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エドアルド・キヨッソーネは、日本の紙幣や郵便切手の印刷技術向上に貢献したお雇い外国人。イタリアで生まれ1875年(明治8年)に来日した。明治政府は、当初、紙幣の印刷をドイツのドンドルフ・ナウマン社に委託していたが、国産紙幣とするために技術導入が必要であった。キヨッソーネは来日後、技術指導を行うとともに初期の紙幣・切手の版を作成した。明治天皇のご真影や西郷隆盛らの肖像画も残している。キヨッソーネは1891年の退職後も日本にとどまり、日本で生涯を終えた。墓地は青山霊園
自分で観てきた展覧会を紹介します【その9:2002-2003年に始まった展覧会】1️⃣メトロポリタン美術館展ピカソとエコール・ド・パリ2002-03-PICASSOANDTHESCHOOLOFPARIS2️⃣キヨッソーネ東洋美術館所蔵浮世絵展2002@仙台-UKIYO-EMASTERPIECESFROMTHECHIOSSONEMUSEUMOFGENOA3️⃣創立130周年記念特別展江戸蒔絵ー光悦・光琳・羊遊斎ー2002-Gorgeou
国立近代美術館に行ったついでに国立公文書館へ。令和6年夏の特別展「お札に描かれた人物―公文書で見る紙幣の歴史―」が開催中。(~9月16日(月・祝))真っ先に目に留まったのが、日銀の貨幣博物館でもクローズアップされているこの人。国内新紙幣の肖像画を制作したキヨッソーネ。以前のブログ「日本紙幣初の肖像画を制作したイタリア人」でも触れたとおり、世に知られる西郷隆盛の肖像画を手掛けた人でもあります。キヨッソーネ作の紙幣といえば、描かれた神功皇后の肖像画が西洋人的すぎる、と
ブロともアディちゃんに教えてもろたYouTube「山田五郎の大人の教養講座」をちょくちょく見てるんやけど、【お札に描かれた肖像の秘密】山田五郎が解説!明治時代、日本の紙幣の原版をつくりまくった男【明日の話題のタネになる!イタリアの故郷に日本美術コレクション】日本のお札の父💴キヨッソーネ!いよいよ、来日して大活躍🎆彼はお札の原版職人として輝かしい功績を残しただけでなく、人格者として多くの日本人に愛されていました!分かりやすく五郎さんが解説します👓🎓前編は💁https://youtu.be/W
「最後の秘境東京藝大―天才たちのカオスな日常―」★★★★★新潮社の大反響ノンフィクション小説、待望のコミカライズ!!謎に満ちた“芸術界の東大”のカオスな日常を描く、抱腹絶倒の探検記。(提供:読書のお時間です)上野駅からちょっと歩いた所にある東京藝術大学昔ここで小さな美術展があった時に観に行った事があるのですが上野動物園の真横にあるとか知りませんでしたこの本「なんだこれ?」って暇つぶしに読み出したら滅茶苦茶面白い主人公の案内役の男の人は小説家そして奥様は現役の東京
日本工業倶楽部は何度も前を通り、中にも数回入ったことがあったけど気づかなかった、すぐお隣にこんなものがあったのは。三菱UFJ信託銀行信託博物館。中に入る時間はなかったので、とりあえず頭の中にいれて、いつか機会があたったら覗いてみるかな。とりあえずあとでHPを見てみたら、信託、、ということで有名人の遺言書のレプリカもあるとか。日銀の貨幣博物館のような大々的なものではなく、ミニ展示の香りがそこはかとなくするけれど。日銀の貨幣博物館で私が好きなのは・・・
◆日経新聞「プロムナード」で疑問氷解:紙幣の肖像制作のために日本に招聘されたイタリア人◆彼は西郷隆盛のあの有名な肖像を描いた人以前も触れたことがある日銀の貨幣博物館。なかなかツボや突っ込みどころが多くて、夏休みの自由研究にはもってこいかもしれません。たとえば、まだ手書きだった明治の紙幣の中に書き損じが混じっていたり、海外紙幣のなかにインフレで発行後にゼロが足されたものがあるかと思えば、最初からゼロがそこはかとなくたくさん並んだインフレ真っ只中のお札があったり、個人が作ったとは
二百円札の藤原鎌足新紙幣が2024年に発行されることになって、お札談義に花が咲きます。「そういえば福沢諭吉の前ってだれやったっけ」「2000円札はだれや」。自分も含めて、けっこう間違える。これだけお世話になっていながら、よく見ていない、よく覚えていないのがお札です。お札といって誰を思い浮かべますか。私の場合、今も聖徳太子です。「紙幣界」のカリスマである聖徳太子は、100円、1000円、5000円、10000円の「4冠」を達成しています。100円は1930年が最初で、
今日は平成30年12月31日。大晦日です。私の拙いブログを読んでいただいた皆様には、今年一年間、本当に感謝いたしております。ここ数年、通勤時間が2時間近くかかる勤め先が続いている(丸8年間…)ことから、毎朝、電車の中からブログを書いておりまして、なるべくなら毎日続けようと決めていました。来年も出来るだけ記事の更新をしていくつもりではありますが、更新ペースが少し落ちるかも知れませんので、その時はすみません(*_*)。さて、大晦日の今日は大黒1円兌換銀行券のお話でも。この1円札は、大黒1
御真影にもなったこの明治天皇像は、外国人画家キヨッソーネが描いたものです。僕は明治天皇と言えば、この像が好きです。さて、今日で明治150年になります。この150年間で日本は欧米列強に肩を並べるも、世界大戦で敗退。その後、破竹の勢いで経済発展を遂げるも、その後はその勢いも衰え、今までに見たことのない局面にさしかかっています。次の150年には僕は生きていないと思いますが、次世代に恨まれないようにしたいなあ、だなんて考えています。
先日行った熊本のおまけ記事。実は「桜の馬場城彩苑」から歩いて街の中に行く途中ついでにNHK熊本放送局に寄りましてね、ちょうど開催中だった「西郷どん」の巡回展&8Kの大画面映像を見てきまして。ところで大河といえばNHKの看板ドラマだけど、武将モノが多いじゃないですか。なので武将がさっぱりわからない私は昔は近代を扱ったものをたま~に見るくらいだったんだけど、数年前、福岡ゆかりの「軍師官兵衛」を見たら戦国末期のことがちょこっと分
この絵が晩年、すなわち西南戦争直前の西郷隆盛とか???違います!雰囲気はキヨッソーネの絵に近いですが、全くの赤の他人です。西郷隆盛の遺伝的特徴が全く見当たりません!頭の禿げも描かれていない!平野五岳による西郷隆盛参考①晩年の西郷隆盛を描く画家平野五岳が掛け軸に(参考)明治維新で活躍した西郷隆盛(1827−77)の晩年の姿を描いた掛け軸が大分県日田市本町、元小学教諭川津信雄さん(73)方に残されていたことが26日分かった。西南戦争直前の西郷を、その没後、約10年たって文人画家平野
かつて西郷隆盛に会ったことがあるとされる画家が作成したものを検討する。ここでは、薩摩藩士の床次正精によるもの版①と庄内藩士の石川静正によるもの版②と最近、鹿児島県内の縁者宅から見つかったもの版③を並べて見た。基本的にはキヨッソーネの肖像画をベースにしたもので、丸坊主頭、丸顔、太い眉、太い目、鼻筋くらいが共通するようだが、それぞれ違う特徴と印象を持つ肖像画に仕上がっている。床次正精の版①と石川静正の版②の間で最も異なる特徴としては頭髪の禿げの位置や唇の厚み、最新の版③との違いは目元の左右の違いな
ほとんど写真を残していない西郷隆盛は、二人のモデルを基に想像して描かれたキヨッソーネによる肖像画画をルーツとして、多くのバリエーションが発生した。西郷従道以下、親戚縁者が否定出来ない状況で独り歩きしてしまったようだ!挙げ句の果てには、実際の西郷隆盛を鹿児島県まで行って会ってきたと言う人物まで現れ、記憶が曖昧になった時期まで年月をかけて出来上がった肖像画を近親者に確認までさせている。頭髪の禿げた部分がどの肖像画でも皆、額の右側にあり、太めの頭部に太めの顔面を持つ西郷隆盛を右顔面から写し取る構図に
西郷隆盛の肖像画としてはキヨッソーネが描いたものを代表に沢山残存しているが、この絵と同じ構図のものを主流として、多くのバリエーションがある。最近、以下の西郷隆盛の肖像画が出てきたが、縁者の評価としては多くの特徴を持ち、最も似ているとか。従来の肖像画に描かれていないが、西郷隆盛の二人の弟、二人の男子、従兄弟に共通の特徴である目元(二重瞼と一重瞼)が最新の肖像画には存在した。すなわち、最も西郷隆盛に近い絵画であった!ただし、1952年に収録された子孫の岩山トクさんの証言テープによると、「(西郷は
実男子の菊次郎と寅太郎、弟の従道と小兵衛、そして従兄弟の大山巌に共通する遺伝的特徴があった。すなわち、西郷隆盛も持つべき特徴である。それにも関わらず、キヨッソーネの西郷隆盛も上野公園の西郷隆盛もこの特徴を持っていなかった。その他の西郷隆盛と言われる肖像画も、少なくとも以下の三例を除いて、この特徴を明確に持っていない。すなわち、従来の知りうる西郷隆盛の肖像画と言われるものは、この三例を除いて、どれもこれも西郷隆盛とキッパリとは言いにくいものであった。その答えをストレートに言って仕舞えば、実は右
現在、西郷隆盛の男系子孫の代表として、愛加那さんを曽祖母に持つ西郷隆文さんと、イトさんを曽祖母に持つ西郷隆夫氏がおられる。西郷隆文氏はキヨッソーネが描いた丸顔の西郷隆盛によく似ている。これに対し、今回検討している大阪造幣局で撮影された西郷隆盛の映像はダイエットに苦しんでいるようで頬がこけている。この頬がこけた写真と西郷隆夫氏の写真の頬の幅と唇の大きさの相対的な比率を比較して見ると似てなくもない。また、西郷隆盛の子供二人も肥満していない通常の容貌の写真を見る限り、太った父親とは似ていない。む
クイズ王・・・資格や試験との関連は薄いのですが、実体験などを。(1)思い出したきっかけは、黄金週間のクイズ番組。TVを点けると、番組終盤。廬山宇治原氏、カズレーザー氏や某鼻高女史(東大出だけが売りではなく、実力もありそう)という、常連がトップ争いを。そして、問題は「西郷隆盛肖像画」で有名なキヨッソーネの作品から!「誰を描いたものか?」という問題の解答は・(藤原鎌足)・(神功皇后)・武(内宿禰)だったのですが、誰も一発で答えられませんでした。武内宿禰(たけのうちのすくね)に至
お札と切手の博物館では、特別展示「日本近代紙幣の礎となった男たち-明治150年印刷局はじまりの物語-」展が開催されていました。会期は、3月4日(日)まででした。http://www.npb.go.jp/ja/museum/tenji/tokubetu/index.html見に行った展示でも、気がついたら会期が終わっていたものについては、レポートを載せないことが多いのですが、これは、載せておきます。明治にはあまり興味がないのですが、常設展には何種類もの藩札が展示されていま
(1月16日付け、朝日新聞より…)…西郷隆盛を描いた可能性がある新しい肖像画が、枕崎市で見つかった。。。作者や制作年は不明で、西郷の遺品などを管理している鹿児島市の西郷南洲顕彰館が今月から一般公開して情報を求めている……。西郷ゆかりの縁者は『祖先から聞いていた西郷さんの特徴がそろっている…』と期待している、、、肖像画が保管されていたのは、鹿児島県枕崎市宮田町の丸谷兼彦さん(87)、昭子さん(83)夫妻宅…。油絵で描かれ、サイズは縦54センチ、横45センチ。署名はなく、だれがいつ描いたの
お読みいただきありがとうございます数字使い®sakuraです数字使い®ってなに↓はじめまして数字使いとの出会いをお読みください2017年10月30日2+0+1+7+1+0+3+0=141+4=5日のサイクル5伝えたり経験したり情報収集したりするのに良い日です思い当たることがある方は動きましょう今日は5がある切手ですイタリアの切手ですエドアルド・キヨッソーネさん着物を着ていますだれだれ私恥ずかしながら
今日は学校はお休み。タイミングよく以前からお誘いを受けていた歴史勉強会に参加することができました。薩摩に関わる歴史を通しで学ぶ会にもかかわらず今日の回はたまたま幕末・西郷さんがテーマ。以前の大河ドラマの映像なども参考にしながら(細かく見ていくと、登場人物、それも脇役の方々までの表情で、歴史の背景がわかることもあるのだということを今日学びました。)あっという間の2時間でした。学びの後はランチ。大黒町のオステリアアニカさんへ。2週間くらい前にお店の前を通り、ここいいな
平成28年11月21日(月)放送のTBS『7時にあいましょう』「末裔だけが知っていた偉人のミステリー解明スペシャル」(総合演出川平秀二)。西郷隆盛親族の顔と親族・知人の意見を総合して描かれた西郷の肖像画を「偽物」だと言っていた。おまけに、そういう経緯で描かれたイタリア人画家エドアルドキヨッソーネ作の肖像画ではない別作品を画面に登場させるという愚かな間違いまで犯している。キヨッソーネや彼の作画に協力した西郷隆盛親族知人たちが生きていたら、激怒することだろう。日本のテレビ屋さ
西郷の貌新発見の古写真が暴いた明治政府の偽造史(祥伝社文庫)Amazon(アマゾン)120〜4,050円そろそろゴールデンウィークも終わりですね。私は福岡に家族と帰省したのですが、熊本、大分と相次ぐ地震の影響で別府旅行は中止になりました。大きな被害に合われた方の無事と一早い復興を祈るのみです。最近5年ぶりに携帯を買い換えました。実は今までスマフォなんですがテンキー付きのものを使っており、今回初めてタッチパネルをでこの文を書いてます。非常に書き辛い加治将一さんの本を久々に読ん
ボンジュー、皆様( ̄ー☆上越店スタッフTでございます本日の上越地方の予想最高気温…まさかの10℃以下ナニーということで非常に寒いデス…花冷えも甚だしい…が、しかしそんな中でもBeRichは今日も元気に営業中ですイオン、暖かいしね…さて今日4月11日は、版画家・画家のエドアルド・キヨッソーネが亡くなった日です…てか、ダレソレとお思いでしょう…知らんがなキヨッソーネは明治天皇の御真影や西郷隆盛の肖像画を手掛けた版画家で皆さんも一
キヨッソーネの墓説明の碑大久保利通や木戸孝允(桂小五郎)と並び、「維新の三傑」と称される西郷隆盛といえば丸顔に大きな目と太い眉毛が特徴ですが、西郷隆盛は写真嫌いだったと言われ、写真は一枚も残されていません。誰もが室ている西郷の顔は、西郷の死後、似ていたと言われる、弟の西郷従道と従弟の大山厳をモデルにして描かれた肖像画が元になっていますが、実際の顔とはずいぶん違っていたとも言われています。その肖像画を描いたイタリア人の銅版画家キヨッソーネの墓が青山霊園にあります。イタリアのジ
[内容]明治維新後の近代国家体制確立に向けて、天皇をどう見せるかという「権力の視覚化」は大きな問題だった。天皇は全国を巡幸することで民衆にとって見えるものとなり、さらに御真影がつくられる。理想の近代国家君主の肖像をつくりあげるためにどのような方法がとられたのか。近代日本史研究に大きな衝撃を与えた画期的著作。[目次]第1章見えない天皇から見える天皇へ第2章和魂洋才と明治維新第3章巡幸の時代第4章「御真影」の誕生第5章理想の明治天皇像第6章「御真影」