがありありで。↑なんかちょっと意外な写真にみえました。よくよくビデオを見返すと、タッグを組み始めた82年正月の後楽園ではスペンサー風のガウンとシルクハット、リングシューズを色違いにして、水着は別々。そしてタイトルを奪った福島でのミミ&大森戦、リターンマッチのミミ&大森戦、千葉でのミミ&堀戦、大森&飛鳥戦、大森&長与戦、飛鳥&長与戦とどれも別々の水着で防衛ロードをはしっていたけれど、翌年
1983年の今日は鳥取での大会。翌日を大阪での大一番を控えた大会でした。きったない中学生の汚字でごめんなさい。翌日のオールパシフィックのミミとビクトリアの前哨戦、デビルと堀、タランチェラと大森のタッグ三番勝負の前哨戦的な意味合いの大会でした。タランチェラはこのころ絶好調。前日の山口の萩大会ではミミと20分ドロー。タッグの三番勝負もいいけれど、まさにこの頃にミミに挑戦させてあげらよかったのに、です。なんと、萩大会ではオールパシフィックに挑戦のビクトリアが堀に勝利!ビクトリアのことを持
1982年の今日は鹿児島の出水大会でした。当時のメモ書きというか、なぐり書きというか、、、この字は二十歳くらいのときに書き直したのだったか、、、記憶が定かではありませんが、、、、こんな大会だったようですね。二日前のテレビ取りで横田がコーナーから場外に飛んだのはいいけれど、目測をあやまったのか、足をすべらせたのか、届かず場外に自らたたきつけられ怪我で欠場していましたから、人気のツートップ、ナンシーとミミがセミとメインを務めております。しかし、そのミミも2月9日に怪我したのか、欠場。横田と
実質5代目ブラックペアとでもいいたい、デビル&香月。チーム名がないのが残念すぎます。パワーファイターのデビルに、スピード&テクニックの香月。いいペアでしたね。
1981年の12月10日、山梨の都留大会メインでびっくりなカードが!!ミミ萩原&本庄ゆかり&長与千種(2-1)ウエンディリヒター&ペギー・リー&伊藤浩江△(両者リングアウト)△◯ミミ(体固め)伊藤☓本名ではやってますが、ヒールでバリバリやっていて、翌年からマスクドユウに変わることもきまっていたであろう選手がメインでアイドルのミミとペアって(笑)そして前日の越谷大会で新人王をとった長与はご褒美のメインですね。そして青コーナーもタッグに挑戦予定が骨折で棒に振ったペギー・リーが二日前から
伊藤浩江。タランチェラになった頃には本当に膝が悪かったようで和式のトイレはしゃがめなかったとか。名前はだせませんが、某女力◯山がキャッチコピーのレジェンドにお話きいたことがあります。あの、長与、ダンプ、ブルのトークショーで話題になった「チッ!」って舌打ちする話をたしかめたくて聞いたときに膝の話になって。旭川でWWWAタッグをやったときにタオル投入で負けたんですが、翌日から試合をしており、飛鳥には勝っちゃったり(笑)というのがあったので、あの膝ももしかしてアングル?と思ったらほんとに相当悪
55年8月の田コロ大会。奥村vs伊藤がらがらの客席が気になります。55年組が大量にデビュー戦を行った日。奥村の横に映ってる段々の席はがらがら。田園コロシアム、夏に見るのは暑いんですよね〜。これはだれだろ?上は坂本?それとも新国と松本??デビュー戦で弓矢固めとかすごいですね。でも屋外のこういう大きな会場、夏の風物詩的な感じでいまみてもいいですね。
1980年8月8日田園コロシアム奥村vs伊藤新聞には結果はでてなかったのですが、どっちがかったのでしょうか。正規のオーディション合格メンバーでふたりとも53年のオーディションに落ちたんですよね、たしか。2年後に合格。伊藤は後のタランチェラ、池下二世でしたが。奥村は残っていたらだれに似たタイプになったんでしょうか。細くてルーシーのような感じなのか、何試合かTvでみましたが、どんなタイプにそだつんだろうか?まったくわからない奥村。会社に期待されてましたが、やっぱりデビューしていきなり期
タランチェラのドロップキック。長与とダンプがトークショーで「チッ!チッ!」というと言う話が川上法子とともにあがっていたのがタランチェラ。なんとなく当時はまだまだ一軍ではなかった長与に対してイライラしていうのかな?と思いきや、当時からよく戦っていたある選手にきいてみたところ、「チッ!チッ!あっ、いってたね。たぶん自分が動けるからイライラするんじゃない?」ということでしたが。デビルやミミとはなかよかったけれど、それ以外の選手とはどうだったんでしょうね。リサーチ続けてみたいと思います(^^)
先日?といってもだいぶ前?に続いての名タッグチームのラストマッチは?第二弾いってみましょう!ヤングペア昭和54年10月14日広島セミNWAタッグ選手権ビッキー&グレーブル(1-1)ヤングペア◯ビッキー(片エビ)横田☓☓グレーブル(エビ固め)横田◯△王者(両者リングアウト)YP△もしかしたら2日後の岡山大会の可能性もあるが、カードがすべて新聞に載らずで解ってる範囲でこのカード。ただ、この翌日福山大会では塙はルーシー、富士美とトリオで出場。レディゴンの本人のインタビューだと地方
歴代の選手でドロップキックが得意な選手ってだれ?と聞いたらだいたい名前がでそうな選手2人、、タランチェラと山崎。そのほかだと永友、加藤悦子、宇野、豊田、中西あたりでしょうか。そして全女に伝わる背面式のドロップキック。男子でもやらないわけではないけれど、基本空中にとびあがったときに捻ってキックしたあとにお腹から落ちるように受け身をとるのがドロップキックの本流だけれど。山崎はだいたいこの背面式でしたね。タランチェラは軽く飛んでどっちでも器用にこなしていたと思います。片足ドロップキックの場合
マスクドシスターズマスクドマリーキラーリー赤木まり子柳みゆき☆ミスZ大西弘子☆ブラックペア池下ユミ&阿蘇しのぶ☆二代目ブラックペア池下ユミ&漆原幸恵☆シルバーペア赤城マリコ&シルバーサタンメンドーサイトウ伊藤浩恵マスクドユウ本庄ゆかりタランチェラ伊藤浩恵ハイパーキャット小倉由美ZAP伊藤薫&渡辺智子ラギャラクティカパインテラスレーニャザ・ダイナマイトドリル仲前影かおる豊田記代本庄ゆかりブリザードyuki長谷川咲恵二代目ブリザード
ほんと、仲良しだったみたいですね。タランチェラ、デビルやミミといると表情がやわらかいですよね。年齢的にも同期でも若い子といるより上の世代のほうが本人的にも気楽だったんでしょうかね。
ワイルド香月(タランチェラ)vsマスクドユウ試合開始前のコールとともにマスクを外して挑んだ全日本選手権挑戦者決定トーナメント決勝。客席で観てましたが、まさかのリングアウト敗け。2年前、WWWAシングル挑戦者決定トーナメントではドロップキックを首元に入れた香月の圧勝だっただけに、このリングアウトはなにか腑に落ちなかったのだが。ガチンコ勝負のはずなのと、引退を決めていたから負けを覚悟で戦っていたのかな??とも思うのだけれど。敗けた後にリングで発表するのではなく、翌日届いたデイリースポーツに
1983年にビューティ時代以降、なかなか存在しなくなっていた正式なタッグ、クラッシュギャルズが誕生。その後、当時のチャンピオンチームもダイナマイトギャルズと命名され、この2チームが83年後半のメインの試合を任されることが多くなり、対戦相手もヒール一辺倒だったマッチメークから、ダイナマイトやクラッシュを軸に、ミミ&立野、ジャガー&立野などのベビーフェイスをぶつける対決も増えていった。そうなるとヒールサイドが余ってしまい、前座で一試合はヒール対決が組まれる日が増えてきた。そんな中での83年の一
先日YouTubeでタランチェラがキラーカーン、平田淳嗣、高野俊二、ヒロ斎藤を海外にレポートしにいった番組を久びさに上がっていたのでみたのだけれど。前にも何回も見てるから知っていたはずなのに、タランチェラが海外で復帰したこと、まったく忘れてました。カナダマットに平田たちをレポートしにいった際に知り合いのプロモーターに頼んでカナダで一試合だけ復帰戦をしたようですね。本人から相手も語られていないし、だれなのかわかってないんですけど、、、引き分けだったと語っていました。膝が悪くて引退したはず
この三人同期でありながら活躍した時期が若干違うので、並ぶと新鮮。まず奥村はデビューしたときから比較的注目されてましたよね。そして翌年広島で班も違うのに何故か横田と組んでNWAインターガールズタッグを奪取!デビュー一年未満でのタイトル奪取、奥村のちからが開花するのかと思いきや、その年の夏にはフェイドアウト。そして次に伊藤がでてきました。2年目からデビルのパートナーとしてたびたびTvマッチに登場。55年組の最初のプロテストに受かっていながら5月の大宮ではデビューできず。しかし天性のバネと当
本名でデビューして、ワイルド香月に改名したのもつかの間、8ヶ月で覆面レスラータランチェラに変身。しかし84年1月、膝の故障からの引退を発表すると素顔のワイルド香月、べビーフェイス版で一週間戦い、リングを降りた。タランチェラを貫き通すのではなく素顔に戻って引退したということはやっぱり思いいれがあったのはワイルド香月というリングネームだったのでしょうか。プロに徹していたけれど、最後は仲良しのミミと組んでたたかったり、最後の最後で楽しそうなカードがたくさん実現して。白いベルト巻くんだろうなと思