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「ぼくとロボダッチ」今回『ロボダッチ研究所』所長様より寄稿のお話を頂き、少し悩みましたが、ロボダッチファンであることには変わりありませんので、『ロボダッチ』への思いをこの場をお借りして少しお伝えさせて頂きます。『ロボダッチ』との出会いは、5才頃で、最初に買ってもらったのはうろ覚えすぎですが、墨田区押上のおもちゃ屋さんで、4点パックがバラバラに積み上げられた棚の中から、確か『モグラロボ』、『ブンブンタマゴロー』、カーダッチの『F1-Z』を手にしたと思います。家族に手伝ってもらいながら
「ぼくとロボダッチ」デザイナー・ねこ模型ある日、言い回しは覚えておりませんが小沢さとる先生にこのような事を尋ねられました。「君の嗜好は2001年宇宙の旅であるとか、サンダーバードといった硬質なメカニックの登場する作品だね。」「何故その中にロボダッチが入ってるんだい?」私は「いずれも“カッコイイ”からですね。」という旨を答えました。あんな濃密でクールなサーキットの、ロードマンの、ゼンマイガマロボの箱絵をカッコイイと捉えないほうがおかしいですよね。==================
「ぼくとロボダッチ」〜今では生活の一部になりました…〜最初の出会いは祭りの縁日でした。従兄と500円札を握りしめて、大きなオモチャが欲しくて200円でクジを引きました。勿論1番外れ…しかし、選んでと言われた中にロボダッチは居ました。従兄はガキ大将ロボ、僕は相撲ロボだった。ロボダッチとの出会いでした…はじめてつくるプラモに興奮しながら、組み立てたのを覚えています。大きな軍配がかっこよかったな…駄菓子屋(タケちゃん)に行って、それまで意識することがなかった、埃を被った玩具コーナー…沢山買えた
「ぼくとロボダッチ」空は灰色で寒かった。月に一、二度連れて行って貰う魚町銀天街では、およげ!たいやきくんがヘビーローテーションで流れていたのであれは1975年の暮れか、それとも翌1976年の1月か2月か。アーケードの出口近くは、いつも天津甘栗を炒る甘い匂いが何処からか漂っている。普段ならその香ばしさに耐えかね、父母の袖をひっぱりそれをねだるところだ。が、今日の僕は胸に抱えている、さっきおもちゃ屋で買って貰ったばかりの薄い長方形の包みを開けたくて一刻も早くうちに帰りたかった。帰りの車の中、
「ぼくとロボダッチ」〜ロボダッチ50周年おめでとうございます〜漫画家の若狭たけしと申します。現在51歳で子供の頃からプラモ作りが好きでした。そんな僕とロボダッチとの出会いはやはり子供の頃。小学校低学年くらいでしょうか。ガンプラなどは子供のお小遣いでは高くてなかなか買えないので、おもちゃ屋や駄菓子屋でガンプラの横にあった100円くらいの小さな箱の謎のロボプラモや200円くらいのゼンマイ式のミニカーのプラモ(チョ◯Qのパチもの)などのほうを主に手に取っていました。そんな中にあったのがロ
「ぼくとロボダッチ」〜VIVA!ロボダッチ!〜「わんさかごちゃまんロボダッチのポスター」と「4点パック」が駄菓子屋に登場したのは私が小学2年生の時であった。あの感動は50年を経た今でも私を動かし続けている。1点80円というお手ごろ価格と箱絵のすばらしさ、そしてまだ店頭には並んでいない数々のロボダッチへの期待感に一気にのめり込んでいった。新しいシリーズを求め小遣いを握りしめ、街中の駄菓子屋を巡り・・・なかなか入手できなかった4点パックのNo1を入手したときは心躍った・・・コレクションは
「ぼくとロボダッチ」ロボダッチが好きだ。たまらなく好きなんだ。そんなわけでロボダッチの事を考えてみた。生みの親である小沢先生のデザイン性が凄い、緩さの中に緻密に詰め込まれた、カッコよさ、可愛いさこのバランスの絶妙さ。アートミック時代のゴチャマンな楽しい感じも好きだ。デザインが素晴らしいのは最もだけどデザイン性だけで、こうも好きになるのだろうか何かもっと自分の原体験的なものが影響している気がする。思えば初めてロボダッチを買ったのは小学生の時だった。模型店でもなく文房具屋さんで買ったのを
「ぼくとロボダッチ」はじめまして、主にプラモデルと玩具のボックスアートを描かせて頂く仕事をしてます、イラストレーターのマーシーラビットです。今回ロボダッチ研究所さんからロボダッチについて何か書いて欲しいとの依頼を受けて、自分と同じロボダッチ大好きな方々が読むこの場所に出る事となりました。よろしくお願いします。まずはロボダッチを主に買ってたお店。近所にあった「模型センタースズキ」と言う模型屋と、「いれとう(隣にあった荒川公園にある慰霊塔をもじった呼び方だったのでは、と想像してます))」
2025年はロボダッチ50周年‼︎“水滴石穿”ただの素人で1ファンの僕がファンとしての領域において出来ることは、ただ水滴を落とし続けることだけ😆来年はメーカーサイドも、ファンサイドもあの子供のころのようにみんなで盛り上がれたらいいな。
「ぼくとロボダッチ」小職がロボダッチに接したのは小学生、80年代中頃でロボダッチとしてはピークは過ぎていたと思いますが、まだまだプラモデル(ガ〇プラ)ブーム真っ盛りで模型店はおろか、八百屋でもプラモを売っていた時代です。勿論ガ〇プラが目当てでしたが、あまりにも買えないので他ジャンルのプラモも買い漁っておりました。その中で衝撃を受けたのがモビルタマゴローでした。パワードスーツ形態でタマゴローが搭乗可能と言うスペシャルなキット。しかも価格が500円(当時)で箱も大きい!箱が大きいと言うのも子供
「ぼくとロボダッチ」おそらく僕が初めてロボダッチを知ったのは、タカラのダイカストシリーズを通してからだったと記憶しています。ものすごく小さい頃、おそらく3歳頃にロボZやロボQ、そしてメカタマゴローで遊んでいた記憶があるのです(同時期にミクロマンも)。遊んでいる場所の風景が、その当時、住んでいた平屋の屋内・庭のものなので、間違いないかと。ダイカストボディのひんやりした肌触り、頭のライトを輝かせノシノシ歩くメカタマゴローの雄姿が脳裏に今も思い出されます。そして同じ5ミリジョイント商品のミクロマンシ
デラックスサイズをまとめてみた!いずれ石油探検ロボも加えていこうと思う。
タルボトル初版&二版※二版は「ドライブタマゴロー」名称
タルボトル初版はんぺんみたいなタマゴローが愛おしいタルボトル。シグナルハンドの力強さがカッコいい。
カーダッチタルボトル《初版》●コロで走り、手とプロペラが動かせます。●シグナルハンドで方向を変えられます。
当ブログは最終的には【ロボダッチ大全】としての機能・役割を持つことを目指しているが、“資料・キット・画像等は全て自前で”をモットーにしている為、入手が非常に困難なものもあり、実情は思い描いていたペースでは編纂が進んでいない。来年は記念すべきロボダッチ50周年を迎える。そこで当研究所にて入手・完成をしていなくても、このような画像を貼り付けアイテムやキットの存在はUPしていこうと思う。つまりは入手・完成状況に係わらず50周年となる2025年になる前(2024年中)には全てのキット、アイテムは掲
とびだしたロボダッチごちゃまんだっち!包装紙2連のところを二つ折りしてある。
イマイのカーダッチGOGO大レースポスターカーダッチ大中サイズの完成品が見れる貴重なポスターだ。
ロボダッチ楽しさいっぱ〜い大集合ポスター完成画像が見れる意味でもとても貴重なポスターだ。
まるで宇宙みたいに広大なYouTube・インターネット・SNS界隈にて、誰の目にも付かずひっそりコソコソと存する【YouTube「ロボダッチ研究所ch」】【blog「ロボダッチ研究所」】…。そんなスミレのような当ロボダッチ研究所ですがそこには漏れなく紹介させて頂く「50th記念ロボダッチ作品大展覧会」を開催するだっち‼︎記念すべきロボダッチ50周年を全国のよいこのみんなでお祝いの気持ちを込めて盛り上げよう。作品はプラモデルやガレキ(もちろん既存品、自作問わず)ソフビやぬいぐるみや木
【ロボダッチ】ZRAMEシリーズ第一弾〜第四弾youtube.comZRAMEシリーズ第一弾から第四弾を一気見しよう‼︎
カーダッチは全59種類。その内キット化されたものは26種類で残りの33種類はキット化されなかった。1976年6月から発売されたカーダッチシリーズだが、大中小サイズ合わせて26体がキット化されたあとは新たに27体目とはいかずに、相当数がロボッカーとして金型改修をされ形状と名称も改められてリニューアル再販された。恐らく実車をモチーフにして名称もそのまま販売していたこと等に権利関係の問題が発生してこのような流れになったのではないかと推測される。
【ロボダッチ】ZRAMEシリーズ第一弾〜第四弾まで(ドクロモンスター除く)#ロボダッチ#ZRAME#小沢さとる#昭和レトロ#懐かしい#模型#3Dプリンター#プラモデルyoutube.comZRAMEロボダッチシリーズをズラッと並べてみたよ♪
イマイチ科学のサンタロボQ
「ぼくとロボダッチ」幼稚園編初めて作ったプラモが入道、サスケ、ガマ、火トンのロボダッチの4点パックでした。今でもあの感動は忘れられません。近所の模型店に4点パックと、個別になった物があり、買い物の荷物持ちのお駄賃にお母ちゃんにおねだりして80円のを一つ買ってもらいました。ほとんどコンプしてたのですが、ソウジ、センタク、買い物、料理は買わなかったです。男子あるあるかな?テニスは持ってたんですよ(笑)小学生編色んなシリーズが発売されロボダッチの黄金期到来!特にミニロボダッチ12個入りは5
「ぼくとロボダッチ」来年、ロボダッチが50周年を迎えると聞き、感慨深さが込み上げて来る。今のぼくはプラモやグッズなどはひとつも持っていないけれど、ロボダッチについてはそれなりに考えて来たひとりだという自負はある。それは、今のぼく自身が、ロボダッチのようなものだからだ。ぼくの中のロボダッチは「タマゴロー」や「ロボZ」のような主要キャラクターではなく、「釣りロボ」や「サイクルロボ」、「ガキ大将ロボ」や「ガリ勉ロボ」といった、何かの専門家ロボ達の方だった。自分が育った、貧乏な職人街の影響なのかもし
「ぼくとロボダッチ」第一話:宇宙人ロボを買った日新発売の彼は輝いていた。迷わず購入し、家に帰り速攻で組み立てた。素晴らしい。興奮冷めやらぬぼくは帰ってきたウルトラマンのレコードをかけ、音が飛ぶことも気にせず座卓に上がってはジャ~ンプ!座卓に上がってはジャ~ンプ!と繰り返した。そんなおかしなテンションになってしまうほど気に入ったのだった。何度目かのジャンプの後、ボリッと言う音と共に足に激痛が走った。と、同時にすべてを理解した。やってしまった・・・。そこには今でも修復不能ではないかと思われ
「ぼくとロボダッチ」じゃあねー!!明日、また学校でね!!5時を知らせるチャイムが聞こえてくると、駄菓子屋に集まっているクラスメイト達は、蜘蛛の子を散らした様に、その場所を後にする。そして各々が、その日手に入れた宝物を手に握りしめ、夕日を背にしながら家路を辿る。今日、僕が手に入れたのは入道ロボ。本当はガマロボが欲しかったのだけど、ガマロボは人気があるらしく、すぐに無くなって中々買えない。そんなに人気があるのか?僕がロボダッチを知ったのは、比較的最近の話なので、正直、事情を良く把握し
「ぼくとロボダッチ」WFでお会いした小澤先生にも言われたのですが、どうやら私が一番好きなロボダッチはロボZみたいです。あと島よりも基地の方が好きなのですが、マシン基地もサーキットもアオシマから再販されるまで現物を見たことがありませんでした。
「ぼくとロボダッチ」〜昭和のタマゴ〜1960年代、プラモデルは現在よりもっと子供に身近な存在だった。駄菓子屋、文房具屋とかに行けば、子供のお小遣い程度で買えるプラモデルが幾つも店頭にあった。ロボダッチも、そんな身近な存在でした。ロボダッチの島や秘密基地的な大物は無理だけど当時はそんな感じでした。ロボダッチのメインキャラのタマゴロー、イラストでは可愛いのですがプラモデル見たら顔がツリ目、出っ歯他のキャラも出っ歯が多い。何ていったら良いのか、昔の日本人と言うでしょうかね?昭和のアニ