ブログ記事4,785件
2度目のジャンプを見に行ってきましたワールドカップジャンプ男子⛷️今日は、暖かいし、お天気も良くて気持ち良かった空の青と絨毯みたいな雲が面白いし、飛んでるところが、しっかり見えて、楽しかった景色もキレイだったし、帰りに、ステーキごちそうになり、実は、潰瘍性大腸炎になってから、初めて、ステーキ食べたって言う変な感慨が写真忘れたのが、残念だったけど、楽しく、美味しい1日になりましたスキージャンプFISワールドカップ2023/24男子ラージヒルビリンゲン/ドイツ
MORIHICO芸術劇場でコーヒーしましたノワールにしました。深煎りコーヒーケーキ、パフェなど。フルーツサンドが人気だそうです。私はフルーツサンド苦手なので、ガトーフロマージュ軽いふわふわチーズケーキでした。カップが素敵ですね💓お砂糖はグラニュー糖でした。クリームとキャラメルソースが美味しかったです。高い天井海外の観光客のお客様も多いようでした若い方に人気の森彦さんです。皆さん森彦の時間を楽しまれている様子ですとても静かでいいムードでした芸術劇場はテレビ塔のお隣で
こんばんは今日は暖かなお天気だった札幌でした転勤族の我が家はちょうど1年前に物件探しに札幌を訪れていましたあれから1年時の経つのが速い札幌に住んだらやってみたいことの一つスキージャンプ観戦ということで大倉山ジャンプ競技場で開催されたFISジャンプワールドカップを観戦してきましたスキージャンプの前売り券は直前まで購入できるので途中のローソンで購入して円山公園駅前から無料のシャトルバスに乗車して会場へワールドカップだけあってバスの中からインターナショナ
スキージャンプの葛西紀明(51、土屋ホーム)選手が、札幌で行われているワールドカップ個人に出場し、ギネス世界記録でもある自身のワールドカップ最多出場記録を「571試合」と更新しました。また自身が持つ最年長出場記録も51歳257日と更新しました。いやはや、この年齢で競技を続けていること自体が快挙かと。さらに、ジャンプ2回目進出や予選通過をしたりしているところも見逃せません。ただ出場しているだけでなく、しっかりと結果も出しています。個人的には、このまま身体が持つ限り、続けて欲しいと思います。
皆さま、こんにちは札幌に移住して丸6年移住してヨガを始めて丸6年「北国での暮らし」のほなみんと申します・・・・・・・・・・・・・・・・・・一昨日放送、、「ほっとニュース北海道」の気象情報浜崎予報士によると、、17日〜19日にかけての札幌の天気予想雪解風(ゆきげかぜ)・雪解光(ゆきげこう)・雪解雨(ゆきげあめ)になるとの事・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑東京では耳慣れない言葉でした道路の冠水・ザクザク路面に気をつけてって分かります、暖冬ですね、、川の氷が既に
スキージャンプ男子のワールドカップが札幌市で行われ1回目でトップに立った小林陵侑選手が2回目でわずかにかわされ、2位でした。また、51歳の※葛西紀明選手がワールドカップの歴代最多出場記録を更新し1回目の上位30人による2回目にも進出するなど、健在ぶりを示しました。※葛は「日」の下が「匂」記事以下↓https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240217/k10014362241000.htmlスキージャンプ男子W杯小林陵侑が2位葛西紀
おはようございます、海人三面相です。ウィンタースポーツ真っ盛りの2月ですが、ウィンタースポーツ界のレジェンドが元気です。そのレジェンドとはスキージャンプのご存知「葛西紀明」選手です。世の中で働いている中では働き盛りですが、スポーツ選手としては異例の高齢の50歳台です。スキージャンプのワールドカップ第19戦が札幌市で行われ、葛西紀明選手も登場しました。今回の結果は30位でしたが、ジャンプ後の葛西選手はあくまで前向きです。私は葛西選手よりはかなり年上ですが、世のため人
昨日、今日と札幌で男子スキージャンプのワールドカップが開催されています。本当は現地大倉山シャンツェまで行きたかったのですが、所用で行けなかったのでテレビ観戦しました。きのうの試合、日本のエース小林陵侑は2位表彰台を獲得しました。さて、この試合はレジェンドと言われている葛西紀明が出場し、30位に入り見事ポイントを獲得しました。50代でワールドカップポイントの獲得というのは聞いたことがありません。また世界のトップレベルで戦うところを見てみたいものです。葛西選手は今でこそイン
みなさんこんにちは。下ちゃんです。令和6年2月18日日曜日です。#目標管理#1on1面接#人事制度設計#組織診断#リカレント教育#面談力セッション付きオーダーメイド研修https://www.mpejinji-club.jp/jinzaihttps://www.mpejinji-club.jp/310レジェンドはすごい・・・・スキージャンプ葛西紀明選手です。年齢51歳ですよ・・・・飛んでますね。W杯個人出場記録を「570」に伸ばし、最年長出場記録も4季ぶりに塗り替えた。国
Legendary!Thejumpthatearned51-year-oldNoriakiKasai🇯🇵aWorldCuppoint💪Heisthefirst-everathletetoscoreatleastonepointaftertheageof50🖌️📖#fisskijumping#skijumping#skijumpingfamilypic.twitter.com/ABNFUt1O3a—FISSkiJumpin
葛西紀明選手のW杯出場年齢ギネス更新に拍手を送りながら、息子の出ていないW杯を複雑な気持ちでTV観戦した。先月、COCで出場ができないことになって、札幌行きの便もホテルもキャンセルした。こんな状況でなければ、息子が出ていなくても日本チームの応援に行ったかもしれないが、気持ちも体の状態もそれどころではない。夕方に夕飯の支度をしていると妻から携帯に電話があった。台所仕事で気がつかなかった。電話に出ると「智文が至急連絡を取りたいそうだけど、父が出ない。すぐ連絡を。」との事だった。履歴
どんなガチャガチャしたことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今日は何の日・記念日02月17日きょうは何の日02/17天使の囁きの日北海道幌加内町の「天使の囁きを聴く会」が1994年に制定。天使の囁きとは、空気中の水蒸気が凍ってできるダイヤモンドダストのことである。1978年(昭和53年)のこの日、幌加内町母子里の北大演習林で氷点下41.2℃という最低気温が記録された。しかし、気象庁の公式記録の対象から外れていたため、1902年(明治3
スキージャンプのワールドカップ札幌大会が開幕。エントリーは57選手。開催国枠で、日本からは9選手が出場しています。風のコンディションは、この時間帯では珍しい追い風。雪の影響で、1時間遅れで予選が始まっています。予選トップ通過は、オーストリアのフェットナー選手でした。ヒルサイズに迫る136.5mで139p。2位通過は日本の二階堂蓮選手。133mを飛び130.6p。3位通過はドイツのライムンド選手。130mで129.4p。日本のエース、小林陵侑選手は5位で通過しています。更に
有希ちゃん絶好調ばばさと
12日(月)朝。私、6:15の目覚ましを止めてしまいました、その時点ではいアウト―!!夫も7:15の目覚ましで起きられず気が付いたら9:30、その時点でもうスキーへの戦意喪失(泣)。まあ全身バッキバキ・筋肉痛でこの日のスキー見送って正解でしたね、無理したら怪我したと思います。私朝食。ササミフライ。夫朝食。もち米の生産が盛んなこの地の名物、ソフト大福は柔らかくお餅の味がしっかりしてめちゃくちゃ美味しいです。こちらでは
昨日の雪印杯スキージャンプは、ふるえましたね~ジュニア優勝が、下川出身の岡部くんの息子、凜大郎くん。将来が頼もしいビッグジャンプそして、女子優勝が海外遠征から一時帰国中の伊藤有希選手、国内滞在中は、国内の大会に出るという姿勢は変わらずです。。。ファンにとってはうれしい限り。。。男子優勝は、雪印所属で下川出身の佐藤慧一選手。2位がレジェンド葛西という、下川オンパレードな結果~男子は、この勢いのまま今週末のワールドカップ札幌大会に突入ですね。がんば、下川飛行隊~
みなさんこんばんわ☺️いかがお過ごしでしょうか??3連休の期間中、たくさんのお客様のご来場をありがとうございましたそして、マイホーム完成のお引き渡しがあったり、今後のマイホーム完成へ向けて打ち合わせがあったりとで盛りだくさんな3連休でした!!明日からもスタッフ一同努力して良い家づくりへ邁進していきますYOそんな中ですが、今日はちょっと話を変えまして、「スキージャンプ」の話をしていきたいと思います!!実は、私千田侑也は元々、スキージャ
全日本雪印メグミルク杯(札幌大倉山ラージヒル)内藤智文5位12月に遠征メンバーを外れて以来、かなり落ち込んでいたようだったが少し明かりが見えてきたかな?という感じがする。一回世界が見えてしまうと国内レベルのジャンプでは納得しない。さらには本来の仕事である再来週の山形国スポ(旧国体)では、強敵のレジェンド葛西紀明を倒さなければならない‥などなど課題は多いようだ。なによりも、札幌W杯出場を逃したショックはそうそう割り切れるものではないだろう。しかしどんな条
海外では意見のない人間だと思われてしまうこんにちはお越しくださりありがとうございます。☆☆☆★☆☆☆私はずっと日本からはじまるという何かを楽しみにしております。文化的な視点で見れば龍が帰還?それとも量子力学?かヨーロッパで日本文化が書かれている小説が人気とか、今朝見たニュース。この目で確かめなければと、海外の方は、広島の原爆資料館にも足を運んでいる。宮崎駿監督の世界。君たちはどう生きるか…z摩訶不思議、世阿弥の秘すれば花。以下抜粋黙っているのが美德だと
早起きして、ぴっかりと晴れた空を見てニヤリ。朝食。夫お茶漬け、私サラダチキンとおにぎり、お味噌汁。明け方少し降った所に圧雪車が入り、バーンの状態はマイルドな感じ。滑りに滑りまくりました、最初はあまり手つかずだった深雪があってとっても楽しかったです。ここ、わかりにくいけど結構急です。ずっといい天気でマイナス5℃くらいで暖かく、身体もよく動きました。滑走後はすかさずプロテイン、飲んで20分くらいから筋肉の張りと疲労が格段に
こんばんは〜秋田美人です(秋田美人じゃないです)昨日の朝に朝日町を出発、19:30苫小牧発の新日本海フェリーで朝秋田につき、昼頃鹿角に着きました秋田県初めて来ました。苫小牧にたくさん鹿がいました🦌健先輩と圡橋さん運転ありがとうございました和葉んごさんのブログとかで激揺れとか書いてありましたが、そこまでではなかったですね。あまり船というものに乗ったことが多くなく、漁船くらいの大きさのを想像してたので、初見タイタニック号かと思いました。まああの映画で言うと3等室と言うのが我々のベッドでありまし
毎回時差が非常にきついアメリカラウンド。この時間での大会は奇跡です。現地時間の朝に、1戦目の個人戦が行われています。優勝したのは、前日の予選をトップで通過してきた、スロベニアのコス選手でした。1回目は123.5mで6位でしたが、2回目に逆転の125m。278.9pでワールドカップ初優勝を決めています。2位は小林陵侑選手。125.5m、122mの278.1p。優勝まであと50cmでした。3位はノルウェーのリンヴィーク選手。121.5m、133mの277.8p。ワールドカップ
今年はオリンピックイヤーになるが92年のアルベールビルとバルセロナまでは冬季&夏季を同じ年に行っており、今から40年前に行われた冬季五輪がサラエボ五輪だった。この年の冬季五輪は札幌も立候補しており開催地投票1回目は札幌だったのだが、1回目のイェーテボリ落選票がサラエボに流れた形でサラエボ開催となったわけだ。ただし当時の日本では開催時期の2月はプロ野球がキャンプインしておりスポーツ紙などはキャンプの記事がメインで冬季五輪は一部の地域でしか馴染みがなく当時の日本
はーいこんにちは。ザウルスです(ザウルスじゃないです)(フースーヤ)昨日は午前午後で飛べて夜は夏の小川さんの動画とか見てたら疲れで眠くなって来てすぐ寝ました上手いなぁ今日の晩ご飯サバの味噌煮でした。数年前の朝日の510ブログにサバの味噌煮って題名のあっていつか来ないかと待ってました美味しかったぁ一橋のブログ警察が部員を詰めてるのを見るの好きです、あの瞬間1番活き活きしてますからねザウルスさんは。うちのチームでブログサボっててもあそこまで詰める人いませんね今日は午前いつも通り整備し、ジャン
今月は、三連休が2度もあるんですねえ・・・各地で冬のイベントもあるし、2/17~2/18は札幌でワールドカップスキージャンプ大会!ふだんは世界で飛んでいるアスリートたちが北海道の空を飛びますよ~なんといっても、下川出身のレジェンド葛西51才の快挙!先週のTVH杯で優勝という、うれしいニュースにレジェンドの並外れた精神力と努力に感動です。しかも、下川出身ジャンパー佐藤慧一選手(左)とのワンツーフィニッシュで感激倍増な町民なんであります。ワールドカップにも出場するので
まーこーレーへレジェンドと呼ばれている葛西紀明カサイノリアキさんを、ご存知でしょうか。“レジェンド”と呼ばれています。30歳でも、スキージャンプ選手として、現役を続けられ、40歳になっても、まだまだ活躍されているため、こう呼ばれております。もちろん、それだけではありません。数多くの実績も伴われ、怪我もあったりありましたが、また復活され、輝かしいお人なのです。コロナ禍だったからか、メデイアでは見なくなっておりましたが、50歳超えても活躍中でございます!先日アップした論文の、まさしく実
終活にはまだ早いですが、昔を振り返ります。懐かしい写真や思い出深い音楽をご紹介します虹と雪のバラード~トワ・エ・モワ1972年(昭和47年)札幌で冬期オリンピックが開催されました2月6日、スキージャンプ70m級(現在のノーマルヒル)の決勝、日本の笠谷、金野、青地選手が金・銀・銅のメダルを獲得、表彰台を独占し『日の丸飛行隊』という新語が生まれます当時小学校3年生でしたが、当然の如く翌日からクラス中でジャンプごっこ。誰が笠谷選
イップス症状主に精神的なきっかけで今までできていたことができなくなり、成績不振に陥る事。(昔はスランプで一括りされていたけど、ちょっと違うみたい)1994🇳🇴リレハンメル五輪ジャンプ団体戦エース原田雅彦(ここは敬称略)の最後の失速で金メダル🥇を逃した有名な場面。あの頃の原田に対する誹謗中傷は今以上に酷かった。95–96シーズンの原田の成績は見ていられなかった。得意のノーマルヒルでも60mを切る試合があった。正直、「原田はリレハンメルで終わった」と思った。1997年
はぁいこんにちは、ジャンプの長沼です。朝日4日目でございます健先輩のパターンが「♪さっわがしい日々に」と「♪ぐっちゃぐっちゃにしてくれないか〜」の2つであることを発見しました今日は-19〜-6°で結構さみぃでした午前ミディアム整備+ジャンプ午後オフです朝ジャンプ台行ったら昨日よりかなり整備が進んでいました。なんと。市の方もしくは選手のどなたかが昨夜やってくれてたのでしょうか。それでその続きやってから、ジャンプです2時間ほど整備もしたのですが、8本も飛べました!4人+1人ビデラ
2月6日(火)の誕生日の花はヒメオドリコソウです。花言葉は「愛嬌」です。1904日本政府がロシアに国交断絶を通告2007ブログの日(サイバーエージェント)1966ノリの日1968第10回冬季五輪グルノーブル大会開催1972札幌五輪スキージャンプ70m級で日本がメダル独占2011大相撲八百長問題で春場所中止2019プロの日(未来ワークスが制定)1875森有礼、契約結婚の初め1918英国30才以上の女性に参政権が認められる1922ワシントン海軍軍縮条約締