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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在してい
琉球王国のグスク及び関連遺産群:今帰仁城跡@沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊【沖縄県3泊4日の旅備忘録】沖縄県3泊4日観光&ワーケーションhybridの旅前日の備忘録からの続きです。世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」:今帰仁城跡▼@13:10、ここを抜けると主郭=本丸。@12:40頃今帰仁城跡の駐車場からここまで、約30分。▼主郭=本丸。▼展望台からの眺望をチェック▼下に見える城壁は「志慶真門郭(しげまじょうかく)
琉球王国のグスクを巡る2026年3中山(1)琉球王国の成立前、14世紀の沖縄には三山鼎立時代があり、同時にグスクの全盛期でもあった。今日は、中山に属するグスクのうち、世界遺産にもなっている座喜味城を訪れてみようと思う。ついでに、沖縄の茶畑も訪問するつもりだ。昨日は早朝の飛行機に乗るために早起きしたから、夜も早くに寝てしまった。そのせいか、5時前には目が覚めてしまった。布団の中で、のうれんプラザに行ってみようと思い立つ。のうれんプラザは戦後の闇市に由来する農連市場を8年
琉球王国のグスク及び関連遺産群:今帰仁城跡@沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊【沖縄県3泊4日の旅備忘録】沖縄県3泊4日観光&ワーケーションhybridの旅旅行プランBATONSUITE古宇利島>>運天森園地駐車場>>今帰仁村総合運動公園/展望広場>>今帰仁村グスク交流センター今帰仁城跡>>シバンティナ(親泊海岸)>>国営沖縄記念公園エメラルドビーチ>>熱帯ドリームセンター>>ハレクラニ沖縄移動距離約8.6Km移動時間15分位~
映画「宝島」を鑑賞しました。驚愕!!!画像A参考元宝島(2025):フォトギャラリー|シネマトゥデイ太平洋戦争後の沖縄で、アメリカ軍基地から奪った物資を住民たちに分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれた人々を描く真藤順丈の直木賞受賞作を映画化。www.cinematoday.jpあらすじ1952年、嘉手納空軍基地、アメリカ続治下の沖縄で、米軍基地から物資を奪い住民らに分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれる若者たちがいたのです。リーダーのオン(
グスクカンアオイGusuku-Kan-Aoi学名:Asarumgusk(F.Maekawa,)E.Yamahata,(1988),文献名:JournalofPhytogeographyandTaxonomy(植物地理・分類研究)巻号・ページ:Vol.36,No.1,p.5(1988)著者:Hatusima,S.&Yamahata,M.(初島住彦・山畑真一)和名:グスクカンアオイ(城寒葵)グスクとは古琉球時代(グスク時代)の城の遺跡を意味
琉球王国のグスクを巡る2026年1那覇(1)2那覇(2)3中山(1)<うさ鉄ブログトップページに戻る>
ザ・リッツ・カールトン沖縄2026/01/036時頃外を眺めているとヨガ❔️の先生が懸命に広場を掃除されていてヨガマット❔️を敷いて暫くすると参加者さんたちが集まってきました🧘♀️🧘🧘♂️6時半朝🌄ビューバスに入り🛀💕7時半朝食会場はクラブラウンジは選ばずに(なんとなく🐰)レストラン朝食に行きました💁予約を進められたので7時半にお願いしておきました🌄🍚ダイニンググスク(人´∀`).☆.。素敵ですよね.:*・゚お洒落で重厚感のあるただただ素敵な空間です
2024年秋の沖縄冒険旅4日目&最終回ですこの日はレンタカーで今帰仁城跡と座喜味城跡に連れて行ってもらいました車移動だとホンマに楽チンですね時間も短縮できて1日に2つもグスク巡りができましたヽ(´▽`)/御城印!おかげで4城分の御城印が集まりました世界遺産バージョンの5枚組なのであとは首里城で完成なんですが…首里城は観覧料を払って城内に入らないとゲットできないしせっかく入城するならゆっくり見て回りたいけど今回は時間切れ…ということで首里城の分は次回の機会に購
2024年秋の沖縄冒険旅3日目の続きです方向音痴の私ひとりでビーチタワー沖縄から路線バスとコミュニティバスを乗り継いでなんとか中城城跡にたどり着きまして思う存分中城城跡を堪能しました中城城跡から護佐丸資料館へ昼12時少し前にさぁ!次は護佐丸歴史資料館だ♪グスクめぐりんの時刻表を確認すると1時間以上も待たないといけない…管理事務所のかたに護佐丸資料館へ行きたいんですけど…と言うと申し訳なさそうにバスが無いんですよ(^^;;歩いて行かれる方が多いですえ…どれく
2024年秋の沖縄冒険旅3日目この日も夫は朝からお仕事だったので方向音痴の私ひとりでザ・ビーチタワー沖縄からバスを乗り継ぎ中城城址と護佐丸資料館へ行きました前日の普天満宮&勝連城とは違いこの日は…行きはヨイヨイ帰りは怖〜いで大変でした(^◇^;)3日目の朝食バイキング朝お部屋から見た景色です前日よりも雲が多い感じです7時ころに1階の朝食会場に降り朝食バイキングをいただきました昨日とほぼ一緒だったけどちょっとずつ違ったのがありましたやんばるハーブ若鶏のオー
(noteより)謎のグスクと御嶽(拝所)私がこのツアーに申し込んだ理由は、「登山」がメインのプログラムだったから。まさか「趣味の登山」がボランティアになるなんて。みんな思うことは似ているようで、今回の参加者9名のなかには“登山ガチ勢”がたくさんいた。(私はそのなかではひよっこレベルである)初日の午後は、選べる体験観光から。「沖縄お菓子作りと島内散策」と「ウッカーグスク登山」があったが、私はもちろん登山を選んだ。ウッカーグスクは田名(たな)城跡とも呼ばれ、島内でもっとも古い田名集落
2024年秋の沖縄冒険旅2日目の続きです前回は宿泊しているザ・ビーチタワー沖縄からバスを乗り継いで普天満宮へ行きました普天満宮からバスで勝連城へ今回は「普天間」のバス停から沖縄バスで勝連城址まで向かいます「西原」バス停まで27番の沖縄バス1本で乗り継ぎなく行くことができ所要時間は50分ほどでしたこの日私が訪れた勝連城址は勝連半島にある標高98mほどの小高い丘に築かれたグスク(城)です15世紀…室町時代だった時代琉球は三国が覇を競う戦国時代から安定した王朝へと
ここ沖縄には「豊見城市」という市があります。かつては豊見城村であり、かつ「日本最大の村」だったこともあります。この豊見城が「村」から「市」に昇格する際、いくつかの決め事がありました。一般的には「とみしろ」とよばれ、本来の呼び名は「とみぐすく」以前はどちらでも良かったのですが、これ以降は「とみぐすく」と改められ、役所や学校などの公共機関も全て「とみぐすく」と呼称すべし!となりました。しかし、豊見城高校だけは、「とみぐすく」とは呼ばず、「とみしろ」のまま改定されませんでした。推測ですが、
沖縄旅行記続きですなんとなく立てていた予定では美ら海水族館→今帰仁城跡→(古宇利島?)→座喜味城跡→中城城跡という計画だったのですが、沖縄自動車道が工事で片側交互通行になっていたりで行きも帰りも大渋滞で計画変更座喜味城跡は入場時間制限なくフリーだけど中城城跡は17時までだったのでそちらに向かうことにしました16時過ぎに着けるかな?と思ったけど帰り道も大渋滞で到着したら16:50ごろでギリギリ滑り込みカートがあって上まで片道ですが連れて行ってくれました17:30に完全閉場とい
沖縄旅行続き沖縄美ら海水族館を出て今帰仁城跡へお店が何軒かテイクアウトの飲食店も休憩所があるのでそこで食べられるのかな?山の上のお城で傾斜多めです彼岸桜かな王様のおうちは見晴らしが素晴らしいですお天気がちょっと残念
沖縄県宮古島市の旧城辺町エリアにある野球場です。沖縄県内によくみられる読み方ですが「城」は「ぐすく」と読み「ぐすくべ」という読み方になります。宮古島市民球場の項目でも記載しましたが、オリックス球団が宮古島でキャンプをしていた際はこの球場で2軍キャンプが行われていました。しかしながら、同じ島内とはいえ1軍キャンプ地の市民球場から10キロ以上離れており、市民球場の設備老朽化も伴い、宮古島からの撤退となりこの球場での2軍キャンプも撤退となりました。球場設備ですがフィールドはセンター121mだけでな
嘉陽の海岸は荒らしてはいけない貴重な自然の砂浜。大きな護岸はないのに、海側に家並があり山側に畑があるのが不思議だった。同じ通りではいつだったかひと昔、高潮の影響があった時、地域住民は護岸を要請し、非住人の何かの専門?の方々は景観や何かの理由で護岸を反対していた記憶があった。(市町村や区は覚えていない)いつの時代か定かではないけど、税か何かのため、田を守るために畑を陸側に置いた名残りがあるのはここではなかったか?(記憶が曖昧)今回読んだ地質の本で、強い風や高波で砂が河口を塞いだ影響で、水
岡山駅近くのホテルに泊まり、わざわざ駅から離れた地元の喫茶店まで行ってモーニングサラダがどっさりこの日の朝は寒く0℃近くだった常連さんが入ってきた時に、お店の奥さんが「おはよう。今日は寒かろう」と言ったのでめっちゃうれしくなりましたまんが日本昔ばなしみたい鉄ちゃんの旦那に付き合って、ディーゼル「快速ことぶき」で津山に向かいましたこの国鉄色がたまらないそうです快速で70分くらい「津山線は景色がいいですよ〜」とは前夜のお寿司屋さんの言葉津山といえば昨年の秋「鶴瓶の家族に乾杯」
眼前の夕凪を、想いながら酔いどれて…ラスクよりグスク、王子様death👑ラスクも愛してるがグスクの見た目の魅力には敵わない僕さ。NAHAyuiraildaytriptour。沖縄那覇1日乗車券ゆいレールdaytripで延伸新駅の浦添市にある浦添前田駅に下車した吾輩が街を約15分散歩し辿り着いたのは浦添の歴史を肌で感じられるまるでRPGゲームの世界観な浦添城跡、他のグスクに知名度は劣るが逆に誰もいない世界は静寂で圧巻の石垣の城跡を独り占め出来る贅沢。城跡内にある王の陵墓の浦添ようど
忙しいハズの師走ですが、うるま市にある安慶名城跡です。安慶名グスクは、14世紀頃安慶名按司(あじ:領主的豪族)が築いたといわれており、自然の断崖と急斜面を巧みに利用した山城です。結構な急勾配です。城内で飲み会でもあったら、2~3名は転げ落ちたろうと妄想です。自然石と人工の石積みの見事な調和です。安慶名城は、外側と内側に二重の石垣を巡らす、沖縄ではめずらしい輪郭式の城で国指定史跡になっています。
直木賞など多くの賞を受賞したと聞いて高い期待の中、読了。戦後の沖縄本島でのアメリカに支配される沖縄人の苦悩と戦いを描いている。一方でアメリカ人をバカにするように盗みなどを繰り返し、沖縄人にものを配る英雄もいて、その人物を中心にその後の沖縄の様子がわかる。オンちゃん、ヤマコ、レイ、グスクなどの幼なじみと兄弟の人間関係が、沖縄の事情の移り変わりと共に色々と変化しながら生きている様子が描かれている。戦争での沖縄での被害やその後の占領下での被害など、広島・長崎の原爆被害とともに、なぜもっと早く日
今日から3日間沖縄県に来ています。今回もマニアックなツアーで沖縄にある城(グスク)巡りです。沖縄の城は本州の城とは少し違っていて必ずしも軍事拠点とは限らず、礼拝所や地域を統治している館とも考えられているとのこと。3日間で12城巡ります。日本100名城が3城、続100名城が2城あります。ということで今日は4城行きました。(但し1城は、米軍に占領されている土地にあるので、車窓からです。)糸数城です。玉城城です。知念城です。今回のツアー参加者は22名です。流石にマニアックな為、その
こんにちは、「となりの妻」と申します。夫婦共に40代で共働き、子供はいません。はじめましてはこちらから↓『初めまして自己紹介』あけましておめでとうございます!!「となりの妻」と申します。夫婦共に40代、共働き、子供はいません。夫との生活は日々穏やかでとても楽しく過ごしてます。…ameblo.jp夫との生活は日々穏やかでとても楽しく過ごしてます。このブログが、夫婦にとって未来のタイムカプセルのような存在になれるといいなと思っています。一年前の今頃の日記です。バス停の
地図アプリで、糸満市周辺で散策でもできそうな所を探します。宇江城地区にある宇江城グスクです。史跡名を書いた標識だけですが、その横に通路跡のようなものがありますが入る気にはなれません。近くには真壁城跡があります。小高い丘ですがグスクの境界も何も分かりません。この方向には、米須城跡があります。道路に沿って、中に入れるところを探します。道路横の藪の中には、高さ1m程度の石垣が続きていました。糸満市内
昨日はリピーターのお客さんと「グスクへあがる」コースへ。馬はジーナにウーファーのメラニー、マメにお客さん、イリフにこのみん。私はハナコに乗せてもらいました。道中、旬のススキの穂をつまみ食いしながら。開けた道は気持ちいい〜。そして頂上へ。メラニーも撮ってくれていました。久米島のてっぺん。この日は気温下がって北風も強くて寒かったですが、あー冬来るわ〜と感じられて、冬の楽しみ想像しながら帰路へ。いつ見ても壮観な宇江城城。さくっと駈歩で登ってしまう馬たちの力を改めて感じた外乗でした。
2025年11月9日(日)伊平屋ムーンライトマラソンの翌日、沖縄県今帰仁(なきじん)村の今帰仁村城跡を訪ねた。14世紀ごろ、沖縄は北、中、南の三つ勢力に分かれていた。その「三山時代」の北側、北山を支配する王の本拠だった。このため、城は別名「北山城」ともいわれる。広さは約3.8㌶(文化庁の文化遺産オンライン)。沖縄では首里城に次ぐ広さで、標高は約100㍍。2000年、世界遺産に認定された琉球王国のグスク(城)一つだ。正面入り口からは、その巨大な姿が分からない。独特の曲線を描く
夏休みに沖縄に行ってきましたまだ行っていなかった勝連城に行ってきましたあまわりパークで駐車してあまわりパークからはカートで勝連城跡の登口まで送ってもらえます着きましたカートのお陰でここまで楽に来ることがてきましたありがたい勝連城跡ここからはさらにこの小高い山の上まで登りますガー(井戸)緩やかな登り道階段もあります中間でもいい景色三の曲輪まだ上に登って行き勝連城跡つづきますあさひ沖縄の味ジーマーミ豆腐琉の月210g(70g×3カップ)Amazon(アマ
前記事からの続きです。それでは二の郭へ行ってみましょう。先程石垣の上から見えていた石碑みたいなのがあります。日露戦争の戦没者を慰霊する忠魂碑だそうです。ここも石垣に上れそう。断崖絶壁ですね。この日は結構雨が降っていて、霧も出ていたので遠くが見えず残念でした。晴れていれば海も見えるようです。二の郭の石垣から三の郭が見えました。一の郭から段々畑のように下がっています。見事な城壁ですね。石垣から見た二の郭はこんな感じ。いやあ、こんな所歩いて良い
(前バナはこちら)映画の最後に流れるオンちゃんのセリフそろそろ本当に生きる時が来た!「本当に生きる時」英雄が口にした「生きる」ってどういうことだったのかなヤマトウが勝手に始めた無謀な戦争で、ウチナンチュは、沖縄は、日本唯一の地上戦を強いられ島民の4人に1人が殺された挙句に島もろともアメリカ―に差し出されて敗戦…以来ウチナンチュは、日本ではない、アメリカでもないアメリカ統治の無法地帯で米軍基地と共に生きることを強いられ…戦闘機が墜落しても、車に轢