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2003年10月19日~旅日記より~イピアレスを出発して国境は5kmぐらいであり、思ったより大きな建物が建っている。出国はアッサリ済み、記念に1枚撮る。ここで国境の係官に「曲がっているぞ」そう指摘されフロントフォークの曲がりに気付いた。そう言われるとイピアレスの宿の主人もフロントフォークの箇所を指し何か言っていた。何にしても思わる心にダメージを負った感じだ。まだ不都合はないが、もし折損などしようものなら旅の中止に発展する恐れもある。今後も注視しながら走行を続けなければいけない。
2003年10月18日~旅日記より~路面は濡れているが今は止んでおり、下り坂から本日の走行開始。暫く下りが続きそして上り坂へ。多少アップダウンはするものの押し歩く。谷底へ進むように下に川が見えてくる。汗をかいてなく爽快な走行が続いている。道中、村や町でホテルなども見かけ昨日タングアに泊まらなくとも、もっと進んでおいても良かったと少し後悔。イピアレスには昼前に到着したが想像より大きな町で、セントロまでの距離もあった。イピアレスはコロンビア最後の町でもあり、9月15日に入国して今
2003年10月17日~旅日記より~寒い朝、6時半にはパストを発つ。今日の予定はタングアで距離は20数kmのはずなので余裕があるのだが、上り勾配によっては予想より苦戦もする。そんな感じで走り出し、15kmぐらい上り後は下りとなり「また明日も下ったぶんだけ上りとなるだろう」そんなことを考えながら進んだ。小雨のなかタングアのセントロに到着するも宿は街道沿いにあるとのことで、向かうとガソリンスタンド横にホテルがあり、小さな部屋が6つだけの簡素な宿。どうやらドライバーとかがメインに泊まるのだ
2003年10月16日~旅日記より~6時半には準備も完了して出発しようとしたところで、前輪のパンクに気付いた。このパターンはわりとショックである。走行後に気付けばゆっくり修理など余裕を持ってできるのだが、出発前になるとパンク修理関係の取り出しなど時間もかかり煩わしい。ただこのパンクは予兆はあった。2~3日前から空気圧が減っていたので、やはりパンクか・・・と納得したところもある。急いでパンク修理をしたので20分ぐらいで終えて出発。さっそく上り道が始まり、今日も自転車を押し歩く時間は
2003年10月14日~旅日記より~朝から雨。平坦な勾配と聞いていたが道路はアップダウンの連続で山間を走ったりも。川沿い走行では斜面からの落石箇所がかなりあった。河川沿いを走る場合勾配はゆるく景色も良く気分も良い。ただブヨがまとわりついて鬱陶しい。日本人が珍しいのか、興味があるようで色々話しかけられ、フレンドリーな感じで良い宿に感じた。夕食は久々にチキンを食べた。◆走行距離81km◆総走行距離(7526km/79日間)◆最高時速56.5km/h◆平均時速15
2003年10月12日~旅日記より~7時過ぎに来たバスに乗車しサンホセまでの舗装路を進む。次々に乗客を拾いながら進み次第に満員になるころには未舗装のガタガタ道が始まる。一番後ろの席に座っているので衝撃をより大きく受ける感じである。行きも前後左右に揺さぶられる感じであったが、やはり同じように揺さぶられる。またこれも行きでもあった検問所で、全員降車させられボディチェックを受け、車内に不審物等がないか検査もされる。こういう場面に遭遇すると、やはりコロンビアも治安の悪い面は相当なものだろ
2003年10月11日~旅日記より~う~ん、朝から雨!8時過ぎにカルロスがホテルまで迎えに来た。外へ出ると2頭の馬。そのうちの1頭に跨る。もしかしたら初乗馬かもしれない。乗り方の説明もなくいきなり始まるツアー、緊張気味に進む。カルロスの家に立ち寄りビニル製のポンチョを借り、さらにカルロスの息子も加わった。ELTablonそしてLachaquiraと、雨と霧の中を進む。それでも渓谷の景色は素晴らしく写真も撮る。急傾斜を馬で移動する経験は貴重。下りでは体が前に落ちそうになる
2003年10月8日~旅日記より~朝から雨!止み間に出発しようと待つも止まず、9時20分に雨の中走行開始。いつもながら雨の中の出発は気が重い。サンタンデルまで平坦な道。セントロの安宿はどうもお高目なので、街道沿いの道路を挟んだ反対側のホテルにした。12000$と相場的に悪くない価格であり、更に店主が冷蔵庫付きの部屋に変更してくれた。3Fで日射しも入るので快適な部屋。昼食は市場の食堂に入り、コロンビア人の間に入り込み貪るように平らげ、1食で足りずもう1食注文。メニューはコロン
2003年10月7日~旅日記より~トゥルアからパルミナ、カリと平坦な道で左右の畑を気持ち良く眺められる余裕の走行。コロンビア第3の都市カリに到着後、セントロまでが分かりにくい。それでも昼までにホテルにチェックイン。昼食後手紙を書き、郵便局ではないが郵便を扱うオフィスから6通投函。1通4400$は物価から考えると高く感じるが、日本にいる家族などの顔を思い浮かべると手紙は出来るだけ出そうと思っている。◆走行距離102km◆総走行距離(7227km/74日間)◆最高時速35
2003年10月5日~旅日記より~今朝も雨。夜も降っていたようだ。夕方は暑く朝方へかけ寒くなるので扇風機は必要ないくらいの気候。6時半には出発。チンチナまで9kmだが折損しているので用心のため押し歩く。下り坂で一度乗ってみたが、後輪が蛇行するのですぐ止めた。チンチナまでの道中多くのサイクリストとすれ違う。コロンビアに来てロードレーサーに乗るサイクリストをよく見かける。セントロに入りサイクリストに声をかけ自転車修理店へ案内してもらう。開店まで彼らと雑談して待ち、開店してから修
2003年10月4日~旅日記より~トラブル発生!自転車の車体リヤエンドのディレーラー近くで一番細くなっている箇所が折損した!14時頃にヘロヘロになりながらマノエラ(ガソリンスタンド、ホテル、レストランがあるだけの場所)のホテルにチェックインしたときに異変?に気が付いた。折れたのが今日なのかは分からないが、とにかくこれはピンチである。明日修理する場所を探さないといけない。宿の人に聞くと、近くの町(チンチナ)で修理してもえるとのことだったがどうだろう?さて、今日の行程の振り返り。
2003年10月3日~旅日記より~朝霧の中出発。キレイな景色だったのでカルダスの町を1枚撮影。サンタ・バルバラの手前のの町まで上りが続き押し歩く時間が長かった。峠の店で牛乳1Lを飲む。警備兵が居たので自転車と一緒に撮影した。ここからサンタバルバラまでの下りは山々の景色がキレイでハイスピードで下るのがもったいない感じ。サンタバルバラではトラックとバスが衝突しており道を塞ぎ渋滞中。なんとか自転車が通れる道を見つけ下り続けた。途中、道の凸凹でフロントバックとウエストバックを落とす
2003年10月2日~旅日記より~6時半ごろホテルを出発しセントロからカルダス方面へ向かうが、ペダルを踏み込むときガクッとチェーンが飛んだ。昨日交換した自転車店へ戻り開店まで店の前で待っていると8時頃にやっと店員が現れた。どうやらスプロケット交換の必要性があるとのことで、両替所へ出向き戻ると、こどはスプロケットとハブが合わず、ハブも交換(ディオーレに交換)が必要とのことで、再度両替所へ出向く。これで106USドル両替したことになる。ハブ交換も終了してから何度も試走。しかしまだ調子は
2003年9月30日~旅日記より~まだ薄暗いなか、ヤルマルを出発。市街地を出て山々への道を進んで行く。偵察のお陰でなんとなく道路勾配を知っているので気分的には楽。それでも上り道が多いことには変わりない。左手にヤルマルの町が山の斜面に密集して、オレンジ色の電灯がキレイである。ローギヤで時速6~7kmのスロースピードが続く。雨が降ったり止んだりしており、上りにも関わらず汗も出ず手先は冷えている。結局今日は1度も押し歩くことなくペダリングを続けた。ドン・マティアスまで進もうか迷っ
2003年9月29日~旅日記より~朝から小雨が降っている。少し疲労も溜まっているので迷ったが休養日とした。迷ったのには、次の町までの道路勾配もハッキリしないこともある。休養日なので、偵察?にバスでメデジンまで(片道7500$)向かった。少し下り上りがあるスントの腕時計の高度計は最高で2900m以上。サンタ・ロサまでは上り中心でメデジンまでは急な下りがある。バスはかなりのスピードで走行している。メデジンはかなり下った標高1500mぐらいで日中の暑さを感じた。ヤルマルでは夜は冷
2003年9月28日~旅日記より~しかしまいった!今日はほとんど上り道で自転車を押して歩いたようなもの。6時にはバルディビアのホテルを出発して数km走行したがすぐ上る。15kmぐらいでやっと下ると思いきやまたすぐ上る。谷底からは涼しい風も吹き曇りがちな天候でそう暑くはない。手のひらと腰が痛く途中何度か休憩。またトラックが道路で横転しているため渋滞している場面に遭遇もした。いこれまで上り坂を進む大型車の後ろに手でつかまり進む自転車を見て来たが、私もついにこの体験をした。約2k
2003年9月27日~旅日記より~出発時は雨。ただ弱い雨でじきに止んでくれた。調子を見て宿泊地を決めるつもりで走り始め、タラサに10時半ごろ着き、まだ早いので先へ進む。コロンビアのように山が多い場所での走行予定の課題は道路勾配やアップダウンの数が読みにくいこと。タラサからは渓谷を走るような景色。山に挟まれて走る感じ。右手にカウカ川、左手に山。道中、左側の山から多くの小さな滝があり道路へ流れ出ており、洗車をするトラックなどを数多く見かけた。ゆる~く上がりの道だが追風が少しあり快適
◇2003年9月25日~旅日記より~6時出発するも、ガスが覆っているため暗い朝。日が出てない分涼しく走行しやすい。いつものようにセントロから郊外への脱出に手間取り何人にも道を訊きながらサグン方面へ向かう幹線(25号線)へ出られた。ただ霧が濃いため暫く暗い中を走行した。サグンまで47km今日の目標は調子が良ければプラネタリカまで行く予定。今日はコンスタントにアップダウンがあるものの順調に行けた。左右とも牧場や木々が続いている。家々も茅葺屋根の家を半数ぐらい目にする。ロバや馬に
2003年9月24日~旅日記より~いつものように?寝ている宿の人を起こしてのチェックアウト。6時過ぎとかの時間はまだ起きてないことが多いようだが、自転車旅の朝は早いから許してほしい。今日の目的地は比較的短い距離なので気分的に余裕があるのだが、標高によっては予想以上に時間がかかることがあるので6時ごろの出発となったわけ。町も人の往来が結構あり、幹線道路に出ると通学中の小学生も多く見かけた。舗装道路はときどき剥げた箇所や小刻みに凸凹しており、油断していると「ガタン」と衝撃を受ける。シ
2003年9月23日~旅日記より~昨夜の停電は10分ぐらいだったが、コロンビアに入り停電が多いように感じる。安宿に泊まっているからなのか?今朝は雨が上がり気持ちよく6時には出発できたが、すぐバス群や車の中を走るはめになり、少しイライラ。路線バスは客を乗せるためすぐ停車するし、他のバスが追い越し客の奪い合いをしている感じに見える。日本では絶対に見ない光景。バス以外にも乗合タクシー(後の荷台に幌がついている)も頻繁に通行している。カルタヘナを出てトゥラバコ方面へ向かうと道路工事区間
2003年9月22日~旅日記より~どうも時差を1時間間違えていたよう。コロンビアは日本より-14時間。ということで5時45分出発。今朝も弱い向かい風のゆるいアップダウンの道からの走行開始。左右に牧場が続く景色の中を走っていると空は曇りから陽射しが出て暑くなる。2kmごとに道端に標石があり、カルタヘナまでのカウントダウンを意識する。そしてカルタヘナに入ると市街地は長くセントロ(中心地)まで10km近くあった。観光地でもある旧市街地の城壁が見えて来たところで、すぐホテル街があり早
2003年9月21日~旅日記より~セントロから市外へ抜けるのに上り道が続き早々に汗だくになる。疲れが抜け切れたなくパワー不足を感じながらの走行。カルタヘナに向かう主要道路へ進んでいたはずだが、海岸側ではなく内陸側の方向へ間違えて進んでいることに気付く。どうりで・・・、やたらアップダウンが続いているのはそのせいだった。カルタヘナまで時間がかかることを覚悟しながらも、疲労感が想像以上にあり、結局サバナルガに1軒だけあった安宿に泊まることにした。こんな日は休んで切り替えるのが旅を楽しく
2003年9月20日~旅日記より~6時40分に走行開始。セントロからバランキヤへの道に出るまでに、自転車に乗る中年男性に案内してもらった。町でも田舎でもこういった親切はありがたい。シエナガまでは多少アップダウンがあるものの、それ以降バランキヤまで平地。右手にカリブ海、左には湖で小さな舟が漁をしているよう、風はあまり良くない。単調な道は飽きを感じさせる。道中商店がないかと期待するも50kmぐらいない。バランキヤに着くと2,3のホテルをあたり、小綺麗なホテル(オリンピコ)にチェック
2003年9月19日~旅日記より~山道が続きアップダウンに苦しみなかなかスピードは上がらない。体調はまずまず。朝方少し降ったが徐々に晴れてきて暑くなる。小さな村々はいくつもあり、学生たちの行進を目にしたが何だろう?サンタマルタ手前で長い上り坂があり、久々に押して進む。セントロは海に近く賑わいでいる。安ホテルもあり居心地はよさそう。セントロで地図を購入したが、別の店で陽気な青年(ポストカードを売ってる店)が居てコロンビアの地図をくれた。しばらく楽しく話せ、帰りに少し高そうな大
2003年9月18日~旅日記より~昨夜から胃腸の具合が良くない。お腹も壊している。本当ならサンタマルタまでの90kmを走る予定だったが、とてもそういう状態でなく連泊を決めた。体調不良の原因のひとつに涼しさがあるのか?標高290mぐらいでリオアチャとは違い涼しく夜はファンを回していると寒く感じる。しかし体調不良の原因は、やはり市場で買って食べた油で揚げたアロース入りコロッケだろう。昼までバファリンを飲みベットでゴロゴロ。昼から市場へ出かけ、スープ、肉、米、サラダの昼食(3000)
2003年9月17日~旅日記より~今日はサンタマルタまで走らないと町はないようで、気合を入れ出発。少し曇りのまずまずの天候だが、風は多少前から。時速20キロはコンスタントに出すことを意識しながらペダリングしていたが、丘が出て来てスピードダウンも。40kmぐらい走行して料金所(自転車は払わない)?があり、ここで遅めの朝食を摂る。(ベネズエラでもそうだが道路に何箇所も料金を払う場所があった、ただ自転車は払わない)コロンビアに入国してまず感じたのが、ジュースが高い。ベネズエラで2Lが
2003年9月16日~旅日記より~またショックな出来事があった。一眼レフカメラのフィルムが巻き取りのときに何かのミスをしたようでフイルムが切れてしまった。自分でも信じがたいことだが、大変ショックである。だからベネズエラで撮影したほとんどの写真は残らないこととなった。何故こんなことになったのだろう?そんな気持ちが心を占めていても旅は続けないといけない。本日は海沿いの町リオアチャまで走る。平坦だが風は悪く思ったより時間がかかった。町でのホテル交渉も思うようにいかず、どうもベネズエ
2003年9月15日~旅日記より~マラカイボ市内は広く、ビル群の間を走行する感じ。本日はシナマイカで終える予定だったが、パラグアイポアまで走った。天気が良くかなり暑くなってくる。パラグアイポアは屋台が多く出ていて賑わっていたがホテルがなかった。考えたが、やはりここまで来たらこのままコロンビアへ入国することにした。国境の10kmぐらい手前で出国スタンプをもらうため19400Bsを払わされ、スタンプが押してあるチケットをもらった。領収書ということだろうか?ちなみにベネズエラの総出
pic.twitter.com/ZT7zUz0fdR—oneeyebird(@oneeyebird2)2023年7月28日ねぇ!この人大丈夫??困っている人を助けるのはいいことだけど。ものには限度ってものがあるんだよ。いい人ぶってるけど、あなたただの金づるじゃん。自国民を守れ!!自国民を助けろ!!
🌃訪問ありがとうございますコーヒー豆の産地として知られている。また、宝石・エメラルドの産出国としても有名である。地球を巡る音楽の旅コロンビア共和国という記事です。高地や熱帯雨林など変化に地形と豊かな自然が広がる南米大陸の北西部に位置するコロンビア共和国の首都ボゴタは、アンデス山脈の高原にあって、標高は約2600メートル。700万人以上が住む南米屈指の国際都市のである。新市街には、高層ビルが立ち並び、海外の有名ブランドショップやレストラン、娯楽施設が集中しており、多くの人