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前回のレッスンでの話🎹先生から「この曲(雨だれ)がどういう状況で作られたか調べてみた?」と聞かれた。一般に伝えられている、ショパンがジョルジュ・サンドとマヨルカ島に渡り、体調不良の中で書いた作品であることを述べる。しかし、実際は曲のほとんどの部分はすでにフランスで完成していて、マヨルカ島では最後の一部分を作ったに過ぎないことはあえて話さなかった。先生は演奏にもっと心情的な部分を求めているのでは?と思い、図書館で予約した本がこちら📚「ショパンとサンド愛の軌跡」
来る3月9日はジュリエット・ビノシュの60歳の誕生日です。(1964年3月9日生まれ)それを記念して彼女の作品をご紹介しています。■今日ご紹介するのは、スキャンダラスな映画です。『年下のひと』(1999)監督ディアーヌ・キュリス共演ブノワ・マジメル撮影ヴィルコ・フィラチ衣裳クリスチャン・ラクロワ【あらすじ】1830年代のパリ。とある朗読会で、サンドは批評家から激しく罵倒される。気丈に振る舞いながらも、動揺を隠せないサンド。その時彼女に話しかけ、優しく慰めて
昨日もちょっと書いたんですけど“ピアノは練習するだけではない”ということ。ある程度の年齢になり自分の考えが持てて譜面を見て弾けるのであればそこに自分のイメージをのせて弾けるようになります。そのためにいろいろな経験をして想像力を豊かにすること。小説を読んだり映画を観たり絵画鑑賞やミュージカルなんかもいいですね。発表会で弾くショパンのポロネーズを練習中のYちゃんが本好きだからこそお話したことがあります。ジョルジュ・サンドの小説「愛の妖精」私が
先週末、三越劇場にて、朗読劇を観劇してきました。「ジョルジュアンドミッシェルショパンを創った二人」いやー、想像以上に素晴らしかった!ショパンとの10年間の日々をショパンの恋人ジョルジュサンドと彼女の元彼であり弁護士であるミッシェルさんが、お互いにあてた手紙を読み上げる形の朗読劇でした。愛ちゃんがジョルジュサンド、みっちゃんがミッシェルでしたが、ショパンはピアノ演奏の方、とゆう設定なのです。それにしても宝塚のogは舞台に現れただけで、とんでもないオーラと華を放っておりました。大きなお
朗読劇『ジョルジュ&ミッシェル』ショパンを創った、ふたりを観に行って参りました。2月3日12:30〜ジョルジュ/愛月ひかるミッシェル/北翔海莉ショパン(ピアノ)平尾有衣ジョルジュはショパンの才能を愛しジョルジュ35歳から44歳の9年間献身的にショパンに尽くしショパンの生涯の中で最も影響を与えた女性女流作家でもあり男装をして今でいうフェミニストの先駆けだった女性2人の子供を持つ母でもありました。そんなジョルジュを愛ちゃんが宝塚退団後初めての女役ショパンと
こんばんは。2月3,4日に開催の公演「ジョルジュ&ミッシェルショパンを創った、ふたり」は、日本橋の三越劇場にて行われます。昨年、会場見学に行ってきました。三越劇場は、1927年に日本橋三越本店の6階に誕生した、とても歴史の深い劇場です。もうすぐ100周年ですねロビーには素敵なシャンデリアが。(写真を撮り忘れた…💦)足を踏み入れるだけで、時間の流れがいつもとちょっと違う気がします。2階席もあり、2階へは階段を使って登ります。ここにも、アンティークな素敵なシャンデリアが。いよいよ中
焼き上がったら煙突からクリームを注ぐ。Tarteauxpommesdeterre.ジャガイモはフランスどこ行っても美味しい。こんなにフランス人じゃがいも好きなのに、普及したのはやっとマリーアントワネットの時代。黒くてあやしいその形が人々には敬遠されていたので、農学者Parmentierパルマンティエがルイ16世に普及をすすめて、飢饉を乗り越えようと持ちかけたのだ。王(ルイ16世は、食べることが大好き。そして、狩り、錠前づくりくらいしか興味がなかった人である。教養はあったらしい)は
作品No.01VIVANTの最終回があんまり面白くなかったので、八百万せんべい食べて気を紛らわせているパンダ作品No.02勝手なことを言うパンダ作品No.03ジョルジュサンドこ〜ろんだ作品No.04なるほど、バカはあいつらだけじゃねえのか作品No.05周囲でコロナ感染多発してるけど、最初の緊急事態宣言が出てから3年半の間にコロナはもとよりインフルエンザにもただの風邪にも全くかかる気配のない自分をふりかえって、やっぱり馬鹿は風邪ひか
マヨルカ島のパルマの港には大きな岸壁がある。スペインのバルセロナにもイタリアのジェノバにも繋がる旅客船航路の中継点になっているのだ。僕はその岸壁を歩きながら青いノクターンを着想した。恋人のジョルジュサンドはずいぶん年下の私が逃亡を謀るのではないかと思ったのか、港が見える丘から私を見ていた。逃げるなんて、あるはずないじゃないか。確かに、僕はジョルジュの娘とも寝た。最低かもしれないね。しかし僕がジョルジュから逃げれば、彼女の恋人から銃で撃たれてしまう。僕の婚約者との関係も明確にしなくて
眠りの崖の先端まで来ました。いつ落ちてもいい。豆球をLEDにしたら5Wでもこんなに明るい。中島みゆきの浅い眠り♪脈絡?文の?変かな?重心がどっちにあるかです。マヨルカ島の崖の下に広がる森。15歳も年上のジョルジュとこんなところまで来るなんて。落ちている?浮かんでいる?飛んでいる?
姫美女桜💐美しい地球を旅するあなたへ☘️秋は美味しい季節😋いつもお世話になっている職場の先輩と、スタッフの方に差し入れしようと料理の達人に教わったレシピで気合を入れてゴーヤの佃煮を煮ました💪お酒が進む仕上がりに😆🍶喜んで頂き、レシピも聞かれました🙌🎹🎹🎹今日はロマン派ショパンとリストの時代にタイムスリップ天才少年だった子ども時代はどちらが上手いか‼️なんて超不毛な報道がなされる中リストは聴衆を意識した分かりやすい華やかさショパンは地味に繊細な世界を創り上げイン
皆さま、ごきげんよう。「パーソナルデザイン」+「パーソナルアクション®」専門家、【マチュアリズム】代表の西尾奈保です。醸し出す雰囲気を見える化する「パーソナルアクション®」メソッドの開発者。2023年秋・初めての「パーソナルデザイン」本の出版が決定!「パーソナルデザイン」+「パーソナルアクション®」養成講座の開講に向けて、今年は全力投球です8月1日の昨日、モンマルトル界隈を街ブラしました。偶然ですが、2020年1月に宿泊したのもモンマルトル。この時は、プラス・ド
______________________________[今日のポジション]買07/0620,460×1買07/1019,450×0.5平均20,123______________________________戻るようで戻んない悩ましーい連休後、戻っておいで!笑===パリの後、ベルギーへ行きたい夫クロアチアへ行きたい私擦り合わせの結果...飛びまして〜マヨルカ島(スペイン)に決定笑海の綺麗さは言わずもがな
こんにちは。halpianolessonsハルピアノ教室です。今日は一日読書の日でした。ジョルジュ・サンドからの手紙という本を読みました。ショパンの生きていた時代がジョルジュ・サンドの手紙から伝わってきてとても面白かったです。その時代、フランスからスペインへの旅は容易なことではなく、ジョルジュ・サンドの人脈を駆使し、様々な手続きを経て、パリからスペインのマヨルカ島へようやく旅立つことになる。読んでいて、ジョルジュ・サンドの精神的な強さや行動力に、逞しい人だったんだなと思った。スペイ
良いお天気9歳児は、ソーラン節宙組の赤と黒の衣装のソーラン節を思い出すダンスを習っていたから、カッコ良かった11歳児は、見つけるのが大変楽しかったけど、疲れて、帰宅後、昼寝した。夜遅くに、BSでフジコ・ヘミングさんのマヨルカ島でのコンサートを見た。練習中二日間の演奏をショパンの面影を探して。ショパンと、ジョルジュ・サンドのお話子供二人が、大人の恋に振り回されての逃避行‥。マヨルカ島には、行ってみたかったです。
わたしの中で火曜日と木曜日は、古本屋さんへ歩みを向けたくなる日である。これという訳は無いのであるが、何となく火曜日と木曜日が気分的に歩み向けたくなるのである。それで昨日木曜の仕事終わりに労を落とそうと、いつもの古本屋さんに寄ってみたのであるが、夕方の時刻にかかわらずまたお店が閉まっている。『ここ数日のブランクは…』これまで他愛もない読書記録などを書き記すことを楽しみに、日々こつこつと記事を作ることを行ってきたのであるが、一旦書くのを止めると何となく億劫になる上、自分は…ameblo
フランスのロマン主義(1800-1840)は、フランス革命後の恐怖政治を経て、リベラルでナチュラルな文学や芸術を求めたもの。思想家や作家でいうとルソーやヴィクトル・ユゴーが有名です。ルソーはその前にもすでにマリー・アントワネットに影響をあたえ、王妃は莫大なお金をかけて村里を作らせ農家の真似をするようになったのでした。女流作家ジョルジュ・サンドもロマン主義のひとりで(自由な服装を求めて男装したりもしていた)、リストやミュッセなどたくさんの愛人が。中でも一番有名なのは、ショパンですかね。ショパンと
4/1にNHK-BSPでフジコヘミングさんのドキュメンタリー番組がありました。昨年12/28にあった再放送ですフジコヘミングショパンの面影を探して~スペイン•マヨルカ島への旅~ショパンとジョルジュサンドが過ごしたマヨルカ島を2022/9.フジコさんが旅したドキュメンタリー番組ですショパンとジョルジュサンドが住んだ最初の家雨だれ等の曲を書き残す事になりますが、結核のショパンは、長くは滞在出来ず…↓フジコヘミングさん、御年90歳ご高齢であり、不自由なお身体ながら、現在も精
今練習している曲の作られた背景等を調べてくるという宿題が出ました。ネットでいいと言われましたがネットを少し見てみたら面白そうだったので本を買いました。ショパンって生涯結婚しなかったんですね。恋人とよく言われているサンド、旦那と離婚してなくて正しくは恋人じゃなくて愛人たったんですね。そして不倫が世間に広まったからスペインのマヨルカ島に逃避行したんですね。限りなくクロに近いオフホワイトではなく、完全なるクロですねwww現代なら完璧にアウトですね
ジョルジュ・サンド短編集の中の一話「ピクトルデュの城」この話しはもう何度か紹介していますが、読む度に新たな理解が深まって、折に触れては読み返しています。子供に向けた話しではあるのですが、大人になってから読む方が良いと思います(もちろん子供の頃はその時期なりの感じ方でまた違った理解があるかと思います)主人公は幼い女の子ディアーヌなのですが、彼女が画家として、一人の人間として成長していく様が描かれています。父親もまた、有名な画家として活躍していたのですが、彼はあくまでお金を稼ぐ糧
「花達のおしゃべり」フランスの女流作家ジョルジュ・サンド(男装でショパンの恋人としても有名な方がです)の作品です。絵本にもなっていて、そちらのタイトルが「薔薇と嵐の王子」です(この絵本がとても素敵なんですが絶版しています😞復刊望む!)。この作品は児童文学で、簡単にストーリーを紹介すると、生物が地表に根付くずっと前の世界で、地上は天の王様(風?)によって、支配されていました。王様の息子である嵐の王子は父の命令で、大地を削りとるほど激しく吹きすさび、生物の繁栄を邪魔していましたが、大
昨日はXmasイブとは思えないメニュー、夫が買ってきた小さいボトルのシャンパンだけはあったけど、お歳暮で頂戴した馬刺し、カニ缶、あとは冷蔵庫にあった里芋とコンニャクの炊いたん、人参シリシリ、自家製かぶら漬け、etc.まぁこれはこれで美味しくいただきましたが。明けて今日は、ちょっとだけXmasっぽいオシャレして、朗読劇とピアノ演奏を一緒に楽しめるお芝居『ジョルジュ』を高円寺に観に行きました。ショパンのパートナーのジョルジュ・サンドと、弁護士ミッシェルの往復書簡、その朗読劇の中にショパンの名曲
作品についてhttps://www.allcinema.net/cinema/4375↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。・フレデリック・ショパン・エルスナー教授:ショパンの師・ジョルジュ・サンド:ショパンの恋人・コンスタンシア:ショパンに祖国の土を贈るかなり脚色されているようなので、話半分として。ショパンと祖国ポーランドに焦点を感じました。ショパンの師:エルスナーが、個人的にはツボ☆彼は、ピアニストとしてのショパンを売り出すべく
切り取られた一場面ながら、どこまでも美しく、その視線の先に映し出されるドラマを想像し胸が高鳴る二人の関係性が尊く感じられる瞬間FROMSTAGE宝塚GRAPH12月号より
今日はショパンの没後173年日です。息をひき取ったその日に、ショパンの友人で彫刻家オーギュスト・クレサンジェによって左手と顔が型どられ、キャストが作られました。数年前にフランスの骨董店で入手した、この左手の複製を家宝として飾っています。1900年初頭のものです。ショパンの手にぴったりなコレクションケースを見つけ、ポーランド旧紙幣も、一緒に飾っています。横は、ショパンの友人フランツ・リストの手。ちなみにワルシャワのショパン博物館の売店で購入したお土産用の左手は、実寸より大きかったり小さかった
サンフランシスコからJFK経由のデルタワンでフランクフルト往復のチケット、何故か予約していた笑人がいて、そこからどこへ行くか紛糾していましたが私のプレゼンが勝利してマヨルカに行ける事になった😍それでフランクフルトからパルマまでの往復航空券、ホテルを決めて、予約、最後の1日のフランクフルト空港のそばのホテルの予約をする午後になった写真は冬のマヨルカ、英語版、近所の図書館にはなかった、ギュスターブ・フロベールとのコレスポンデンスってのをホールドしてみた彼女がショパンに用意した部屋を写真で見た事
やっとできた千秋楽公演。開演できたことへの想いはおいておいて、公演自体の感想です。お芝居もショーも柚香光さん始め、花組さんの美しいことよ✨けれど、ストーリーにこだわりがちな私としては、納得できない点がちらほら。まず、パリ社交界を棄てて、マリーと駆け落ちしたリスト。社交界での名声等々、すっぱり未練はないと思っていたのに、なぜ、お仲間が迎えに来たら、さっさとマリーを残してパリに帰ってしまったんだろう。そこが、なんとも腑に落ちないとこでした。年少の頃、パリの音楽院への入学が
花組東京公演が、9月3日まで公演中止😱8列目のお席が消えましたぁ〜ラストのひとこちゃんジョルジュサンド様を間近でガン見するはずだったのに・・・ショック😭ホテルと飛行機をキャンセルしなきゃ。はぁ〜力が抜けてしまいますね。でも、まだキャンセルできる時間的余裕がある。(飛行機は取り消し料がかかっちゃうけど・・・)前回の中止発表は当日で、劇場前で知った方も多数いたとかで、その方達の驚きと落胆や遠征費用を考えたら、ショックなんて言ってられないのかな
月組公演が始まる前に、「グレート・ギャツビー」村上春樹訳を読みました子供の頃に読んだ記憶はあるものの、今回の再演を観劇するにあたり、また読んでみたいと思っていたら、我が家の本棚にありましたしかも村上春樹氏の新しい翻訳バージョンでした翻訳には賞味期限があるので時代に合わせて変えていくべきであり、自分の思い描く「グレートギャツビー」を個人的に翻訳したいという長年の夢を叶えた村上春樹氏の熱い思いがつまった1冊でしたそして、永久輝せあ様が書かれた、もとい、永久輝せあ様が演じたジョルジュ・サンド
↑↑↑クライスラーの「愛の悲しみ」。クライスラーは、第一次世界大戦までは出征しているのですが、ユダヤ系ということで、ナチスがオーストリアを併合したのを機に、パリからアメリカへと逃れ、アメリカ国籍を得て、二度とヨーロッパには帰らなかったそうです。スピルマンは、「戦場のピアニスト」のもとになる都市の崩壊を書き綴った本を、1946年には、すでに出版していたようでございます。立ち直りが早いですわね。ご長男は、九州産業大学で日本の右翼を研究なさっている教授だそうで、え?右