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こどもの頃、夢中になった本は?小公女、小公子、赤毛のアン‥‥‥‥今、思うと村岡花子さんの訳だ他には偉人伝等も(野口英世や二宮金次郎、キュリー夫人等)本がぼろぼろになるまで読んだ子供の頃は、本大好きな文学少女だった(笑)▼本日限定!ブログスタンプ
"【痛快】「高度人材?要らねえ」EUを一喝した男#shorts"をYouTubeで見るhttps://youtube.com/shorts/hUuGPkpzJOs?si=N6sIUze66__uhZyl流石はコペルニクスやキュリー夫人が生まれた国☝️https://youtube.com/shorts/hUuGPkpzJOs?si=N6sIUze66__uhZyl🇵🇱ポーランドへは何度も行ってますが、ごもっともの発言でポーランドの成長は凄まじいです!ただ彼の話し方には少し奢り
「人生に恐れるべきことなど何もありません。あるのは理解すべきことのみです。私たちが今すべきは理解を深めることです。それによって恐れに打ち勝つのです」マリー・キュリー(ポーランド出身の科学者)●パパのひとりごと今のパパに、とっても勇気をくれる言葉!理解を深めて、恐れに打ち勝とう。
ワシほぼ他人のブログ読まないのだがトップ記事に読書するほど成績下がるみたいな記事あって読んだら…その親の誤字脱字がまぁ酷かったそして読書は何をどう読むかで成績にいや成長に影響する。2時間も読んでますぅ〜なんて書いてたがはっ?ってなった。時間の問題じゃない。親がアホだと子もアホになるって本当なんだなと考えさせられた記事だった。子育てって戦だと思うんだよね。楽しみましょうっていう余裕ないし。あとカリスマママブロガーが言ってた!とかやめた方が
こんにちは♪みよしピアノ教室です。今日は、建国記念日ですね。建国記念日といえば、日本のお誕生日。今、ミラノ・コルティナ五輪で日本のメダル獲得にわいてますが、私が「日本」を意識したのは、小学生の時に読んだ「キュリー夫人伝」でした。キュリー夫人はロシア支配下のポーランドで生まれ、フランスに渡って放射能を研究し、ノーベル賞を女性初で受賞(2度も)した科学者です。子供時代のロシア圧政下のエピソードは、私に祖国愛をめばえさせました。ショパンの祖国ポーランドへの想いも、同様でしょう。日本がいつ
こんにちは以前にも書いたんですが非通知電話が毎月おおよそ決まった日に1回あったのですが数ヶ月前から月2になりましたこれって詐欺のための何か?最近は詐欺メールのようなメッセージ来ないんだけどな非通知の電話をしてなんの意味があるんだろう??アネモネ【世界の株価と日経平均先物】本日も優待いってみましょうTOKAIホールディングス(3167)水ペットボトル500ml✖️24本300株以上
新年、1月1日。この日だけは、いつものテレビ体操の様子が少し違う。体操のおにいさん、おねえさん、それにピアノ伴奏の3人も、全員参加。ラジオ体操も、3台のピアノで演奏されるのよね。ちょうど目が覚めたので、テレビ体操をしてから、窓を開ける。そこは、完全な雪国。山を隔てて「山陽」側に住んでいる私は、雪が降ると、やっぱりちょっとうれしい朝食は、焼き魚やだし巻き、お漬物、しじみのお味噌汁、、、といった、ザ・日本の朝食。元旦なので、黒豆、
私が興味があるのは物心ついて以来、一貫して自分の中に浮かんだイメージである。その中でも主役は常に人間の種々相であった。木造の小学校では図書室の人物伝を読み漁ったが、戦前からの流れで名工柿右衛門のような、嘘八百の伝記が多かった。しかし今でも寒い時などキュリー夫人が研究室で、机を布団のように乗せてその重さで寒さをしのいだなんてことを思い出す。その頃は伝記はその場で見ていた人が書いていると思い込んでいた。それらのイメージに立体感を与えたのが、プロレス好きの父の影響で、力道山の頃から様々な人種の姿形を見
第1章幼き科学者ーポーランドの少女時代1867年11月7日、雪が舞うポーランドのワルシャワに、のちに世界を変える少女が生まれた。彼女の名はマリア・スクウォドフスカ。後のマリー・キュリーである。当時のポーランドはロシア帝国の支配下にあり、民族の誇りや自由な学問は厳しく制限されていた。それでも彼女の家族は、知識と教育の力を信じる一家だった。父ヴワディスワフ・スクウォドフスキは物理と数学の教師で、家庭でも理科実験の道具を使って子どもたちに科学を教えていた。母ブロニスワヴァは女子寄
人生のターニングポイントと何とも言えないこといつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!昔から思っていたのですが、人生のターニングポイント、特に結婚や離婚といったことは、その人の人生にとっては大きいものであると思います。この人が、もしこの人と結婚していたら、もし離婚していたらという、「もし」を外から勝手に見ていると、歴史が変わったかもしれな
暗い中、眠い中、疲労困憊の中、大きな荷物を引きずって大会会場を出た僕たちは、「タクシーがダメなら鉄道の駅まで歩こう」と決め、グーグルマップのナビを頼りに歩き始める。「目的地に着きました」と告げられた場所はバス停だった…その時、1台のタクシーが向こうからやって来るのが見える。すぐに手を挙げると僕たちのすぐ前で停まってくれた。スマホを示し「Doyouknowthishotel?」「Un...No.」そこで「Pleasetakeustothenearestrailwayst
2025年12月8日放送分『Qさま!!』(中高生が選ぶ、教科書のスゴい女性偉人)で取り上げられた人物の著書や伝記マンガ、さらに各問題に登場したいろいろな物が、Amazonなどにあったので、このページにまとめてみました。(本当は前の記事で取り上げたかったのですが、長くなりすぎたので記事を分けました)ここでは番組序盤の、紫式部、マリー・キュリー、与謝野晶子に関するものを取り上げています。番組中盤に登場した人物の著書、伝記マンガなどは「2/3」にて。(樋口一葉、平塚らいてう、北条政子、マザー
こんにちは、マヤ暦アドバイザーの矢島裕基です。マヤ暦を勉強しながら、自分の世界を変えようと日々勉強している。そんな暇人です。今回はノーベル賞を2度受賞したマリー・キュリーを取り上げていきます。キュリー夫人19世紀末から20世紀初頭にかけて、科学の歴史を塗り替えた女性がいます。ポーランドに生まれ、のちにフランスで研究者として活躍したマリー・キュリーです。画像出典:WikimediaCommons彼女はロシア支配下のワルシャワで育ち、家族を若くして失い、女性
東京公演は10/25-11/9@銀河劇場、大阪公演11/28-11/30@シアタードラマシティで上演されたミュージカル「マリー・キュリー」。東京公演のみ1回拝見の覚書です。マリー・キュリー昆夏美(星風まどか)ピエール・キュリー松下優也(葛山信吾)アンヌ・コヴァルスキー鈴木瑛美子(石田ニコル)ルーベン雷太(水田航生)(敬称略)()内は観ていない方のWキャストルーベンはシャッフルでその他の3人は固定でした。暗がりの中央にあるベッドの上のマリー、白髪混じりで
唯物本位、即ち物質不滅論を美事に覆したのは彼のラジウムの変化過程が明瞭になるに及んで絶対的になったのである。ラジウムとは非常に高価な元素で未来永劫変化なきものと考えられていたのが、段々研究されるに従い年一年と光を放って散失し、およそ1800年の間には全然消滅してしまうと言うことが分かった。そうしてラジウムからエマナチオンと言うガスが放散され、そのガスは3日間にAと言う元素に変化する。それは僅かに3分間でBCと言う元素に変わり、BCは1時間の後にはDと称する元素となり、そのDは50年の後にE
こないだの、旅行の時。「ここは。日本で、最初に。ウラン鉱石が、見つかった。とこなんよ。」言うてね。途中の、峠に、行ってみたんだけどね。おとうさん。息子は、私の話を聞いても。「ふう~~~ん。」なんだよ。おとうさん。私や。おとうさんに、とっては。特別な、場所なのにね。おとうさん。「うちの田舎の、あそこはなあ。日本で、初めて。」いうてね。耳に、タコができるくらい。聞かされて、いたんだものね。子どもの頃は。そうそう、「あの、ラジウムを
「マリー・キュリー」@銀河劇場、11/7マチネに行って来ました。丸4年ぶりの銀河劇場でした。「MARSRED」からもう4年かぁ。「エリザベート」月間ということもあり、諦めかけた作品の1つでしたが、FCで思ったほどチケットが取れず(←根に持つ)なら、諦めた作品に行けばいいんじゃない?と、最初にチケットを取ったのがこの「マリー・キュリー」でした。ちょうどおけぴで管理人さんが出していたチケットを見つけ、お席は良くなかったですが(1階最後列に近い端っこ)、昆夏美さんの
マリ・キュリー(キュリー夫人)さんマリア・スクウォドフスカ=キュリー(ポーランド語:MariaSalomeaSkłodowska-Curie)フランス語名はマリ・キュリー(MarieCurie、ファーストネームは日本語ではマリーとも)。キュリー夫人(MadameCurie)として有名。1867年11月7日生まれ、1934年7月4日、満66歳没。ポーランド(ポーランド立憲王国)ワルシャワ生まれの物理学者、化学者。主な業績:放射線の研究ラジウムの発見
ミュージカル「マリー・キュリー」を観ました。天王洲アイル銀河劇場にて。りんかい線の電車が遅延していて大変でした。ちょっと早めに出たものの、着いたのはギリギリ・・・この辺り、有明とかお台場とか不便だし、劇場以外はうろうろできるところがないので注意が必要です。「キュリー夫人」は幼い頃、偉人伝で何度も読みました。小学校時代は偉人伝を読むのが大好きで、子供用に書かれていた「偉人伝シリーズ」は大体読んでました。しかし、圧倒的に男性が多く、女性は「キュリー夫人」、「ナイチンゲール」「卑弥呼
ご縁というものはいろいろ不思議なものでふと決めたポーランド旅行も振り返るとずいぶん前からのご縁を感じました。夫と高2の娘と3人でポーランド旅行のんびり旅の記録です。ワルシャワ5日目です。これまでの記録はこちら出発日に最大の事件!成田と羽田のマジック!?!?家族3人のんびりポーランド旅行あこがれのワルシャワ散歩とポーランド料理~家族3人のんびりポーランド旅行②あこがれのショパンコンクールで推し活!~家族3人のんびりポーランド旅行③ワルシャワ3日目は地下鉄とバスとコ
13年ぶり3度目、銀河劇場マリーキュリーだよ今日だけ。化学の難しい事はよくかわらないけど、なんとなくわかって良かった💦始まりが年老いたちゃん昆だったから、思い出す感じなんだ…と。わかりやすく伏線あったので気にして観ました見えてもない存在すらわからないものを、見つけたんよね?それ凄いよね!放射能とラジウムの違いとかわからんけど、始めはデメリットわからなかったんだねいつの間にか結婚して、出産してた!!プロローグで、娘いたから、理解できたけど、子役はなく、いる設定での演技でした
世界一周の旅なので,ワルシャワ滞在も短いです。わずか1泊。早速,観光に出かけました。ホテルの前の公園に地下鉄の駅がありました。右側の壁の絵は,ワルシャワ蜂起を記念するもののようです。奥のビルを拡大してみます。中国の家電メーカーハイセンスの屋外広告です。やはり中国との経済関係は緊密ですね。切符の自販機でチケットを購入。英語表記でクレカも使えるので簡単でした。ワルシャワの切符は区間制ではなく時間制です。翌日の夕方まの滞在なので微妙に24時間券だと足りません。3
マーヴィン・ルロイさんマーヴィン・ルロイ(MervynLeRoy)1900年10月15日生まれ、1987年9月13日、満86歳没。カリフォルニア州サンフランシスコ出身の映画監督、映画プロデューサー。1933年、野球コメディ映画『カブスのヒーロー』(Elmer,theGreat)監督:マーヴィン・ルロイ主演:ジョー・E・ブラウン、パトリシア・エリス『カブスのヒーロー』(1933年)映画フェイス野球映画コレクション私を野球につれてってDVD10枚組ACC-
ロバート・ウォーカーさんロバート・ウォーカー(RobertWalker)本名:RobertHudsonWalker1918年10月13日生まれ、1951年8月28日、32歳没。アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティ出身の俳優。アルフレッド・ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』(1951年)で演じたサイコパスの犯人役で知られ、映画の公開直後に32歳で死去した。妻:ジェニファー・ジョーンズ(1939年~1945年)長男:ロバート・ウォーカー・Jr次男:マイケル・
痛恨のミス…!ミステリーツアーのヒントポイントである「米子市観光センター」。皆生温泉にあるんですよ。バス停の近く。でもね、ワタシ本当に「米子駅」にある「米子国際観光センター」とすっかり勘違いしておりまして朝、バスに乗るとき素通り…。米子国際観光センターで8時のオープンを待っていた時にようやく気付くという体たらく。(子供に「あれじゃないかな~」とバス内で言われていたのに…。)2泊の予定だったからよかったもののこれ、もう1回戻りなさい、だと発狂です
ノーベル賞を受賞された坂口史文さんの研究であるT細胞はコロナ禍の時に有名になった免疫細胞の暴走というのですか、テレビで毎日でた言葉のサイトカインストームを抑えるものですよね、確か素人の私の記憶では。夫婦で同じ研究とは驚きですね。忖度しない良い奥様ですね。あの頃、免疫細胞が暴走するというのは初めて知りましたし、そういう意味で日の当たる研究ではなかったようですね。キュリー夫人は2回ノーベル賞を受賞してますが、キュリー家では合わせて5回ノーベル賞を受賞してるらしいですね。ところで、総理大臣が石破
ご訪問をありがとうございます。欧米の医者・学者・科学者・化学者・小説家・詩人の中に心霊研究をおこなった多くの方々がおりました。フランスのマリ・キュリー夫人(1867-1934)は物理学者・化学者として知られており1935年に世界初の女性ノーベル化学賞を受賞しました。キュリー夫人は、放射性物質を研究するため、長年にわたり放射線の被ばくが続き血液疾患である再生不良性貧血を発症し、急性白血病で66歳で亡くなっています。キュリー夫人は、放射線を扱
「マリキュリ」観ました🎵久しぶりのオクジュヒョンさん最近、本当に縁がなく私の観たい作品に出てないからかお目にかかる機会がなかったのですがこの役、よかったです女性が主人公なのもそうだし何かに没頭したり、感情爆発したり、そういう姿が美しくみえる人なのでぴったりでしたそしてこのミュージカルのストーリーキュリー夫人の話個人的にはすごく好みだったので観ることができてよかったですBBCH(会場)には、舞台の左右に電光掲示板があるのですが、今回は何と中国語と日本語
試練を宝に変えましょう。〈今日も一日お元気で365日18日〉キュリー夫人は、一九歳の時に、生涯、忘れることのできない精神的な打撃を受けました。しかし、彼女はそのことをバネにして、二度もノーベル賞を受けるほどのすばらしい働きをしました。試練で打ちひしがれ、倒れる人。しかし、それをバネにして宝に変える人。どんな試練も宝に変えていきたいものです。田中信生著今日も