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2026年8月24日(月)1週間前にジュネーブの公立高校1年生になったばかりの長女ガル、親知らずを抜きました。ソニックが親知らずを抜いたのは大学生のころでした。1本は「簡単に抜ける状態」だということで大学の保険センターで抜けましたが、もう1本は「保険証を持って大学病院に来てね」と言われました。抜くのは同じ先生でしたが、歯茎を切って骨をドリルで掘る口腔外科手術になるので病院の設備が必要だったそうです。長男ザーが親知らずを抜いたのはちょうど10年前、ザーが高校2年生の時でした。親知らず
なんだか急に秋の雰囲気です。もう暑くなる事はないかなと思われます。急に何を着ようかと思ってしまう。季節の変わり目って面倒くさいですね。さて、週末は、パパの古い友人さんのお家に呼ばれたので行って来ました。とは言え、うちから2時間半くらいのバーゼルの近郊で「食事の後、歩きに行きましょう」との提案でした。げっ「スイス人のちょっと歩きましょうは最低5Kで、なんなら10Kくらい当たり前だから気をつけた方がいい」と、スイス在住が長い友人から聞いていました。本当にスイス人は子供の頃から山歩きで鍛え
8月21日(金)19時45分撮影一週間前、17日(月)に一段落したと思っていた暑さは翌18日(火)、19日(水)が良く晴れたため、またもや高温警報。20日(木)も、本来は避暑地であるスイスの夏とは思えないような蒸し暑さでしたが・・・夕方から翌朝にかけて、激しい雷雨となり、気温は10℃近く下がり、やっと「平年並み」となりました。6月から始まった「記録的な猛暑」もこれでやっとおしまいです。明け方の気温も14℃前後まで下がったので、22日(土)には春夏用の薄い羽根布団を出しまし
先週の話になりますが、木曜日も金曜日もテニスでした。木曜日がめちゃくちゃ暑くて、みんな滝のように汗をかきました。友人の髪はシャワーを浴びたように濡れ、髪がクリックリになってて別人のようでした。天然パーマだったのね。外人よくあるある〜。で、次の日も同じ時間だったのに、雨だったので急に冷え込み15度。でも、家の中では感じないし、前日めちゃくちゃ暑かった記憶があるので同じようにスコート履いたまま出かけました。この日は汗もかかず、そのままスーパーに寄ったら、寒🥶鳥肌ものでした。1日違ったら
2026年8月17日(月)とうとうジュネーブ州のバカンスが終わってしまいました。長女ガルも公立高校への初登校日を迎えました。この夏は、冷房の無いジュネーブでは非常につらい猛暑が続きました。一時帰国中の日本の涼しさ(エアコンの効いたホテルの部屋など)が恋しい日々でした。暑さで胸が苦しくなったり、血圧が下がり過ぎたのか朦朧として起き上がれなかったり、本当に参りました。ここ数日は湿度も上がり、夕方には今にも雨が降りそうな曇り空になったり、遠くで雷の音が聞こえるにもかかわらず、肝
やっと紫陽花が緑になりました。最初は白だったんですよね。この色が好きで買ったので嬉しいですラベンダーの時期が終わってから、庭から色が消えたなと思っていたら、こんな赤い花が咲いてました相変わらず時々ハリネズミが現れるようです。ハリネズミが現れるという友人は多く、一人の友人は小屋を買ってやったら、そこに暮らすようになったと言ってビデオを見せてくれました。面白いなぁ、人間が買った小屋をちゃんと使うなんて。そんな小屋が売ってる事も知らなかった。柚子かなぁ?パパが管
カントンによっては、新学期も始まりましたね。スイスでは、4歳ごろから幼稚園が始まり、ここから義務教育がスタートします。ということで、今日は子どもが幼稚園に入る頃の話です。当時我が家にも自治体から入園案内が届きました。それを見て正直、「わー、大変だ。これは……」と思いました😅なぜなら、もう翌年に引っ越すことが決まっていたからです。さらに幼稚園までは、普通の路線バスを利用しなければなりません。まだ小さいので、当然付き添いが必要。お昼には家に帰ってきて、午後にまた幼稚園がある日もあ
ツェルマットの氷河スキーが、現在一般客向けには閉鎖されているそうです。この暑さで氷河の状態が悪化しているためだそう。「そんなことあるんだ😳」と驚いたのですが、調べてみると2022年にも夏の営業が一時中断されていたようです。スイスのスキーレースの選手たちは、限られたエリアでトレーニングを続けているそうです。ここ数年、私はスキーレースを見るのが好きになって、シーズン中は毎週末のように見ています。日本にいたら、たぶん見ていなかったスポーツです🤣そんなこともあって、最近はこういうニュースも
先月末になりますが、フランスのアンシーに行きました。月末の土曜日にアンティークマーケットが出ると言うので見に行ったのです。アンティークってそもそも余り興味ないけど、義母が持ってる素敵な木のフレームがこうしたマーケットで買ったアンティークとの事なので、私も探したいと思ってる訳です。他にも植物を入れる鉢の代わりに欲しい物などもあります。久々に来たアンシー。前回来たのは随分前で、この湖で観光船に乗りました。あの頃はとても静かだったけど、今回は物凄い数の小さなボートが湖を埋め尽くしていました。ほと
実は、義母から子どものことを聞かれたことは一度もありませんでした。実母からは、ときどき聞かれることがありました。でも義母は、何も言いませんでした。その理由を知ったのは、ほんの数か月前です。昔の話になったとき、義母が、「あのときは、子どものことなんて聞けなかったわ」と言いました。そのとき初めて、義母はあえて聞かないでいてくれたんだと知りました。当時の私は、スイスで自分が生活していくだけで精一杯でした。もちろん、子どもがいることで頑張れる人もいると思います。でも私は「子どもはまだ
スイスで暮らし始めた頃の私は、「ここで本当に生活していけるのか」という不安を抱えたままでした。私たち夫婦は、子どもを持つなら責任を持って育てたいという考えが同じでした。だから私は、自分がこの国で生活していけると思えるまで、子どもを持つ決断ができませんでした。そこまで6年。ようやく「子どもが欲しい」と思えるようになりました。それから約1年。「そろそろ病院に相談に行こうか」と話していた頃、日本へ一時帰国することになりました。そして出発直前、妊娠していることが分かりました。帰りの飛行機
手のツボ押しは、今でも続けています。特に「あ、発作が来そうかな」と感じたときは、すぐに押しています。以前、休暇中に少し調子を崩したことがありました。そのとき、子どもが私の手をもみもみとマッサージしてくれたんです。子どもの愛情なのか、それともハンドパワーなのか……😊理由は分かりませんが、不思議と気持ちが落ち着きました。私は普段、パニック発作になると、一人で落ち着きたいタイプです。だから、人に触れられるのも苦手なことが多いのですが、そのときだけは別でした。今でも、あのとき子どもが、一
シュパギリック(Spagyrik)も試してみたことがあります。薬局で症状を相談すると、その人に合わせて植物由来のエッセンスをブレンドしたスプレーを作ってくれます。それを口の中に数回スプレーして使います。「パニック発作には、やっぱりローズマリーがいいよ。」そう言われて、私用にブレンドしてもらいました。50mlで30フランくらいだったので、「効いてくれ〜!」という気持ちでした。ところが……私にはローズマリーの香りが強すぎて😅1回スプレーしただけで、おえっとなってしまい、逆に落ち着か
アロマも、私が長く続けているものの一つです。今うちにある精油です。香りの感じ方は人それぞれですが、においは脳に直接働きかけると言われています。ラベンダーにはリラックスや睡眠を助ける働きがあることも知られています。実は私は、ラベンダーの香り自体はそこまで好きではありません😅でも、不思議とラベンダーを使うとよく眠れるんです。だから「好きな香り」と「体が心地よいと感じる香り」は、必ずしも同じではないのかもしれません。私は、パニック発作対策として自分に合う精油をブレンドしたロールオンを作っ
休暇中に、自分で石を選んでブレスレットを作る機会がありました。講師の方からは、「あなたは今、お母さんが選びがちな石を選んでいますね。自分よりも子どもを優先している時期なのかもしれません。」と言われました。そして、「この石は私を助けてくれますか?」と心の中で問いかけると、助けてくれる石なら体が前に、そうでなければ後ろに倒れる、と教えてもらいました。信じるかどうかは、人それぞれだと思います。でも、その時は私も夫も、不思議と体が反応したんです。そこで、助けてくれると感じた石でブレスレット
パニック障害になってから、とにかく少しでも楽になりたくて、いろいろなことを試しました。本当に、わらにもすがる思いでした。その一つがヨガです。最初はヨガ教室にも通っていました。ゆっくり体を動かして、呼吸を整える時間は、私にとって気持ちをリセットする大切な時間でした。ただ、一つ困ったことがありました。先生の説明はもちろんスイスドイツ語。不思議なことに、リラックスしてくると、スイスドイツ語が全然頭に入ってこないんです(笑)。「今、何て言ったんだろう?」なんて思っているうちに、気づけば
昨日は、ローザンヌの教会に日本の私立の小学校から子供達が歌いにくると言うので行って来ました。歌だけでなく、踊ったりも可愛かったです。一緒に行った友人は、この子達に日本食を届けるように頼まれてたので準備して、私達は早めに出るようにしていました。ところが丁度、おらが村と友人が住む隣村をTourdeFranceが通りぬける時間帯と重なり、通行止めだらけ。友人が私の村に来ることが出来ないと言い、大変でした。すったもんだでしたが、40分遅れでコンサートに到着できました。遅くなったけど子供達は
2026/08/01(祝)スイス建国記念日フランスに買い出しに行き、地下倉庫にしまおうとしたら、なんとドアの把手がポロリ・・・ドアが開かなくなってしまいました。あらまあ・・・。3日前には窓の扉が1枚落ちたばかりで、その修理もまだ何も始まっていないのに・・・。・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。まあいいか、誰も中に閉じ込められなくて良かった・・・。窓の扉が落ちたときも、ちょうど2年くらい前、天井の石膏ボードが落ちてきた時も、人間はケガしなかったの
今日はとってもいい天気。気温も上がりそうだけど🌞美容室に行った。今回はお顔を引き締めるためにヘアカラー暗めにしますね。って、、暗すぎ😅これでは白髪が生えてきたらすごく目立ちそう💦8月1日はスイスのナショナルデイ🇨🇭今年は乾燥が激しいので、火事を予防するために花火は中止になったらしい。ジュネーブも結構頑張ってお祝いするのね。青空〜😍クーちゃんはバイオリン🎻に興味津々で、家に帰ってから、おもちゃをバイオリン代わりにして真似してたそう。うちの息子も4歳からピアノ、12歳頃からサックスを
今日はスイスの建国記念日です🇨🇭毎年8月1日には、多くの農家が農場を開放し、朝食やブランチを提供しています。わが家はまだ行ったことはありませんが、毎年楽しみにしている人も多いイベントです。国旗のガーランドで家を飾る人も多く、街中でもスイス国旗やカントンの旗をよく見かけます。ブランチを楽しみ、夜は家族や友人とバーベキュー。これが、多くのスイス人にとって定番の過ごし方ではないでしょうか。わが家は家でブランチをしました。建国記念日には、スイスクロスの型押しがされた「Weggli(ヴェック
2026/08/01今日はスイスの建国記念日。道理で昨日はスイス領のスーパーに「スイスのお誕生日おめでとう❣️パン」が並んでいたわけだ、と納得しました。真ん中にスイス国旗の十字型が象られています。今日、ロットは今月中旬には高校生活が始まる長女ガルのためにパソコンを買いに行く予定だったのですがソニック「ちょっと待って。確か㊗️祝日㊗️でしょ?お店、開いてるの?」ロット「……あ。忘れてた。休み、だよな。」日本とは違い、日曜や祝日はお店が閉まるヨーロッパ。残念、お買い物は延期になりました
パニック障害と付き合うようになって、20年以上になります。「これをすれば治る。」そんな方法は、私には見つかりませんでした。でも、その代わりに「こうすると少し楽」ということは、少しずつ分かるようになりました。①無理に予定を詰め込まない今でも、予定が入っている日の前後には、できるだけ新しい予定を入れないようにしています。私の場合、予定が重なるだけで、知らないうちに気持ちが張ってしまうことがあるからです。②「危ないかも」のサインを無視しない昔は無理をしていました。今は「あ、今日は
先週の話ですが、近所の約85ヘクタールの敷地に約25万人が訪れる欧州最大の野外音楽フェスの1つと言われるパレオフェスティバルがありました。日頃は牛が草を食べてるような牧草地ですが、この時期は遠くから沢山の人がそこにキャンプやキャンピングカーで泊まりがけで来たりしてるのが見えるので、開催中はすぐ分かります。5日間くらいあるので、その期間ずっと泊まって楽しむ人も多いのでしょう。私達家族は誰も興味がないイベントで、毎年招待頂くのですが1度も行った事ありませんでした。ここ数年はVIP招
2026/07/30スイス時間朝7時お客様をジュネーブ空港に送っていきました。帰宅後、いつものようにフランス領に食料品の買い出しに行くつもりでしたが、気付いたらフラフラで、とても運転できる状態ではなくなっていました。6月下旬の高温警報の中での受け入れ準備に始まり、およそ3週間の、少々過密スケジュールの一時帰国、そのまま成田からお客様と同行してスイスへ。お客様を無事に送り出してホッとした途端に1ヶ月分の疲れがどっと出たみたいです。ぐんにゃり。お客様、そろそろ日本に到着されたかしら。
スイスへ移住して20年以上経った今でも、パニック障害との付き合いは続いています。もちろん、当時のように体重がどんどん減ることもありませんし、普段の生活にほとんど支障はありません。でも、忘れた頃に思い出したように症状が出ることがあります。私の場合は、睡眠不足が続いたとき。暑い日。人混み。旅行などで生活リズムが大きく変わったとき。そして、コーヒー。「あ、今ちょっと危ないかも。」昔より、自分の体からのサインに気づけるようになりました。パニック障害がなくなったわけではありません。で
義実家へ行ったときのことです。当時、うちには体重計がありませんでした。義実家で何気なく体重計に乗ってみると、自分の標準体重よりもかなり体重が減っていました。「えっ……?」ちゃんと食べています。むしろ、普通に食べていました。それなのに、体重だけはどんどん減っていく。今振り返ると、相当なストレスに体が正直に反応していたんだと思います。さらに、義実家でコーヒーを飲んだあと、急に動悸が激しくなり、落ち着かなくて胸がざわざわすることがありました。何度か同じようなことが続いたので、「何
語学学校へ通い始めたことで、少しずつ標準ドイツ語が分かるようになってきました。もちろん、それは決して無駄ではありませんでした。新聞やニュース、役所から届く書類などは標準ドイツ語ですし、生活の土台になる大切な言葉です。でも、私の生活に必要だったのは、それだけではありませんでした。私の生活に必要だった、もう一つの言葉。それが、スイスドイツ語です。最初の頃、義母は私に標準ドイツ語で話しかけてくれていました。でも、ある日、夫が義母にこう言いました。「どうせ彼女は標準ドイツ語もまだあまり分
しばらくすると、私がいないことに気づいた夫が靴も履かずに迎えに来ました。その日は家に戻りました。正直なところ、あの頃は何度「日本へ帰ろう」と思ったか分かりません。結婚すると決めて日本を旅立つ日、父は「無理だったら、いつでも帰ってきていい。」と送り出してくれました。だから帰ろうと思えば帰れた。でも、自分でここへ来ると決めたのも私でした。「私は何をやっているんだろう。」そんなことばかり考えていました。あの日のことを思い出すたび、今でも何ともいえない気持ちになります。行き場のな
2026年7月26日午後11時くらいジュネーブに戻ってきました。涼しさにほっとしました。今回の一時帰国は3週間余りでしたが、前半の10日間は日本で社会人となった長男ザーのサポートで、後半は東京に移動して、日本ではまだ中学3年生にあたる長女ガルのサポートでした。日本で高校生相当の学年になる来年からは予備校の寮に入れてもらうことも可能なのですが、今はまだ、保護者付きでビジネスホテル等に滞在しないと、予備校に通えないのです。今年も恒例の(?)アクシデントがありました。特に大変だったのは
スポンジ・ボブのおかげで、ドイツ語を勉強するきっかけはできました。でも、だからといって問題が解決したわけではありません。以前住んでいた地域では、英語さえ話せれば大きな問題はなく、私は一人でたいていのことができました。ところが、新しい場所へ引っ越してから、状況は一変しました。私の言っていることは伝わらない。相手の言っていることも分からない。一人では何もできない。今までできていたことが、できなくなった。自由がなくなったように感じました。分からないことばかりで、毎日が不安と緊張の連続