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今年もきょうで終わりです。1年間私のブログを見ていただきありがとうございました。きょうは31日で明日は1日なので2013年5月6日に熊本駅で写したキハ31-1です。
博多駅9番ホームに停車中の篠栗線の列車(6両編成)を撮影当時の篠栗線は日中は2両編成の列車が多くありましたが、朝の通勤時間帯は長い編成の列車が発着していました先頭のキハ31-23は民営化後に新製投入された車両です(現在は廃車となっています)博多駅9番ホームは現在、九州新幹線のホームになっています上記の写真撮影後、鹿児島本線の電車で原田駅へ向かいました
2009年11月8日、田川後藤寺駅にて。キハ31-1(左)と、キハ125-25の並び。16年前のきょう。田川後藤寺駅スタートのJR九州ウォーキングに参加しようと、列車を乗り継いでやってきた。新飯塚から乗車した後藤寺線の列車は、キハ31-1で運転されていた。キハ31のトップナンバー、1987年の新製配置は熊本で、廃車(2018年)直前の最終配置も熊本だったんだが、2006年から2012年にかけては直方配置であり、若松線、原田線、後藤寺線といったところで走っていた。キハ31-1が田
2003年11月1日、肥薩線矢岳駅にて。キハ31-14でやってきた「いさぶろう」が停車する光景。これも、昨日の記事を書こうと思って写真を探してたなかで見つけたカットけども・・・。↓の旅の最終日。九州グリーン豪遊券FINAL〜温泉、駅弁、秘境駅の旅Part6tohmori-train.sakura.ne.jp人吉から、当時はキハ31で運転されていた観光列車「いさぶろう」に乗って、吉松までの肥薩線山線の旅を楽しんでいた。『「いさぶろう・しんぺい」の20年前。』2003年11月1日、
2011年9月28日に鹿児島本線小倉駅で写したキハ31-22(右)です。
2016年9月10日にリニューアル前の鹿児島本線折尾駅で写したキハ31-7です。
これまでもご紹介しておりますように、筑豊線(「若松線(折尾~若松間)」・「福北ゆたか線(折尾~直方間)」)では、「DENCHA」こと819系蓄電池電車を中心とした列車が運行されておりまして、これら区間に直通列車も運行されております(画像2が若松発直方行き)。この819系蓄電池電車と言いますと、非電化区間も運行する事ができますので、非電化区間でもあります「若松線」ではまさに独り舞台としての姿を見せておりまして、定期列車のすべてが819系蓄電池電車での運行となっておりまして、かつて見ら
まだ子供の頃、鉄道模型に興味を持ち、その後紆余曲折があったものの、今に至る。九州の気動車のひとつであるキハ31は、国鉄分割民営化に先立ち、JR九州の経営基盤の整備をはかる目的で製造された。徹底したコスト低減のため、他の車両の廃車で発生した部品を流用したりしていた。面白いところは、座席で、こちらは0系新幹線の転換クロスシートを流用している。そのためなのだろうか?あまり活躍は長くなかったようである。この車両は、JR筑豊本線(原田~桂川)でよくお世話になった。この線区は福岡
JR九州のキハ40系(キハ40形・キハ47形・キハ140形・キハ147形)気動車では、車両前面上部にあります行先表示はほとんどの路線では使用されておりません(但し「普通」などの表示は出します)が、当ブログでもこれまでもご紹介しておりますように、唐津車両センター所属車・直方車両センター所属車では行先を出すようにしております。唐津車両センター所属車に関しましては、平成4年より出すようになりましたが、運行区間が元々唐津線と筑肥(西)線(唐津・山本~伊万里間)と狭い事もありまして、行先の
現在、筑豊線とともに「福北ゆたか線」を形成しております篠栗線は、現在近郊型電車では上の画像にもありますように817系・813系各電車、さらには主に「若松線(折尾~若松間)」で運行されます最後の画像の819系蓄電池電車や、令和4年より乗り入れるようになりました821系電車も運行する路線でもありまして、快速列車に関しましては全列車3両以上による編成で運行されております。そんなこの篠栗線は、吉塚~篠栗間は、当時沿線にありました炭鉱での石炭輸送のために、明治37(1904)年6月には開業し
かつて九州には、バスに使用されている部品を使用しました気動車であります「レールバス」が昭和時代から存在しておりまして、閑散線区を中心に活躍する姿が見られておりましたが、昭和60年代~平成時代にも同じくバス部品や廃車発生品の部品を使用した気動車が存在しておりました。それが、キハ31形気動車でありまして、国鉄末期の昭和62年に登場しまして、そしてJR化後の昭和63年まで製造されました気動車でありまして、以来、香椎線・篠栗線・筑豊線・日田彦山線・久大線・日南線などで活躍しておりましたが、
JR九州のキハ31形気動車は、国鉄分割民営化の直前であります昭和61年に登場しておりまして、以来JR後も製造を続けまして、最終的には23両が製造された気動車でもあります(うち1両がくまがわ鉄道に譲渡→その後廃車となっております)。このキハ31形気動車の特徴と言いますと、「バス=列車」と言ってもいいような形であるのが特徴でありまして、実際にキハ31形気動車のドアはバス用の折戸式である事、車内の機器類に関しましてもバスの部品が使用されている事が上げられております。また、これら車
撮影日2024.5.15(11枚目は2025.4.15、12枚目は2019.3.14、13・14枚目は2021.8.30)撮影場所各写真に記載前回に続き昨年5月の愛媛旅行の記事です。今回は予讃線の西部で集中的に使用されている国鉄末期の気動車2形式と、今までに撮影した同型車を紹介します。211系や205系、121系等と共に民営化直前に導入されたこれらの形式も既に各社で古参クラスとなりました。(一枚目)・松山駅から西大洲駅まで行く
日田の実家から由布院駅まで父親の自動車を運転して移動由布院駅ホームでキハ31+キハ58系3両編成の普通列車を撮影当時の久大本線は、キハ31が運用されていました使用フィルムはフジのネオパンですこちらは上の写真の反対側から撮影由布院駅での撮影後、列車で南由布駅へ移動しました
熊本県山鹿市鹿北、今朝の最低気温7.5℃、午後の最高気温22.9℃応援先でスコップを握って例のブツ放り上げは、作業着の下で身に付けていたシャツと股引を脱いでの状態でやっちゃいました。それでも汗をかいたのは言うまでもありませんこれほどの高温は雨が降る前兆みたいで、昼間は薄日が差していたものの夕方には小雨模様に。お正月から昨日までの2か月間は温泉通いが続いてましたが、本日は真っ直ぐ部屋に帰投してシャワーを浴びました。部屋でのシャワーは今年初めてになった次第です生存確認を兼ねた鉄道(模型)ブログ
現在も令和2年の「熊本豪雨(令和2年7月豪雨)」によりまして八代~人吉~吉松間で寸断されております肥薩線で運行されておりました優等列車は運行されておりませんが、平成29年のダイヤ改正より「熊本豪雨」までは、上の画像のキハ40系気動車で運行しております「かわせみやませみ」が熊本~人吉間で運行されておりまして、観光列車と言う事もありましてこれまでも多くの乗客が利用されておりました。この列車は、さかのぼりますと特急「九州横断特急」・「くまがわ」を継承する形で運行されておりまして、特急列
皆さんこんにちは。朝7時前の西鹿児島駅ホーム。つばめレディーの客室乗務員さんが整列して列車の入線を待っていました。画面の隅にはリアカーにビュッフェで使用する食材なども特急にちりん26号博多行です。485系REDEXPRESS6両編成先頭は改造車のクモハ485-8です。後は、クロ480-4こちらも中間車からの改造でした。このにちりん26号は西鹿児島駅を7時10に分発車宮崎9時23分延岡10時29分大分12時33分小倉14時16分そして終着博多に
撮影日2006/11/06熊本駅前のホテル出発熊本駅熊本8:04発の三角線行き列車に乗る三角駅三角8:55着三角9:11発の列車で折り返す熊本10:02着、10:33発の鹿児島本線上り電車に乗る肥後伊倉駅肥後伊倉10:56着下車鹿児島本線の旧線跡を探索『鹿児島本線旧線(肥後伊倉~玉名)』探索日2006/11/06切り替えは1968年3月18日の複線化時レンガアーチ橋の上を旧線が走っていた
35年前の九州への高校の修学旅行の思い出、最終回です。修学旅行4日目の朝、熊本市内の宿を出た私たちは、まずはバスで熊本城へ向かいました。バスでの移動距離はわずかでしたが、その大半で熊本市電も走る道路を走りました。朝のラッシュ時とあって数両の電車と並走したりすれ違ったりする中、路面電車ファン的にラッキーだったのが、当時熊本市電唯一の連接車であった5000形(元西鉄福岡市内線1000形)と少しの間並走したこと。5000形は現在も西鉄時代の塗装に復元された1編成が現役のようですが、私が出会っ
1999年8月27日、大分駅にて。キハ31-11。25年前のきょう。ワタシはこの日、鳥栖から大分まで、久大本線を12系の客車列車で踏破するという乗り鉄をしていた。きょうのブログ記事でとりあげた、久大本線4825D。気動車になる前に走っていた客レの様子がこちら。DE10牽引の12系4両が、鳥栖から1823レ→4825レとなって大分まで走り通す運用だった。写真は鳥栖、うきは、由布院にて、いずれも1999年8月27日撮影。#JR九州#客車列車https://t.co/RGDeykabC
こんにちは!タムタム広島アルパーク店の佐藤です!冬から連続2クール放映されていたダンジョン飯、だいぶ後から見始めて、ちょうど最終話あたりで追いつきました。珍しくアニメから入ってドはまり…面白過ぎて&2期が待ち遠しくて、コミックを全巻買いそろえ、先日読み終わりました。コミックも最高に面白かった…(コミックの方が体に合ったかも)いやー、ずっと存在は知ってましたが、なんでもっと早く読まなかったのか…ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-さて、本日はマイクロエ
緑川駅に入線するキハ31系の普通列車当時は朝の三角線に運用されていました近く運用がなくなるとの話を聞いて訪問しました(2019年3月16日ダイヤ改正で定期運用終了)緑川駅に停車中を撮影キハ31の定期運用がなくなりもう5年になります
土佐大正にてホビートレインとしまんトロッコ(ただしトロッコ車両なし)の交換『2023年11月四国弾丸の旅⑧』予土線名物鉄道ホビートレイン宿毛からは元来た道を戻ります。宿毛線内は快調に飛ばしあっという間に中村に戻ります。途中、四万十川では四万十橋(赤鉄橋)が見えま…ameblo.jp予土線鉄道ホビートレインはツアー客で満席。あえなく後部で立つことになりました。満員の理由の一つは、車内に飾られているHOゲージのケースがあること。乗客が少ないことを逆手に取ったアイディアですが
宮地行きの普通列車キハ47+キハ58+キハ31の3両編成バックには阿蘇の外輪山が見えます内牧に向かう列車を待っている際に撮影したと思います阿蘇駅は外国人観光客の利用が多いこともあり英語表記の案内も見かけました
スイッチバックを走るキハ58系の普通列車立野から徒歩で名撮影地を訪問田植えの情景を入れてみました名撮影地から定番の構図での撮影手前にアザミの花を入れて撮影後方はキハ31の普通列車
思いでリブログ(懐かしい記事編)コーナーです。懐かしい過去記事をもう一度・・・きまぐれ投稿です(-。-)y-゜゜゜毎日、特急乗ってるけどたまには田舎の単線をのんびり一人旅もいいかも。2015年11月30日の記事よりここは福岡県飯塚市JR新飯塚駅です。筑豊地方の田川市の田川後藤寺駅まで一人旅に出かけました。この古いディゼルカーに乗っていきます。キハ31形-19といいます。JR九州でも非電化路線です。