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みなさんごきげんよう⛵徳島県徳島市入田町大久「船盡比賣神社」へやって来ました「ふなはてひめ」と読みます「盡」は「尽きる」「尽くす」のように、すべて使い果たす、終わりにするという意味で使われる漢字ですまず、「徳島市指定保存樹木」の大きなムクノキが立派に枝を広げているのが目に入ってきますそのムクノキの下に、有名な?「三柱鳥居?」があります中に丸い石があり、これは「船戸信仰」を表す通称「おふなとさん」船の守護神・船玉信仰か?と思いきやクナト(岐)信仰
みなさんごきげんよう⛵古代阿波の中心地、気延山から神山に至る鮎喰川南岸地域には「フナハテヒメ神社」という謎の神社が2社あります「フナハテ」とは「船盡」、「船尽」と書き「盡」は、「尽」の旧字体であり、器の中を刷毛で掃いて空にする様子から、「つきる」「なくなる」という意味です船が尽きるとは、『これ以上船に乗って行けない』という意味でしょうか讃岐には豊玉姫が船で川を遡上したという伝説がありどのような姫がここにいたのだろうかという興味から、訪れてみました
「御霊(ごりょう)信仰」の源流について考えていくと、意外にも、古代出雲王国・出雲族のサイノカミ信仰と、神道、仏教との共通点を見出していくことができ、法話と歴史再考、両方としての動画をアップいたしました。非常に面白い発見なのではないかと思います。ガネーシャ神→久那斗大神(サイノカミ三大神)→三宝荒神・聖天・歓喜天「御霊(ごりょう)信仰の根源についての考察ガネーシャ神サイノカミ信仰三宝荒神歓喜天聖天信仰護法善神」第79回仏教ミニ法話第94回歴史再考-You
新年ということで、川崎市にある弁財天とお地蔵さんを巡りました。出雲の伝説では、出雲族の神だったアラハバキとクナト神は、体制側に抹殺されそうになった時、アラハバキは弁財天に、クナト神は地蔵に姿を変えたと言われています。なので自分は弁財天ではアラハバキ様に、お地蔵さんではクナト神に新年の挨拶をしてきました。まず、岩白弁天社左側に祠と右側に石仏が3体あります。龍王弁財天小さな可愛らしい神社です。上小田中一丁目の弁財天この石仏と、その左側に小さな祠があります。坂戸弁財天この石碑の右側
港北ニュータウンのお地蔵さんにお参りしました。出雲の伝説によるとクナト神は体制側に抹殺されそうになった時、「地蔵」に姿を変えたそうなのでお地蔵さんをクナト神として見て、クナト神様にお祈りしました。横に青面金剛さんの石仏もあり、そちらも手を合わさせて頂きました。以上です。寒くなってきましたが、もうすぐ12月、冬本番です。風邪・インフルに更に今はコロナもあるので、お気を付け下さい。
川崎市にある5つの弁財天を参拝しました。実は出雲の伝説によると、体制側に抹殺されそうになった時アラハバキは弁財天に、クナト神は地蔵に姿を変えたといわれています。ということなので、弁財天ではアラハバキ様にお参りしてきました。岩白弁天社小さな祠と3体の石仏があります。龍王弁財天こじんまりとした神社です。上小田中一丁目の弁財天石仏と左側に小さな祠があります。坂戸弁財天この石碑の右にこじんまりとした神社があります。津田山弁財天祠の後ろに泉があり、小さいですが神秘的な神社です。因
クナト神古より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されている。日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神である。倶知安のアイヌの酋長によると、アイヌの古語でクナトは男根、アラハバキは女陰の意味で、本来一対のものだったという。伝説ではクナト神は体制に抹殺されそうになった時、「地蔵」に姿を変えたそうです。
👆の続き。乙女座新月の昨日訪れたばしょ。箱島神社こちらも昨日の神在神社同様、福岡県糸島市にある。九州北部には古代王朝の歴史眠ってるからそっち目線での探索もたまらなく面白い♡ここを訪れたのはこの景観を感じたかったのもあるんだけど(江戸時代には竜宮城って呼ばれてたらしい)、耳の神様👂がいるというなんとも不思議な話を聞いたから奉納されている火吹き竹で耳を吹けば耳の病が治癒するという言い伝えがあるんだって♡突発性難聴になって1年9ヶ月。左耳は全く聞こえていない娘と訪れました✨御祭神とご
初稿:2023年6月11日再掲:2025年8月20日(改題、パート1~4を1記事に再構成)目次1クナト王(クナ族)の移動→出雲族へ2源流をめぐる(スカルドゥ・カプルー)3源流をめぐる(フンザ地方・ススト)4河口をめぐる(タッタ)1クナト王(クナ族)の移動→出雲族へこの数年葛城山、高鴨神社、役行者に惹かれゆかりの地を何度も訪れています。興味が高まるなか関連の情報を探し本やウェブサイト、Youtubeを通して鴨族(役行者)
次は、多賀神社へ多賀城の裏手の六月坂、高崎の2社ありますが、こちらも同様に、滋賀県近江の多賀大社を勧請しています。※六月坂にある多賀神社(多賀城の近く)看板より「かつては陸奥国多賀郡の中心地で陸奥国府鎮護寺の境内にあり、当時任務していた国司、開拓移住民が崇敬していた多賀神社(現:滋賀県多賀大社)を遷祀したとされている。奈良時代の風土記に、当時の神事が記載されており、平安時代には桓武天皇より796年に従五位下の位を受けるなど朝廷や民衆より崇敬を受けていた古社であると
レイビレッジから新幹線に乗って名古屋に到着してそのまま深夜バスに乗って東京へ行きました座席がほぼフラットになるバスでしたので座りっぱなしよりも体はマシです8:15に東京駅から出発のバスツアーに参加する為です「東国三社巡り」鹿島神宮息栖神社香取神宮一日で回りますこの日は雨でした荷物多い日の雨って大変ですよね・・・しかも前日より気温が10度ぐらい違います服装も大変とりあえず冷えないようにしないと風邪ひきます!!バスに乗って荷物置い
起きぬけに降ってきた『くなと』という声。くなど?聞いたことあるような、ないような。耳元の声が「くなとの呪いの力が消えかけている」という助言もあって、気にはなったのだけれども。でも今日はちょっと調べている心の余裕などなくて…、でも起きぬけの言葉は意味がある事が多いのでとりあえず調べたら…「イザナギとイザナミの黄泉の国での諍いの話」に関係する神様?の名前だった。久那斗の神。それって昨日の続き?太古の神様を地下深くに隠してきた呪いの力が消えかけているという事?とりあえず、考える余力が
岩手県大船渡市の山火事地獄絵図現地ではもう消火するとかのレベルじゃないらしい・・pic.twitter.com/tN2Z8QsRDE—358ちゃん(@max358japan)February26,2025大船渡。山火事、始まったのは2月26日。226の日。数霊226のキーワード日之本開闢……霊之元開闢……ひのもとかいびゃく。ひ(30)の(22)も(32)と(17)か(6)い(5)び(70)ゃ(36)く(8)合計226。こ
ご訪問下さりありがとうございます😊イケアから宇宙人さんお連れしました2月2日は出雲大社相模分祠節分祭ご奉仕に行って参りました〜昨年の様子はこちら↓『出雲大社相模分祠節分祭』ご訪問下さりありがとうございます😊今日は出雲大社相模分祠節分祭のお手伝い集合時間を間違え30分早く到着しモーニングでお腹を膨らませエネルギーを満たしました🩷朝…ameblo.jpだんご3兄弟(さいちゃん、かなかなさん、私)事前に参加表明ののさんは所用で欠席さて今回の参加者は他には誰だろう⁉️新しくご
私が毎日お詣りしている神社の祭神は歴史上の人物です明治神宮が明治天皇と皇后を祀っているのと同じ感じです「だから明治神宮って御利益なさそう…」と言った友人がいますが確かに歴史上の人物って神様と比べると力不足のような気がしますまあ神話で語られている神様たちも古代に存在していた人間だったのかもしれないけどね明治神宮で明治天皇と皇后に対してお祈りをしたことがないように私が行く神社でもその歴史上の人物に対してお祈りをしたことがありませんそれでは私は誰に対してお祈りしてい
昼食を食べた後は息栖神社に向かいます実は私が一番来たかったのはこちらの神社なぜならクナトの神様が祀られていらっしゃるからですクナトの神様は素戔嗚尊より前の時代から出雲に住んでいた出雲神族が信仰していた古い神様…という説がありますインドのクナ国に住んでいたトラヴィダ族がアーリア人に追い払われクナト王に率いられて日本に来て出雲に定住した…という説ですそのクナト王がクナトの神様クナト王の妃が幸姫(サイヒメ)二人の子供が猿田彦となりますこの三神がもともと祀られていたの
香取神宮に続いてお参りさせていただいたのは息栖(いきす)神社です。小さな神社ですがその歴史は深く2000年以上前から鎮座されています。【主祭神】久那斗神(くなどのかみ)【相殿】天乃鳥船神(あめのとりふねのかみ)住吉三神久那斗神(くなどのかみ)のクナドは「来るなという入り口」の意味があり、悪いものや災厄をいれない道(路)の神であり厄除けの神様です。また、道祖神と同一神であり(外来の疫病や悪霊を防ぐ)とされています。息栖神社の
大阪の枚方に移動し、まずは片埜神社(かたの)へこちらも不思議な神社で鬼の顔があります。大阪城の鬼門鎮護だそうですが、たくさんの神様が祀られてます。気になるお名前としては久那度神(くなど)塞の神、天地境界の守護神となってます。こちらを参拝していよいよです。片埜神社の近くの公園の真ん中にある阿弖流為(アテルイ)と母禮(モレ)の塚こちらでまずは阿弖流爲とモレに謝罪します。「貴方達は何も悪くなかったのに騙して斬殺した者達を許して下さい。これからの世は皆が争
10日は、椎原神社(しいばらじんじゃ、伴北五丁目2839)の例祭の御奉仕に参りました。椎原神社は、60段ほどの石段を登ったところにあります。神社の多くは高いところに建てられていますので、秋祭の御奉仕に伺う神社も、坂道や石段を登って社殿まで行かねばならないところが何社もありますが、椎原神社はその中でも特に「石段が大変」な神社のひとつです(笑)。ご準備を戴くのにも、氏子さんの皆様には大変なご苦労をおかけしたことと思います!久那斗神(くなとのかみ)さま、猿田彦神(さるたひこのかみ)さま
『ブログマップ』ブログ内の記事のマップです。これを読めばとりあえず分かるという記事をまとめました。まだ、途中ですがアップします。「神社*総まとめ」なども記載(スマホで見ると埋…ameblo.jpAmazon書籍(ペーパーバック)と電子書籍発売しました。ブログの集大成です。https://amzn.asia/d/4cOL6dh続きです。『筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原とは*神話の舞台*2』『ブログマップ』ブログ内の記事のマップです。これを読めばとりあえず分かるという記
イーハトーブ心身統合研究所iihatobu.com清水友邦さまからシェアさせていただきました興味深い日本の神社に祀られている神は大きく天つ神と国つ神に分けることが出来ます。国つ神は自然界の精霊や地霊、先住していた人々の祖先神です。天つ神は高天原に生まれた神々を子孫とする氏族が祀る神です。天つ神は天孫族と称し海(アマ)の彼方から渡ってきた神(渡来人)のことでもあります。紀元前5世紀から紀元後3世紀までの弥生時代の間に、海を渡って様々な地域から日本列島
ちょっと時間が空きましたが(汗)、続編を。前編はこちら。『たたら、出雲、共生、玉鋼、そしてスサノオ前編』タイトルにした一見関係のなさそうな単語同士に、実は深い関係があるという、今回はそんな話になります。何ヶ月も前に下書きしたのに、発表はなぜか今日という(汗)。や…ameblo.jp後編はカタカムナとスサノオ。カタカムナ的観点からの日本の製鉄技術。むすび大学さんから。カタカムナ的観点では、青銅器よりも前に、日本では鉄器が利用されていたのではないかと言われている
前回の記事からの続きです。『一音から産まれたホトケ【神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー③】』前回の記事からの続きです。『神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー②』前回の記事からの続きです。『神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー①』火水の黒に…ameblo.jp火水の黒にんにくペースト〝くくりの目醒め〟〝シッダールタの目醒め〟が産まれるまでのストーリー。一瞬一瞬の波の声をよく聴いて冬至をこえてようやくラベルまで完成することができました。全ストーリーのリ
前回の記事からの続きです。『神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー①』火水の黒にんにくペースト〝くくりの目醒め〟〝シッダールタの目醒め〟が産まれるまでのストーリー。今回はいつも以上に深淵なメッセージが含まれていたようでみな…ameblo.jp火水の黒にんにくペースト〝くくりの目醒め〟〝シッダールタの目醒め〟が産まれるまでのストーリー。全ストーリーのリンクはこちら👇神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー①神仏習合から始まった白山菊理媛のストーリー②一音から産ま
※久々に神社仏閣のレポートです。特に深い考察などはありません、ほぼ感想になります。正月は四国に旅をしてきたのでせっかくなので香川県にある『金刀比羅宮(ことひらぐう)』に参拝してきました。軽く紹介すると金刀比羅宮、通称こんぴらさんは香川県琴平町の象頭山(琴平山の)中腹に鎮座する全国に600ある金刀比羅神社、琴平神社あるいは金比羅神社の総本山。古来より瀬戸内海航路の海の目印とされてきたこともあり、航海の安全を担う「海の神様」として今も親しまれています。(昔は周囲は海だった)
今年はこれで3回目か?な東国三社。今年はトコトンご縁がありました。もとは昔「東国三社巡り」は江戸時代に「お伊勢参りの禊ぎの三社参り」と呼ばれるほど篤い信仰を集めた旅で関東以北の人は伊勢に参宮したのち禊ぎの「下三宮巡り」と称してこの三社を参拝したと知りならば3年前コロナが始まり出した頃下娘の中学卒業記念にと家族でお伊勢参りに行きそれから始まった娘のJKLIFEは常にコロナ過の中での高校生活となってしまい普通のJKLIFEではなく(入学式もな
★龍姫ゆうにゃんのメニュー詳細一覧★初めましての方はこちらいろいろリンクは🔗こちら*_*_*_*_*_*_*_*_*出雲巡礼2022⑬の続き東京に帰って来て早速、すごいシンクロが起きて来てほくほく✨✨💖している癒しと覚醒へ誘なうスピリチュアルfotoコーチ龍姫(たつのひめ)ゆうにゃんです!出雲市に戻ってきてそこからバスで出雲大社へやってきました。ここから15分ほど歩いて出雲井神社⛩へ参ります。しばらくいくと看板が見えましたΣ੧(❛□❛✿)住宅街を通
キリストや仏陀、ヤハウェといった「人格神」が生まれる以前の古代の宗教においては、世界各地で太陽や月、熊やフクロウといった自然界の存在が神として崇められ信仰される対象でした。人間に恵みを与え、時に災いをもたらす「自然神」が古代人や原住民たちの畏怖すべき神でした。蛇神オオモノヌシが鎮座する三輪山も古代の太陽信仰の聖地でした。コミュニティの拡大にともない山が直接拝めない土地へ移住した村人たちは、共同で大きな石神を祀り、家々ではその依代として神棚に石を祀りました(縄文時代の岩石信仰や出雲族の岩信仰など)