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UncleDog/OldHatアンクル・ドッグ/オールド・ハット1972年リリース◆奥深いアメリカのルーツ音楽を英国的センスで融合した極上の1枚◆元デリヴァリーのシンガーだったキャロル・グライムスと、元トゥワイス・アズ・マッチのメンバーだったソングライターのデヴィッド・スキナーのコラボレーションによって誕生した唯一作。そのアルバムはブルースやフォーク、カントリーなどアメリカのルーツ音楽を英国的なセンスで融合したサウンドになっており、ジャニス・ジョプリンの再来とまで言われたキャ
(この記事は2016年9月1日に投稿した記事を加筆修正したものです)1945年5月28日、カリフォルニア州バークレーで生まれた彼が、1959年に転校先のエルサリートのハイスクールの同級生と結成した‘ザ・ブルー・ヴェルヴッツ’を前身とする彼等は、1964年に‘ゴリウォッグス’と改名します。1967年、サンフランシスコを拠点とするジャズ系レーベルのファンタジー・レコードと契約した彼等は、1968年、レーベル側から無理矢理に着せられた衣装や命名されたバンド名も気に入らず、バンド名を改名して、デビュ
気がつけばRollingStonesの新譜をアップして以来のブログになりました。まあ大勢には全く影響はないのですが、ここ数日間は新曲の制作に没頭しておりました。ワイフが出勤で私が休日の平日は早朝がスッキリ歌詞制作タイム、午前9時から午後4時頃まではギターやPCでの作曲や打ち込みタイムです。休憩にはキッチンの換気扇の下で電子タバコも燻らせることもできるので、嬉々として作業が捗りました。その結果新曲出来上がりました。今回はワイフとずっと一緒に迎えて来た”朝”がテーマのラヴソングです。まあ
■はじめに|BookerT.&Priscilla『HomeGrown』とは?HomeGrown(SP-4351)は、BookerT.JonesとPriscillaCoolidgeによるデュオ、BookerT.&Priscilla名義で1972年にリリースされたアルバムです。BookerT.Jonesといえば、BookerT.&theM.G.'sの中心人物として知られていますが、本作ではインスト中心のサザン・ソウル路線とは異なる、よりプライベートで温かみのある
おはようございます!タイトルどおりのスワンプロックなCDでした。ビリーさんのハーモニカやスライドギターが鳴っててオッチャンの好みのサウンドです😎👍コマンダーコディやサム・レイのバックでハーモニカ吹いてた人ですね。続編も期待します!今日も良い1日を!#billycfarlow#harmonicaAlabamaSwampStompAmazon(アマゾン)AlabamaSwampStomp-Digi-Amazon(アマゾン)
昨日は千葉でゴルフしてスッキリ。まだ、ギリギリ桜がもってくれた日曜日、そろそろ最後でしょうかね。昨日の帰りは春の嵐、のように土砂降りでしたが、、、。プレー中は少し降られましたが、なんとかギリギリ持ってくれて良かったです。やっと少しゆっくり出来る日曜日、まったりとサザンロックです。CowboyのWhyQuitWhenYou'reLosing天下のカプリコーン、アルバム2枚ReachfortheSky、5'llGetYouTenをセットにした編集盤良いっすよ。
日に日に暖かさを感じる今日この頃、桜の開花の便りもちらほらと耳にするようになった。この時期は、確かに良く眠れて、朝目覚めるのが遅くなることもしばしばであるが、一方、歳をとると早く目が覚めてしまうことも少なくない。熟睡できる日もあれば、夜中に何度も目が覚めてしまう日もある。先日は、夜の11頃就寝した。ちなみに寝入るのは早い。目が覚めて、「ああ今日は、良く寝たなあ」と時計を見るとまだ12時半だった(笑)。良く寝たどころか、まだ1時間半しか熟睡してないではないか。この感
BrynHaworthブリン・ホーウォースを知ったのは、ジャッキー・ロマックスのソロアルバムにサポートのギタリストとして参加していた事からだった。英国のランカシャー出身で、父親からギターをプレゼントされたのが11才の時だったらしい。(1948年7月29日生まれ)1966年頃にモッズのビートバンド”FleurDeLys”に参加している。1969年に米国へ渡りジャッキー・ロマックスのバックでセッション・ギタリストとして活動。Letth
すみません、これからテレビの代替え品がやってきますので、本日の前説は割愛させて頂きます。今日紹介するアルバムはナッシュビルのバンドCordovasの最新アルバムBackToLifeです。Cordovas自体は2011年から活動していますが、私にとってはコロナ禍以降に知ったアーティストの中では指折りのバンドであることは間違いありません。Mac推奨のブラウザではブログ内再生が出来ず、過去アルバムを紹介できずにいましたが、それから2年待望の新作アルバムを紹介することができました。
それからというもの、優斗と杏子はいつも二人で帰るようになった。学校のこと、友だちのこと、中学校時代のこと、家のことなど、優斗の口からいろいろな話が出てくる。杏子と二人でいると自分でも不思議なくらい饒舌になっているのである。杏子はいつも聞き役であまり自分のことは話さなかった。それでも優斗の話に笑ったり、うなずいたり、時には驚いたりした。そんな杏子の反応を見るのが優斗は楽しかった。杏子も優斗の話を聞くのが好きだった。優斗がこんなにしゃべれる人だとは思わなかった。話を聞いているうちに
DaveMasonAloneTogether2015年10月22日のヤフーブログより。60年代の初頭デイヴ・メイソンはシャドウズ風のインスト・バンドで音楽活動を始める。その後、スペンサー・デイヴィス・グループで活躍をしていたスティーヴ・ウィンウッドに強く魅かれ、バンドに帯同するロディーの一員としてスティーヴと親交を深めたらしい。この繋がりからトラフィックというバンドで2人は活動を始めたが、セカンド・アルバムのリリース後にデイヴ・メイソンはバンドを離れ70年に
オヤスミソングレオン・ラッセルは、アメリカ合衆国のシンガーソングライターである。キーボーディスト、ギタリストとしても知られる。セッション活動を経て、1960年代末からソロ活動を開始。ルーツ・ミュージックの色濃い”earthy”な音楽が評価され、『スワンプ・ロック』を代表するミュージシャンの一人になった。ウィキペディア生まれ:1942年4月2日,アメリカ合衆国オクラホマ州ロートン死去:2016年11月13
【↓ブログの順位を確認する↓】ブッカー・T.&MG'sを率いたオルガン・プレイヤー、ブッカー・T・ジョーンズとリタ・クーリッジの実姉プリシラとの夫婦デュオによる1971年の2枚組スワンプ・ロックのアルバム。ブッカー・Tといえばオルガンだがヴォーカルもなかなかいい。そして、プリシラがソウルフルな抜群のヴォーカルを聴かせてくれる。時々こういうスワンプ・ロックなアルバムを聴きたくなる。TheWeddingSong9:26She4:06TheIndianSong
【↓ブログの順位を確認する↓】LeonRussellが当時の妻MaryRussellと制作した1977年リリースの夫婦でのセカンド・アルバム。Sly&theFamilyStoneのバック・ヴォーカルを務めていた黒人シンガー、マリーのソウルフルなヴォーカルとレオン・ラッセルらしいスワンピーな楽曲が心地よくマージしている。EasyLove3:58JoyfulNoise3:38NowNowBoogie2:55SayYouWill3
JackieLomax2013年10月3日のヤフーブログより。HomeisinMyHead–(WarnerBrothers)–197101.GiveAllYou’veGot02.AHundredMountains03.WhenIMissYouTheMost04.OrSoItSeems05.HomeIsInMyHead06.Nothin’EverSeemsTo
亡くなっちゃったんですねえ、ボビー・ウィットロック伝説的ロックバンド『デレク・アンド・ザ・ドミノス』の共同創設者ボビー・ウィットロックが死去、77歳(よろず~ニュース)-Yahoo!ニュース伝説的ロックバンド、デレク・アンド・ザ・ドミノスの共同創設者であり、キーボード奏者として知られるボビー・ウィットロックさんが、8月10日、テキサス州の自宅で家族に囲まれながら亡くなった。77歳だっnews.yahoo.co.jp今夜は、デラニー&ボニーを聴こう(合掌)
2013年の今日、カリフォルニアの病院で心臓発作で亡くなった彼は、1958年にシングル・デビューを果たしますが、商業的成功を得ることができず、1960年代初期にオクラホマのタルサから若いミュージシャン達と共にロサンゼルスへ移り住み、最初はスタジオ技術者として働いていました。1970年、タルサに戻って音楽業界から離れることも考えていた彼は、エリック・クラプトンがソロ・デビュー・アルバムで、彼の楽曲を取り上げたことで状況が一変して、1971年にシェルター・レコードからデビュー・アルバムを発表するの
オリジナル・メンバーは全員他界したけれど、レーナード・スキナードは、今も存続してツアーを行っているらしい、、、レーナード・スキナード〈スウィート・ホーム・アラバマ〉1977年のビデオもあった。これは観たことなかった。ギターが三人いて、それぞれリード・ギターを弾いて、みんな、めちゃくちゃ上手い。上手すぎて、笑ってしまう。レーナード・スキナード〈スウィート・ホーム・アラバマ〉サザン・ロックと言えば、レーナード・スキナードとオールマン・ブラザーズ・バンドが両巨頭だけど、サザン・
私がCreedenceClearwaterRevival(以降CCRにします。)を始めって聴いたのは71年のシングルHaveYouEverSeenTheRainからだと思います。CCR名義としての活動は68年から4年間ですから彼等の活動が終焉を迎える少し前のことでした。それでも彼等の名曲の数々はシンプルでキャッチーで覚えやすく今でも心に鳴り響いています。人によってはJohnFogertyのワンマンバンドとの意見もありますが、突出した才能のアーティストがバンドの中心人物であること
RonDaviesRonDavies(RonnyWayneDavies,15January1946–30October2003)ルイジアナ出身、アメリカを代表するスワンプ系のシンガーソングライターとして知られる人です。17歳で作曲を始め1970年のファースト・アルバムに収められた曲”ItAin'tEasy”はカヴァー曲として有名で、デヴィッド・ボウイのジギースター・ダストやスリー・ドッグ・ナイトのアルバム・タイトルの曲
寝る前に1曲。クラプトン氏来日記念。DerekAndTheDominosBellBottomBlues久々に聴いてみたくなりクラプトン絡みなら一番好きなこの曲をチョイス。というか実はソロ作品は殆ど持ってない(苦笑)
やっとオーディオのセッティングが終わりました以前、購入したプレーヤーを、どうするか決まらないので暫くは、2台使っていこうかと思いますで、以前、製作したSL-1200GR用外付けアームベース(リンクします)を今回、修理したMK4に取り付けダブル・アーム仕様にしました現行のSL-1200GRと、旧型のSL-1200mk3~mk5表のデザインは同じなのですが本体裏の形状や、インシュレーターの取り付け部分が若干異なっており、少々手直しが必要になった為時間
古井戸は加奈崎芳太郎と仲井戸麗市よるデュオで、「ろくでなし」は72年発表の彼らの1stアルバム『古井戸』の収録曲。ろくでなし古井戸の世界中学生の頃に「ろくでなし」をラジオで一度だけ聞いたことがあって、随分と探したことがありました。「やる気なし〜」のフレーズが強く印象に残ったためにそれがタイトルだと思ったのが運の尽き。長く探すことになりましたが、ネットの時代に入ってからしばらくして見つけることが出来ました。この曲、シングルでもないのに当時のラジオでかかったようなので
レオン・ラッセルいよいよラスボス登場感は否めないが……実はまだまだデラニー&ボニーとかライクーダーとか大物が残っている……( ̄∇ ̄*)ゞあまり触れていなかったがブルーズの成立とjazzへの発展………とは別にカントリースウィングテキサススウィング……とかのスウィング系更にサディコ(クレオール系)ケイジャン(音楽の呼び名としての…)つまりフランス移民だけでもマダマダ有る。ルーツミュージックを学究的に分類する事は……あまり意味が……無いような気もして来る。学者の「納得した
祝日です。冬晴れの良い天気。今日は山に行こうか、と思ってましたが、昨日の仕事帰りに飲み過ぎて、結局、家でゴロゴロと、、、ちょっと自然の中に身を置いてきたくなります。スワンプな気分になると、一気に聴き倒したくなっちゃうんですよね。ここらへんのジャンルのアルバムは、ヒューマンな感覚があるから好きです。沢木耕太郎とか椎名誠とかを読みながら、こういうレコードを回しているとホッとします。南部の生暖かい気怠い雰囲気がしてきます。今シーズン一番の寒さが来てましたが、梅が見え始め、こうも晴
朝まで飲んで、カラオケボックスで最後、雑魚寝して、始発で帰って来ました。この歳で、学生みたいなことやると、もうフィジカル的に追いつきません。眠くて、眠くて、始発の電車でフラフラになりながら、辿り着きました。そして、そのまま娘の学校の授業参観に、、、やっと頭がハッキリしてきました。天気は良いです。スワンプの地味な名盤を、、、JerryWilliamsですね。今日は休肝日にしようと思います。こんな日は、地に足ついた、コクのあるレコードが染みますね。
ジェシ・エド・ディビス『ジェシ・エド・ディビスの世界』クラプトンに勧められバックアップも受けて創られたファースト・ソロアルバムこの頃には、スワンプロックの基調音のような存在に成っていた。そのファーストwithクラプトンYouTubeで観てねたぶん、一番知られているのは……このジョン・レノンの『スタンドバイミー』のスライド・ギター🎵💫歌詞訳詞付きコマンチとカイオワの血を受け継ぐ生粋のネイティブ・アメリカンであり……オーバードースで亡くなる前には、それを更に意識
【青春回顧の一曲Vol.7】夫婦デュエットとして70年代のスワンプロックムーブメントの先駆けとなったデラニー&ボニーの解散後、ソロシンガーとなったボニー・ブラムレットのソロアルバム第3弾、R&Bの佳曲をカバーしたアルバム”LadiesChoice”の中からの紹介です。リリースは1976年で僕が京都での大学3回生の時。録音はマッスルショールズで、かつグレッグ・オールマン、ディッキー・ベッツ、ボビー・ウイットロック等々、サザンロック系の錚々たるメンバーをゲストに迎えたとなると、