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スメドレーが、延安で暴れ馬の「雲南」から振り落とされて、背骨を痛めたことがあった。その傷がまた痛みだしたので、ロサンゼルス北のオハイという山村でマッサージ治療をしてもらい、それが縁でその家に住みついた。彼女はここで『中国の歌ごえ』を書き上げた。その中には、父母の思い出と自分の幼年時代、ニューヨークの苦学生時代、ベルリンで一度は命を絶とうとした激しい愛憎の8年間が書かれ、その後ようやく主題の中国の話になる。歴史的なアジアの戦争を他人事として描くのでなく、絶えず自分自身の人生の体験として伝えている。
1992年6月、私(渡部)は北林トモが東京渋谷から移住していった夫の実家・和歌山県粉河を調査のため訪れた。尾崎秀樹は、1968年に2度目に粉河を訪れた時のことを、次のように書いている。「・・・私はせめて北林トモと夫芳三郎のお墓だけでも知りたいと頼み込み・・・粉河寺に近い福正寺の墓所に詣でることができた。」私たちはこの文章を頼りに、福正寺(正しくは福生寺)の墓地をくまなく探した。だが、芳三郎・トモ夫妻の墓はなかった。地元の人に尋ねると、その墓は福生寺ではなく粉河寺の裏山にあると教えてくれた。広
伊藤律は1935年4月、懲役2年執行猶予3年の判決を受けた後、大阪の堺化学工業に臨時雇で就職した。8歳年上の又従兄、水野孝次の“つて”であった。そこでは、臨時雇いの身分でありながら「会社に労働条件を改善させるには団結しなくちゃダメだ」と説き、わずか5カ月の間に人夫たちの3つの組を1つにまとめ上げた。律は水野には、転向して出てきたと言ったが、水野は転向した男がこんな危ない橋を渡るはずがないと思ったという。文芸評論家の尾崎秀樹は尾崎秀実の異母弟であり、ゾルゲ事件に関する著書を精力的に発表し『伊藤律
ゾルゲ事件とは何かゾルゲ事件は1941年、日本政府の最高機密や国内情勢、駐日ドイツ大使館の極秘情報をソ連に通報したとしてドイツの新聞特派員リヒャルト・ゾルゲなどが逮捕された事件である。共に逮捕され死刑にされた尾崎秀実は近衛文麿首相のブレーンだった。ゾルゲは、駐日ドイツ大使オットーからドイツ大使館の極秘情報を手に入れ、尾崎からは日本政府の機密情報を入手し、ソ連に通報していた。この情報により、ノモンハン事件ではあらかじめ軍備を補強していたソ連が日本軍を完膚なきまでに叩きのめした。また、1941年に
プロローグ伊藤律は腎不全のため1989年8月7日に亡くなった。通夜には、椎野悦朗はじめ「徳田球一記念の会」の会員たちが集まったが、1人また1人と帰り、11時を過ぎると親戚も皆引き上げて、私(渡部)一人になった。少しばかり寂しいが、今宵は律さんと二人だけの葬式をやろう。残念だったろうな・・・耳も聞こえず、目も見えなくなるほど、あなたの身体をこんなにめちゃめちゃにしてしまった27年間の獄中生活とは、いったい何だったのか!野坂参三はこう言っているんだ。「北京機関もその誤りの所産であって、日本共
リヒャルト・ゾルゲさんリヒャルト・ゾルゲ(ドイツ語:RichardSorge,ロシア語:РихардЗорге)別名:ラムゼイインソン1895年10月4日生まれ、1944年11月7日、49歳没。ロシア帝国バクー県バクー郡サブンチ生まれのロシア系ドイツ人のジャーナリスト、スパイ、諜報員。肩書き:『フランクフルター・ツァイトゥング』東京特派員駐日ドイツ大使館情報官ゾルゲ事件の首謀者。1933年から1941年にかけてゾルゲ諜報団を組織し
風見章、尾崎秀実、R・ゾルゲらの工作で日本は敗戦した。彼らは〝敗戦革命〟(※1)つまり、国体(天皇制)解体を狙っていた。そして、GHQの諜報局(CIS)課長として来日したE・H・ノーマン(※2)が、それを引き継いだ。マッカーサーの通訳も務めた、この男が、公職追放、東京裁判被告人選定、新憲法制定を主導し、皇統の断絶をも含む〝敗戦革命〟を企てたのである。E・H・ノーマンは日本生まれで、風見章とは旧知(同志)だった。拙著で次のように書いた。●●●
1935年、スターリンは、「ドイツと日本を暴走させよ!しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならぬ。(中略)米国を参戦させて立ちはだからせよ」(※)とコミンテルン大会で演説した。それに呼応し、日本は軍の北進(ソ連攻撃)を停止し、南進(海南島・ベトナム進駐)に変えて、米国の参戦理由を作った。風見章、尾崎秀実、R・ゾルゲらが、近衛内閣を動かしたのである。〝歴史は繰り返す〟と言う。戦後80年、日本は、あの敗戦から何を学んだのか?わが国には、他国にある「スパイ防止法」さえ
軍部の暴走と言うより、メディアの暴走だ。鬼畜米英と戦争を煽った。そこに、コミンテルンのスパイである。ゾルゲが、朝日新聞の尾崎秀実等と結託をして対米戦争に突入させた。だから、スパイ防止法は制定すべきである。近衛内閣の中枢に潜入をして対米戦争に突入をさせた。ハンナ・アレントの語る「悪の凡庸さ」という言葉は、ナチスの犯した犯罪の悪の巨大さを否定するものではなく、ふつうの人々が自分で考え、自分で道徳的な判断を下すというあたりまえのことを回避したことによって、そのような巨大な犯罪が犯されたことを
第二次世界大戦中、日本に滞在したドイツ海軍関係者は大きく分けて2つのカテゴリーに分けられる。最初のグループは、日本軍との作戦上連携を図ったグループで、ドイツ海軍武官室に勤務した。本国から派遣されトップの武官、補佐官は外交官のステータス所持した。もう一つはドイツ艦船の乗組員である。彼らは喜望峰、インド洋をまたぎ連合国が制海権を持つ中を突破して日本にやってきた。しかし、1942年11月30日の横浜港でのドイツ艦艇の爆発で3隻を失い、残った船舶も戦況のさらなる悪化で、あまりにも危険と帰国を
スパイ防止法が必要。ゾルゲ事件だ。ゾルゲ事件とは、ドイツ人リヒアルト・ゾルゲと元朝日新聞社員尾崎秀実を中心とする国際諜報団(ラムゼイ機関)による第2次世界大戦前夜の日本の政治、外交、軍事等の情報を、ソ連共産党(コミンテルン)に通報していた極めて大がかりなスパイ事件であったといわれるのだ。このことが、近衛内閣に影響をもたらして大東亞戦争の敗戦の原因となった。そんなことを考えてもスパイ天国の日本でスパイ防止法は制定をすべきです。自民党保守派への攻撃をするのは、左翼ばかりでなくて、新興政党の
「3歴代ノ天皇(その57)」今日は、ゾルゲ事件みなさん、おはようございます九州は梅雨入りしたようです日本の四季は豊かですこよみ日をよみましょうサッソウと皐月、五月怠けるな五月休日の人は運の補給をお願いします(笑)楽しく國史を学び家族のためご自身のためにお役に立てれば幸いですコメントお待ちしています!5月17日はソ連のスパイが逮捕され各紙一斉報道しましたゾルゲはドイツ人の記者として来日ソ連侵攻の情報を流しました
俄かに、暫く鳴りを潜めた居た『渇(活)字熱病(=読書)・・・』の再発に浮かされて居るジジイは、目下、けのふ(昨日)挙げた『潮音』の沈溺だけに飽き足らず、暇を見出しては、、眼の前に開いたiiyamaPCくんの下に並べた『Kindleバナー』を繰っての『電子書棚漁り』にも精を出す乱読ザマまで冒し、昼の指休みの時間は、目下、こんな生臭い本を繰って入る・・・(汗)(画像は、amazonより拝借)この『PC書棚』ってヤツは場所も取らないし、クリック一つで、直ぐに元の作業に戻れるから
脆弱性の悪用情報の影響は、ある種の曖昧さによって特徴付けられる。これは、何が社会的議論の真の要素であるかを判断することが時々難しい。政治的な議論の場合に困難を伴う。情報を正しく伝えることは民主主義のプロセスの自然な部分であり、公開性と異なる意見を持つ人々の間で議論する機会に基づいている。外国勢力が同様の意見を表明しているからといって自動的に同情するわけではないことを覚えておくことが必要である。民主主義を損なうことを目的として、情報影響力において誤解を招く手法が組織的に使用されて
ランクBの上~Aの下太平洋戦争直前の逮捕まで日本の最高機密をソ連に報告したゾルゲのスパイ活動を検証した本です。リヒャルト・ゾルゲ(1985~1944)ドイツ人父とロシア人母に生まれる大叔父は、マルクスの秘書だったと言われているが未確認。3歳でロシアからベルリンへ移住し、教育を受ける。学校を中退し、第1次大戦へ志願し3度負傷するが・・・未確認
1941年12月に日本は対米開戦に踏み切るのですが、何をどうしてそうなったのか?それ以前から謎や疑問が満載です。そもそも、支那事変は続行中で、日本は中国大陸で戦争をしています。主に陸軍なのですが…それで今度は海軍が海戦に踏み切るとは?何をしてくれてるんだ!という感じです。これもお役所仕事のなせるワザ。陸軍が戦っているから、予算をよこせとなって、海軍は海軍で陸軍に予算を取られるぐらいなら、俺らも戦争するというマインド。何の為に戦争をするのか?それは日本が滅んでも、予算を獲得するというマインドです
近年ロシアで文書公開が進んだこともあり、旧ソ連の政軍関係との関連で見ていく試みた本書。ゾルゲの立場も当然ではあるけれども、ソ連国内との関係やドイツとの関連では語れない部分があって、それを改めて示してくれた。ただ、憂慮すべきことはウクライナ戦争で、現地調査が儘ならなかったり、ロシアファーストの潮流から、ロシアの不名誉な歴史から目を背ける趨勢になっていて、現代史の研究が停滞している流れになっているのがきがかりな点である。
神武天皇即位紀元2684年8月16日金曜日皆様、おはやうございます⭐️下元景太です😊3日前の夜🌉は前からの腰痛とパニック障害になりかけ、苦しい時間を過ごしましたが、何とか回復し、昨日の昼は生ジョッキを飲めたぐらい普段通りです❗️私の不調というのは、環境もそうですが、他人の為に耐え切れずに、Overした為、そのDetoxですね。ある大人が私にして来た事、もうバレバレですから😆Titleはまさにその事で、世界の夜明けの後の人生愉しみです。私が仮に壁が
笑って、もうひと頑張りみなさん、おはようございます寒いですね上着があると便利です週末です笑って過ごしたいところですがもうひと頑張り酸っぱいものを食べましょうアリガトウ「5月17日」の國史です「ゾルゲ事件、一斉報道」昭和17年(1942)5月17日昭和16年(1941)9月から昭和17年4月にかけてソ連のスパイ組織が逮捕されます5月17日の朝刊で各紙は一斉報道しましたリヒャルト・ゾルゲは国際共産主義の指導組織、コミンテルンの指令でドイツ
パラドックス定数第49項『諜報員』観てきました。待ち遠しかった✨脚本、演出、照明、美術、音響そして6人の役者さんの演技すべてが良すぎた。ゾルゲ事件、難しいかなぁと思ってましたが、めちゃくちゃ世界に引き込まれました。推しの花組芝居横道毅さん、頑張ってました。コロナ禍を経験してからリピート観劇する意欲が失くなってたので、今回3回観れて意欲が戻って来たのかなぁと。ホントに面白い興味深い作品で、毎回ワクワクでした。ありがとうございました!おまけやっとゲット!
私の推し劇団、パラドックス定数さんの新作公演【諜報員】を観てきましたいつも秀逸な事象を徹底的に調べ上げて作品化する野木萌葱さんの作品ですが、今回はスパイゾルゲ事件が題材今も続くロシア(ソ連)の諜報戦略を側面から対象とすることで、淡々としつつもその恐ろしさを感じる事が出来ました。ウクライナ侵攻も2年が経ち、ゆるゆると毒の回った研究機関や研究者たちがロシア支持、若しくはロシア勝利を認めざるを得ないという発信を活発にし始めていることと不気味にシンクロするお話でした。日本の保守派と言われる研究機関
【驚愕】主に東大・一橋大クラスを教える有名予備校講師が語る、日本の高校生の歴史教育の衝撃的な実態とは?pic.twitter.com/3vj046lQVV—無知は罪なり(@UV312GwqDkt0)2024年2月2日ゾルゲ事件を知らずにあの大戦を学ぶということは、例えば、まぁ…自民党とCIAの関係を知らないで戦後の政党政治を学ぶようなもんですかね…—無知は罪なり(@UV312GwqDkt0)2024年2月2日【世を震撼させたゾルゲ事件とはなんだったのか】東京を舞台にした旧ソ連に
007シリーズを始め、映画やドラマではよくスパイが活躍・・・というか暗躍していますが、実際のスパイはあんなにカッコよくも目立ちもせず、密かに活動しているはず。そしてその正体は、意外にも重要ポストに就いている場合が少なくありません。今から40年余り前の今日、日本で発覚した自衛官スパイ事件もそうでした。当該事件が別名『宮永スパイ事件』と言われている通り、逮捕されたのは宮永幸久陸将補・・・昔でいうなら少将にあたる幹部自衛官。彼は陸軍士官学校卒で、調査学院の副校長も務めたソ連情
昨日今日であっという間に秋になりましたね。ことしの冬は暖冬予想だということですがどうなりますかね。去年一昨年とかなり寒かったので,今年こそはいい感じに暖冬になってほしいものです。さて今回は,近衛文麿シリーズの最終話。前回は第二次近衛内閣が松岡洋右を更迭するために総辞職したということでしたが,実は第三次近衛内閣が発足したのは同日だったのです。すなわち1941年(昭和16年)7月18日。アメリカと開戦するため(ソ連を守るため)にここまでするかって感じです。ぶっちゃけこの第三次近衛内
近現代スパイの作法/落合浩太郎:BK-4906993842:bookfanプレミアム-通販-Yahoo!ショッピングstore.shopping.yahoo.co.jp1,760円商品を見るスパイってほんとにいるのか、いたとしてどういう活動をしているのかと個人的には思っているが、そのあたりをどこまでホントかわからないが、ケッコーまじめに書いている本である。半分は図やイラストだし、文章の部分もスカスカなので気楽に読める(^^;)「はじめに」の部分でいきなり「スパ
顧みて悔いのない生活。「わが青春に悔なし」『1933年。常識と立場を重んじる糸川と、自分が正しいと思う事をとことん主張する野毛は、京大教授の娘・幸枝に好意を抱いていた。そして幸枝は、その二人の間で気持ちが揺れていた。そんな中、大学では京大事件が発生。幸枝の父・八木原教授は罷免されてしまった。』1946年公開。監督:黒澤明。脚本:久坂栄二郎。出演:原節子、藤田進、大河内傳次郎、河野秋武、三好栄子、杉村春子、高堂国典。黒澤明監督作品。京大事件によって罷免された教授とそれに関わっ
「ゾルゲ事件」スパイはいるみなさん、おはようございます昨日は疲れましたしかし、早寝をしたので今朝はスッキリですさあ、今日「5月17日」の國史を学びましょう「ゾルゲ事件、一斉報道」昭和17年(1942)5月17日昭和16年(1941)9月から昭和17年4月にかけてソ連のスパイ組織が逮捕されます5月17日の朝刊で各紙は一斉報道しましたリヒャルト・ゾルゲは国際共産主義の指導組織、コミンテルンの指令でドイツの記者として来日します元朝日新聞の記
皇室のタブー‼大正天皇は病弱で種無しだったため、貞明皇后は色んな男性と関係を持った。4人の男子(裕仁、秩父宮、高松宮、三笠宮)を授かるが夫々の兄弟の父は皆違う。GHQに提出した「木戸日記」には、昭和天皇の父は西園寺八郎と記されている。西園寺八郎は侍従として生涯昭和天皇の傍に仕えた。pic.twitter.com/uKROr87JmE—ぼくちゃん(@djR61A2bmS4AOP0)2023年1月4日天皇は知っていた戦争が始まる前に日本が負けることを🤔アメリカから石油を買
Asami.KobayashiーIMissYouThelatestinformationishere.PleasecopyandstickURL.http://www.tokyodisneyresort.jp/top.htmlhttp://www.bing.com/videos/search?q=%e5%b0%8f%e6%9e%97%e9%ba...youtu.be血液銀行かって、「ザ・薬害エイズ企業」のミドリ十字も経営に噛んでいたとか。当時、200ml
新宿K’sシネマの『ゾルゲ・スパイを愛した女たち』の一話、二話上映に行ってきました。知らずに行ったのですが、山本修夢さん(大崎少佐)、小川和久さん(軍事アナリスト・作家)、益田祐美子さん(司会)の舞台挨拶とトークがありました。山本さんは、すらりとしていますから、どの映画でも制服姿が大変引き立ちます。山本さんがトークで言っていましたが、映画中で大崎が失敗し切腹を試みるシーンがあるのですが、ロシアではいまでも日本人と切腹が結びついているようで、そういうシーンがあるそうです。そこでなのですが前も紹