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ゲイ占い師豫空潤です。少し前のオンライン鑑定です。モトヒロさん(仮名・30代ゲイ男性・関西在住)のプライバシー保護のため、多少変更しています。モトヒロ「最近になって、やっとゲイデビューを決めました」僕「ゲイだという自覚があっても、ゲイとしての活動はしてこなかったのですね?」モトヒロ「高校生の頃から、なんとなく自覚はありました。でも、誰にも言えなかったし、バレたら人生終わりだと思っていました」僕「ゲイの自覚はありつつも、女性とお付き合いしていたのですか?」
ごきげんよおおおん!まったく、すっかり夏ね。湿度が高くて、魔女の館にチャタテムシが沸いたわ。木製のすのこ、木製のかごにカビが生えてね…木製のものはすべて捨てることにしたわよ。今日は参議院選挙にも行ったわ。誰に投票したらいいのかって、難しい問題だけど。あたしはLGBTQ施策に力を入れてるところに入れ続けることとしたわ。憲法改正だとか福祉だとかいろいろ論点あるけどあたしはそこが一番大事だし、結局個人レベルでLGBTQはまだまだ行き辛い世の中だからそこに1票を投じる以外ないのよね
爽やかさんが今までの出会いや、日々の生活について、爽やかに語ってる間も、ずっと俺の頭の中はゲイバーに誘ってくれないかなー。。の一色だった。そこはフツーの居酒屋だったし、いくらなんでも、いきなりボクチンをゲイバーに連れってくだしゃい!!って『私をスキーに連れてって』ばりに言うのも何だしな、、と思いつつ、時間が過ぎ、帰るときになったら、爽やかさんが小さい声で、エッチしてみる??と囁いてきた。頭の中はゲイバーで一杯だったので、すっかり忘れてたが、出会い系サイトで出会ってる以上、しかも働き
こんにちは!サラリーマンやっている〇〇といいます!家近いですかね?年齢近いし、メシでも行きましょう!という、爽やかメールが。ようやく求めていた人からのメッセージだった。もはや蟻地獄のように待ち構えていた俺は完全に食い気味で、すんごい勢いで返信をして、その爽やかさんから翌日の約束を取り付けた。翌日あった爽やかさんは、本当にフツーにどこにでもいそうな爽やかさんで、ゲイには全く見えなかった。よく考えてみれば、当時、ゲイなんて、KABAちゃん(今思えばゲイではない)とか、その他ネット上の売
ドキドキしながらメッセージを開くと。。ぼくはインドネシアからのりゅうがくせいです。にほんじんのともだちほしい。いろいろおしえてください。・・・色々教えて欲しいのはこっちなんじゃー!!ということで丁重にお断り。。と、やってたらまたしてもメッセージが。場所近いすね。ムラムラしてます。今からヤリませんか??今なら、ヘイウェルカム、カモンベイベーってとこだが(嘘です)、当時は当然男性体験もなく、ウブだったため、こんな誘いもパス。(よく、そんなんで売り専希望していたかと思うが)と、意
売り専デビューの夢は儚く消え去り、傷心の毎日を送る日々。。一方、いつかリベンジするため、地味にジムでカラダを鍛えはじめた俺。今書いていて思い出したが、そもそも売り専のために、筋トレしてるんだった。今なら売れるかも!!←スンマセン。まあ、それはそれとして、店子しかゲイデビューの道は無くなり、しかし、突然店に行くのは怖さも伴い、思いついたのは、「ゲイバーに連れて行ってくれる人を探そう!」というアイデアだった。毎日頭の中はゲイバー、ゲイバー、となって、インターネットでは「ゲイ出会い」的な検
今思えばどうかしてたが、ゲイデビューの2択(売り専or店子)に迫られていた俺はなぜか、売り専の方に魅力を感じていた。なぜならば沢山の人の目にさらされないし、初めてでも大歓迎って書いてあったので、習い事感覚?で色んなことを学べると思ったからだ。という訳で、売り専一本でこれからの人生の第2ラウンドを生きていこうと誓って血眼になって求人を探したのだが、見るサイトはたいてい、、20代限定!体育会マッチョ求む!と書いてある。。年齢はもうどうしようもないにしても、体育会系なら自称でも許される
30の誕生日を迎えた日、もう女性とは付き合わないと決めた。女性とのカラダの関係に限界が来ていたし、何よりも自分の本能に嘘をつくのが嫌になった。と、言ってもゲイとして何をすればいいのか分からず、とりあえずインターネットを見てて、目につくのは、売り専(男が男にチョメチョメするお仕事)店子(ゲイバーで美味しいお酒と楽しい時間を提供するお仕事)だった。というか、それらの店にサービスを受ける側として行けばいい話なんだが、なぜかそれはハードルが高いと思っていて、いい歳して当時真剣にその2つの職探
平成という時代は、本名のあたしを「ずれやまズレ子」に生まれ変わらせました。平成に起きた2つの大事件によって、今のあたしが確立したのです。平成7年の8月に、ゲイデビューを果たしました。Aさんとの出会ったことで、それまで封印し続けてきた自分のセクシャリティーを、自分で受け入れることができました。あのまま隠し続けて生きていたら、どうなっていたことでしょう。たぶん、今、この世にいなかったかもしれません。それくらい、あたしの人生が激変した一大事件でした。平成11年2月、ゲイ能界で
前回は、作詞作曲を始めるキッカケをお話しました。今回は、あたしの人生の中で、最も大きな事件となった、自分がゲイであることを初めて第三者に打ち明けることになった、奇跡的な出会いについて語りたいと思います。夢が100%叶うおまじないも教えちゃいますネ…。時代は、恋愛的なことを諦めて会社勤めをしていた頃のこと…。あたしの本当の恋愛対象は同性だと気づいていたけど、それは、とても恥ずかしいことだと思い込み、必死で隠していた。それでも、一生に一度くらいは、男性と結ばれたいと、密かに願い続け
先日の3月1日(水)は、僕にとって原点回帰の一日でした。友達のカウンセリングをして。その後、何かとついつい行ってしまう日暮里の谷中銀座へ♪街を歩いて、大好きなひみつ堂のカキ氷を食べてwその後は、ゲイの団体のお話会のイベントへ。恐らく参加するのは7年ぶりくらいwずっとイベント開催メールをもらってたんだけど。。。「今さら行ってもなぁ。。。」っていう気持ちがあって。。。でも、なんかまた行ってみたいっていう気持ちが強くなり、怖かったけど、思い切り参加してみ
秘密のケンミンSHOWで、上京前と上京後の写真比べをしていたので、あたしもやってみようかしらん…。よっこいらせっと、アルバムから引っ張り出してみたワァ〜。これ↑↑↑は、上京直前の18歳の頃だったと思うワァ。予餞会かなんかで歌った時の1コマ。ちょっと老けていたかもネ…。そして上京後↑↑↑、パーマが流行っていたので、カーリーヘアーにしてネ!ってパーマを当てたら、アフロっぽくなっちゃった。この写真は、19歳くらいかなぁ…、この頃の体重は、60kg無かったのヨ〜〜〜。先輩