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こんばんは、mmm(まーママ)です。4月23日(木)「スズキ歴史館」見学のつづきです。スズキ歴史館スズキの100年以上の歴史と、ものづくりを体感できる体験型ミュージアムです。往年の名車やバイクの展示、3Dシアター、工場ラインの再現など、大人から子供まで楽しめる展示が満載です。3Fに上がると、スズキは全国で開催されている「軽トラ市」を支援されてるそうです。なぜ、ここでうん〇?インドで販売されているコンパクトSUVの「ビクトリス」。牛
そもそも「ヤフオクで車を落札する漢」とは何者なのか?AI様の説明によりますと決断力と行動力:オークションは価格が競り上がり、瞬時の判断が求められる場です。その中で迷わず「これだ」と決めて落札する姿は、「漢らしい(男らしい)」と捉えられます。リスクを恐れない姿勢:一般的な中古車販売店での購入とは異なり、オークションでの個人売買や代行利用には特有のリスクやトラブルも存在します。そうしたリスクを理解した上で挑戦する勇気や、個人で取引を完遂させる頼もしさを称賛している可能性があ
このブログはらぱん備忘録なのにラパンにほとんど触れていないなということで、スズキ本社!ラパンを作ってくれてありがとうスズキ本社の向かいにあるスズキ歴史館スズキ歴史館·浜松市,静岡県Googleマップで地図を検索。乗換案内、路線図、ドライブルート、ストリートビューも。見やすい地図でお店やサービス、地域の情報を検索できます。世界地図も日本語で、旅のプランにも便利。maps.app.goo.gl入館無料、予約制(当日予約もできる)予約時間より早くても中入れたまずは、注意事項の動画
スズライトSSスズキ(鈴木俊宏社長)が、3月12日に軽四輪車と登録車を合わせた日本国内の四輪車累計販売台数3000万台を69年6ヵ月で達成した。スズキは1955年10月に軽四輪車「スズライト」を発売していらい、軽自動車では1970年に軽四輪駆動車「ジムニー」、1979年軽自動車「アルト」、1993年軽ワゴン車「ワゴンR」、2014年に軽クロスオーバー「ハスラー」を発売し、登録車は1965年に小型車「フロンテ800」、1983年小型車「カルタス」、1988年小型四輪駆動車「エスクード」、2
オレは「中小企業のオヤジさん」と言っていた鈴木修氏が亡くなりました。94歳でした。スズキと言えば軽自動車の先駆者始まりは1955年「スズライト」から私が中学生の頃、台東区龍泉寺で家具金物卸をしていた叔父の店の向かいにカレンダー屋さんがあって、そこにチョッと古いスズライトがありました。ライトバンだったもしれませんがじきに二代目スズライトに替わりました。大きなタイヤの初代から比べるとかなり小さい感じがしましたが、当初は軽専用タイヤが無くて普通車と同じタイヤだったため腰高で、軽タイヤが出
よく行くスーパーの店員さんにねこの車かわいいね…なんて車なの?と聞かれますそうなのよね名前のエンブレムついてないんだよねでそれっぽいのを造形してシリコンで型どりして複製作って…て得意なワークしたらいいんだけどコストがかかるんでなんちゃってでステッカー作ってみたよまあほんとなんちゃってなんで・・・で手でカットして邪魔くさい…二枚作ったら嫌になりましたwまあモデストカーズピコットというエンブレムではなく
KAWASAKIゼファー750ポートの加工が終わって、ヘッドを作って行きましょう。SUZUKIGSX-R750車体は88ベースで86の#12番仕様を作って行きましょう、前回りのキャスターや位置関係はRKと同じで、RKのヘッド回りは1100のヘッドを使っているので少しゴツイのとヘッドとフレームの連結の溶接方向が違うだけです。SUZUKIGSX-R1100ボンネビル仕様お問い合わせがありました。
私が子供の頃、軽トラックは現代ほど積載効率を追求していなくて、バンやセダンとデザインを共通にした様なボンネットタイプの軽トラックが多かったですねえ。会場で見かけたキャリイは何ともカワイイデザインの軽トラック。スズライトの時代の二代目キャリイであります。今回見た展示の中でもなかなかレアな存在でありますねえ。トールタイプのボディとは違う可愛らしさ。思わず欲しくなってしまいますねえ。
今回も湯沢駅前のイベント、1994年頃の撮影。思いがけないクルマの登場です。二代目スズライトバン、恐らく最終型で1967年式あたりか。1961年発売。改良を重ね1968年まで生産。最終型ではテールランプがストップランプの赤とウインカーのオレンジに二分割。現車は薄いグレーに赤内装とお洒落。ナンバーは「6秋」、傷み易い車体、モール、ウェザー類もしっかりしています。残念ながらイベントで見かけたのはこの一回きり。今はどうしているのでしょう。今から30年以上前の楽曲ですが、国会でヘラヘラ
3階に移動しました。スズキの織物の紹介がありましたが画像は撮っていませんm(__)mスズキの2輪車のスタートは本当に自転車にエンジンを着けたところからスタートでした。まだ自転車にエンジンを着けたイメージですね。コチラは4輪車に進出した時のモノです。スズライト❓何か現代でも、このデザインって受け入れられそうです。かなりオートバイらしくなって来ました。何気にカッコ良かったです。少しミニにも似ていますね。何と、この頃にはスズキはキャリーという車名を与えていました。まだまだ続きま
ダットサンブルーバード312で旧車のイベントへ参加すると、フロントマスクが「ミニに似ていますね」と声をかけられることがあります。確かに、ダットサン211や初代ブルーバードはミニのフロントマスクと類似性があると思います。ミニと同門のオースチンA40やA50などをノックダウン生産していたことから、当時の日産車に似た車が存在することは自然かもしれません。フロントマスクのみではなく車全体をトータルで見ると、ホンダN360が最もミニと類似性の高い車だと感じますが、フロントマスクだけを見ると、今回
それでは、こないだの日曜のレポ最終回。『66th関西セリカミーティング』2023/5/21(日)ちょうど一週間前、この場所で「27オーナーズクラブ」のミーティングが開催されてたそうですが…何故か、あたいはそちらには縁遠く…大衆車の分際でありながら、スペシャリティなセレブカー『セリカ』なみなさんに遊んでもらいます。夕方から仕事が入っちゃった神戸のK西氏のベージュダルマを渡り廊下から見送ります♡「お気をつけて」さて、この博物館では美術館のよう
旅スポット紹介53~スズキ歴史館行ってみた~本編の前に我が家のプチネタ。今日のお題は「ももたにくた犬をけしかける・その3」です。「今度はこっちからけしかけてみるけん、撮ってや」とばかりにくた犬を旅読の側からホレホレとやってみますが。ももたは妻の方を向いたままたぶん妻の持ってるカメラが気になってるんかなぁ~。閑話休題。今回ご紹介する旅スポットは「スズキ歴史館」です。静岡県浜松市にあります。言わずと知れたあの
ジャケ写買い。いや、スポーツカーとかなら分かるんですよ。実際、博物館に展示されてるのも少なくないし?でも、商用車はどうでしょう?ほとんど、ありませんよね?東京モーターショーなんかでも、圧倒的に乗用車部門がメインで、商用車は脇役ですよね。いい所に目をつけたよマガジンボックス。今はなき、ホープ自動車や東急くろがね工業、愛知機械工業から始まり、3輪トラックの代名詞、ミゼットや、今も生産が続いている、ハイエースやデリカの初代とか、サバンナのレシプロエンジンを搭載したグランドファミリアとか、オッサンホ
2022年の国内新車登録台数は登録車・軽自動車を合わせて約420万台だったそうです。ピークであった1990年の約770万台と比較すると1990年の約54%になっているとのことです。その新車の中で、軽自動車の占める割合は約40%に達すると言われています。都市部の道路や駐車場事情、税金面でのメリット、そして法定速度の上限が一部の高速道路を除き100Km/h以下の日本国内では動力性能、快適性において不足がないこと等を踏まえると、シェアが40%に達するのも当然の帰結だと考えます。軽自動車
続きですコンセプトカーこのコンセプトカーは是非市販して欲しいですねキャンプに良さそうですスズライトとても可愛いです昔は2ドアばかりでしたねラリーにも出てたみたいですジウジアローデザインのK自動車前後が同じですね〜セルボですが水素自動車随分前に研究してたのですねアルトワークスカプチーノ珍しい車X-90街では見ませんね〜最新のコンセプトカースズキも凄く頑張ってますね〜続く
最初はこの個体を取り上げてみます道端に目をやると微かに見えた小さい車体のような何か近くに寄ってみるとよくわからない軽自動車でしたピラーがひしゃげてました。前開きのドアです昔の航空写真をみると、以前は建物が建っていたようです。商店の車ですかね建物はきれいさっぱり撤去されていますが、車だけがポツンと残されていました後の情報で初代の「スズライトキャリイFB」と判明。現存するのは珍しいそう。いいもの見られました。
浜松最初の目的地は前日のトヨタに続いてクルマ関連の博物館。予約入館制の「スズキ歴史館」に行ってきました。自社関連の展示だけなので規模や展示資料点数の面ではトヨタに及ばないものの、企業の歴史紹介の裏に日本人の生活の変化が透けて見える内容で満足度は大きかったです(しかも無料だったし)◆歴史館はスズキ本社の目の前にありました。駐車場にはスズキ製のバイクやスポーツカーがとまっていて、クルマやバイク好きが多そうな雰囲気が感じられました。◆受付がある1階ロビーにはレーシング仕様のクルマやバイク
こちらもスタジオKANのモデルでスズライトです。1955年のモデルですが他社からはモデル化されておらず貴重な存在です。スズキ自動車の初の4輪車ですが、マイナーな存在ですから今さらモデル化するとなればスズキ自動車の特注あたりになるでしょう。このスズライトはドイツのロイトを手本に作られたので試作1号は左ハンドルでした。戦前のダットサンがオースチン、戦後はクロスレイをコピーしたように日本車もそっくりさん状態でした。↓スズライト試作1号↓ドイツのロイト
先月の、日本の名車歴史館訪問記事の続きです・・・・。スズキが初めて開発した軽自動車スズライト(スズキの軽の意)は、スズライト・フロンテへ発展していきました。これは、商用モデルであるバン仕様です。これが後に傑作車アルトを生み出したフロンテの初代モデルとなります。そして、1965年。スズキはフロンテ800をもって普通車の市場に乗り出します。しかし、トヨタ・パブリカやマツダ・ファミリアといった強豪がひしめく最激戦区では販売面で苦戦。結局3000台足らずを作ったところでスズキは一
さてPS4、PS5で発売される人気シリーズの発売まで、あと、3日と迫ってきました。それは、グランツーリスモ7、通称GT7です。前にも書きましたが吾輩、PS2は持っているのですが、PS3、PS4、PS5は持っていません。・・・・・・というか買ってません。なのでGTシリーズは2004年12月に発売されたPS2用ソフト、グランツーリスモ4(GT4)で止まっています。・・・・・・いいじゃん。PS2のグランツーリスモも面白いよ。だって他のシリーズには収録
今から約60年前、軽自動車でレースをしていたんです(バブルの頃にもアルトワークスのワンメイクレースがありましたな)。こちらは東京オリンピックも開催された1964年、鈴鹿サーキットでの第二回日本グランプリのようす。スバル360のほか、マツダキャロルやスズキのスズライトなんかが出ていました。「軽自動車のレース」だなんて言うもんだから、適当に遊び半分でやってると思うでしょ?これがガチガチのガチでワークスマシンを投入するレベルでした。まあ、当時は16歳で軽自動車の免許が取れた時代ということもあ
昨日は月1回の、生ジョッキ缶の販売日冬場ってビールの消費量も落ちるんだし、そろそろこんな販売の仕方はお一人様〇〇缶まで!やめてほしいよね月1回のビールの買い出しに旦那に付き合ってメンドクサイ今回も24缶買ってきました私用には限定醸造の、サクラビールお買い上げ歴史あるビールなんだってさ~『げんこつハンバーグにかけると美味しいハバネロ(⁎˃ᴗ˂⁎)納期が1年のスズキ
最後は旧車を観に『日本の名車歴史館』へ。会場となる2階へ上る階段沿いには、展示されている車の写真や懐かしの昭和の映画ポスターなどが飾られ、一気に昭和にタイムスリップ会場入り口にもザ・昭和なグッズが所狭しと並べられています。日野ルノー「ん?日野ルノー?日産じゃなくて?」と思ったら、日産よりも前に日野がルノーと提携していたんですね日野と言えば「トントントントン日野の2トン」でお馴染み、トラックの会社というイメージですが昔はこんな↑↓オシャレな乗
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昨日は磐田市ヤマハコミュニテイプラザを書きましたが、今日は23日に訪れた浜松市にあるスズキ歴史館を紹介します。スズキ歴史館は本社のすぐ近くにありますが、本社は古くて質素な建物です。コストに厳しい軽自動車を作ってる会社らしく、質素で堅実な社風を垣間見れます。スズキ歴史館は1階から3階まで展示室になっています。3回までずうっと階段が続いていますが、エスカレーターはありません。来客用エレベーターもないかもしれません。質素ですねー。まずは3階から紹介します。入り口には織機がデンと
「聖戦完遂」を叫んだ東條英機……敗戦後に見せた「躊躇なく『私』を選ぶ精神性」文春オンライン東條英機は昭和16年12月8日の開戦の時に、この国難を国民は一致団結で乗り越え、とにかく勝利のときまで戦い続けるであろう、そういう皇国の...特攻隊員の自爆機が敵に突っ込んでいく時、なぜ基地の無線で「最後の瞬間」を聞いていたのか文春オンライン終戦直後の昭和20年8月26日未明、大西が官舎で割腹自殺をしたためともいわれているのだ。最初の頃は特攻隊に「志願兵」はいなかった.ところで特攻..
2014年4月27日静岡県浜松市スズキ歴史館スズキスズライトSS:1955年1955年スズライトSS日本の量産軽自動車としては初となる「スズライト」は、1955年10月に発表されました。スズライトの「スズ」は"スズキ"の略、「ライト」は"軽い"という意味の他、"光明"を意味しています。当時、四輪車に2サイクルエンジンを搭載して成功させたのも、FF(前エンジン・前輪駆動)方式を日本で初めて採用したのもスズライトでした。主要諸元エンジン型式:空冷2サイクル2気筒総