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🏃1912年5月5日、ストックホルムオリンピックが開幕しました。(開会式は7月6日)日本が初めて出場したオリンピックで、金栗四三と三島弥彦の2人が参加しました。また、同じく初出場だったポルトガルのマラソン代表ラザロが走行中に倒れ死亡し、オリンピック史上初の死亡事故となってしまいました。pic.twitter.com/Ogk0rLMih9—RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中(@Reki_Shock_)May4,2024/午前7:19·2024年5月5日/
¶1967年3月21日、ストックホルムオリンピックのマラソン競技を途中棄権した金栗四三が、大会55周年の記念式典に招待され、用意されたゴールテープを切りました。「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、これをもって全日程を終了します」とアナウンスされました。pic.twitter.com/6qbBUR7ykp—RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中(@Reki_Shock_)March20,20221967年3月21日、スト
文武両道偉人列伝7「東京大学卒初のオリンピック選手三島弥彦1912ストックホルム陸上」三島弥彦-Wikipediaja.wikipedia.org日本選手第一号から1976モントリオール大会まで淡青色のオリンピアンたち|オリパラと東大。|東京大学www.u-tokyo.ac.jp
子供の頃白瀬中尉の絵本を読んだことがある。南極に行きたいと決心し、幼い頃から寒さ対策を日々の生活の中で実行していたと知り、大いに感動したものである。実際は11歳の時に寺子屋で「北極」の話を聞き、探検家を志したそうだ。その際、探検家を目指すなら酒たばこ禁止、湯も飲まず、寒中でも暖をとるなと指導され、生涯それを実行した人だった。1909年(明42)アメリカ人が北極点踏破した事で当初の夢であった北極を諦め、それではと
ランニングフォームの習得、とても難しいと思っている方がたくさんいると思います。そのような中、「腕はひじを引く」ということが、半ば常識になっています。果たして正しいのでしょうか?私自身は非常に疑問を持っています。有名な実業団のホームに掲載されている内容です。ランニングのススメ|日清食品グループ陸上競技部https://sports.nissin.com/rikujo/advice/index.html最近のチーム成績は低迷していますが、一般的な常識にとらわれていないで
今宵の晩御飯は安い豚ブロック肉(500g)が手に入りましたので家族のリクエストに答えてローストポークにしました。.+:。ヾ(◎´∀`◎)ノ。:+.じっくり、ゆっくり、こんがりと焼くこと30分赤いですが触ると熱いんですよ~(*^▽^*)肉の下には野菜炒めがあり、娘達もこれなら野菜を食べてくれます。.+:。ヾ(◎´∀`◎)ノ。:+.これを私は「とろとろと」で合わせせいや~旨かった*。・+(人*´∀`)+・。*食後にはデザートにアイスクリームを練乳が好きな私は迷わずこちらにしま
日本人初のたった2人だけのストックホルムオリンピック参加の様子を当時の日本人は2週間も経ってなんと映画館で映画ニュースとして見る事が出来た。それも無声映画の為に弁士さんの解説だったがそれでも見た事のないオリンピック競技に東京市民は大興奮だったという。もうすぐ大正時代になる明治最後の頃だ。四三さんは4ヵ月の外国滞在を終え大正元年(1912)9月帰国する。明治天皇が7月に亡くなられたばかりなので国全体が自粛自重
4月20日(土)の記事より。「そのかわり、明治天皇が亡くなったあと、乃木陸軍大将が自決したのを新聞で見た、と主役が言ってました。こういうのが出てきたら、言わなければならない?見てるか、施川ユウキ。何で『バーナード嬢曰く。』の作者がここに?と思いました?」これについて説明しましょう。ここのブログの過去の記事の「今日は夏目漱石の日」で繰り返し書いているけど、また書いてみます。こちらは、夏目漱石の「こころ」を高校2年の現代国語の授業でやりました。教科書では最初あらすじ、途中から本編、またあら
今日の何があった日は、第5回夏季オリンピックのストックホルムオリンピックが開幕した日です1912年のことでした参加選手は28か国2408名(女性48名を含む)で、14競技102種目が行われたそうですこの大会で日本がアジアの国で初めてオリンピックに参加しました。NHKの大河ドラマのいだてんのモデルの三島弥彦と金栗四三です
佐山和夫氏(1936年~)のノンフィクション作品『金栗四三~消えたオリンピック走者~』(潮文庫、2018年)を読みました。主題は、今年のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の主人公の一人です。日本マラソン界のパイオニアである金栗四三(1891~1983年)の生涯を追ったノンフィクションですが、市民ランナーの目線からの関心だけでなく、関係者への取材・ヒアリングの手法に対しても興味を持ちました。丁寧なフィールドワークに裏打ちされた、非常に面白い内容でした。日本が初めて五輪に参加し
大河ドラマ『いだてん』の第12話を観たRieruです★いよいよストックホルムオリムピックも佳境を迎えました。7月14日、四三さんの出番です!が、オリムピックスタジアムまで案の定、迷っていらっしゃる!「ぎゃん行って、ぎゃん行って……」最終的には体調不良の大森監督を背負って行くことに。四三さん、この時点でヘトヘトだったのでは?その頃郷里熊本の実家では、四三さんにと池部家から立派な鯛の差し入れが!ストックホルムにいる四三さんに届くまで2週間もかかるため、スヤさんの計らいで捌いて金栗家の
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「いだてん」見てますかぁ〜昨日に引き続き、第14話の感想だよ〜金栗四三がストックホルムオリンピックから帰ってきて様々なことが変わってきてます。自分が気になる1つに…野口源三郎野口くんは四三と同じ東京高師の徒歩部だね野口くん、四三がストックホルムより持ち帰った様々な競技の道具に興味があるようで砲丸投げや槍投げをやっていましたね。この先…挑戦するかな?まぁ、見守ってみよう嘉納治五郎が日本に帰ってきた時、大森夫妻も一緒でした…安仁子さんだけじゃん…大森監督…
4月14日(日)の記事は「今日はタイタニックの日」で、元々考えていたネタがあったけど、質問を見て別のネタにしたので、それを今日書きます。そのタイタニックが沈没した1912年にあった他の出来事を調べてみると・・・。・スコット隊、南極点に到達、全滅・ストックホルムオリンピック開催お気付きの人もいると思うけど、NHK大河ドラマ「いだてん」が今現在、ストックホルムオリンピックのところです。何回か前に、ストックホルムに向けて出発したのと同じ頃、白瀬矗(のぶ)一行が南極から戻ってきたと説明していま
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「いだてん」見てますかぁ〜見たよ〜さて、第14話の感想だぁ〜ストックホルムオリンピックから日本に帰ってきた金栗四三。東京高師の仲間が迎えに来てくれましたね。こうして迎えに来てる人こそ、信じられる仲間だよね四三はホントは傷心なのに、厳しく叱咤するのが…初登場の二階堂トクヨどっかの学校の助教授らしいね。キツい人だよね〜そして永井道明永井はオリンピックの結果でまた意見を変えて…なんなんだろ、この人…でも「敗北から学ばなければ…」と言っていたのは確かにって思いまし
チャップリンの出演作、みたことある?チャップリンは、「モダン・タイムス」「独裁者」「ライムライト」等は見たことあるけど、「黄金狂時代」「殺人狂時代」などはまだないので、いずれ見ることがあれば考えてみようかなと。他におすすめはない?以上が昨年の記事です。それとこれは、チャップリンとは無関係だけど。NHK大河ドラマ「いだてん」で、1912年のストックホルムオリンピックの様子を、結果は電報か新聞で、記録映像を映画館で見ていました。映像は、チャップリンの作品のように、無声映画で弁士が説明しな
なにかを忘れている気がしてならないRieruです★……あっ、大河ドラマの『いだてん』の記事かー!イテテ(前回の記事を確認してみると、1ヶ月もの間放置していました……m(__)m!)第10話の最後は開会式で四三さんが掲げる、日本のプラカードの表記を、『JAPAN』にするか『日本』にするかで揉めていたところで終わりましたね。結局嘉納治五郎先生の判断で、『NIPPON』に決定☆めでたし、めでたし……ってか、一応イタリア“l”(Iの次はJ)の次なんですね。対する日の丸の国旗を持っているの
皆様おはようございます。2019年3月31日(日)のNHK大河ドラマのいだてん〜東京オリムピック噺〜の第13回「復活」を視聴し終えました。ストックホルムオリンピックで金栗四三は道を間違えて農家に迷いこみ助けられたことを思い出します。金栗四三が足袋を送ったポルトガル代表のラザロ選手は日射病で倒れて亡くなっていました。当時、マラソンは決死の覚悟で行うものであったように描かれています。また、当時のマラソン選手が立ち止まって水を飲んでいたことに時代を感じます。金栗四三が作った箱根駅伝の区間は
旅行のあれこれも書きたいところですが、まずは恒例の感想を。マラソンって、マラソンの大会も増えて、最近は走る人も増えて、身近になったものの、結構過酷なスポーツだと思います。私は、昔神戸マラソンのクォーターを走ったことがあるのですが、(今はフルのみです)かなりしんどいです。10㎞ちょっとでしょ?と言われる方もいると思いますが、神戸市役所から須磨一ノ谷のあたりまでですからね。馬鹿にできません。地元の人しか分からない例えですが。私はまだしも、何度も走っているマラソン選手でも、走れないことがあるの
皆様おはようございます。2019年3月31日(日)のNHK大河ドラマのいだてん〜東京オリムピック噺〜は第13回「復活」です。前回はストックホルムオリンピックで道を間違えた金栗四三が日射病で行方がわからなくなり、いつのまにかホテルに運ばれていたというストーリーでした。金栗四三は、1912年のストックホルムオリンピックの後に1916年の開催予定であったベルリンオリンピックに出場しようとしますが、第一次世界大戦で大会が中止になってしまいました。題名の「復活」とはベルリンオリンピックに向けて金栗
皆様おはようございます。2019年3月24日(日)のNHK大河ドラマのいだてん〜東京オリムピック噺〜の第12回「太陽がいっぱい」を視聴し終えました。1912年のストックホルムオリンピックの最後の競技はマラソンでした。金栗四三に監督の大森兵蔵が同行しますが、病状が悪化して、金栗が背負ってスタジアムに向かいます。子どもでも長時間、背負うのは大変なことです。競技直前にロッカールームに入り、慌てて着替えます。マラソンの競技が始まり、スタジアムを出るときには金栗四三はビリでした。しかし、その
大河ドラマ『いだてん』第12回は「太陽がいっぱい」でした。1912年(明治45年)7月24日、ストックホルムオリンピックも終盤、マラソン競技当日です。マラソン競技は午後1時過ぎから。朝から日差しが強く、暑い一日になりそうです。熊本にある金栗四三の実家には池部スヤが大きな鯛を持って訪れ、そのまま応援の宴となりました。東京高師でも仲間たちが集まり、嘉納校長からの電報を待っていました。四三は朝、大森監督とともに出発したものの、大森は咳がとまらず時折休んでしまうのでした。それ
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「いだてん」見てますかぁ〜やぁ〜っと、第11話の感想だぁ〜いよいよ始まったストックホルムオリンピック!出場選手は金栗四三と三島弥彦の2人。プラカードの文字でいろいろと揉めましたが…JAPANではなく…NIPPON日本だもんなぁ〜これでいいと思う弥彦も四三も満面の笑みですね。しかし、内には緊張を秘めていると思います。ちなみにこちらが実際の日本選手団の入場の画像⬇️国旗を持つ弥彦こちらはプラカードを持つ四三たった2人だけ出場の日本選手団…頑張れ!!っ
ピエール瀧さん、逮捕後初めての放送となった今回。今回から、いよいよストックホルムオリンピックが開幕しました。今度の東京オリンピックでは、選手団は500人を越えるとか。でも、このときは5人ほど。100年かかったというべきか、100年でここまで来れたというべきか。この回は、三島さんが完全に主人公。負けても、最後まで自分の力を出し尽くす清々しさ、負けを潔く認める姿はかっこよかったです。最後まで、勝ち続けられるのは一握りの人間だけで。多くのアスリートは、三島さんと同じ気持ちを味わっているんだ
皆様おはようございます。2019年3月24日(日)のNHK大河ドラマのいだてん〜東京オリムピック噺〜は、第12回「太陽がいっぱい」です。金栗四三は1912年のストックホルムオリンピックのマラソンで行方不明になります。マラソンの途中で意識を失い、農家に介抱されて、目を覚ましたのは翌日でした。金栗四三は棄権をしていなかったため、1967年のストックホルムオリンピックの55周年の式典に招待されて、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3というマラソン最長記録を残すことになります。ストーリーはフィ
大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」相変わらずの低視聴率に加え、ピエール瀧容疑者の逮捕で踏(ふ)んだり蹴(け)ったりって感じ。「近現代を舞台にした大河ドラマはおもしろくない」「周りのみんながつまらないといっているから、きっとつまらないんだろう」定番の考え方から離れられなかったり、大多数の意見が正しいに決まっていると、自分の目や耳で実物を確かめて冷静に評価できないさまは、まさに「日本人」っぽいよね~先日、3月17日放送の回は、いよいよ日本人初オリン
辛亥革命が起こり今帰れば危険だからと、学費を嘉納治五郎が出すと言い、約100名の中国人留学生を援助したがしかしながらなんとその借金数億円を生涯返金出来なかったという。そういう事情もあって金栗四三のストックホルム・オリンピックの出場費用を自分で用意するよう嘉納治五郎から要請される。日本代表でオリンピック出場するのに自分でお金を出さないといけない?想定外の出来事。当然実家にお金を工面してもらうよう便りを出す。
(「映像の世紀」は黎明期)東京オリンピック(S39年)の開会式の参考、ということでストックホルム大会の映像を見る田畑たち。しかし肝心要の日本人選手団の映像は三島が一瞬だけ映っていただけ。アニコが撮った写真は逆に金栗しか映っておらず、碌に参考にもならなかったのでした。ルミエール兄弟が開発したシネマトグラフが発明されたのは1895年。その後に爆発的な普及がなされたとはいえ、高級品であることに変わりは無く、1912年当時であっても高価な機材を潤沢に使えるわけではありませんでした。だか
大河ドラマ『いだてん』で、播磨屋(足袋屋)さんの黒坂さん役の、ピエール瀧さんが薬物使用の疑いで逮捕されたことを、今朝のニュースで知ったRieruです。まさに、電気ショック!イテテ(そういうこと書くの、止めなさいよ〜…)公式ホームページを開いて確認すると、すでに黒坂さんの画像は削除されていて残念な気持ちでいっぱいの女は、その『いだてん』の第10話後半を観ました。あ、四三さん!一緒に弥彦さんの練習に付き合ってる!すっかり普段の弥彦さんに戻ったようで、一安心です。やっぱり笑顔が一番
最近やっと花粉症の症状を抑える薬が効いてきて、絶好調なRieruです★…食欲が?それ、花粉症の症状が出てた時も絶好調!イテテ(頑張って夕食は腹八分にしました☆)そんな毎晩腹一杯食べてしまう女は、大河ドラマ『いだてん』の第10話を観ました。ストックホルムオリンピックに参加するため、ストックホルムに着いた四三さんは、早速次の日に、ガイドのダニエル君とマラソンコースの下見に行きました。ダニエル君は自転車で後ろから追いかけます。途中、三叉路で四三さんは右に行きますが、ダニエル君に指