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<ジャガイモの花も可愛らしい>2,3年前の、とある大学入試の日本史問題を解いてみた。二つだけ紹介するが、正解は一つだけ。A:できなかった問題「日本列島のもっとも北と、最も南に築造された造営前方後円墳が所在する都道府県の組み合わせとしてだたしいものはどれか?」①岩手県ー福岡県②岩手県ー鹿児島県③栃木県ー福岡県④栃木県ー鹿児島県故郷の鹿児島県の大隅半島には大きな前方後円墳があり、また栃木県北部にも存在すること(下侍古墳など)はよく見ている。前方後
首里城(別称:中山城)(Ⅰ)那覇市首里金城町1今回から沖縄の城を登城します。最初の城跡は火災にあう前の首里城です。創設年代・・・・13~14世紀創設者・・・・・中山王察度形態・・・・・・平山城遺構・・・・・・復元正殿・復元門・曲輪・土塁・石垣他ポイント首里城は内側城郭と外側城郭に分けられる。正殿をはじめとする城内の各施設は東西の軸線に沿って配置されており、西を正面としている。そして日本・中国との長い交流の歴史から、正殿・南殿・北殿など両国
1952年夏オレたちは嘉手納基地の中を…逃げていた太平洋戦争でオレたちの島沖縄は全てを奪われた土地も自由もそして命も…戦争は終わったらしいがこの島は依然アメリカ統治下のまま奪われてばかりじゃおれん生きるために、この島を取り返すために…オレたち戦果アギヤーは戦い続けた!↓この人はオレたちのリーダーでありオレのヤッチー(兄貴)のオンちゃん20才あのアメリカに連戦連勝をし続けた島の英雄さこの日も仲間の先頭に立って基地に…だけど…この日はいつもと
Tetsu龍でございます。復元とはいえ、この石積みは見事。アーチ門をくぐると、岩盤に石の壁。石室が再現されていました。さっき、資料館でみたやつやね。浦添グスクもやはり高台というか、基本的にグスクは山城、頂上が無茶苦茶広い……近年の研究では首里城が出来る前の王城であったと考えられています。世界遺産以外のグスクも面白い。次回は、もっと色々回りたいなと思いました。さて、昨日の渋滞で凝りているので早目の移動。16時位で二日目は終了です。
3日目、まずは首里城へ向かいます。ホテルのある旭橋から首里まで、ゆいレールで約20分、そこから歩いて15分ほどです。この日はレンタカーを予約していましたが渋滞も回避できそうだし、という事でゆいレールで行く事にしました。2019年の火災でほとんどの主要施設が消失してしまい、現在は復元作業が進められいます。城壁から臨んだ様子修復中の正殿城壁に沿ってぐるっと歩き🚶ちゃんと地図を見ながら写真を撮るべきでしたがなんとなく工事中のところをぐるっと回って(ちょっと早く出て行きたいよう
琉球王国のグスクを巡る2026年9首里(1)沖縄旅行の最終日。今日は琉球王国の都、首里を巡る予定にしている。早めにチェックアウトしてモノレールに乗る。乗車中に夜明け。儀保駅のホームに降り立つと、丘の上に首里城の石垣と再建中の正殿が見える。首里城へ行く前に、駅から近い宝口樋川(たからぐちふぃーじゃー)に立ち寄る。「フィージャー」というのは方言なのか、「ヒージャー」よりも古い発音の様に思える。樋川へ向かう道はここでも石畳の坂道だ。吐水口のまわりの
「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは完了しました。私が訪れた北海道から沖縄までのモノで151城をピックアップしました。他にもあるかもしれませんが、ここで一旦終了して、「総集編」を掲載しています。「城郭建造物」というのは、「天守(御三階櫓)」「櫓」「門(櫓門、城門)」「御殿・居館(御亭、茶室、能舞台)」「番所」「蔵」を一般的に言いますが、それ以外の建造物を「その他の城郭建造物」として採り上げましたので、それの私なりの定義を今一
Tetsu龍でございます。能書きばかりたれとらんで、早よ、城回れやという声が聞こえた来たのでお城に上がります。緩やかな坂道を登って行くと、世界遺産と城址碑の前に来ます。ここまでカートが登ってきました。観光地化しとる!以前来た時は、」こんな感じで長閑ですね。まあ、いまもそこまで人居ないんですけどねぇ。ここが四の郭、今は草原ですけど、当時は湿地で、堀の役目も果たしていたようです。井戸らしきものがある。そこから、梯郭式に上がって行きます。左カーブ―の石段を上がると三の郭。この石
Tetsu龍でございます。琉球の歴史は「おもろさうし」という、1531年以降に編纂された歌集に頼るところが大きく、諸説紛々としていますが、実際の処推測が多い。まあ、それを嘆いていても仕方がないので勝連按司について行きます。全部で10代いるのですが初代は、前にも出てきた英祖王統二代目の五男で。そっから5代目までは初代の系譜です。6代目は伊覇按司一世の六男で、勝連按司を破ってその座に着きます。???ですね。伊覇按司って誰や?今帰仁王子=伊覇按司一世らしい。壮大な内輪もめですや
Tetsu龍でございます。阿麻和利様お久しぶりでございます、茂知付按司でございます。勝連だー、僕の一番好きな城(グスク)です。前回来た時は、中城→勝連と云うルートで回ったので、今回は逆回り。朝一登城だぜ。もっと平地にあると思ってたけど、少し坂道の国道を登って行きます。高台にあったのね。(,,`・ω・´)ンンン?何か出来てる!あまわりパークなる文化施設が出来ていました。2021年10月開館チケットを買って入ります。ピカピカだぁ。お兄さんがチケット改札してた。沖縄の
Tetsu龍でございます。さて、琉球のグスクや、登場人物は中々本土の者には馴染みが薄くて、とっかかり憎いのです。そこで、ブログ書いたりなんやらする時の資料、ウィキペディアにだけは頼っちゃおれませんので、資料を集めます。気が付けばこんなになってました、一部ダブり本もあったし。この、沖縄の名城を歩くが2019年発行で、比較的新しい。他は2000年代初めの本バッカですね。本棚からひっぱり出したり、買い足したり。中々、読むのも骨が折れます。
琉球王国のグスクを巡る2026年8南山(2)グスクロード公園からさらに北西へ歩くこと1キロメートルあまり。左に分かれる道に入る。この道の先に、根石グスクと糸数城址とがあるはずだ。舗装もない道を行くと、右手に「蔵屋敷跡」「佐南グムィ」などと書かれたポールが立っている。「グムィ」の英文には「Pond」とあるので何のことだかわかったが、今はただの原っぱでしかない。道の左側は畑になっていて、その中に低い石垣が見える。これは、いずれかのグスクの一部なのかどうか、判然としない
Tetsu龍でございます。しかし、琉球の按司は複雑に入り組んでいてややこしい。一度きっちりとまとめんと誰が誰やら分からんな。それは、また次回にするとして、護佐丸さんの築いた座喜味城です。このグスクが他の処と決定的に違うのは、最初から城として極めて短時間で築かれたらしいと云うことです。複郭のグスクで、城壁の幅が広いのが特徴、全ての城壁上が歩ける状態のグスクは座喜味位らしいです。アーチ門が綺麗です。このアーチ門はトップに楔石が入っており、アーチ門の中では古い形式らしい。ただ、座
3月17日(火)ダイワロイネットホテルの朝食は1Fにあるレストラン〈琉球食彩美ら葡萄〉で。その名の通り沖縄らしい食材を使ったお料理がずらり。チャンプルーだけでも3種、沖縄そばはもちろん、じゅーしー、ゆし豆腐、鶏飯、もずく、シリシリ、タコスまであります。写真はほんの一部、とても全てをご紹介できません。そこら辺の居酒屋よりずっと充実した品ぞろえで、こりゃ凄い。デザートもフルーツももちろんたっぷり並んでいます。これは食べなきゃソンソンだわ、と思ったけれど…
琉球王国のグスクを巡る2026年7南山(1)昨日、一昨日はそれぞれ中山と北山の城を訪れた。今日は残る南山の城を訪問しよう。現在でも沖縄本島の人口は中部や南部に偏っている。三山時代でも同様だったと思われ、中山や南山にはグスクが多いが、北山ではまばらにしか存在しない。とりわけ、丘陵地帯が続く南山には小規模なグスクがたくさん残っているようだ。その名も南城市では、それらを結んでグスクロードなるものを整備しているほどだ。そのグスクロードを中心に、一日かけて歩いてみたいと思う。
Tetsu龍でございます。やってきました、今帰仁城。北山王の拠点です。那覇からだと結構遠い。グスクが築かれた時代の琉球は北山、中山、南山と概ね三つの勢力が台頭してきた時期です。北山王についての話は一旦置いといて、まず観光センターに行って、チケット買います。うねうねと、曲線を描く石垣が素晴らしい。外側の石垣は2m程度なのですが、朝貢関係のあった中国の都城を起源に作られたと言われており、本州の城より100年以上早く石垣が用いられています。グスクや~。グスクは城と言う字を当てら
琉球王国のグスクを巡る2026年5北山(1)昨日、一昨日は曇りで寒かったけど、今日は朝から晴れている。遠出をするにはもってこいの天気だ。今日は、北山に属する今帰仁城まで足を延ばそう。今帰仁城のある本部半島まで行くなら、昨日も乗った沖縄自動車道経由のバス117系統でもよい。だが、名護経由で半島先端の渡久地港まで行く高速船もあって、所要時間、運賃ともほぼ同じだ。ところが、さらに調べると那覇と鹿児島とを結ぶフェリーも本部港に寄港する。海上を直行するからか、所要時間は高速船と変わ
続いてご紹介するお城(グスク)跡は、中城城跡(なかぐすくじょうあと)~ペリーが称賛した石垣が残る城~標高160mの石灰岩丘陵上に築かれており周りの景色が見えないので、空に向かって歩いている感覚です!空と石垣と芝生の景色が幻想的でした城壁に上がると全体を見渡すことができます。現代的な建物が見えない分、昔の雰囲気を感じられて、個人的には一番好きな「城」です沖縄へお越しの際はぜひ訪れてみてください!沖縄の世界遺産中城城跡沖縄県の世界遺産、中城
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在してい
毎年、添乗員として同行させて頂いている、国内のお城めぐりツアー今回は沖縄です世界文化遺産に認定されている沖縄五城をすべて巡りましたが、今回はその中の2つをご紹介します!撮影:2026年3月下旬その①勝連城跡(かつれんじょうあと)~琉球王国に抵抗した、阿麻和利の居城~なかなかの高低差です。💦気温も23度くらいあり、じんわりと汗が・・・途中から半袖になり頂上を目指しました!太平洋を見渡せる丘に築かれたグスク(お城)。海風が吹いていて気持ちよかったです!
琉球王国のグスクを巡る2026年4中山(2)伊波バス停から48系統のバスに乗る。今度のバスは、ほぼ定刻にやって来た。48系統は沖縄本島の最もくびれた部分を横断する路線である。その幅は3キロメートルにも満たない。それでも、一応は山脈が通っているから、小さいながらも峠越えがある。西海岸側へ出ると、リゾートホテルなぞが目立ち始める。それらを眺めながら20分あまり乗車して、長浜バス停で下車。このバス停から座喜味城址までは直線距離で1.5キロメートルほどしか離れていない。
琉球王国のグスク及び関連遺産群:今帰仁城跡@沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊【沖縄県3泊4日の旅備忘録】沖縄県3泊4日観光&ワーケーションhybridの旅前日の備忘録からの続きです。世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」:今帰仁城跡▼@13:10、ここを抜けると主郭=本丸。@12:40頃今帰仁城跡の駐車場からここまで、約30分。▼主郭=本丸。▼展望台からの眺望をチェック▼下に見える城壁は「志慶真門郭(しげまじょうかく)
琉球王国のグスクを巡る2026年3中山(1)琉球王国の成立前、14世紀の沖縄には三山鼎立時代があり、同時にグスクの全盛期でもあった。今日は、中山に属するグスクのうち、世界遺産にもなっている座喜味城を訪れてみようと思う。ついでに、沖縄の茶畑も訪問するつもりだ。昨日は早朝の飛行機に乗るために早起きしたから、夜も早くに寝てしまった。そのせいか、5時前には目が覚めてしまった。布団の中で、のうれんプラザに行ってみようと思い立つ。のうれんプラザは戦後の闇市に由来する農連市場を8年
琉球王国のグスク及び関連遺産群:今帰仁城跡@沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊【沖縄県3泊4日の旅備忘録】沖縄県3泊4日観光&ワーケーションhybridの旅旅行プランBATONSUITE古宇利島>>運天森園地駐車場>>今帰仁村総合運動公園/展望広場>>今帰仁村グスク交流センター今帰仁城跡>>シバンティナ(親泊海岸)>>国営沖縄記念公園エメラルドビーチ>>熱帯ドリームセンター>>ハレクラニ沖縄移動距離約8.6Km移動時間15分位~
グスクカンアオイGusuku-Kan-Aoi学名:Asarumgusk(F.Maekawa,)E.Yamahata,(1988),文献名:JournalofPhytogeographyandTaxonomy(植物地理・分類研究)巻号・ページ:Vol.36,No.1,p.5(1988)著者:Hatusima,S.&Yamahata,M.(初島住彦・山畑真一)和名:グスクカンアオイ(城寒葵)グスクとは古琉球時代(グスク時代)の城の遺跡を意味