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新東洋時計プラスチック枠3吋丸支No.1030昭和20年代後半頃【069】新東洋時計の目覚時計「プラスチック枠3吋丸支No.1030」、昭和20年代後半頃に製造された物です。新東洋時計株式会社は戦後に解散した東洋時計製造株式会社の置時計製造部門から生まれた時計製造メーカーです。東洋時計の創立は1901(明治34)年、外国製時計の輸入販売をしていた「吉田時計店」を祖とし、1920年(大正9年)に東洋時計として自社工場を設立して置時計の製造を始めました。昭和初期に製造を始めた
山口時計SUNEIKO昭和30年代前半【067】希少な山口時計の目覚時計「SUNEIKO」、昭和30年代前半に製造された物です。山口時計株式会社はその名の通り山口県山口市にあった会社なのですが、戦後から昭和30年代終盤頃まで活動していた事以外は会社の情報(資料)が少なく詳細は不明です。製品の製造数自体もあまり多くは無かったようで、現存数も少なく今ではほとんど見られないメーカーです。こちらの目覚時計は「M型」というシリーズのひとつの「四吋銀支単打」です。当時の広告に
愛知時計SuperEight30Day昭和42年【W315】愛知時計の柱時計『SuperEight』、昭和42年に製造された物です。愛知時計は明治25年創業の水野時計製造所を祖とする歴史ある時計製造メーカーです。こちらの柱時計は文字盤の枠に『AICHITOKEIDENKIK.K.』の文字があるので『愛知時計電機株式会社』時代の昭和27年以降、形状や文字盤のカバーガラスが曲面な事から昭和30年代後半〜40年代頃に製造された物と判ります。振り子室内の時計店のラベルには
ハートエッチ精工所頭丸尾長柱時計大正時代頃【W314】希少なハートエッチ精工所の頭丸尾長柱時計、大正時代頃に製造された物です。明治39年に設立された会社だと思えない程のハイカラな社名の同社は、ヴァイオリン形の柱時計など独創的な時計で有名でした。時計の製造は戦前までですが、戦後は時計卸小売業となって今も現存している長い歴史のある会社です。こちらの柱時計は文字盤の周りの木枠が丸型で、その下部に長めの振り子室の付いた『頭丸尾長』と呼ばれるタイプの柱時計です。文字盤の中央に二重
精工舎木目二重金尾長(柳島工場製)明治30年代後半【W313】精工舎の柱時計「木目二重金尾長」、柳島工場時代の明治30年代後半頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの柱時計は文字盤の周りを八角形の木枠で囲み、その下に長めの振り子が入る箱(振り子室)がつく『八角尾長』という当時の標準的な形状の一種で、『二重金』と呼ばれる台形の縁取
メーカー不明宮型柱時計『Flag』昭和10年頃【W312】メーカー不明の小型サイズの宮型柱時計、昭和10年頃に製造された物です。文字盤の中央部分には『Flag』という文字がありますが、これがメーカー名なのか、あるいは時計店等の名前(※)なのかは不明です。※明治時代末から戦前頃までは時計店等のオーダーメイドで文字盤に店名やマークを入れる事も多かったようです。こちらの柱時計は本体の上部に屋根の庇のような装飾が付いた『宮型』と呼ばれるタイプの柱時計です。本体には全面にランダム
精工舎宮型柱時計昭和30年頃【W311】精工舎の宮型柱時計、昭和30年頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの時計は箱型の本体の上部に屋根の庇のような装飾が付いた「宮型」と呼ばれるタイプの柱時計です。宮の中央部分には植物のような木彫りの装飾が入っています。前面の扉の振り子室の窓は大きめで、振り子が左右に動く度に玉(円盤状の重
11月たつの市はイベント盛りだくさん皮革まつりとオータムフェスティバルはなかでも賑わいのあるイベントですコロナから久々開催中11/19〜20昨日イベントのはしごしてきました皮革まつりでいつか会いたいと思ってた方に思いがけず会えましためっちゃ嬉しいめっちゃキレイ浮かれて喜んでる手です写真もありがとうございます皮革まつりでサンダースキッチン飲食で出店されてますオータムへ向かいます道中のヒガンザクラの狂い咲き温かいんでしょうね桜木も調子がつかめず咲いてるみたいです旧
精工舎木目二重金尾長(柳島工場製)明治40年代【W310】精工舎の柱時計「木目二重金尾長」、柳島工場時代の明治40年代頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの柱時計は文字盤の周りを八角形の木枠で囲み、その下に長めの振り子が入る箱(振り子室)がつく『八角尾長』という当時の標準的な形状の一種で、『二重金』と呼ばれる台形の縁取りが付い
明治時計宮型柱時計アルミムーブメント・陶器製振り玉昭和10年代前半【W309】明治時計の希少なアルミムーブメントの宮型柱時計、昭和10年代前半頃に製造された物です。明治時計株式会社はその名の通り明治28年(1895年)に創業された明治時計製造合資会社を祖とする歴史のあるメーカーです。昭和40年代頃まで機械式時計の製造を続け、その後は水道メーター等の製造を経て現在は社名を変えLED照明関連の企業として存続しています。こちらの柱時計は本体の上部に屋根の庇のような装飾が付いた
EUROPA(ドイツ)脚付小型目覚時計箱・説明書付1960年代頃【019】]ドイツ・EUROPAの脚付の小さな目覚時計、1960年代頃に製造された物です。『EUROPA』は1947年に西ドイツのBayern州Sendenで設立されたUhrenfabrikSenden(センデン時計工場)で製作された時計のブランドのひとつです。同社は他にも『Ducado』や『Deluxe』のブランド名で、主にトラベルクロック(折り畳めるケースに入った携帯できる小型の目覚時計)を中心に最高時は1日
愛知時計小型柱時計OCCUPIEDJAPAN昭和22〜24年【W308】愛知時計の小型柱時計、OCCUPIEDJAPAN時代の昭和22〜24年に製造された物です。愛知時計は明治25年創業の水野時計製造所を祖とする歴史ある時計製造メーカーです。現在の社名は愛知時計電機株式会社で、水道メーターの製造等が中心で時計の製造はしていませんが、社名は昔のまま現存されています。こちらの柱時計は箱型柱時計の中では平均よりも小さめサイズで、前面の扉部分と枠が僅かに色合いの違うグレーと
加賀屋商店RUBY印鎌倉彫頭丸尾長大正時代末頃【W307】加賀屋商店のRUBY印の鎌倉彫頭丸尾長、大正時代末頃に製造された物です。加賀屋商店は東京市下谷区(現在の東京都台東区)御徒町にあった時計・貴金属の卸商で、掛・置時計の取り扱いは大正10年頃から始め、戦後に愛工舎に事業を譲渡するまで製造・販売を続けていたようです。文字盤の周りの木枠が丸型で、その下部に長めの振り子室の付いた『頭丸尾長』と呼ばれるタイプの柱時計です。本体前面は鎌倉彫の枠で囲まれ、長短針にも装飾が入って
愛知時計文化型柱時計昭和30年頃【W306】愛知時計の文化型柱時計、昭和30年頃に製造された物です。愛知時計は明治25年創業の水野時計製造所を祖とする歴史ある時計製造メーカーです。現在の社名は愛知時計電機株式会社で、水道メーターの製造等が中心で時計の製造はしていませんが、社名は昔のままで現存されています。こちらの柱時計は昭和になってから製造され始めた「文化型」と呼ばれる箱型の柱時計の一種です。中央と左右の枠部分を色・木目が異なる木材にしてデザインにアクセントを付けてあり
マルマン木製鳩時計『Kiddy』外箱・説明書付昭和40年代頃【W305】マルマンの木製鳩時計『Kiddy』、外箱・説明書付きで昭和40年代頃に製造された物です。発売元の株式会社マルマンは昭和30年代〜50年代にかけて掛時計や腕時計の金属バンドを製造・販売していたメーカーのようです。こちらの鳩時計『Kiddy』のムーブメントは重錘(じゅうすい)式と呼ばれる方式で、木の実を模した錘(重り)が下がる力を利用して稼動させます。錘を一度引き上げると丸一日は稼動します。※鎖の長さ
Modern操舵輪型目覚時計昭和40年代頃【114】Modern(モダン)の小さな操舵輪型の目覚時計、昭和40年代に製造された物です。「Modern」は昭和40年代〜50年代前半頃のトラベルクロック(折りたたみ式の携帯時計)に見られる名称ですが、資料が無くメーカー名なのかシリーズ名なのかも含めて詳細は不明です。こちらの目覚時計は船舶の操舵輪をデザインで、トラベルクロックと同じ小さなムーブメントが使用されています。ペンダントのようにチェーンが着いているので、フック等を利用す
山口時計SUNEIKOプラ枠目覚時計昭和30年代前半【112】非常に希少な山口時計のプラスチック枠の目覚時計「SUNEIKO」、昭和30年代前半に製造された物です。山口時計株式会社はその名の通り山口県山口市にあった会社なのですが、戦後から昭和30年代終盤頃まで活動していた事以外は会社の情報(資料)が少なく詳細は不明です。製品の製造数自体もあまり多くは無かったようで、現存数も少なく今ではほとんど見られないメーカーです。こちらの時計はその中でも更にレアなプラスチック枠の目
精工舎小両面尾長(柳島工場製)明治30年代半ば頃【W304】精工舎の柱時計「小両面尾長」、柳島工場時代の明治30年代半ば頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの柱時計は文字盤の周りを八角形の木枠で囲み、その下に長めの振り子が入る箱(振り子室)がつく『八角尾長』という当時の標準的な形状です。文字盤の直径はやや小さめの八吋(8in
愛知時計ツートーン文化型柱時計昭和初期頃【W303】愛知時計のツートーン文化型柱時計、昭和初期頃に製造された物です。愛知時計は明治25年創業の水野時計製造所を祖とする歴史ある時計製造メーカーです。現在の社名は愛知時計電機株式会社で、水道メーターの製造等が中心で時計の製造はしていませんが、昔の社名のまま現存されています。こちらの柱時計は昭和になってから製造され始めた「文化型」と呼ばれる箱型の柱時計の一種です。中央と左右部分を色・木目が異なる木材にする事でシンプルなデザイン
CITIZEN花瓶型目覚時計昭和40年代【092】CITIZEN(シチズン)の小さな花瓶型の目覚時計、昭和40年代に製造された物です。CITIZENは大正7年(1918年)に設立された尚工舎を祖とし、今も現存する老舗の時計メーカーです。現在同社としては腕時計の製造が中心で、昭和40年代以降のクロック(置時計・掛時計)製品は傘下のリズム時計工業(株)が製造しており、こちらの時計もムーブメント(機械)※はリズム時計工業製と推測されます。※「トラベルクロック」と呼ばれる折りたたみ
東洋時計木製丸型枠置時計大正時代末頃【089】東洋時計の木製丸型枠置時計、大正時代末頃に製造された物です。東洋時計は1901(明治34)年創立の外国製時計の輸入販売を手掛けていた「吉田時計店」を祖とし、大正9年に東洋時計製造所を設立して自社で置時計の製造を始め、後に現代の「オリエント」へと続く歴史ある時計製造メーカーです。こちらの置時計は大正時代末頃に製造された物です。文字盤のトレードマークが昭和以降のTとCを組み合わせた物ではなく、「TōYō」という長音記号付きのoが入った
精工舎21/2吋裏鈴ビー目覚『コメット栄冠』昭和30年頃【070】精工舎の21/2吋裏鈴ビー目覚『コメット栄冠』、昭和30年頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現・SEIKO/セイコーホールディングス)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社は長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造しています。こちらの置時計は大正時代末に作られた「ウラビー」と呼ばれる小型のムーブメント(機械)からの発展形である「コメット」シリーズの一種です。本体は渋
LPL暗室時計(タイマー)昭和50年頃【S060】LPLの暗室時計(タイマー)、昭和50年頃に製造された物です。LPL(エル・ピー・エル商事株式会社)は昭和28年(1953年)創業の写真撮影機材や暗室機材各種の企画製造メーカーです。こちらの商品は目覚時計のムーブメント(機械)を利用した暗室用の時計(タイマー)で、背面のツマミを回して赤い針で時間をセットすると1〜60分後までの指定された時間になるとベル音が鳴ります。主に暗室でのフィルムの現像や写真の焼き付け作業時に使用され
愛知時計丸型柱時計(トーマス)昭和30年頃【W302】愛知時計の小振りな丸型柱時計、昭和30年頃に製造された物です。愛知時計は明治25年(1892年)創業の水野時計製造所を祖とする歴史ある時計製造メーカーです。こちらの時計はトーマスと呼ばれるタイプの丸型の柱時計(掛時計)です。※「トーマス」とは丸い枠が背面まで続く(=平たい円柱状の)形状の時計の事で、丸または四角形の枠の後ろに機械の収まった枠よりも小さな箱が付いた形状の物は「グレシャム」と呼ばれます。文字盤が平均的な直径1
栄計舎丸型柱時計昭和20年代【W301】栄計舎の丸型柱時計、昭和20年代に製造された物です。星印の中にAKの文字が入ったトレードマークの栄計舎(EIKEISHA)は、大正14年に創業され昭和30年代頃まで存在した、主に柱(掛)時計を製造していたメーカーです。夜光の文字盤やオルゴール付の掛時計、カットガラスを埋め込んだ振子等、様々な製品や機能を生み出した非常に創造的なメーカーであったようです。こちらの時計は丸型グレシャムと呼ばれるタイプの柱時計(掛時計)です。※「グレシャ
東京電気時計マツダ電気時計木製置時計昭和10年代初期【E080】希少な東京電気時計株式会社の木製置時計『マツダ電気時計』、昭和10年代初期頃に製造された物です。戦前の東京電気時計株式会社製の電気式の時計です。同社の交流式電気時計は大正時代末には製造が開始されていましたが、当時は電気の供給が不安定で停電も多く、あまり普及していませんでした。その後、昭和7年春に周波数が関東50サイクル(Hz)/関西60サイクル(Hz)に統一された頃からようやく数が増えだしたようです。背面
精工舎3吋オルゴール付裏鈴ビー目覚No.855夜光外箱付昭和32年【064】精工舎の3吋オルゴール付裏鈴ビー目覚『No.855夜光』外箱付、昭和32年に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの目覚時計は大正時代末に作られた「ウラビー」と呼ばれる小型のムーブメント(機械)からの発展形である「コメット」シリーズの一種です。古いTV
JUNGHANS(ドイツ)内鈴型ビー目覚1890年代【031】希少なドイツ・JUNGHANS(ユンハンス)の「ビー目覚」内鈴型、1890年代に製造された物です。JUNGHANSは今から150年以上前の1861年にドイツのSchwarzwald(シュヴァルツヴァルト=黒い森)地方のSchramberg(シュランベルク)で創業された歴史ある老舗の時計メーカーとして知られています。創業当初は時計部品の製造に特化し、その後自社でも時計を製造するようになって、19世紀末〜20世紀初頭頃か
精工舎木目二重金尾長(柳島工場製)明治40年代【W300】精工舎の柱時計「木目二重金尾長」、柳島工場時代の明治40年代頃に製造された物です。明治25年創業の精工舎(現セイコー)は国内で現存する最古の時計製造会社です。同社では長い歴史の中で様々なタイプの柱時計や置時計・腕時計等を製造されています。こちらの柱時計は文字盤の周りを八角形の木枠で囲み、その下に長めの振り子が入る箱(振り子室)がつく『八角尾長』という当時の標準的な形状の一種で、『二重金』と呼ばれる台形の縁取りが付い
オータムフェスティバルin龍野久しぶりです聚遠亭に初めて入りました綺麗な錦鯉も久しぶりに見た池は冷たそう魚は強いですね夕方ちょっと行ってみようかと実家から徒歩でいい運動になりました正直に言うともっと綺麗な紅葉をここで見ているので温かいせいか葉先が枯れているまた青い葉もあるのでこれから真打ち現る!といいな